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閑話休題

ダブルワークをしている話を書いた。
パソコンインストラクターだった。
そのもうひとつの仕事で、大きな案件のチャンスが与えられた。

かつて通った職業訓練コースのうち8日程度、教えてみないかと打診されたのだ。
詳細は、いつかまたその仕事について語る日があることを願って、その日に譲る。

とにかく、パソコンインストラクターを始めてようやく2ヶ月のわたしにとって、不安なほど大きな仕事だった。

かつて自分が通ったコース、大好きな先生の好意、ぜひやってみたい!
反面、もしわたしの力が足りなければ、先生にも迷惑をかけるかもしれないと不安になる。
「それは無理なんじゃない。断ったほうがいいよ」と相談相手に言われたこともある。
別な相談相手には「とにかく頑張ってみたら?」と言われたりもした。

・・・・・・何でも結局、最後は自分の判断だ。
迷ったけれど、頑張ることにした。

「頑張る」の中身は、2つある。
・担当する部分の知識をもっともっとつけること
・講師としての経験をもっともっと積むこと

わたしの毎日は忙しくなった。
家に帰ると勉強する。
仕事はどんなものでも貪欲に請ける。

そうなってみると毎日楽しく、地味に思えていた会計事務所の仕事まで楽しめるようになってきた・・・・・・
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初夏を迎えて:ダブルワーク

5月に入り、わたしはダブルワークを始めた。
理由はやはり給料が少ないから。

わたしの収入も家計の一端を担っているので、きつかった。
クリーニング時代よりも収入としては少なかった。
なんといっても、事務職は土日祝と全部休みなのだ。
クリーニングは土曜だって祝日だって営業していたから、基本的に休みは週1だった。

残業というものはなく、絶対にその時間に帰れる。
正月はしっかり休みだし、ゴールデンウィークも全部お休み、夏休みもばっちり。
むしろ夏休みなど「いつとりますか?」「まだとらないの?」とO島先生に心配されたほど。

もう一つの勤務先はO島事務所からの帰路、2つ電車で行った駅にあった。
なのでわたしは電車通勤に戻った。

毎日働くわけではなかったが、5月は忙しいため、毎日のように仕事があった。
パソコン教室のインストラクターの仕事だったので、受講希望者がいなければ仕事がないのだ。

電車で帰るようになったので、I澤さんと一緒に帰るようになった。
今までは事務所を出たところで、I澤さんは駅へ、わたしは歩くので幹線道路へと別れていたのだ。
2駅一緒に乗ったらわたしは降りてしまう。
そんなの変なので、I澤さんにはダブルワークのことを話した。

I澤さんはよく「あんた、辞めないでちょうだいよ」と言っていた・・・・・・

懐かしの職場で

4月初めのある日、珍しい人から電話があった。
クリーニング会社の社長令嬢、役職付きの幹部だ。

わたしがいたスーパー内の店舗で、今、人が足りないという。
急に辞めた人があり、困っているそうだ。
そりゃ、そうだ。
4月といえば、繁忙期の中でもピーク。

会社にしてみれば「こんな時期に辞めるなんて!」。
従業員にしてみれば「知ったことか!」。

もっとゆるい時代だったら、会社も従業員を可愛がり、従業員も会社に恩返しみたいな気持ちがあるだろうが。

以前の職場でちょっと働くのも面白いと思ったし、今の職場は給料が安かった。
そこで1ヶ月ほど、手伝いに行くことにした。

O島会計事務所の勤務時間は、10時~17時だった。
これを9時~16時にしてもらい、17時から閉店までクリーニング店で働いた。

さすがに「前の職場に行く」とは言えないので、「夫の仕事関係で――」と濁した。
夫は個人開業しているので、こういうとき言いやすい。
「夫」が出てくると男性はあまり文句を言わなくなるのは、回転寿司時代に覚えた。

勝手知ったる懐かしの仕事は面白かった。
今の従業員がいるわけだから、余計な口出しはしないように気をつけて、おとなしく働いた・・・・・・

若葉の頃:同窓会

春になり、わたしもだいぶ仕事に慣れた。
いっぽうで、思ったほど慣れてはいなかった。

もう4ヶ月仕事をしているというのに、サクサクッと片付けることができない。
考えてみれば、まったくの初心者だったわたし。
半年も経たずにベテラン並になろうなんて、無理な話だ。
自分ではすぐベテランのようになれると思っているつもりはなかったのだけど。
ちょっと見通しが甘かった。

経理の仕事は来る日も来る日も同じ仕事。
同じ仕事をもくもくとすること自体は嫌いではない。
ただ、まったく何も変化のない日常なことが辛かった。

毎日同じ5人で顔を合わせる。
他の人もいつも同じ仕事をしている。
会話もだいたい同じ。
男の人たちは、顧客へ行くこともあるが、女性はずっと事務所にいる。
そこには新しい人はやってこない。お客さえも。
たまたまお客さまがいらしても、先生と小部屋にこもってしまう。

つまり、何も刺激がないのだ。

わたしの頭の中のイメージは、流れのない沼。
水はよどんで、何の動きもない。

そんなとき職業訓練時代の友人と同窓会めいたことをすると、なんだかとても劣等感を刺激される。
みんなすごくかっこよく働いてる!
――そう見えてしまうのだ・・・・・・

月次:D社

D社の月次決算は一番苦手だった。
なんか、めちゃくちゃだし、計算合わないし――!

