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とりあえず除外

1月末のG市のお料理教室が終わって、今回の3回のお料理教室はすべて終了した。

2月にはもう次のお料理教室シリーズが検討されていた。
5月に第一回をやろうということになっていて、3月にはメニューの相談が始まっていた。

今度もまた講師はマナヅル大介さん。
編集部のイベント担当者は青梅さん。

しかし3月にメニューの打ち合わせを青梅さんとしているとき、目黒さんは明らかに荒川さんを無視していた。
周囲からは無視しているように見えた。
ところが荒川さんのほうは、それをあまり気にしている様子ではなかった。
仕方ないと思っているような――

そしてついに荒川さんはカミングアウトした。
「もしかしたら、あたし、異動するかもしれないんだ」

まだ確実に決まったわけじゃないから、言えなかったんだけど、そういう話があるの、と言う。

――アルバイトに異動があるの!?

本来はない。
でも荒川さんは目黒さんとうまくいっていなかった。

ちょうどそこへ、広告部イベントチームのアルバイトさんが辞めるという話が出た。
イベントチームはちょうど忙しくなり始めた頃で、所属している社員たちは大変そうだった。
これまでとは比べ物にならない量のイベントをこなさなければならないのに、人員数は社員2人。(後にもう一人異動してきて、3人になった。)
そこにアルバイトさんが1人いるだけだ。

できれば、即戦力となる人材が欲しい。
荒川さんのイベント経験を活かせないだろうか?――となった。

この裏には、絶対品川さんの後押しがあったと思うが、どうだろう?

品川さんがかつて可愛がっていた人が、このイベントチームのNo.2社員さんだ。
そして品川さんは広告部の幹部、港さんとも話せる仲だ。
「港さんから話が出れば、経営企画部は断れない」と根回ししたのではないだろうか?

千代田さんとしては、目黒さんと荒川さんの対立は厄介だったに違いない。
この異動で問題は一気に解決するだろうから、話を進めたい。

でも目黒さんにうまく切り出さなければ――

こういう話が水面下で進んでいて、目黒さんに打診されたり、荒川さんの意思を確かめたりしていた。

そこで目黒さんとしても、「いなくなるかもしれない人を参加させるわけにいかないじゃない」と、荒川さんを打ち合わせから除外していたのだった。
これまで共有フォルダにしまっていたイベント関係の資料も、いつのまにか消えていた、と荒川さんは言う。

青梅さんが目黒さんの席に来る。
目黒さんはわざと絶対荒川さんの顔を見ずに、青梅さんとメニューの話をする。

「やっぱり家で再現してもらわないと、お料理教室をやった意味がないものね~」
「今度はおもてなし系じゃなくて、家で作れるメニューにしましょうか」
「家で作るとなると、何? 餃子とか炒飯とか?」

荒川さんは聞こえているけど、口を出さない。

ランチのときに、わたしや同じアルバイトの日野さんに言ったりする。
「でもさ、あのメニューだと、どうなのかな?
餃子と炒飯とスープでしょ? コンロを3つも使うじゃん。それは難しいと思うんだよね。
2テーブルに4つのコンロだと、2つしかできないからさ。何かができなかったり、冷めたりするよね。
あとは、たとえコンロが3つあっても、そこに人がいっぱい集まっちゃうわけだからさ。危険だよね」

――今まではどうしてたの?

「コンロ使う料理とオーブン使う料理があったりしてさ、コンロを使ってる間、オーブンで焼いてるとかできたからね」

なるほど。

これはかなり後まで気づかれず、そして案の定「あれ?」ということになった。
荒川さんは正しかった。

しかし目黒さんもただものではなかった。
「スープをさぁ、学校の先生たちにレシピ通り作ってもらって、会食のときそれを出そうか」

え、スープは「ここに出来上がった状態のものがあります」ってこと?
そうだった。スープは実習しなかったのだ・・・・・・
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7回目、関東G市

荒川さん7回目のお料理教室は、関東G市。
これが今回の3回シリーズの最後になる。

G市のお料理教室は、年が明けて1月に開催された。

荒川さんのストレスは当時マックスになっていた。
人事部は3ヶ月ごとにアルバイトさんと個人面談を行い、「問題はありませんか」と聞く。
荒川さんは「あります」とかなりぶちまけた、と言っていた。

千代田さんは総務部、人事部の長でもあったので、心配して荒川さんと面談。
そしてまた荒川さんは「ぶちまけた」。

目黒さんのちょっとばかり気分次第なやり方、ちょっとばかり非効率的なやり方は、誰もが知っている。
長所と短所は表裏一体なのであって、もし目黒さんが効率優先のやり方をしたら、目黒さんのいいところもなくなってしまう。

