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わたしは知っている

入力するわたしは、入力する雑誌については、内容をよく知っている。

中を見なくても、「良かった特集3つ」「良くなかった特集3つ」を入力したり選択したりしていれば、どういう特集があったか分かる。
読んでいなくても、その理由に書かれていることで特集の内容が把握できる。
「自然素材だけを使ったおやつなんて、いいと思う」と書いてあれば、自然素材だけを使っているのだな、と分かる。
「でも**なんて、滅多に買わないから、ちょっと作りにくい」と書いてあれば、**という材料が必要なんだな、と分かる。

何度も何度も特集名を見る。
何度も何度もその特集への感想を入力する。

だから実はよく知っていたりするのだ。

目黒さんよりも。
電話を受けるために一通りは見る派遣さんやアルバイトさんよりも。

「目黒さん、今度のハッピーヘルシーは、こんな特集を皆さんいいって言ってましたよ」
「へぇ、そんな特集してたの?」

目黒さんは雑誌のひとつひとつの記事を知っている必要はない。
そんな末端の仕事をしているわけではないからだ。
それに忙しくて、配られた刊行物をいちいち全部見ていられない。

わたしは結構、分かる。

「さつまいも特集なんて、ありましたっけ?」
「さつまいも特集?」
「前にさつまいもの特集を見て、その号を買いたいっていうお問い合わせなんですけど」

さつまいもの特集はなかった。
でも「川越へおいでませ!」のコーナーでさつまいもを紹介してた。

まあ、わたしも、いつでも分かるというわけではないのだが・・・・・・
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申し訳ないミス

そのときは分からなくて、後から知る事実というのもある。

そのとき入力していたのは、毎年1回ある読者プレゼントだった。
「創刊○周年」というタイトルで行われるもので、11周年だろうが30周年だろうが、毎年同じように行われていた。

千名様に当たるという、株式会社ハッピーとしては大がかりなプレゼントだった。

物は年によって違う。
たとえば化粧ポーチだったり、エコバッグだったり、バインダーだったり、スカーフだったり――

ブランドと提携するのではなく、オリジナルでそのために作成する。

だいたいバッグは2ないし3つの色が用意され、どの色に応募するか明記することになっている。
わたしが最初に入力したときは、AとBになっていた。色名のときもある。

そのときはAとBでは、色も違うし、デザインや柄も若干違っていた。

ハガキの仕分けは終わっていた。
たとえば応募券を貼っていないなど、不備のあるものは無効となり、有効なハガキから500枚ずつ入力する。
これは統計のためのものであって、当選者を入力するものではない。
抽選はすべての有効ハガキを集めて、別途行われることになっていた。

わたしは中野さんから、Aに応募された500枚と、Bに応募された500枚を渡された。

このハガキは実に眠くなる入力だった。
午後など、これをやっていると、いつのまにか頭がぼうっとして、記憶が飛んでいる。
――わたしは今、ウトウトしていたのだろうか?

ぼんやりしているときは、今見ているこのハガキが、終わって横によけようとしたものなのか、これから入力すべきものなのか、わけが分からなくなっている。

こんなことではダメだ!!
と、振り切り振り切りやっていたある日、ハッと気づいた。

最初にBを500枚、午後からの出勤の日ばかりだったので何日かかけて終わらせた。
その日は、途中からついにAに切り替わったのだった。

しかしずっとBを選んできたので、気づいたらBを選んでいた!

もう何十枚と入力してしまっている。

わたしは手を止めた。
そこまでの分、(最初の何枚かのAはAを選んでいたはずである)、怪しいものをよけて束ねた。

一日の終わり、外出していた目黒さんや中野さんも戻ってきて、わたしは今日終わった分と、まだ終わっていない分を中野さんに渡した。
「実はこれを、Aなのに間違ってBと入力してしまいました」
わたしは報告して、申し訳ありませんと平謝りに謝った。

しかし中野さんは動じることなく、にっこり笑ってくれた。
「あ、分かりました。大丈夫ですよ、そんなに気にしなくても」

なんて優しい人なんだ!!
嫌な顔ひとつしなかった。

中野さんは派手に目立つ存在というのとは違うだけに、こういうひとつひとつのことがとても心に響く。
ああ、こういう人だったんだ――と。

ずっとずっと時が経ち、中野さんが他の部署に異動してしまってから更に2年か3年経ったとき、わたしは目黒さんと話をしているときに言った。
「中野さんて、とてもいい人で、嫌な顔をしたのを見たことがないですよね。
これこれこういうことがあったときも、気にしなくて大丈夫ですよって、にっこり笑ってくださって」
「そうよ。そして後からあたしに、どうしたらいいですか?、ってニコニコ聞いたのよ。
どうしたらいいですかって言ったって――」

――どうやら、修正するのはちょっとばかり面倒だったらしい。
中野さん、本当にありがとうございました・・・・・・

当たらないですって・・・

機械的に入力をしていたある日。

来週の水曜日からずっと第一の職場に行く予定で、それまでにあれもこれも終わらせなきゃいけなくて、ちょっと必死だったわたし。
ただひたすら、入力している。
機械的すぎて、今入力した文章の内容も頭に残っていないし、何も考えていない。

ハッピーキッチンのアンケートで、大人気のプレゼント番号2を入力中だった。

春の行楽弁当などが載っているためか、若いママが送っているのが多い。
若いママたちは、可愛くイラストを描いてきたり、シールを貼ってきたり、アンケート用紙も演出する。

ああ、この人も可愛く書いてるなぁ、とぼんやり思いながら入力する。

プレゼント番号に「2」と書いてある。
「当たりますように・・・♪」 と番号の下にピンクの文字が書いてある。

編集部の宛名のところにはハートマークがたくさん描かれ、黄色の蛍光ペンで縁どりされ、可愛らしい。

宛名の「編集部行」の「行」は二重線で消され、「御中」と書き直されている。
礼儀も尽くしているなぁ。

で、機械的に下側に目をやり、住所・職業・年齢などを入力しようとすると――

まっさら!!

名前も住所も電話番号も、未婚・既婚も年齢も、何もかもまっさら。

・・・・・・この欄、記入を忘れましたね?

当たりっこないよ~~!
――ていうか、当てようがないよ~~!!

ちゃんとアンケートも答えてくれてたのにねぇ。
こんなに可愛くしたのにねぇ。

個人情報欄、まるっきりの白紙では――当てようもないし、連絡のとりようもないねぇ・・・・・・

前の質問から続ける人

アンケートに答えているとき、「Q3の質問と同じ」などと書いてくる人がいる。
そしてそれは、集計して報告書になると意味が分からなくなってしまう。
それについて前の記事で書いた。

ちょっと違うのだけど、わたしの記憶に残る特殊な人がいた。

その人は一年間のアンケートモニターさんだった。
何枚ものアンケート用紙をFAXで送り返してくるモニターさんだ。

もう5回以上、わたしはモニターさんの移り変わりを見てきた。
「今回の人たちは熱心に書いてくる人が多いなぁ」とか、「今回の1番さんは用紙がいつも黒くて見にくいなぁ」とか、だんだん特徴が分かってくる。

その人はお笑いのネタのように、数枚のアンケート用紙をまとまった感性で答えていた。

正確には覚えていないけれど、たとえばこんな感じ。

------------------------------------------------
「マヨネーズで簡単味付け」の特集について伺います。

1.この特集に興味を持ちましたか?
 d.興味をもたなかった
 理由:マヨネーズが嫌いだから。

2.この特集の料理を作りたいと思いましたか?
 b.作りたい
 理由:とは言っても、彼氏がマヨ好きで、雑誌を見て「これが食べたい」と言ったから。

3.この特集の良かった点は?
 マヨ好きな相方の一言。

4.この特集の悪かった点は?
 彼氏のことさえなきゃ、私自身は食べない。世の中マヨ好きばかりじゃない。
------------------------------------------------

せっかく一連の流れで答えを書いていて、まるでひとつの作品のようになっていても、集計してしまえばバラバラ。
とても残念だった。

このモニターアンケートは、紙の状態では編集者は見ない。
集計する人でさえ見ない。
(個人的に覗き見的好奇心が旺盛という人は、回収したとき見てるかもしれないけど。)

通常は入力しているわたししか、紙の状態で全部の答えに目を通す人はいない類のものなのだ。
せっかくこれほどつながりを持たせて書いてくれているのに。

まことに残念、と一年間思っていた・・・・・・

前の質問にも書いたけど

ひとつのアンケート用紙には、たくさんの質問が並んでいる。
ハガキサイズだとあまりないけれど、一枚の紙、または数枚の紙のアンケートの場合、一連の質問に答えているとこう書く人がいる。

「前の質問にも書いたけど、私は牡蠣が苦手なので」
あるいは「Q3の回答と同じ」とか。

一枚一枚を編集者がパラパラ読んでいるときは、それでも問題ないと思う。
「前の質問の答えって何だっけ?」とちょっと目を上にずらせばいい。

でもわたしが入力したデータをアルバイトさんなり派遣さんなりが集計したら、報告書では何がなんだか分からない。

データは「この人がこう答えた」という集計方法ではなく、「この質問にはこのような意見が寄せられた」というまとめ方だからだ。

Q3:良かった特集は何ですか?
「冬は鍋!」を選んだ人:100人
 理由 冬になると鍋が食べたくなるから。
    やっぱり冬は鍋ですよね!
    体が温まるし、野菜もたくさん摂れてヘルシーだし、言うことないから。
    ・・・・・・
    ・・・・・・
「和のお菓子をあなたのキッチンで」を選んだ人:75人
 理由 和菓子は好きだから。
    和菓子が大好きだから、家で作れたら嬉しい。
    おうちで和菓子が作れるなんて、びっくり。
    ・・・・・・
    ・・・・・・

こういったところに突然「前の回答と同じ」とか「前にも書いたけど、どうのこうの」という回答が入る。

――前の回答って、何??