D社は大手印刷会社から下請けしている会社。
なので印刷関係の仕事をしているはずである。
同族会社で、似たような名前の系列会社を作って、家族が相互に社長をしている。
同じ業種の会社が1つと、全然関係ない携帯電話関係の何かが1つだった。

業種が同じ系列会社とは、仕事のやりとりをしている。
しかし実際にどれだけ仕事を回しているのか、不明である。
どうやら、この会社間で帳簿上のお金をやりとりすることによって、利益の調整をしていたらしい。

実際に現金や預金口座を動かして、きっちりと決済する別会社との取引ではないので、不備が多い。
そして、ごちゃごちゃしていて、わけが分からない。

この会社の帳簿を処理するのが大変なことは、I澤さんもよく知っていた。
前の人に聞いてもいたし、I澤さん自身もお手伝いでやることがあったからだ。
「D社さんは分かりにくいわよね。ホントに、あそこは分かりにくい」
同情してもらって、よく教えてもらった。

マニュアルも自分なりに作ったけど、やっぱり次の月は迷うことが出現する。
ようやくお金が合った!と思うけど、今度は系列別会社のほうが狂ってしまう。
どーなってるの。

この会社の決算なんて、もう・・・・・・

月次:C社

C社の月次が一番、楽で簡単なはずだ。
なぜなら、ほとんど完成品だからだ。
弥生シリーズというソフトを使って、帳簿も販売記録もきちんとつけている。

でもそのソフトを使ったことがないので、わたしにとってはドキドキする月次だった。

さらに、手書き帳簿でないのはこの会社だけ。
何しろ昔ながらの事務所なので――。
弥生会計や弥生販売というソフトを使うのは、この会社の処理をするときだけなので、なかなか覚えられない。
マニュアルもない。
大きな声では言えないが、先生がソフトなんてものを買うはずがなく、もらいものなので――。

この会社は製薬会社――か、もしくは、とにかく薬関係の会社。
宇S江さんが担当しているが、監督者として先生も担当に名を連ねている。

高齢の経営者が引退して、跡継ぎもなく会社をたたんでいく先細りの顧客情勢。
その中にあって、C社は珍しく新しい顧客だった。
なんでも先生の顧客の会社が、何かの折にO島事務所を推薦してくれたらしい。

わたしとしては新しいソフトを使うのは、ドキドキするけれど嬉しかった。
いつかは経理専門の派遣会社に登録して、あちこち行くのもいいなぁと思っていたからだ。
そのためには、できるだけいろんなソフトを扱えるようになっておきたい。

でもなかなか覚えられないので、自分でマニュアルをノートに書いて頑張っていた・・・・・・

月次:B社

B社は鉄鋼関係の工場のようだった。
○○製作所というような名前だった。

帳簿はいつもしっかりした字で書かれている。
黒々としたペンを使っていて、文字は角ばっていた。
帳簿をつけているのは、70歳を過ぎた社長だと、O島先生から聞いた。

ノートは固い表紙のついた分厚いノートで、特に帳簿というわけではない。
そこに自分で線を引いて、1月あたり2~3ページ使って書いてある。
細目が多かった月は4ページになることもある。

この会社はやりやすくて好きだった。
一番早く、やり方を覚えた会社だった。
店舗がいくつもあるとか、子会社同士のやりとりがあるとか、そういう面倒がなかったためだと思う。

やることと言えば、レシートなどと照らし合わせたり、仕訳が間違っていないかどうか確認したりするくらい。
そして、どの会社もそうだが、紙ベースで完成すると、会計ソフトに入力する。
この仕事は好きだった!――簡単だから。
ソフトに入力するときには、もう帳簿は完成しているので、ただ入れるだけである。

紙でやる作業は本当にわけが分からなかった。
わら半紙みたいな紙に一年分の内訳を書く紙など、何度も消しゴムで消して破けそうだった。
なんたって、この紙を一年間使うのだから、そんなことしていたらあっというまにボロボロだ。
これをI澤さんはほとんど消さずに書いていく。

線も自分で引くんだよね、定規で13等分(12月+計)してさ・・・・・・

月次:A社

うかつにも、何をしている会社か聞きもせず、想像もつかず、やみくもに処理していた会社。
靴屋さんだと先生に聞いて、4ヶ月目にして初めて業務内容を知る。

大型小売店舗かショッピングモールかそんなところに、テナント店を複数持っていることは分かっていた。
帳簿や帳票類から察しがついていた。
わたしも以前、スーパーのテナント店舗で働いていたことがあるので、興味深かった。

スーパーが売上を管理していて、1ヶ月が終わると書類を送ってくるらしい。
「あんたのとこの売上はこれだけだったよ。そこから家賃分と駐車場使用料と光熱費を差し引くよ」
そんな書類である。
わたしが働いていたクリーニング会社の本社にも、こういうのが届いていたのかなあ。