目黒さんは、何かミスがあるとアルバイトに責任を押し付けることがあったが、これは別に目黒さんに限ったことではない。
アルバイトも社員同様に仕事をしている部署では、上司側は「アルバイトだから」という意識はないかもしれない。
とにかく、これも、会社としては分かっていることだ。

千代田さんにできることは、話を聞いて「それはそれは」「なるほどなるほど」となだめることくらい。
できることというか、しようと思うこと、というか。

しかし目黒さんの効率の悪い運営については、品川さんからも指摘が上がっており、編集部の一部からも指摘された。
品川さんはもともと、目黒さんと仲がいいとは言えない。
しかし編集部からも指摘されたとなると、多少問題である。

新人や若い人ではなく、ある程度の人だったから余計だ。

そこでG市には、経理部の部長で、役員にも名を連ねている女性、立川さんも行くことになった。
「目黒さん、今度のお料理教室、私も見学に行かせてもらいますから。よろしくね」

G市は関東だったので、行くとしても新幹線や飛行機の必要はない。
なので、社長も久しぶりに見に行くという話になっていた。
社長がいらっしゃるイベントで不様なところを見せるわけにはいかない。

目黒さん以下、読者ホットライン係は、経営企画部に所属している。
千代田さんは総務部・人事部と経営企画部の兼任部長。
立川さんは経理部と経営企画部の兼任部長。

一応千代田さんは毎回イベントに行っているが、今回は立川さんも責任者として監督に行く。
その背景には、そういう流れがあったのではないかと思う。

目黒さんだって、社長が来るというのだから、立川さんが来るという話がなくても気を引き締めている。
社長にずさんな運営を指摘されたら、大変なことになる。

緊張のかいあって、G市のお料理教室は無事に終了した。
「あの醜態は何なの!」と社長に怒られることもなかった。

そしてこれが、荒川さんの最後のお料理教室になった・・・・・・

6回目、中部F市

荒川さんの6回目のお料理教室は、中部地方のF市。

「F市のイベントは良かった」と荒川さん談。
荒川さんの「良かった」というのは、大きな失敗はなかったということだ。

平和に終わったお料理教室だが、荒川さんのストレスは大きくなっていて、この頃には一緒に食事をしなくなっていた。
「別行動にしましょうって言っちゃった」と言っていた。

これまで足立さん時代からずーっと、(そして荒川さんの後の板橋さんになってからも)、読者ホットライン同士、目黒さんとアルバイトさんが二人で食事をするという習慣だったのに。
前日、会場に着いてからの昼食(これは時間によってはないことがある)、前日準備が終わってからの夕食。
これはいつも二人で食べるはずだった。
――おいしいお店、珍しいお店を探しておいて、楽しく一緒に行くはずだった。

「そこでストレスがたまるくらいなら、そこら辺で適当な店に入って食べたほうがいいもの」

荒川さんは編集部とも仲良くなっていて、編集部の人が気を許して話してくることでもストレスがたまったのだと思う。

「何回もやってる割にはビミョーな仕切りだよねぇ、目黒さんて」
――そう編集スタッフに囁かれた、とも言っていた。

いくら仲良くなったって、荒川さんは読者ホットラインの人間だから、そう言われたら悲しい。
でも確かに、目黒さんはほとんど時間通り終わったことがない。
いつも何かしらあって、10分、20分、30分とオーバーする。

これは途中の仕切りが「ビミョー」だからと言われても仕方がないかもしれない。

荒川さんは次こそはスムーズにやりたいと思う。
効率よく回したいと思う。
――そして目黒さんと衝突する。

どこかのお料理教室で、なんと時間通りに終わることができた。
そのとき編集長の江戸川さんが言ったそうだ。「すごい。初めて時間通り終わった」

これをどう捉えるかは、人による。

目黒さんは大喜び。
「この間のお料理教室は大成功だったの! 何も問題がなくてね~。
参加した人たちも皆いい人たちばかりだったし、とっても喜んでくれたし。
順調でねぇ~。江戸川さんも、時間通りに終わったって感心しててねぇ~」

荒川さんは皮肉と捉えていた。
だから目黒さんの喜びようが、またストレスになる。
「江戸川さんは皮肉で言ってるのに、それを本気で喜んでどうするのよ」

そしてまた少し、亀裂が大きくなるのである・・・・・・

E市:夕食の店事件

会食用の食器にレンタルを使うことになった。
荒川さんはもう、一緒に銀座の店まで選びに行くことはしなかった。
「目黒さんが選んでくれれば、あたしが当日寄って持っていきますよ」