でももう分からない。
回答はバラバラにされて、それぞれの質問と選択肢のところに誰の回答ともつかずに並んでいる。

そういう仕組みが分かってからは、「前の回答と同じ」「Q3の回答と同じ」の場合は、入力の際コピーしておくことにした。
――できるときは。

アンケートによっては、入力画面が数ページに分けられていることがある。
「次のページへ」をクリックして、次の入力画面に行くタイプだと、前のページにあった質問はコピーできない。
また入力するのはヒジョー~~~~に面倒だ。
長かったりするとなおさら。

そういうとき心の中で「ちっ」と舌打ちしても、誰もわたしを責められないと思う・・・・・・

集計しやすい入力データ

入力がやりにくければ、入力画面を変更してくれる――できる場合は。

わたしは他の人の仕事と全く関わりなく、黙々と仕事をしているから、入力画面を作っているのも読者ホットラインのアルバイトさんとは知らなかった。
だから希望を言ってもいいとは思わなかったし、やりにくくても黙々と続けていた。

相手の仕事を知らないというのは、こういうことがよくあるものだ。
目黒さん側は、単発を雇っているから当然そういう無駄があり、それでいいと思っている。
そういう意味で、この会社はゆったりとした空気が流れていた。
多くの会社はそういう無駄がないよう、仕事の手順がよく検討され、細かく決められている。

このゆったりした空気こそ、わたしにとっての「株式会社ハッピー」だ。
どんなに出版業界が苦しいと言われても、社員さんが「うちも苦しいのよ」と言っても、やっぱりまだまだ盤石なんだと思わせる。

それはともかくとして、入力画面を作成している人たちは入力をしないから、困ることが分からない。
漠然とは分かっても、細かいところは分からない。

わたしは遠慮しないで言うことにした。
たとえば、わたしは番号で覚えて入力するタイプなので、「選択肢の番号はなるべくつけてほしい」とか。
もちろん、紙でもWebでも受け付けているアンケートの場合は、同じ入力画面を読者も使う。
読者の方にとってやりにくいというなら、自分はやりにくくても我慢するしかない。

でも言えることで、だいぶ楽になった。
直せるものは直してもらえるし、不便なものもどうして変更できないか理由が分かって諦めがつく。

自分も配慮してもらうので、相手に対しても配慮しなくては。

それからのわたしは、ときどき聞いてみることにした。
「こういうとき、どうやって集計しているんですか? どんなふうに入力されていたら便利ですか?」

たとえばテーマ名を入力するときは、ぜ~んぶ入力したほうがいいのか、大見出し部分だけ入力したほうがいいのか? ――どっちでもいいが、揃えて欲しい。
こういう間取りだとか、こういう収納ボックスだとか、インテリアなどで図が描いてあるフリーアンサーはどう入力したらいいか? ――図があるということを書いて欲しい、またどういう図かの説明を言葉でして欲しい。
フリーアンサー内で改行してあったら、書かれているとおりにしたほうがいいか? ――足立さんは改行は一切しないで欲しいと言っていた。後(もう違う人に代わってた)には、箇条書き部分などは改行することにした。

集計しやすい形で入力すること。
ここに注意するようになった。

ずっと同じわたしを使ってくれているのだから、何かメリットがあるようにしたい。
「やっぱり長くいる人が入力するとやりやすいよね」と言ってもらえるようになりたい。

しかしこれにはもうひとつの側面があって、わたしが長くいて、アルバイトさんが入れ替わると、分かってもらえない。
最初から集計しやすい入力であり、それが当然だから、こちらの苦労が分かってもらえないこともある。

数の少ない不定期刊行物のアンケートなどは、アルバイトさんがしたりもするから、そういうときにきっと感じてくれるはず。
誰でもできる入力作業も、結構厄介だったり、やり方によっては後の集計作業が面倒だってことを。

そう信じて、気を休めている・・・・・・

入力しやすい入力画面

「ハッピーインテリア」の入力はそれほど面倒ではなかったが、一個所だけ、苦手なところがあった。
紙と入力画面とで、選択肢が違うのだ。

たとえば、紙ではこんなふうになっている。
 1.読売新聞
 2.朝日新聞
 3.日本経済新聞
 4.毎日新聞
 5.北海道新聞
 6.北日本新聞
 7.中日新聞
 8.南日本新聞
 9.購読していない

同じ設問が、入力画面ではこんなふうになっている。
 1.読売新聞
 2.朝日新聞
 3.毎日新聞
 4.日本経済新聞
 5.中日新聞
 6.北海道新聞
 7.北日本新聞
 8.南日本新聞
 9.購読していない

わたしはチェックしていく設問が並んでいたら、1つ1つクリックしない。まとめてする。
 購読している新聞は? : 3番
 住まいの部屋数は?  : 5番
 賃貸か持ち家かなど  : 2番
 既婚か未婚か     : 1番
 子供の有無      : 2番

こういうふうに質問が並んでいるなら、「35212」と覚える。
「35212」と唱えながら、クリックしていき、次のフリーアンサーなどに移る。
「読売新聞、2LDK、賃貸マンション、既婚、なし」と覚えるわけではないので、順番が違うとやりにくい。

もう何ヶ月も通って、他の人たちとも気軽に話せるようになり、わたしはランチ時にぼやいた。
「『インテリア』のあの質問て、紙と画面で並びが違うから、すごくやりにくいんですよねー」

そうしたら意外な答えが返ってきた。
墨田さん「あ、そうなんですか? 違ってるんだ。じゃ、直しますよ」

直せるの!?

わたしはてっきり、どこかWeb画面作成部署があって、そこで作っているから直せないものだと思っていた。
違ってることさえ気づいてなかったということは、ミスなの? それとも気にせず作っているの?
何か理由があってわざと順番が違っているのかと勝手に思っていた。
――集計の都合で画面上はこういう順番だけど、紙では読者にとって分かりやすい順番にしているとか。

中野さんも言う。
「入力画面は直せるので、言っていただいたほうがいいんですよ。
やりにくいことがあったら、どんどん言ってくださいね」

言ってもよかったのか――!!
やりにくいと思いながら入力し続けたこれまでの何ヶ月って、いったい何だったのか――

実は同じ問題が、本誌お便りアンケートにもあるんですよ。

でもこちらは、紙ではスペースがないから選択肢が少なくなっているけれど、集計の都合で入力画面では選択肢が多くなっているのだった。
(その他としてフリーで入力するよりも間違いがないので、できる限り選択させるほうがいいのだ。)

言えば何でも直してもらえるというわけでもないんですね、やっぱり・・・・・・

耳年増

入力している最中は、周りの声がよく聞こえてくる。

隣の部署に声の大きい男性社員がいて、その人の仕事がまた、一日中電話をしているような仕事だった。
手はキーボードの上を動いているけれど、頭は電話の声を追っていたりする。
「××さん、頼むよ、ホントさー。いや、そうじゃないって。頼りにしてますよ、頼みますよー。そこは××さんがなんとかしてくれなきゃ。ホントに? またまたー。いっつもそれでだまされてるんだから、うちは。いや、それは冗談としてもさ。やっぱりうちとしても困るんでね。いやいやいや。あ、そうなの?」

――前に行った単発のデータ入力(っていうか加工?)でも、広告営業の人たちって電話ばっかりしてたなー。

しかし聞いてみると、その声の大きい男性は総務部。
事務用品の会社や、リースのオフィス機器の会社、社内ネットワークやセキュリティを任せている会社とやりとりをしているらしい。
――そういう会社と30分でも1時間でも話すのか!
うーん。まだまだわたしには、「会社」の仕事って分からないなー。

墨田さんや足立さんが、読者ホットラインへの電話に応対しているのも聞こえてくる。
――へぇ、そんな質問があるんだ。――あらー、なんか今回のは大変そうだなぁ。

目黒さんが中野さんと仕事のことで相談している声も聞こえてくる。
目黒さんが墨田さんや足立さんに指示や訓話をしている声も聞こえてくる。
反対側からは、男性偉い人の千代田さんが大田さんに話している声も聞こえてくる。
大田さんの相槌も聞こえる。
――ふうん、千代田さんと大田さんは、今日はお昼にアジフライ定食を食べたのかー。

自分で文章を考えているわけじゃなく、えんえんと書かれている文字を入力しているだけだから、一心不乱に仕事をしているように見えても意外と耳はダンボ。
よく「聞いてないように見えて、何でも知ってる」と言われたが、そりゃ聞いてるような様子で聞いてたら、仕事サボってるってことでしょー。

入力している文章は、こう言ったら悪いけど、読んでいてすごく面白いものではない。
ただの感想だし、だいたいどの人も言ってくることはほぼ同じ。あっと驚く回答なんて、あまりない。
長々書いていても、内容的には「興味があったので面白かった」と一行で済ませている人と大差ない。
「私は以前テレビで見てから、普段から野菜を摂りたいとちょうど思っていたところだったので、タイムリーな特集で、とても面白く読めました。家族も多いのでなるべく野菜を食べたいです。」と長いけれど、一言でいえば「興味があった」んでしょ? 面白かったんだね?、と。