当然、靴屋側でも毎日の売上は把握しているわけだが、これが正式な売上額である。
クリーニング会社は1種類のスーパーにしか入っていなかったが、ここは3つあるテナント店舗がバラバラなところに入っている。
1つはスーパーのようなところではなく、駅ビルのようなところらしい。
書類もいろいろだった。

店員さんたちは、店によってきちんとしているところもあり、ちょっぴりずさんなところもあった。
それも懐かしかった。そういうもんだよな、と思って。

でも違うのは、一日の売上額。
クリーニングと比べて、販売しているというのは10倍以上の金額になるものか、と思った・・・・・・

月次決算

さて、だいぶ職場にも慣れてきた。
経理の仕事にはいっこうに慣れないが。

先生が抱えている会社の中には、月次決算をしているところが4つほどあった。
実はどういう仕事をしている会社か知ったのも、4ヶ月くらい経ってからのことだった。

わたしもいっぱいいっぱいで聞きもしなかったんだけど。
多少、気持ちにも余裕ができて、「A社さんて、何の会社なんですか?」と聞いてみた。
「靴屋さんなんですよ」

あ~、そうだったのか~。
そんなことも知らないまま、帳簿をつけようとしていたんだから、ひどいもんだ、と反省した。

月次をする会社には、先生が出向いて資料をもらってくる。
そのときにコンサルタント的な話もするのだろうから、大事な営業なのだと思う。
資料が届くと、わたしに渡される。

これまた会社によってやり方がさまざまなので、混乱が収まるまで4ヶ月ほどかかった。
別に「さまざま」なんかじゃないのだろうけど、わたしにとっては「さっきと違う!」って思える。
初めてパソコンを使う人が、ヴァージョンの違う画面を見て「ボタンの並びが違う!」って思うのと同じ。

さて、帳簿に費目を記入するときだが、ハンコを使う。
消耗品費 とか 事務用品費 とかのハンコがずらりと並んだハンコ入れがあるのだ。
昭和の香り漂う、年季の入ったもので、くるくるっと回る。

わたしは、ハンコの海の中から、目指す費目のハンコを見つけるのにも手間取っていた・・・・・・

O島先生

O島先生について、節約のことばかり語ってしまったので、その印象だけになってしまうかもしれない。
先生と言えば節約、というくらい節約が代名詞ではあったが、それだけの人間なんているわけがない。
もちろん、他にも色々な性格を持っていた。

先生は結構ロマンと個性を持った人物でもあった。

たとえば。
自分の事務所なので、仕事が押しているときは土日に出勤することもある。
そういうときに使用するのが、先生専用の小部屋――たぶん二畳か二畳半くらい。
仕事に疲れると、小部屋のソファに横になって、音楽を聴いているそうだ。
そのためにCDを数枚ほど置いていた。

さらに、小部屋に置かれた小さなデスクの上には、ご家族の写真。

お昼はたいてい外に行っていたが、中で食べたときや早く帰ってきたときなどは、小部屋で音楽を聴いている。
E田さんとI澤さんがお弁当を食べているのを邪魔しないように。
それとも、一人の時間を大切にしていたのか。

先生はよくコーヒーを飲んだ。
E田さんは自分では絶対にお茶くみをしないので、飲み物を口にするのは休憩とお昼のみ。
先生のほうは、インスタントコーヒーを好んだ。よく飲むのでかなり薄めていた。
先生は、休憩以外のときは自分で淹れた。

自分好みの味に淹れたかったのかもしれないけど・・・・・・

日々、是、倹約

倹約というのは、大きな買い物をするときだけ考えればいいわけではない。
日々の小さ~な、地道~な、積み重ねである。

先生は常にそういう心構えでいる。
それに対峙する従業員も、気持ちを引き締めていなければならない。

I澤さん「先生、洗剤がなくなりそうなので、買ってきます」
O島先生「もう全然ありませんか」
I澤さん「そうですね。あと2回くらいお掃除の日が来たら、なくなりますね」
O島先生「じゃあ、私が買ってきておきます」

なるべく安いときに買いたいので、「今日買ってきて」など言わないのである。
また、従業員は安いかどうかをあまり気にしないので、自らセールを狙って買いたいのである。

お掃除のときに、わたしがお洗濯係にまわると、I澤さんは冷や冷やしながら見ていた。
そしてO島先生も冷や冷やしながら、見ていた。
O島先生「結構、水って使うものですねぇ」

今まで何度、お掃除の日があったろう。
当然、先生は知らないはずはないのである。
つまり、わたしがやると、ということなのだろう。

先生はそういう方だから、ルーズではなかった。
事務所の経費で買ったお茶の葉は、休憩以外のときには使わなかった。
仕事中に何か飲み物が欲しくなったときのために、インスタントコーヒーを買っていたのだと思う。

ただ、まあ、当然わたしたちも、休憩以外では飲めないわけだが・・・・・・

裏紙使いの達人たち

先生はスーパー節約マンである――ということは、当然、プリンタで裏紙を使う。
実は裏紙を使うのはプリンタにあまり良くない、という説もある。
しかしそんな新情報は、この昔ながらの事務所にはまだ流れてきていないのである。

たとえば確定申告でも月次決算でも、印刷してみると「あれ?」と間違いに気づくことがある。
なので、裏紙を使って試し印刷をする。

確定申告の場合は、税務署で用紙をたくさんもらってきているので、間違ってもただで出し直せる。
でもそれは紙代だけの話であり、インク代はやはりかかる。
さらに数を多く出せばそれだけ消耗し、プリンタの調子が悪くなる日が早まる。
調子が悪くなると、修理屋を呼ばなければならない。
修理屋さんは快く来てくれるわけではなかった。

「そろそろ寿命が来ているのだと思いますよ」
――こんな古いプリンタで何度も呼びつけられても困るんだよなー。新しいの買ってくれよー。

そんなふうなので、印刷ミスをして出し直しになると、「ごめんなさ~い」という気持ちになる。
恥じ入って、穴があったら入りたい、というような気持ちになってしまう。

コピーを取りたいな、と思っても、どこかに提出するものでないなら、裏紙を使う。
ときどき裏紙に入れ替えるのを忘れて、まっさらな紙でコピーしてしまうと――
すみませ~~ん、と恥じ入り、穴があったら入りたいと思う。

皆、ここで働いて長いので、裏紙を使うことにかけては達人。
ミスをして出し直すのも、裏紙セットを忘れるのも、たいていわたしである。

この「もったいない精神」は心に深く根づいた。
他の会社で働いたとき、あっさりと「コピー取れば?」と言われたりすると、ビックリする。
いいんですか? こんなもの、コピー取っても・・・・・・

伝説のスーパー節約マン

先生はお昼のお掃除タイムのとき、いつもまめに掃除をしている。
車もお掃除リストの中に入っている。
ワイパーはいつも窓から離れていて、上がっている。

E田さん「ワイパーがさ、いつも上がってるでしょ。
窓にくっつけとくとゴムが磨り減るって思ってるんだよ。
どっかでそう聞いたらしいんだなぁ」

トイレは事務所内の一角、玄関の隣にあった。
中の物音、丸聞こえ。ちょっとトイレでひとやすみ、なんてできない。
和式。トイレタオルが下げてあり、お掃除のときに取り替える。
消臭剤が置いてある。引っ張って上に上げると消臭剤が出てくる方式のもの。

E田さん「先生がトイレ入ると、いっっつも消臭剤のふたが下がってるんだよ。
上げとくと減るでしょ、だから下げるんだよ。
僕はトイレ入ると、いっっつも上げるんだよ。
でもまた先生が入ると、まぁた下げちゃう。
でまた僕が入ると、上げとく。攻防戦なんだよ」

なんか平和だな~。

I澤さんもひとつだけ、節約に不満があった。
「雑巾がボロボロになってるのに、捨てないでしょ。
先生それもうボロボロだから捨てましょう、って言ったのよね。
そうしたら、あ~本当ですね、じゃあこれはもう床拭きにしましょう、って言うのよ。
絶対捨てるとは言わないの。でもあんなの床拭きにしてもボロボロで」

なんか――平和だな~・・・・・・

先生はスーパー節約マン

初出勤の日、O島先生はわたしに聞いた。
「お昼はお弁当を持ってきてますか?」

いいえ、と答えたわたしを、ランチに誘ってくれた。
先生チームの宇S江さんも誘われて、3人でそば屋で食べた。

食べながら「最初ですからね」とO島先生に言われた。
それはよく言われるセリフだと思う。
しかしその後、E田さんやI澤さんにもしつこく言われた。
「最初だけだからね」「これからはもう絶対にないからね」

先生は節約税理士、スーパー節約マンだったのだ。
顧問をしている会社にも「税の節約になるから」というオススメをいつもしている。
代替わりした若い息子社長が「新式機械に投資する!」と決めても、大反対。
会長に納まった前社長に「××くんの考えも分かるけど」とやんわり言い続けている。

お金を出すのは苦痛らしい――。

そのくらいの感覚だからいいのかも。
税理士としては優秀だったのかも。
投資すべきとこはそれなりにお金を出さないと、なんて考えるのは経営コンサルタントあたりがすればいい。

この節約意識、当然従業員にはあまり評判のいいものではなかった。
が、どっちにしろ上に立つ者は批判されるものなのだ・・・・・・

その後のO島事務所

わたしがO島会計事務所を辞めてから、もう何年にもなる。
その後、一度も伺っていない。

わたしの前任の方は、ときどき顔を出しに来ていた。
まあ、ご主人が自営業で税務の仕事を頼みに来ることもあったのだけど。

I澤さんとは一、二度会ったことがある。
I澤さんは、わたしが辞めた数ヵ月後、退職した。

I澤さんによると、わたしの後任の方はハローワークからやってきた。
わたしが応募したときは、マイナーなフリーペーパーに掲載したため、電話番号さえ違っていた。
その上、お金がかかった――1万円。
先生としては、パートを会社経費で社会保険に入れていないので、ハローワークを避けたかったらしい。
でもE田さんに「そんなの募集とは関係ない」と言われて、試してみたところ、大成功!