編集者ならもっと関心があるのだろうけれど、わたしはその記事を書いた人でも、その雑誌を作った人でもないし。

というわけで、入力マシンと化してダカダカダカダカ音はしているけれど、頭はあまり使っていないので、周囲の出来事に意識が向く。

そうでもしないと、退屈な仕事だし・・・・・・

漢字の間違い ひとこと言いたいケース

漢字の間違い、と言っておきながら、最初の例は漢字ではないのだが。

「夏は暑いので、料理はどうしても手抜きになってしまうので、マンネリ化してしまうので、ちょっとしたヒントがほしいので、写真もきれいで、自分でも作れそうな感じで、値段も手頃で、かなりの数買っています。」

――もっと、句点を入れて、分かりやすく書こうよ。


「いつも購読して、読んでいます。」

――購読も、読んでいるも、「読んでいる」ってことだよ。
「いつも購入して、読んでいます」または「いつも購読しています」って書くべきだと思う。


「せいろ蒸しが興味あり。」

――こういうの、多い。「せいろ蒸しが良かった」と同じように使ってるんだよね。
意味は分かるけど、細かいことを言っちゃうと、「せいろ蒸しに興味あり」なんでしょ?
せいろ蒸しが何かに興味を示している、みたいに思えちゃうよ。


「話題の調理家電の情報を入手すればするほど、私の購買力が増す一方です。」

――情報を入手すると、どうして購買力が増すのか、分からない。
購買力って、買う力、つまり経済力とかのことでしょ?
「購買欲」「購買意欲」が増すって言いたいんだよね?


「既に活用していたので、私には真新しい感じがしなかった。」

――この人はモニターさんなのだ。
毎月送ってきて、毎月「真新しい料理がなかった」とか「真新しい情報ではなかった」と一回は書く。
この人が言わんとすることは、絶対「目新しい」だと思うんだけど。


よく読む雑誌欄に、キャリアウーマンが読みそうな雑誌を幾つか挙げていたのに、
「ピーマンは子どもが嫌手」と書いてた人。

――「苦手」だよね。
そのままなら単なる漢字間違いだけど、難しそうな雑誌を買ってる割には、ってとこで高得点。


「シンプルなものが良い。奇を狙ったものは好まない。」
この人は「奇を狙った」のところに「き ねら」とルビをつけてくれていた。

――それを言うなら「奇を衒った」です。そして「ねらう」のではなく「てらう」です。
これもそのままなら単なる漢字間違いだけど、わざわざルビを振ってたからねぇ。
「あんたら、こんな難しい言葉、読めないでしょ?」って意味?
それで間違ってるの? とちょっと皮肉な気持ちになってしまったわけ。


漢字間違いとは違うけど、最後はこれ。

購読している新聞:
□その他 (民間のもの)

「民間のもの」って――ほとんどそうでしょ・・・・・・

漢字の間違い レアケース

あまり見かけない間違いだが、面白かったので覚えているもの。

料理の特集に関して、「盛り付けも弁当になります」と書いてあった。
入力マシーンになっていると、気付かずにそのまま進んでしまうことがある。

3つくらい後の質問で、「盛り付けも弁考になります」と書いてあって、気付いた。
「盛り付けも参考になります」だったのか!!

よく見ると、最初のところも「弁当になる」のではなく「弁考になる」だった。

次は長い文章。
「生はまっているのは、ピーマンのエビづめです。3年前のレシピが代かつ役です。」

「今はまっているのは」ピーマンのエビ詰めで、3年前のレシピが「大活躍」してるんですよね?

次はこれ。
「彩りが少し渋味な感じでした。」

彩りが渋いってこと?、と思ったら、他の質問にこう言っていた。
「この占い、××にたとえるなんて、ちょっと渋味な気がしました。」

もしかして、地味?

他にも、続々登場。

「野菜のテーマが良かった。絶のものとか、もっと使って」
・・・・・・「緑」のもの?

「キャ別、大好きなので、このテーマは嬉しい」
・・・・・・キャベツ、わざわざ漢字にしなくても。

「結結してからずっと料理をしているので」
・・・・・・「結婚」してからずっと、ですか?

「料野をもっとたくさん知りたい」
・・・・・・「料理」ですよね。
でもこの人は、別のところでは「料理」と書いていたので、単なる間違いかも。

こんなふうに間違い探しをしていたら、単調な入力も飽きないかも。
――いやいや、やっぱり飽きるものである・・・・・・

漢字の間違い 頻出ケース

この間違いをしている人は結構多かった、と思うもの。
それは「打倒な価格」(たぶん「妥当」と言いたかった)。

値段についての質問で「打倒だと思う」「打倒」「打倒なところ」などと書いていた人は、一人二人ではなかった。
打ち倒してどうする――?

「作」と「使」の誤用も、多くの人に見られた。
これには、いくつかのバージョンがある。

------------------------------

「つくる」も「つかう」も「作」だと思っている例
 ・栗を作った料理を作ったことがないから。
 ・身近な食材を作って簡単に作れるから。

「つくる」は「使」、「つかう」は「作」だと思っている例
 ・白菜を作った料理を使ったことがないから。
 ・よくある素材を作って使えるので良い。

「つくる」も「つかう」も「使」だと思っている例
 なぜかあまりない。

------------------------------

5年目のとき、モニターアンケートで、新しい間違い方を見つけた。

「つくる」を「伝」だと思っている例
 ・家でカステラを手伝りできるなんて、知らなかった。
 ・手伝りのお菓子を子供に食べさせたい。

これは、他の人には見られなかったので、この人だけの間違いだ。

でもなぜか、漢字の間違いにははやりすたりがあるようで、時代が変わると間違いも変わる。

この仕事に就いたばかりの頃は、「レパートリー」を「デパートリー」と書く人が何人もいた。
でも4年くらい経った頃には、だいぶいなくなっていた。
「レパートリー」という言葉自体、以前ほど使われなくなった。

「作」と「使」の混乱は、2~3年目頃に大発生していたが、5年目に入る頃「そういえば最近見ないな」と思った。

それから、頻出というほどではなかったが、「スタッフ」を「スタップ」と言う人がときどきいる。
「スタップの皆さんもとても親切で」と書いてあったりする。
同じアンケート内で2度3度「スタップ」と書いてあるのも見たので、書き間違いではない。
インターネットを見ていたら、ある人がブログで「撮影のスタップ」と書いていた。
ある一定数の人々は、「スタッフ」を「スタップ」と思っているようだ。

この「スタッフ」「スタップ」については、数は多くないが、流行もない。
時折しか見かけないけれど、常に1人くらいいるようである。

漢字の間違い方にも流行があるとはね・・・・・・

漢字の間違い 覚え違いバージョン

この仕事に就いた初めの頃は、「レパートリー」という単語を「デパートリー」と書いてくる人が幾人もいた。
一般的な間違いというか、そう思っている人は一人や二人ではなかったのだろう。

たとえばこんなふうに書いてくる。
「今回のハッピーキッチンはレシピの数が多くて、私のデパートリーが増えました」
「魚をもっと食卓に出したいと思っていたので、魚料理のデパートリーが増えてよい」
「野菜を使った料理のデパートリーが少ないので、参考になった」

なんとなく、分かる。
デパート・・・・・・百貨店・・・・・・いっぱいある、よりどりみどり
そんなイメージと重なるのだろう。

こういうように、発音を間違って覚えている例もある。
(そして字の間違いと違って、カタカナ語についてはわたしもそれほど自信がない)

「アボカド」は、「アボガド」と言われることがよくある。
それと同じ間違いなのか、「パプリカ」を「パブリカ」と書いてきた人もいた。

「しょうしがとてもめだち、色がきれい。」とわざわざひらがなで書いてきた人も。
「ひょうし」でしょ?

「レンシレンジ」・・・・・・電子レンジのことだよね?
こういうのは、そのとき「デンシレンジ」と書こうとして、つい間違っただけということも考えられる。
しかし、入力していたら、他の箇所でも「レンシレンジで簡単に作れて」と書いてあった。
この人は確実に「レンシレンジ」だと思っているんだ――

こういう間違いって、感動を台無しにすることもある。
読者からのお便りページに最近の出来事を寄せてくれた方。

――子供が二人いるが、下の子が病気になってしまい、入院。
上の子はおじいちゃんおばあちゃんに預けられる日も多くなり、寂しいだろうにこらえている。
まだ幼いのに、一生懸命にママである自分や下の子のことを気遣おうとしてくれて、切なくなる。

「上の子は、私が帰ってくると、まんべんの笑みを浮かべて走り寄ってきます」

・・・・・・まんめん、でしょ?

マシーンのように入力しているので、感動の話題にも特に感動することなく淡々と入力するわたし。
しかし入力しながら、「ここは感動~、ってとこなんだろうな」と考えたりはする。
ふんふん、それで? あ~、そう~、と読んでいって、「まんべんの笑み」で思考の流れが止まってしまう。
感動、遮断。

まぁ、「まんべんなく」って言葉もあるから、「まんべんない笑み」って言いたかったのかな。
でも「まんべんない笑み」って言わないよね・・・・・・

漢字の間違い 字違いバージョン

わたしは小さい頃から本を読むのが好きだった。
最近は読む本の量が激減したけど、やっぱり読むのは楽しい。
だから漢字の間違いには敏感なのだ。

中には気になってたまらないものもある。
できるならこの人に連絡して、「あなたこれ間違ってますよ」と言いたい、と思うこともある。

しかし時が経つにつれ、そういうのには慣れっこになってきて、気にならなくなった。

たとえばこんなものがあった、という例を挙げておこう。
全部、実際に書かれていたもの。あまり気になって、最初の頃は手帳に書いたりしていたのだ。

------------------------------

とても約に立った
 →とても役に立った

初売されてたから
 →発売されてたから

いつの時も食は副をもたらすと思います。
 →いつの時も食は福をもたらすと思います。

和題 → 話題

話大 → 話題

参与 → 参考

機体しました → 期待しました

気待 → 期待

期帯 → 期待

冷臓 → 冷蔵 ・・・・・・そりゃ、臓物も冷蔵するだろうけど。

逃戦 → 挑戦 ・・・・・・逃げるんですか。

工風 → 工夫

機回 → 機会

大活役 → 大活躍

手転に → 手軽に? 手頃に?