ハローワークは1円もかからず募集を載せることができるのだ!
そしてやってきた女性は、お子さんとご主人がいて、近くに住む人だったらしい。
税理士試験を受けたいという夢を抱いていたので、熱心だったそうだ。
でもやはり、税理士試験は難しい、と後に語っていたそうだ。

彼女が辞めた後には、男性が入ってきた!――らしい。
その人はなんと、税理士試験の2科目に合格している。
(税理士試験は何年かけても、決められた数の科目に合格すればよい。必須と選択がある。
今年は2科目取って、来年3科目ということもできる。)

ついに宇S江さん廃嫡?
いつかO島先生とE田さんみたいになって、二人で事務所をやっていくのだろうか。
この話を聞いたのさえ、かなり前なので、今現在どうなっているのか知らないけど・・・・・・

宇S江さん

宇S江さんは、若手ホープとしてE田さんに可愛がられていた。
「すごいんだよ、ウエちゃんは。片手ですごい早く電卓打てるんだよ」
「ウエちゃんはコンピュータのことなら分からないこと、ないからね」
「ウエちゃんにやってもらえばいいよ」「ウエちゃんに聞けば分かるよ」

I澤さん曰く「おじいさん、おばあさんばかりの職場」。
その中では確かに若手だけれど、聞いたらわたしと同じ年だった。
世間的には「若い」とは言わない。

でも資格を取るのが難しい税理士の世界では、このくらいの年はまだ「若手」なのかなぁ。

O島先生も宇S江さんを可愛がっていた。
先生の「可愛がる」は、E田さんのとは内容が違う。
いずれ後継者になるかもしれない人、ということで「育てて」いたのだ。

何か間違いがあると厳しかった。
もともとが温和な人なので、声を荒げるとかきつい言い方をするなんてことは、一度もなかったけど。
たとえばわたしや、そんなことありえないけどI澤さんが間違えたら、それを指摘するだけ。
でも宇S江さんが間違えたら、ちょっとお小言になる。教育的指導って感じ。

折にふれて、勉強させようともしていた。
「宇S江くん、これ、どうしてこうなるか分かる? このページを読んで、どうしてこの計算になるか、私に説明してみて」
宇S江さんが先生チームに入っているのも、身近で仕事を教えようという先生の考えからだ。
そして少しずつ、担当を増やそうとしていた・・・・・・

E田さん

I澤さんの昔話によれば、E田さんは先生と同期だった。
同期ったって、全員合わせても片手で数えられるくらいの事務所だけど。

E田さんは宇S江さんをかっていて、何かと可愛がっていた。

E田さんは良くも悪くも「男性」で、男と女の間には深くて越えられない淵がある感じだった。

前にも言ったが、E田さんは掃除をやらされる羽目になったのが面白くない。
玄関を掃く、くらいのことはするが、それしかしない。
O島先生のほうは、まめに色々なことをしていた。
それは男性だからということではなくて、給料が出ない掃除をすることへの気持ちの問題だったのかもしれないけど。

また、E田さんは絶対に自分ではお茶を淹れない。

お茶の時間は女性パートがお茶を淹れることに決まっている。
しかしお昼休みは休憩時間なので、仕事でもなんでもない。
E田さんはいつもお弁当を中で食べているが、絶対にお茶を淹れないのである。
一緒に中で食べるI澤さんが自分のを淹れるときに、E田さんの分のお茶も淹れる。

あるとき、珍しく中で食べた――「わたし、パンでも買ってきます」
「じゃ、あたしも一緒に行ってみようかしら」
そしてI澤さんと二人で買い物をして帰ってくると、E田さんがお弁当を食べていた。
お茶なしで。

自分で淹れるくらいなら飲まない、ってことですか・・・・・・

I澤さんの昔話

・O島会計事務所では、週2回、お昼休みに掃除がある。
・E田さんチームは基本的にお弁当であり、わたしの前任、坂DOさんもお弁当派だった。

「E田さんて、お掃除、嫌いですよね」
わたしの何気ないひと言。
だって、面白いくらいに分かりやすいのだ。
たぶん嫌な気持ちを隠していないのだろう。男性で、社員だというのに、お掃除なんて――!

「ホントはやりたくないのよ」
I澤さんが、まるで長年連れ添った旦那さんのグチでも言うみたいな口調で言う。

――最初のうちは、女性だけでやってたのよ。
坂DOさんもお弁当だったから、週2回、お弁当を食べ終わってからお掃除してたの。
その頃は掃除手当が出てたのよ。五千円ずつ。

でも机を拭いたり、床を掃いたり、トイレを掃除したり、あれこれやってると30分くらい経っちゃうでしょ。
(それはお二人が家事のプロだからでは? わたしならテキトーでいいやってなっちゃうかも。)
お弁当食べてても気持ちが落ち着かなくて。

お洗濯は交代で家に持ち帰って洗ってきてたのよ。
でも持ってくるのを忘れちゃったりすることもあるし。

それで先生に、もう手当はいらないですから、って言ったの。
そうしたら手当なしで皆で平等にやることになって、今みたいになったのよ。

ふうん、そうなんですねぇ・・・・・・

I澤さんのワンちゃん

年明け、新入社員(正確にはパートだけど)となって2日目か3日目。
朝、I澤さんの元気がなかった。
O島先生が「どうかしたの?」と聞くと――
タローちゃんが死んでしまったという。
どうやら飼っていた犬の名前らしい。

先生に同情されて、I澤さんはポロリと涙をこぼした。
「そんなわけで、明日お葬式をしてやりたいと思うので、お休みしていいですか」
「ああ~、いいですよいいですよ、もちろん」
I澤さんはベテランなので、1月の初めは忙しくないことを知っていたのだろう。
忙しい時期だったら、休ませてくれとは言わなかったと思う。

その存在を知ったときには既にこの世を去っていたタローちゃんだが、後から色々な話を聞いた。

――タローは前に飼われていた家で持て余されてうちに来た犬なの。
犬を放してもいい公園で自由に遊ばせてやろうと思って連れていくでしょ。
でも、遊んでおいでって言っても、そばを離れないの。
今まで転々とたらい回しにされてきたから、また捨てられるんじゃないかと思って離れないのよ。

――朝は元気がいいけど、息子が仕事に行くでしょ。主人が出ていくでしょ。
だんだん元気がなくなって、一番最後のあたしが行く頃には、テーブルの下に入っちゃって出てこないの。
可哀想だから気をそらしてやろうと思って、サランラップの芯に乾燥いもを入れて置いといてやるのよ。
食べたくてガリガリ遊んでるから、その間に出てくるの。

――乾燥いもが大好きだったのよ。
でも、あれ、結構高いから、中国産の安いのを買うことにしたの。
そうしたら、食べないのよね。

写真を見せてもらったら、雑種みたいな外見の大きな白っぽい姿をしていた・・・・・・

I澤さん

I澤さんは二人の息子さんも働いていて、一番上の娘さんは少し遠い他県に嫁いでいる。
娘さんにはお子さんが2人いるので、I澤さんは孫がいることになる。

今は息子さんのうち1人と旦那さまとお姑さんで暮らしている、という方。
旦那さまは仕事で近くに来ると、車なので、帰りに待ち合わせてI澤さんを拾って帰った。

ベテラン主婦のI澤さんには、お昼時の簡単な掃除だけでわたしの家事の腕はお見通しだった。
「わたし、家事は得意とは言えないんですよ」
「そんな感じね」

わたしは地味な顔をしているので、たいてい最初は「家庭的」と思われるのだが。
若い人などは、「お菓子でも作ってそうな感じなのに~」と言ったりする。
しかしI澤さんは、そんな勘違いはしない。
お茶を淹れる手つき一つでも、分かってしまうのだろうと思った。

I澤さんはいつもニコニコしている。
おとなしい服装をしていて、髪はふわっとパーマをかけている。
口調は少しゆっくりめ。
全体的に控えめでおとなしい印象の人だった。

いつも「I澤さん」と呼んでいたが、ときどき「先輩、これどうします?」などと言うと、「先輩じゃない」と嫌がった。
いやいや、大先輩でしょ・・・・・・

日課:お掃除内容

毎週2回、火曜と金曜がお掃除の日だった。
掃除の分担は決まっていた。

女性はトイレ掃除とお洗濯。
もともと掃除なんてしたくない男性陣だが、やるにしてもトイレは絶対にありえない。
というわけで、女性がトイレを掃除することになっている。I澤さん談。

お洗濯というのは、台布巾として使っているものや雑巾として使っているものを手洗いすること。
流しで水受けボールに洗剤を入れて、ごしごし手洗い。
わたしは普段あまり家事をよくするほうではないので、手の皮が薄い。
手が赤くなって、こすれて痛くて困った。

女性陣は、トイレ掃除役とお洗濯役に別れる。
新参者のわたしとしては、大変なほうを引き受けたかった。
でもどちらが大変なのか、分からなかった。
I澤さんに聞くと「あなた好きなほう、やりなさい。あたしはどっちでもいいのよ」と優しい。

E田さんは玄関を掃く仕事、宇S江さんは机の上を拭いたり室内を掃いたりする仕事。
O島先生は自分の事務所でもあるし、まめにあちこち拭いたり、自分用の小部屋の掃除をしたりする。
社用の車(ほぼ先生用だが)の中も掃除する。
宇S江さんは自分の仕事が終わると、車の窓を拭きに行く。

トイレ掃除役は、終わったら、お洗濯の済んだ雑巾を干す。
ピンチハンガーを窓辺にさげて、実に家庭的な事務所だった。
お洗濯役は、男性陣が使った雑巾まで洗わなくてはならない。
だから、女性チームの分担が終わるのはどうしたって、一番最後になるのだった・・・・・・

日課:お掃除ルール

応募の電話をしたときに、最後に聞かれたのがお掃除だった。
こちらの資格や希望、先方の条件を簡単に確認して、「じゃ、いついつ面接」というのが普通だろう。
他の条件を確認しあって、最後にO島先生が聞いてきたのが、お掃除。