時参する → 持参する

値断 → 値段

公熱費 → 光熱費

ある低度 → ある程度

普通の健診と韋って → 普通の健診と違って

食べすぎ、変食に注意して → 食べすぎ、偏食に注意して

------------------------------

まだまだいくらでもあったが、途中から麻痺してきて、気にしなくなったので覚えていない。

看板雑誌「ハッピーライフ」の読者のお便りページで、「これまでにした漢字の間違い大募集」という企画をやっていたときは肩をすくめた。
皆さん、「私、こんな間違いしてましたー!」と書いてくるけど、きっともっと気付いてない間違いがあるよ、と言いたくなった。

漢字間違いシリーズ、次回に続く・・・・・・

グループ会社の人でさえ

なんとなく、出版社っていうのは編集部ばっかりあるイメージが定着している。
わたしが単純なのだと思うけれど、テレビドラマなどで出てくる出版社って、編集長が偉そうにしていて、あちこちにあるデスクで編集者が記事を書いていて、活気があるよ!という場面ばかりに見える。

「編集長! 取材行ってきます!」
「おう! 行ってこい!」みたいな。

「デスク! こういう特集を組むのはどうですかね!?」
「んー、悪くはないだろうけどなぁ」
「今、時代はこれこれだと思うんですよ。絶対いけますよ! やらせてください!」みたいな。

「××! ちょっと来い!!」
「はい」
「なんだ、この記事は~! 全然伝わってくるもんがないぞ! 書き直せ!」みたいな。

でもわたしが座っている席は、総務部と経理部に挟まれた場所にあり、聞こえてくるのは――
「××さーん、この伝票、**の記入が抜けちゃってるみたい」
「あ、すみませーん」
別の方角からは、
「××さん、コピー機のことで、CD事務機器さまからお電話です」
「あ、そう。この電話もう終わるから、出るわ」
「はーい。じゃ回しまーす」

親会社は、あまり出版とは関係ない業種の大企業だった。
あるときその本社に、別件の派遣単発の仕事で行った。
顔合わせの場で、系列企業で働いた経験について尋ねられた。
「こちらでは一度違う部署でも単発の仕事をさせていただきました。
また、株式会社ハッピーでも、お仕事をいただいています」

すると、相手のエリート(のはず)社員さんは身を乗り出した。
「すごいですね! 編集をやっているんですか!?」

いやいや、もちろん違いますって。
会社なんだから、編集部以外にもフツーの部署あるし。
雑用もいいとこの事務ですよー。

でもなんかホッとした。
系列グループの本社の人でもそういう勘違いがあるんだなぁ。

せっかくなので、面白情報も披露しておいた。
「ときどき××(親会社)の偉い方々もいらっしゃますよ。
そのときは社内のキッチンで、お料理雑誌のレシピで好評だった献立を作って、食事会をしているみたいですよ」
「そうなんですか? 出さなくていいですよ、そんなの」
とエリート社員さんは笑っていた。

「そういうときはキッチンから食べ物や料理の匂いが漂ってくるので、ああ偉い方がいらっしゃるんだなって分かるんですよ」

細かい事情はもっとある。
普段の試作は編集部側キッチンでやるから匂いが来ないとか、偉い人接待は社長室側キッチンでやるからわたしのいる部にも匂いが来るとか。
偉い人というのは年配層の男性が多いから、和風料理が好まれるという噂を聞いたとか。

ま、でも、あまり細かく言ってもね・・・・・・

編集者以外に見ている人たち

読んでいる人にしてみたら、アンケートに書いた感想は編集者宛てだ。

中にはきっちりした人もいて、「今号の感想」のところにはその号の感想だけを書き、編集者へのメッセージはを余白に書いてきたりする。
「寒くなりましたが、編集部の皆さんもお体に気をつけて、これからも素敵な雑誌を作ってください」とかそんなことだ。

でも、前の記事でも言ったように、見るのは編集者ばかりではない。
入力しているわたしも見る。
アンケート用紙を開封、整理しているアルバイトさんも見るかもしれない。

場合によっては、それ以外にも見る人たちがいる。

たとえばそこに、質問が載っていた場合。
「表紙になっている料理を作りたいと思ったのですが、何ページに載っているか分かりません」
「P100の大根のきんぴら風の分量では、塩100gとなっていますが、それは1gか10gの間違いでしょうか?」

そういうものがあれば、とりあえずわたしは目黒さんに知らせる。
質問を受けるのは読者ホットライン係だから、目黒さんが必要と思えば、部下のアルバイトたちに回答を指示する。
そうすると、そのアルバイトさんも読むことになる。

または、めったにないことだけれど、苦情が書かれていることもある。
「通販ページで注文したら、不良品が届いた」
「広告ページに載っていた番号にカタログを申し込んだら、使われていない番号だった」

そういうものも、とりあえずわたしは目黒さんに知らせる。
通販は株式会社ハッピーがやっているものもあるので、そういう場合は通販部に知らせなければならない。
広告に関しては、場合によっては広告部に問い合わせるか、対応してもらうこともある。
そうすると、通販部の人や広告部の人も読むことになる。

ときどき、バックナンバーについて、アンケート用紙で問い合わせてくる人もいる。
「この雑誌、とても気に入りました。バックナンバーを買いたいと思いますが、在庫はありますか?」
「とてもよかったのでもっと読みたいのですが、バックナンバーはどうやって買えばいいですか?」

それは販売部の担当だ。
コピーを取って、販売部に知らせることになるので、販売部の人も読むことになる。

ふうん。
出版社にも編集部以外の部署がたくさんあるんだなぁ、と改めて思ったりした。

当たり前か・・・・・・

「汚い字でごめんなさい」

「最後に、私の汚い字を読んでくださった編集部の方、ありがとうございました」

余白にそう書いてある。
「今読んでいるのはわたしだけどね」と心でつぶやく。

こういうことはときどきあった。

もちろん編集者も読む。
株式会社ハッピーは、「読者の意見を大切にする」というスローガンを掲げていて、担当編集者はアンケートやお便りを熱心に読む。
らしい。――わたしは編集部に行くことさえないので、実際に見たわけではなく、聞いた話だ。

しかし会社には多くの人がかかわっている。
読者のアンケートというのは、いろいろな人の手を経て最終地点に着く。
最終地点というのが編集者なのか、個人情報保護のための溶解なのかは知らないが。

郵便物はまずいったん受付窓口に届く。この会社の場合は、総務部。
そこで仕分けされ、アンケートだったら読者ホットライン係に渡される。
ナンバリング担当者のアルバイトさんが、期限内と期限切れを分けたり、開封したり、ナンバリングをしてナンバリング表に今日の枚数を記入したりする。
開封したついでに、ちらっとアンケートを読んじゃうこともあるかも。
どうせ担当者は報告をする人でもあるので、入力後に集計されたデータは読むのだし。
読者ホットラインも関わったイベントのアンケートだったら、評価が気になって絶対読むだろう。

その後、わたしの出番。
すべてのアンケートはわたしの目を通り、指からデータとなって出力される。
もちろん、わたしが担当しないものは別だけど、主な雑誌は全部わたしの担当。
わたし1人しかいないから、わたしは全部読むことになる。

雑誌によって、入力前または後に、編集担当者たちが回覧する。
回覧のためにアンケート用紙をまとめたり、この人が見たら次はこの人、と回していくのはアルバイトさん。
すべての書籍、雑誌のチームにアルバイトさんがついているわけではないが、主な雑誌はそう。

でも直接アンケート用紙を見なくても、わたしが入力したデータは読者ホットラインの誰かの手で、報告書になる。
報告書は、読者ホットライン係のトップ目黒さんが見た後、編集部に回される。

また社内ネット上に公開もされる。
だから社内の全員が閲覧可能。
必要ない人はあまり見ないけどね。

あなたの「汚い字」というので一番困るのはわたし。
正確に入力しなきゃいけないからね。

でも外から見たら、編集部以外の人間は透明人間であることが多い。
自分も漠然とそういうイメージを持っていたと思うし、仕方がないけどね・・・・・・

「これ、好評なの?」

ある日、モニターアンケートを入力していたら、こんな回答に出会う。
モニターさんだから、先月も今月も来月も――1年間同じような質問に答える。

Q:面白くなかった記事を3つ選んでください。
A:P35 ××の記事
理由:いつも必要ないと書いているように思う。私以外の人には好評なんだろうか?

わかる!
でも、好評なんだよねー。

わたしも最初の頃は、「こんなの絶対読まないだろー」と思うようなテーマを「いい」って言う人がいっぱいいるんで、びっくりしたもんだよ。
自分だけの感覚では分からないもんだねー。

と言ってあげたくなる。

自分が雑誌を読んでいる大方の読者層から外れていたり、その感覚とずれていたら、こういうことが起こる。
雑誌でもTV番組でも映画でも、「ターゲット層」というものがあるのだ。
内容は多くの収入をもたらしてくれるターゲット層に合わせて作られる。

10代向けのファッション雑誌を40代が見ても、「わぁ!素敵!」と思うことが少ない。
20代向けの占い雑誌を見ていたら、恋愛や結婚に持ち込むタイミングのことばかりで、40代50代は「もう結婚してるし」と思うことが多い。

ターゲット内でも、感覚があまりにずれていたら同じことだ。

人はよく「皆そうだよ」と言ってしまう。
子供の頃、欲しい物を買ってもらうのに、「皆持ってる」と言い、親に「皆って誰なの? 全員持ってるの?」とか「人は人!」と言われたときと同じ。
「クラス全員なのか」と聞かれると、確かにそうではない。

こんなの面白いわけがない、と思っているのは、自分や自分の周囲だけかも。
自分の周囲というのは、気の合う人が多い。
気の合わない人は、周りにいても親しくいろいろな話をしなかったりする。
だから「皆そう思ってる」とは言えないのだ。日本中の人に聞いたわけじゃなし。

わたしはターゲット層ではなくて、仕事でたまたま出会った雑誌ばかりだから、余計そう感じるのだろう。
この人もモニターだから毎号送られてきて、毎号読んでいるけれど、本来はそういう層ではないのだ、きっと。

アンケートに応募してくる人は、今回1回限りの人もモニターの人も、編集部の編集者がアンケートを読むと思っている。
こうして勝手に末端派遣に親近感を抱かれているなんて、この人は知らないだろうな・・・・・・

「広告ページが役に立った」

前回、「広告はいらない」「広告記事を減らしてほしい」という人が多いことを書いた。
それだけだと、まるですべての人が広告ページを憎んでいるように聞こえてしまうので、逆の人もいることを紹介しておこう。

「広告」とひと口に言っても、今どきは凝ったものも多く、いろいろある。

たとえば、家電製品の広告でも、ただ商品の写真を載せているだけではない。
そのオーブンを使って作れるおいしい料理を、有名料理研究家が紹介していることもある。

お酒の広告でも、「このカクテルに合う料理」「このワインがより引き立つ料理」を紹介していることもある。

納豆の広告ページで、納豆がいかに体にいいかを説明していることもあるし、車の宣伝で、ファミリーカーで行く観光地を案内していることもある。

園芸用品の会社が種や苗をプレゼントするキャンペーンをやっていたり、食品会社がキャンペーンをやっていることもある。

薬草や珍しい野菜などの入ったお茶を販売している会社が、花粉症について説明していることもある。
その薬草(あるいは珍しい野菜)が、花粉症に効くはずだからだ。

こういう記事的な広告は人気が高く、それを「面白かったテーマ」に挙げてくる人もいる。
広告の料理が、もともとの掲載料理より票を獲得することだってある。

そういったことが、その商品の売上につながったかどうかは、わたしには分からない。
また、しょうゆの会社が広告に載せている料理を「作りたい」とは言っても、そのしょうゆを使うかどうかは、わたしには分からない。
が、とにかく、そういうふうに広告を楽しんでいる人は、「広告はなくせ」と言ってくる人と同じくらいいるのである。

――もちろん、広告について何とも言ってこない多くの人がどちらの側なのかは、分からないことだが。
実際、読んでいて面白い記事広告もあるものだ。

では、商品の宣伝しか載っていない広告は嫌われているのだろうか?
――これが、そうでもない。

パターンはいくつかある。
・この商品はもともと好きな商品。だから広告を見て嬉しい、楽しい。
・自分も持っていて使っている商品なので、広告が載っていて目が留ったし、嬉しい。
・本当にこんな効果があるのか、以前からとても興味があった。
・TVCMなどでよく見ていたので興味はあったが、TVCMは短いので詳しいことは分からない。
 それがこの広告ページに説明が詳しく書いてあったので、とても興味深く読んだ。
・こういう商品を買おうと思っていたので、じっくり読んだ。
 (たとえば、ちょうど車を買い替えようとしていたとき、車の広告を見たとか)
・キャンペーンをやっていることを知らなかった。知ってよかった、さっそく応募する。
・この商品を知らなかった。買ってみたいと思った。
・この企業がこのような取り組みをしているとは知らなかった。利用したいと思った。
・色(あるいはデザイン、モデル、キャッチコピー)がインパクトのあるもので、目についた。

これらの感想は、わたしが入力中、よく目にするものだ。
正確に言うと、「よく」と言っても、100枚中4~5件。
広告はいらないと言ってくる人も、100枚中4~5件。

だから、なくしてくれという人が圧倒的に多いわけでもないのだ・・・・・・

「広告はいらない」

「広告は必要ない」
「広告が多すぎて不快です」
「広告が多すぎます。どうせ見ないので、載せないでください」
「後ろの方のページは広告ばかりで、紙のムダ。買う気がなくなります」

これはよく書かれる――

特に看板雑誌「ハッピーライフ」にアンケートを送ってくれる人は、このことをよく言っている。
季刊誌、ムック、書籍などと比べて、圧倒的に広告ページが多いせいだと思う。

季刊誌である「ハッピーキッチン」などはあまり広告は多くない。
それでも少しは入っているわけで、こういうことが書かれていることがある。
「料理と関係のない広告がなければよいのにと思いました。
本代が少々高くなったとしても、料理のみの方が個人的には好ましく思います。」

そう、わたしもこの会社に入って初めてしっかり認識したわけだが、雑誌の値段なんてたいした儲けがないのだ。
会社が成り立っているのも、編集者が取材に行けるのも、写真を撮って誌面に載せられるのも、カラーで印刷できるのも、広告収入があってこそ。

たとえば、ハッピーライフに載っているお料理は、料理研究家が考えたりする。
ハッピーライフで紹介されているお掃除方法は、家事の専門家や評論家が提案したりする。
ストレス解消の特集では、精神病医や心理学者が監修したりする。
料理の写真を撮ったり、家事の方法をイラストで描いたりもする。
そういう人たちにもお金を払う。

まぁ、会社である以上、編集者しかいないってわけはないのであって――
経理部門や総務部門だってあるわけだし、わたしのような末端まで考えれば、直接雑誌を製作していない人材もいっぱいいる。

雑誌を出すには、紙代、印刷代、流通費用だけの問題ではないわけだ。

もし広告がなかったら、「ハッピーキッチン」に意見を寄せた方が言うように、本代が高くなる。
この人は「高くなってもいい」と言っているが、人によっては「値段はそのままに決まってる」と思っている人もいる。
入力しながら、ついついわたしは心の中で言ってしまう。
「広告をなくせって言ってるけど、値段が上がってもいいの?」

わたしも深く考えていない頃は、そういう仕組みにも無頓着だった。
だから余計なのだけど、たいていの人が言われれば納得することだと思うのだ。
だって、ほとんどの人は働いていたり、今は主婦業をしていても独身時代は働いていたり、社会の仕組みって分かっているだろうから。
ただ、思いつかないだけなのだ。

で、まあ、「本代が上がってもいい」と言っている人も、「30円や50円上がってもいい」と思っているのかもしれない。
でもそれでは済まないかもしれない。

それほど広告費というのは高いのだ。
20ページあった広告を10ページに減らしたとしたら――
どうだろうか?

あまり値段が上がったら、買ってくれなくなる人もたくさん出るかもしれない。
そうなったら、元も子もない。雑誌自体の存続にかかわる。

広告が減ることは、むしろ存亡の危機なのである・・・・・・

「プレゼントって本当に当たるの?」

雑誌によっては、定期的に発行しているのに、アンケートの戻り枚数が少ないものもある。
たとえば、アンケートを送ってくれた人が100人だったら、プレゼント当選者数が10人でも1/10の確率だ。
中には、住所を書き忘れた人や、プレゼント番号を書き忘れた人もいたりして、倍率はまた下がる。

戻り枚数が少ないのは、販売部数が少ないのかもしれない。
それとも部数は多くても、この雑誌の読者層はアンケートをあまり書かない人たちなのかもしれない。

とにかく「ハッピーインテリア」については、アルバイトの墨田さんがよく言っていた。
「うわぁ、この3番のプレゼント、応募してる人5人だ。3人に当たるのに。
自分で応募したいといつも思っちゃう。○○さん、応募してみたらどうですか?」

――もちろんこれは冗談で、応募しないし、しても社内の人間には当たらないけどね。

逆に、株式会社ハッピーが発行している家計簿は、毎年、大量のアンケートが戻ってくる。
家計簿は年に1冊しか発行しないし、それがいっぺんに買われ、いっぺんにアンケートが戻ってくる。
割と人気で売れているらしい。

家計簿担当係は、わたしが働いている間、足立さん→杉並さん→葛飾さんと変わったが、毎年秋から冬にかけて、大量のアンケートを段ボールに入れていた。
郵便窓口である総務部から、どさどさとアンケートを渡される。
どれだけ来たか、数を数えなくてはならないので、ナンバリングをする。
そして、(たぶんプレゼント番号ごととか、そういう決まりのもとに)段ボールに整理して入れる。
段ボールは最終的に何箱にもなった。

これを全部入力していたら、何ヶ月もかかってしまう。
入力するのは、このうちの500件のみ。
社員の目黒さんが言うには、「だいたいねぇ、500件くらい入力すれば、傾向がつかめるのよ」。
500件ほど入力した場合も、ぜ~んぶ入力した場合も、結果はほとんど同じなのだそうだ。