お掃除は好きですか、ってことじゃない、もちろん。
「うちの事務所では、毎週2回、お昼休みにお掃除があるんですよ。15分くらいだけど、それはいいですか」
これは――昼休みが削られるけど、時給は出ませんよ、って意味だろうな。
そう思ったけど、会計事務所で働けるなら多少の悪条件は呑む、と思っていたので承諾。

覚悟はしていたけれど、「15分くらい」というのが短くなることはなかった。
たいていは20分近くかかった。
20分「近く」なら早いほうで、20分を少し過ぎることもあった。

一応、「お掃除の日は、お昼から帰ってくるのが少し遅くなってもいい」というルールがあった。
たとえばもし外に行った場合、料理が出てくるのが遅ければ40分くらいでは間に合わないかもしれない。

しかし「少しくらい」遅くなってもいいと言われて、10分も15分も遅れて戻れるだろうか?
戻れない――少なくとも昔ながらの日本人にはできない。
そして、この事務所にいるのは半数以上が昔ながらの日本人なのだ。

わたしがもう少し若い世代だったら、他の人の思惑を気にせず、明るく遅れることができたのかもしれない。
でも決して若いと言えない年齢になっていたわたしには、できなかった。
12時23分頃に出ても、1時にはやっぱり戻っていたのだった・・・・・・

お茶くみ

わたしは事務職として働いたことがなかった。
だから昔のテレビドラマなどに出てくる「お茶くみ」というのは、やったことがない。

だから憧れていたのだった。
「女なんてお茶くみとコピー取りの仕事ばっかり!」
なんて、よくそういうセリフがあったけれど、やったことないからそんなセリフも言ったことない。
全部で5人の事務所だし、会議資料を作成するなんてこともない職場なので、コピー取りは未だに未経験だが。

昔ながらの事務所で、平均年齢も高かったので、お茶くみはまさに女性の仕事だった。

朝、女性パートは10時に出勤する。
10時といえば、お茶タイム。
朝一番の仕事は、まずお茶を入れることだった。

何しろ分からないことだらけの経理の仕事だったので、わたしはこの仕事が大好き。
I澤さんと一緒に3分くらいの楽しいお茶淹れタイムである。
朝はお茶しか出さない。仕事も中断せず。

午後3時のお茶タイムには、お茶菓子もつける。
4月くらいまでは贅沢につける。確定申告時の手みやげがいっぱいあるから。
それ以外の時期も細々と何かしらあるものだが、まったくないときは事務所の経費で買った安い袋菓子。

何しろ眠い午後なので、わたしはこの仕事が大好き。
I澤さんと一緒の楽しいお茶淹れタイム、第二弾である。
わたしにはおいしいお茶は淹れられないので、I澤さんがお茶担当。
わたしはお菓子皿にお菓子を置く役が多かった――ほとんどいらない役である。

「あなた、××さんの決算があって忙しいでしょ。いいわよ、あたしがやるから」
I澤さんは優しく言ってくれるけど、とんでもない。
絶対やりますとも! ・・・・・・

日課:お昼の様子

お昼は、わたしは外に行くのが好き。

他の人たちは、外派と中派に分かれていた。
基本的には先生チームは外派、E田さんチームは中派。

先生と宇S江さんが外に行くのは、単なる好みの問題らしい。
でもきっと、先生は経営者だから気疲れすることも多いのだろうと思った。
だからお昼は一人で静かに食べたいのだ――たぶん。
早く戻ってきても小部屋に入って一人でいることが多いそうだ。
(事務所にはすごーく狭い小部屋がついていて、それは先生専用の部屋だった)。
宇S江さんは、外食が好きなのか、昼くらいは別の空気を吸いたいのか――両方なのだろう。

E田さんと、E田さんの助手であるI澤さんはお弁当。
E田さんのお弁当は奥さま作で、I澤さんのはもちろん自ら作ったもの。
プラス、お茶。
お昼を中で食べるときは、事務所のお茶っ葉でお茶を淹れていいことになっている。

しかしかつては、わたしの前任者、坂DOさんも中派だったそうだ。
彼女が辞めて、後任のわたしは外に行ってしまうので、E田さんとI澤さんは二人きりのお弁当。
I澤さんにはよく「あなたも中で食べなさいよ」と誘われた。

でもやっぱり外に出たい、ずっと同じところにいると息が詰まるんです、と言って外に行った。
そのうち、I澤さんのほうが「今日は外に行こうと思って」と言い出し、一緒に行くことが増えた・・・・・・

日課:お昼代節約

わたしの勤務時間はパートなので6時間。
1日の日給を計算すれば、5千円とちょっと。
交通費も足が出てる。

これでお昼代に一日800円も900円も使ってはいられない。
そこでなるべく安い店を探すことにした。
700円程度でランチを食べられる店もいくつかあったけれど、できれば700円もかけたくない。

最も安い店は、駅前の喫茶店にて、パンと飲み物で500円くらいのものだった。
3日に1度はコーヒーだけですませたりした。
給料日前できついときは、歩いて6,7分の図書館で時間をつぶした。

そんな苦労をしなくても、たぶん、安いパンやおにぎりを買って事務所の机で食べればいい。
それが一番の節約ランチになるはずだった。

しかしわたしは、外に行きたかった!