当然プレゼントの当選者数は多く設定されている。
A賞50名、B賞50名、C賞200名といったふうに。
他のアンケートのA賞5名、B賞8名、C賞6名、D賞3名、なんていうのとは違う。

でも全体の数からしたら微々たるもの。

ランダムに選びだされた500件を入力していると、何度かこういう質問に出会う。
「毎年応募していますが、当たったことがありません。本当に当たる人はいるのでしょうか?」
家計簿って10年20年使い続けることもあるし、その間ずっと応募しているのに、と思うみたい。

心の中でわたしは思う。
「ちゃんといますよ」

その時々の担当アルバイトさんが、目黒さんの指示のもと、編集部の担当者と共にプレゼントの企画や製作をしているのも見ているし。
――製作って、作ってるわけじゃなくて、作る業者さんとやりとりするってことだけど。
当選者名簿をわたしが入力したこともあるし。

でも言ってあげられない。
「気持ちはわかるけど」と思いながら、次の1枚に移るのだ。

ところで、段ボールに詰められたアンケートだけど、500件以外は無駄ってわけじゃない。
受付期間が終わり、500件の入力も、選ばれた人へのプレゼント発送も終わったら、全部担当編集チームに渡される。

読み終わる頃には、次の企画も始まっているだろうなぁ・・・・・・

「枕カバーは何回取り替える?」

わたしのいた部署では読者からの電話を受けていたので、「いろいろな考え方があるものだなぁ」と驚くことがあった。
そういう質問をしてくるんだ~、そういう価値観もあるんだ~、と。

自分が入力しているアンケート用紙でも、そのように感じることはたくさんあった。

たとえば、ハッピーライフでは、毎号毎号ほぼ同じ内容の設問がアンケートになっている。
でも多少変わるところもあって、その質問は「あなたのおうちではどうですか?」というものなのだ。
今回はたとえば、こんなふうだったとする。
「1ヶ月のクリーニング代はいくらくらいですか? また、どんなものを出しますか?」
次回は「冬に鍋をする回数はどのくらいですか? また、どんな鍋が多いですか?」になったりする。

これが「枕カバーはどのくらいの割合で洗濯しますか? また、素材や柄などにこだわりはありますか?」だったりすると、わたしも非常に興味がある。
毎日取り替えるのは面倒だけど、だからといってあまり長く使い続けるのも不衛生だろう。
――いったい、他の家ではどのくらいの割合で取り替えてるの?

こういうことはなかなか人に聞かないものだし、聞いたとしても数人がいいところ。
平均がどのくらいなのか分からない。
だから自分が規格外なのかどうか、分からない。

だいたいの人が「1週間」「3日」「10日」「2週間」に一度であると回答してくる。

そんな中、「季節ごとに取り替えます。年4回。だってそうでないと不衛生だから」という人も1人いたりする。
この言い方だと、「多く聞こえるかもしれないけど、衛生って大事よね」と聞こえる。
しかし他の回答からすると、圧倒的にこの人の回数は少ない。

「年に1回、取り替えます。実家でもずっとそうだったから、当たり前と思っていたんだけど、結婚したら主人がせめて1ヶ月に1回は替えてくれと言います。普通どのくらいなのか、すごく興味がありました」という人も。
やはり、こういう話を改めてすることはないから、今までの自分のやり方が当たり前だと思っている。
いざ他の目線にたった意見を言われると、この人のように「え? 皆違うの?」となる。

こんな「へぇー!」と思うことはそうそうない。
たいていは地味に仕事をしているのだが、時々感心させられる・・・・・・

編集担当者とアンケート

前日の記事は、こんなふうに終わった。
「読者の方の熱い思いは、最初のフィルターであるわたしまでしか伝わらないこともある」

しかしそれも正確な話ではないので、やはりきちんと書いておくべきだろう。

編集者は結構アンケートを読んでいる。

誰だって、自分がしたことへの感想や意見は聞きたいものだ。
この当時わたしの本業はPCインストラクターだったが、講習会を担当したメイン講師はやはり最後のアンケートを熱心にチェックするものだ。
受講者の操作補助をするサブ講師はそれほど気にしないことを考えると、自分の担当記事もないような新米(または末端)編集者はそれほど気にしないものなのかも。
それとも気にしていたのかも?

実際どのくらい気にしているかというのは、わたし自身が編集部で見たことではないので分からない。
わたしの部署で見える範囲のことに、推理で補いをつけているだけ。

ただ、たいていのアンケートは、最終的には編集部が持っていく。
入力したり集計したりする間、企画部でアンケート用紙が必要になるが、編集部は渡したがらない。
渡さなければ集計できないのでもちろん渡すけど、いやいやながらという印象。

これはどの雑誌の編集部かによって、多少違う。
健康雑誌の編集部は熱心に読み込むが、インテリア雑誌の編集部はあまり読んでいないようだ、とか。
季刊誌は次の発売まで、企画・編集の時間をたっぷりとれるのでアンケートを読み込む暇があるが、看板雑誌は発行ペースが速いのでそんな暇があまりないとか。

そう、編集部といっても雑誌や本ごとに分かれているわけだ。
「ハッピーヘルシー」編集部、「ハッピーインテリア」編集部、というように。
だから「ハッピーヘルシー」のアンケートは、「ハッピーヘルシー」編集部の人しか読まない。

で、「ハッピーヘルシー」編集部の人は「いつ返す予定か?」というのをしつこく聞くが、「ハッピーインテリア」の人は予定も聞かないし、こちらが言った返却予定日を何日過ぎても催促してこない。
――あ、こういう交渉をするのはわたしではない。催促されるのもわたしではない。他の人。
わたしはその「他の人」と話をしたり交渉したりするのである。

アンケートは、基本的には編集者に紙のまま回覧される。ようだ。
熱心に見て次の人に回す編集もいれば、サラッと見てすぐ回してしまう編集もいると思う。

しかしとにかく、そうやって見られているわけである・・・・・・

「ずっと買ってます」

もうひとつ、答える人に、「どうしてもこれを伝えたい」と思わせる質問があるらしい。
昨日の記事の質問「ほとんど毎号買っている」とちょっと似ている。

「これまでこの本(あるいは雑誌)を知っていましたか?」
  ・買ったことがある
  ・発売されていることは知っていた
  ・今回初めて知った

「・買ったことがない」はない。
なぜなら、今回買ったわけだから。
そういう人は「・今回初めて知った」にしてほしいというわけだ。

ずーっと購入してくれている人は「・買ったことがある」ことになる。
でも納得がいかない。
「買ったことがある」程度のことではなくて、自分は「ずーっと買い続けている」のだ。
1回や2回買ったことがあるだけの人と同じに考えてほしくない。

そこで選択肢の近くにこう書くことになる。
「ずーっと買っている」「発売以来毎号購入している」「毎号買っている」

そういう愛着ある方々は、ここに「・その他(  )」という選択肢があれば、それを選ぶ。
・その他( 発売以来ずっと買っています )
と書くわけだ。

始めのうちは正直にそういうふうに入力していたが、そのうちやめた。
そういう人たちは「・買ったことがある」にチェックをつけて、毎号どうのこうのというのは入力しないことにしたのだ。

別に面倒だからではない。
もちろん面倒だけれど、仕事だから面倒だってやる。

でも入力しても、集計のときに手間ひまかけて削除されているのが分かったのだ。
フリーアンサーばかり多くなって、読み取る人が混乱するから。
また、本来「・買ったことがある」に分類されるべき人の数が「・その他」になっていては、正確な報告にならないから。

わたしも手間をかけて入力し、集計する人も手間をかけて削除しているのなら、入力することに何の意味があるだろう?
意味のあるなしどころではなくて、無駄に無駄を重ねて仕事効率も悪くなっている。

というわけでやめた。
編集者に届くまでにいくつもの段階を経る。
読者の方の熱い思いは、最初のフィルターであるわたしまでしか伝わらないこともある・・・・・・

「毎号購入しています」

こういう質問もある。
「この雑誌を(あるいは看板雑誌ハッピーライフを)買ったことがありますか?」

選択肢は、前回の記事とだいたい同じ。
  ・ほとんど毎号買っている
  ・2号に1号くらい買っている
  ・3,4号に1号くらい買っている
  ・たまにしか買わない
  ・買ったことがない
  ・その他(     )

その他にチェックをして、( )の中に「毎号買っている」と書く人がいる。
または「毎号欠かさず買っている」「創刊以来必ず買っている」「必ず買う」などと書く。

その人にしてみれば、「ほとんど毎号」ではなく「必ず毎号」買っているのだ。
合う選択肢がないから、その他にする。

でも集計する側としては、毎号絶対必ず買っているのも、年に2回か3回くらい買い忘れるだけで後は全部買っている人も、同じ部類なのだ。
同じく、コアなファン層。

逆に「毎号買っている」にすると、「でも、絶対毎号ってわけじゃないし」と遠慮する人が出てきてしまう。
「2号に1号」より多く買っている人は、全員「ほとんど毎号」にしてほしいのだ。

たとえば、こんなことを調べる日が来るかもしれない。
「コアなファンが良いと思う特集テーマと、たまにしか買わない人が良いと思う特集テーマは同じだろうか?」
もし、これまでとは違う層にも読者を拡大したいと思うなら、「この特集が載っているから買った」という「たまにしか買わない」人が好むものを知らなくてはならない。
でももしそういったテーマが、マニアの「面白くない特集」の回答に多く出ているようなら、これまでの読者を逃すことになるかもしれない。

そのとき、ほぼ毎号買っているような人が「その他」に分類されていては、きちんとした把握ができない。

年数が経つと、「入力する」という自分の仕事だけでなくいろいろなことが分かって来る。
わたしは極力「その他」に分類しないように、自分で振り分けるようになった。

「・その他( 毎号必ず買っている )」人は、「ほとんど毎号買っている」に。
「・その他( 内容が気に入れば時々買う )」人は、「たまにしか買わない」に。

ただし、わたしの立場は末端の末端、単なる入力業務である。
やりすぎないように、本当に明らかな場合だけに留めておかなければならない・・・・・・

「いつも読んでます」

全然関係ない本や雑誌のアンケートでも、看板雑誌を知っているかどうか尋ねる項目がある。

たとえば健康の雑誌、たとえば家計の本、たとえば漢方のムック本などのアンケートの下のほうに質問がある。
「ハッピーライフを知っていますか?」と訊くのである。
看板雑誌がその本の読者層に関係あってもなくても、同じように質問する。

選択肢はこんな感じ。
  ・毎号買っている
  ・月に2度くらい買っている
  ・月に1度くらい買っている
  ・たまにしか買わない
  ・買ったことがない

フリーアンサーを書く質問ならば、自分の納得のいくように答えられる。
しかし選択肢の場合は、「ぴったりの選択肢がない」と思う人も多い。
実際、自分がWebアンケートなどに登録してやってみると、「どれに当てはまるんだろう?」と思うことはある。

この質問の選択肢に飽き足らない人というのは、「買ってないけど読んでいるのよ!」という人たち。
で、「・買ったことがない」や「・たまにしか買わない」にチェックはつけるが、その近くの空いているところにせっせと書いてくる。
「でも毎号コンビニで立ち読みしてます」
「図書館で読んでいます」
「美容院(病院の待合室、銀行の順番待ちソファ等)で見ています」
「買わないが、病院の待合室や銀行などでよく見ています」

雑誌を出している会社にしてみれば、買ったかどうかが問題であって、読んだかどうかはどうでもいいかもしれない。

でも読者としては――こういう人たちは、買っていなくても「読者」だと思っている。まあ、確かに。
読者としては、言いたいのだ。
「読んでるわ!」「大好きよ!」と。
立ち読みや図書館など、形態はともかく、「毎号」読んでいるのだ、と。

「買ったことはありませんが、コンビニでいつも愛読しています」
ハートマークを散りばめて誇らしげに書いている人を見たときは、「それって愛読なのか?」とつい突っ込んだけれど、書いている人は真剣だ。

自分の財布からお金を出すほどではなかったとしても――
どれほどその雑誌を好きか、一言、語らずにはいられないのだろうなぁ・・・・・・

雑誌のその後「ハッピーヘルシー」

「ハッピーインテリア」が大胆な路線変更をして、最終的には休刊になっていった話をしたので、ついでに「ハッピーヘルシー」についても語ってしまおうと思う。

「ハッピーインテリア」が休刊になったことは、わたしにとって無関係な出来事ではなかった。
第一に路線変更をしてアンケート回収枚数が減った時点で、わたしの出勤時間も少なくてよくなった。
そして休刊になったら、さらに少なくてよいことになったわけだ。
会社の将来とか雑誌の未来とか、高尚なことはわたしには心配する資格もないが、仕事の有無はダイレクトに収入に響く。
休刊は残念な事態だった。

だから「ハッピーヘルシー」が若干のイメージ変更を考えているという噂を知ったとき、ちょっとばかり不安になった。
ヘルシーはインテリア以上に枚数が多く、つまりは日数もかかるわけで、休刊にでもなったらわたしの出勤日数はだいぶ減ってしまいそうだ。

ヘルシーは「この雑誌を愛していて、いつも買っている」と書いてくる「ファン」が多かった。
病気について詳しい人も多く、実際それらの病気にかかっている(メンタル含む)人も多かった。

だからメンタル特集のときや、生理特集、不妊特集のときなど、アンケートを朝から晩まで入力していると、アンケート全体が暗いと感じることもあった。
わたしは答えをじっくり読んでいるわけではなく、目に入る単語を指に出力しているだけだから、それほど感じないけれど、集計をしているアルバイトさんの中には「ヘルシーの報告書は気分が鬱になるから嫌い」と言っていた人もいた。

こういった傾向を少し変えて、「健康と美しさを提案する」という方向性に持って行くらしい。
メイクや美容に関する記事が少し増える。化粧品や化粧法もそうだし、髪とか肌とか頭皮ケアとか審美歯科とかも。
これまで同様、女性の体に関する記事を書いていくけれど、マンガやイラストを多用したり、内容をより全般的なものに変えていく。
――つまり、平たく言えば、もっと浅いものにしていくってことなのだろう。

方向を少し変えると同時に、表紙のデザインも変える。
これまで「表紙が気に入ってます」と書いてきた人が多かっただけに、「それは大胆な」と思った。
わたしのような下っ端に心配されることではないだろうけど、大丈夫なのだろうか?

結論として、ヘルシーの路線変更はうまく行った。

最初は少し戸惑った感想を書いてくる人もいたし、部数に変動もあったようだけど、落ち着いた。
変更前と後で、どちらが販売部数が多いのか知らない。
でも休刊になるようなことはなかった。
アンケートは少し明るいムードが多くなった。読者層は少し変わったのかもしれない。

会社としては成功だったけれど、わたしの仕事としてはどうだろう?

若干アンケートの回収枚数が減ったので、必要出勤時間は減った。
回収枚数=販売部数ではないし、回収率も売上を測れるものではないので、これはわたしだけの問題だ。
明るくなった読者層は、恋や仕事や趣味も忙しくて、アンケートを書く時間がないだけかもしれないから。

それから、入力するのが面倒な設問が1つ挿入された。
わたしからすると、あまり嬉しくない路線変更だった・・・・・・

雑誌のその後「ハッピーインテリア」

ちょっと時系列としては前後してしまうけれど、「ハッピーインテリア」の話が出たところで、この雑誌のその後について触れてしまおうと思う。

「ハッピーインテリア」の長所は、安いことと身近な実例が載っていること、実例が多いことだった。

インテリア雑誌というものは高い。
わたしも無謀にも“素敵な新居”に憧れて買った時期があったが、写真が多いからか取材が多いからか、雑誌の価格はわたしが買っていた当時で1100~1600円。
もっと高いものもあったろう。
そういう中で「ハッピーインテリア」は1000円を割と大きく下回る価格で、一般庶民に人気だった。

――わたしが「一般庶民」という言葉を選んだわけではない。
読者アンケートに送って来る人たち自身が、そういうふうなニュアンスで書いてきていたのである。
「インテリア雑誌は高いものばかりで、私にはなかなか手が出せませんが、この価格なら気軽に買えます」

それからこうも言ってくる。
「他社のインテリア雑誌はあまりにも素敵なお部屋、豪華なお宅が多く、私には経済的にも間取り的にもとても真似できません。
でもハッピーインテリアに載っているお部屋は、私でも参考にできそうなお部屋が多くて、身近に感じます」

そしてそういった「一般庶民」の方々も、高い雑誌も同時に買ったりそれを真似したりできる「裕福」な方々も、全員が気に入っていたのは、実例の多さ。
「モデルルームみたいな部屋のアイディアばかりの雑誌が多い中、ハッピーインテリアは実際に暮らしている方のお部屋が多くて参考になります。
これからもたくさんの実例を載せてください。よろしくお願いします」

でも時代は移る。
世の中は変化する。

社会の状況に伴って、雑誌も変わっていかないと生き残れない。

そういう判断のもとに、「ハッピーインテリア」は刷新された。
これまでの「ちょっとしたアイディアで雰囲気を変える」とか「ちょっとした工夫で収納を劇的に変える」とか、そういった身近路線から転回。
これからはリノベーション(リフォーム&イノベーション)の時代!
家やマンション自体のリフォームなど、大がかりな内容が増えた。

布を使って雰囲気を変えるなんて、もうやっていられない。
収納自体考えよう――それも箪笥やカラーボックスなんていうものばかりじゃなく、ウォークインクローゼットや壁面収納など、部屋そのものを変えていこう。

当然、「社宅(or賃貸)に住んでいるので、壁に穴をあけるようなことはできません」という人は離れて行く。

ターゲット層や内容の刷新に伴って、価格も大幅にアップ。
雑誌では、30円値上げしても「上がりましたね!」と言われるのに、200円300円という単位の値上げ。

これまで「安くて買いやすい」と思っていた人たちの多くは戸惑い、中には離れて行く人も。

ある日、「ハッピーインテリア」は休刊した。
わたしは気にしたことなかったけど、あまり「廃刊」て言わないものらしい。
「休刊」して、そのままにする、というのが雑誌の終わり方なんだな、と分かった。

そういえば読者ホットラインにも「『体に優しい玄米の本』て、いつ再刊されますか?」とか、昔の雑誌の問い合わせが来てたなぁ。
そのときいつも目黒さんは言ってたもんね。
「未定です、って答えて。まあ、復刊することはないけどね」

「ハッピーインテリア」がなくなったのは、無謀な路線変更のせいだとか、価格を上げすぎたのだとか、いろいろ勝手なことは言えると思う。
乱暴な推測を許すなら、「ハッピーヘルシー」みたいにもっと読者の身になれば良かったのだ、と言うこともできるだろう。
そういう憶測が、アルバイトや派遣の間で取り沙汰されたのは間違いないけれど、真相はわたしのレベルでは分からない。