朝からずっと同じ事務所にいて、帰るときまで一歩も出ないのは息がつまる。
思えば、クリーニング時代はずっと同じ店内にいた。
お昼は買ってきて店内で食べた。
交代でお昼をとる、というシステムではなかったからだ。

スーパー店舗時代に、「働く場所以外で食べる」ということに慣れてしまったのか。
それとも事務職はびったり同じ机にくっついているから、この事務所時代にそうなったのか。
いずれにしても、わたしは今ではどこに行っても、お昼はどこか別な場所で食べたい派である・・・・・・

日課:交通費節約

「会計事務所で働きたい!」という熱意のもと、それ以外の条件にはかなり目をつぶって探した仕事である。
たとえば、通勤時間も1時間見ていた。
これはパートとしてはちょっと遠い気がする――わたしにとっては。

1時間かかるということは、それだけ交通費もかかるということである。
交通費は支給されていた。5000円まで。
足が出ていて、その分8000円は自腹だった。

そこで歩けるところを歩いて節約することにした。

わたしは路線Aでターミナル駅まで行く。
そこで路線Bに乗り換えて、事務所のある駅まで行く。
ところがこの2つの路線は、ターミナル駅から放射状に出ていて、お隣同士。
奥地に行くにつれて離れていく2つの線路。

路線Aで自宅最寄り駅から5つ目の駅まで行き、降りる。
そこから事務所のある駅まで徒歩30分程度。
定期は買わず、5つ目の駅までの回数券にすることにした。
――なぜなら、遅刻しそうなときは電車で行くからである。

この方法は、お金の節約になると同時にダイエットにも効いた。
しかし幹線道路をずっと歩いていくので、健康にいいとも言えなかった。

これは5ヶ月ほどでやめた。
給料が少ないあまり、仕事帰りに別な仕事をするようになったからだ。
結局、この副業として始めた仕事を今メインにしているわけである。
人と接する仕事なので、汗臭いといけないなと思い、電車通勤に戻すことになった・・・・・・

確定申告

最悪の場合を考えてみよう。
ただのレシートしかない。紐で月ごとに綴じてある。

それを帳簿ノートに自分で仕訳してつけていく。
何もできないわたしだが、仕訳くらいはできる――ある程度。
ただ、その会社その会社でルールが違うので戸惑うだけである。

たとえば、お茶の葉を買った場合、それを福利厚生費にするのか雑費にするのか、はたまた消耗品費にするのか。
そういうことである。

分からないことは宇S江さんに聞けば分かる、と言われて頑張るわたし。
「I澤さんもだいたい分かりますよ。忙しいときはよく手伝ってくれるから」
そう言われてついつい聞きやすいI澤さんに聞いてしまうわたし。
E田さんチームの仕事が一段落すると、「××さんと○○さん、やりますよ」と引き受けてくれるI澤さん。

帳簿もつけて、別紙で交通費の内訳まで計算してくれている人もいる。
そういうときは、それらをレシートと照合してチェックする。

事業主は税務のプロじゃないので、つけてはいけないレシートを経費に含めているかもしれない。
入れるべきレシートが抜けているかもしれない。間違った項目になっているかもしれない。
――そういうわたしのほうが素人なんだけど。

ちなみに帳簿はほぼ手書き。
終わると会計ソフトに入力する。

あとはソフトが計算してくれるのである・・・・・・

3月、確定申告

いよいよ、3月。確定申告。
どう考えてもこの時期は忙しいだろう、と予想がついていた。

会計事務所の全従業員(先生まで含めて5人だけど)が臨戦態勢。
2月半ば頃から本格的に忙しくなり始める。
3月になると「例年と同様、今年も3月は土曜日出勤お願いします」。
平日も、女性パートは10時出勤を9時出勤に早め、男性社員は夜も残業が続く。

確定申告をするためには、まず、青色申告という決算をしなければならない。
美容室経営者、お好み焼き食堂経営者、小さな自営企業経営者、手みやげ持って続々とやってくる。

しかしこの手みやげはしばしお預けである。
生菓子はその日のお茶の時間に出すが、日持ちのするものは確定申告が終わるまでお預け。
この時期は「わ~い、お休憩だ~」とのんびり談笑しながらお茶を飲む、なんてしない。
だからお菓子も出し甲斐がないのである。

やってくる人たちは、先生用小部屋でしばし歓談、手みやげを渡し「よろしくお願いします」と言いながら帰っていく。
手みやげと一緒に渡されるのは、大きな紙袋。
ここに申告用のものが一式、入っている。

それはレシートを紐で綴じたものの場合もあれば、きちんとした計算書や帳簿が揃っていることもある。
その中間で、完璧ではないが一応つけられている帳簿が入っていることもある。
これをチェックして、あるいはこちらで帳簿をつけて、申告用紙に記入するのである・・・・・・
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