休刊になることがよくないことなのかどうかさえ、わたしには判断できないことだ。
だからこの記事に結論はないのだけれど、そういうことがあったという歴史だ。

その後に入ってきたアルバイトさんにしてみれば、そういう雑誌がかつてはあって、そのアンケートも読者ホットラインの仕事だったことさえ知らないことだ。
あの頃いたんだもんなぁ、と思うと、年月が経ったことを感じる・・・・・・

雑誌の性質:ハッピーインテリア

健康系の季刊誌「ハッピーヘルシー」の編集者が、読者アンケートをじっくり熟読していたのと比べると、「ハッピーインテリア」はあっさりしたものだった。

「ハッピーヘルシー」は入力のために預かっても、「もう一度貸してください」と持って行かれることもある。
必要なものはコピーを取ってすぐ返してくれるけれど、こちらは安穏としていられなくて、なるべく早く終わらせたいと思う雑誌だ。

「ハッピーインテリア」のほうは、そもそも別に欲しいと言わない。
まず回覧して――と言っても、どの程度回覧しているのか?
いったん読者ホットラインに預けると、どれほど遅れてもそれほど気にしていないようだ。
集計して報告書にしたものも、特に待たれている風ではなかった。

もともとあまりアンケート用紙は回収されない。
――でも回収枚数イコール販売部数ではないし、回収率でも売り上げは測れない。
だから回収枚数が少ないからといって、売れていないと短絡的にわたしが想像することはできない。

書いてくる人たちの間では人気だったし、大好きだと言われていた。
他のインテリア雑誌とどう違うからいい、というのも具体的に書いてあって、本当に好かれているのだなぁ、と思った。

たぶん、料理雑誌の「ハッピーキッチン」よりは販売部数は少なかったと思うし、「ハッピーヘルシー」よりも少なかったかも。
でもアンケート用紙の回収率はたぶん低いほうで、部数の割に戻りが少なかったのではないかと思う。
――想像だけど。

アルバイトの墨田さんは、何事にも面白いことを見つけるタイプ。
「うわー、今回のインテリア、あたしも応募したかったわー」と足立さんに見せる。
「何?何?」
「このランプ、紫で応募してる人5人しかいない。送ったら当たった確率すげー高そー」
「ホントだー! あたしも応募したかったー」

そういう会話が聞こえてくると、なんだかわたしもそんな気がしてくる。
置く場所がないのだから実際は応募できない。

――というより、一応身内なのだから、応募できない。
別に「するな」と明確に言われたことはないけれど、普通しない。

でもまあ、「へぇ、それなら当たりそう」なんて思わされる。

アルバイトさんは会社直雇いなのだから、本当に身内なわけで、もちろん墨田さんも足立さんも冗談で言っている。
アルバイトさんは会社に住所なども知らせているのだから、実際に当選してしまったら、発送前に分かってしまう可能性も大。

わたしは派遣だから、履歴書を提出しているわけではない。
まして単発、株式会社ハッピーの人はわたしのことなど知らない人ばかりだから、もしかしたら送られてくるかも。

でもやっぱり、やったことはなかったし、本気で考えたこともなかったけど・・・・・・

雑誌の性質:ハッピーヘルシー

健康系の季刊誌「ハッピーヘルシー」の特徴は、「読者の意見重視」ということだった。
読者アンケートはじっくり読みこまれる。

集められたアンケートはいったん「ハッピーヘルシー編集部」で回覧され、読者ホットラインに戻される。
それをわたしが入力することになる。

読み込んでいる証拠に、あちこちに付箋がついている。
「これはお便りコーナーに使える」という意味でつけられたと見える付箋。
「××さん、こういう感想、ありがたいですよね」と後に回る編集者へのメッセージ。誉められている記事を担当した同士とか、そういうことだろうか。
「この部分『読者の皆が知りたいことは?』コーナーに使えませんか?」というコーナー担当者へのメッセージ。
何も書かれていないけれど、あちこちについている付箋。何枚も入力していくと、どうも今回は「基礎体温」について何気なく書かれている部分につけられているらしい。次号か次々号で基礎体温の特集でもするつもりなのかな? と入力しながらふと思う。

一見素晴らしいことに思えるけれど、どの雑誌でもそういうことが重要なのかどうか、わたしのような素人には分からない。
アンケートに答えてくる読者は全体の中の僅かでしかないし、これを読みこんだから読者全部が理解できるというものではないかもしれない。
読者が今現在興味を持っていることばかりやればいいというのではないかもしれない。思いもよらない新しい情報を提供することによって成り立っている雑誌もあるかもしれない。

何度も言うけれど、わたしは末端で、編集者でもなければ分析をしているわけでもない。
だから結論は出せないのだけど、ここまで読者の(少なくとも届いた分の)「声」を大切にするって、面白いなぁ、と思った。
ハッピーでも他の雑誌はここまでしていない。

これは編集長の性質によるのか・・・・・・
もともとこの雑誌はそういう性質なのか(編集長というのは変わるものだろうから)・・・・・・
それとも他社でも健康系の雑誌というのはそういうものなのか・・・・・・
どの雑誌もそういうものでハッピー発行の他誌が参考にしなさすぎなのか・・・・・・

わたしがはっきりと分かっただけでも、2つの事例がある。

ある時、夏号を入力していた。
興味のある項目チェックはいつも、番号を短期的記憶に覚えておいて、機械的にクリックしていく。
「健康に関しては、1,5,6,8,15,16・・・・・・カチカチカチ(1,5,6,8,15,16)。
婦人科に関しては、3,4,10,11,12,14・・・・・・カチカチカチ(3,4,10,11,12,14)」

――今回はずいぶん「セックス」「セックスレス」にチェックをつけてる人が多いなぁ。
夏だから開放的な気分になるのかな?

まだ最初の頃だったので、「夏だから?」なんていう気楽な想像しかできなかった。
後になると、たとえば「今号は不妊がテーマだったから、関連してセックスやセックスレスに興味のある人が多く買ったのかな?」というような想像も成り立つと分かった。

そうして次の秋号を入力したら、「なかなか人に聞けない話:セックスについて」という小さなテーマがあるのを発見した。
1ページか2ページの小さいテーマで、大特集ではなかったけれど。

それからあるとき、髪のことをテーマとして載せていた。
ヘアスタイルで印象を変えるとか、弱った髪をケアする方法とか。

その号では興味のある項目のその他欄にチェックして、「白髪」「白髪で困ってます」「白髪について教えて欲しい」と書かれていることが多かった。
わたしも全く同感だった。
ハッピーヘルシーのターゲットはわたしよりもう少し若い年齢だから、白髪はあまり特集されない。
でも白髪って、それがあるだけで老けて見えるし、染めるのも面倒だし、あるっていうことが第一ショックだし、なんとかしたいものなんだよね~。

と、共感していたら、次の号で1ページの小さな記事が載った。
「白髪についての困りごと」

うーん。
すごいなー、この反応の早さ・・・・・・

雑誌の性質:ハッピーキッチン

「ハッピーキッチン」の読者年齢層は幅広かった。

やっぱり一番多いのは30代~50代だと思う。
20代の人もときどき書いてくる。
60代の人は結構書いてくる。
70代80代の人もときどき書いてくる。

アンケートを入力していると、最後に属性ページがある。
 住んでいるところは:北海道 東北 関東 中部 近畿 中国四国 九州沖縄
 都道府県 性別 未既婚 子供の有無(いる場合は年齢) 年齢
 年代

年齢を具体的に入力する欄とは別に、年代を入力する欄がある。20歳未満 20~29 30~39・・・・・・
最後は「60歳以上」だけれど、号によっては70代の人が多かったり、80代の人が多かったりする。
それが全部ひっくるめて「60歳以上」? 分けたほうがいいのじゃないか?と思うくらい。

そんな幅広い「ハッピーキッチン」だけど、読者層は入力していても感じることができる。
「初心者より上だけど、簡単でおいしい料理を知りたい人」「ベテランだけどもっとレパートリーを増やしたい人」

初心者が買わないというわけではない。
もっとも多い層は初心者を脱した人かな?と思うだけ。

「初心者なので料理の基本のページがとても有難かった」という回答だって、たくさんある。

だけどやっぱり、こうして料理ばかりが載った雑誌を毎号のように買う人というのは、料理好きが多いのだろう。
料理好きということは、初心者領域は脱した人が多いということなのだろう。

そしてなぜか中部のある県の読者がとても多かった。
どうしてかはわたしには不明のまま。

料理の本というのは主婦雑誌の延長線上にあるように感じられる。
だから主婦雑誌とつい比べてしまって、こんな感想を書いてくる人が多い。
「他の雑誌と違って料理だけを載せているので、とてもよい」
主婦雑誌は、掃除や洗濯のことも特集することがあるし、女性向きにメイクや美容の特集、手芸の特集、ファッションのページなど、いろいろ用意されていることが多いから。

それから「広告が少ないので嬉しい」。
毎月とか、毎週とか、定期的に出ている雑誌は、広告をとらなきゃ立ちゆかない。
「ハッピーキッチン」はムックだから、広告はとても少ない。
でも読んでいるほうにとっては、「どっちも料理が主の雑誌」という感覚なのだと思う。

男性読者はたま~にいたけれど、ほとんど女性だった・・・・・・
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