「持っていきます」ということは、使う食器全部ではないと思うが、とにかく持参するものがあったらしい。

出発前日、目黒さんは言った。
「明日の夕食、どの店で食べようか? 調べといて」

明日出発するっていうのに、調べる暇なんてない、と思った荒川さん。
飛行機に乗る前にガイドブックを買うことにした。

その日は雨で、重い食器の袋を持ち、ガイドブックを買って飛行機に乗った。

しかし会ってみると目黒さんは、インターネットのプリントアウトを差し出し、「調べてきた。ここが有名なんだって」
――このガイドブックはどうなっちゃうの? 自腹で買ったのに?
と思った、と荒川さんは後から言っていた。

「それで行ったところがラーメン屋でさー、カウンターなの。
一人一人の席が個室みたいにパーテーションで仕切られてるラーメン屋でさ。
話すときはもうこんなになっちゃって」
と、椅子から落っこちそうに身をそらせて見せる。

一人でも入りやすい、ゆっくり食べられる。それが売りの店。
でも二人で行ったら話はしにくい。

「それで、箸袋をチラッと裏返してみたら、池袋店て書いてあってさー」

各地に展開している店舗の一覧が書いてあり、そこに「池袋店」というのを見つけたそうだ。
荒川さんは「九州まで来てわざわざ入らなくても、東京で行けるじゃないか」とショックを受ける。

「よく見たら、東京にいっぱい店舗があるのー。
目黒さん、こんなにいっぱい東京の店舗がありますよ、って言ったらさー」

肩をポンと叩かれて「は・な・し・の・た・ね」と言われたそうだ。

もう、ガックリきちゃってさ・・・・・・

E市:アイスクリーム事件

マナヅル大介さんにはこだわりがあった。
ビスケットを使うなら、**。アイスクリームを使うなら、**。

E市のメニューのデザートには、市販のアイスクリームが使われていた。

マナヅル大介さんは言う。「できれば**がいいんですよね」
目黒さんはなんといってもマナヅルさんの意向だから、請け合う。「できますよ!」

そう言った手前、絶対に**にしなければならない。

「大丈夫よ! **なんて、どこにでも売ってるわよ。店舗もあるに違いないわ!」
――しかし**の直売店舗は、会場近くにはなかった。

「大丈夫よ! スーパーだって売ってるはずよ!」
――しかし近くのいろいろな店を電話で当たったが、返事はかんばしくない。
「大きいのは置いてませんねぇ。小さいカップのなら常に数個は並べてありますけどね」
――小さいカップ数個では、全く、全然、足りない。

「大丈夫よ! いざとなったらコンビニにだって売ってるんだから!」
――そりゃ、売ってるでしょうけど、買いに行ってみて足りないとなったらどうするんですか?
荒川さんは心配でたまらない。

「大丈夫よ! なんとかなるものよ。あたしはいつも運がいいからなんとかなるんだから」
――それは、周りがこうして心配していろいろやってるからですよ。
と荒川さんは心配が収まらない。

結局、スーパーやコンビニで小さいのを買い集めるのは、不安が大きいと判断。
電車に乗ることになってしまうが、直売店舗で買うことにした。
電話で予約し、数を揃えておいてもらうことにする。

アイスクリームの大きなパックを何個も買うことになる。
車があるわけじゃなし、徒歩と電車ではかなり重い。

「大丈夫よ! あたしが持つわよ! 筋トレもしてるんだから、あたし、力持ちなのよ!」

――しかし、実際に会場に着いてみると、やはり遠くから電話で手配した食材のチェックは大変だった。
いつもなら会場となる学校がやってくれるけど、今回はやってくれない学校を選んでしまったからだ。
まして目黒さんである。自ら「事務的作業は得意じゃない」と言ってしまう人である。

「材料のチェックが終わってないから、悪いけど一人で行ってきて」

荒川さんは一人で買いに行った。
「重かったよ。安請け合いするからだよ。**のじゃなくたって、デザートはできるんだから。
あたしが持つからなんて言ってたのにさ。手配をしてくれない会場なんか選ぶからだよ」

そりゃ、そう思っちゃうよねぇ・・・・・・

E市:まぐろ事件

前回の記事では、学校側に手配を頼めず、目黒さんが食材の手配をすることになった事件を書いた。

手配の中で一番苦労していたのは、かじきまぐろだったかもしれない。
他にもいろいろ大変そうではあったけれど、かじきまぐろは手配が難しそうだった。

「白身魚のマリネ」というのがメニューにあり、かじきまぐろを使うことになっていた。

ところが地方によっては、かじきまぐろを使わない。
これはわたしも知っている。
アンケートを入力していると、作りたくない料理に「かじきまぐろと野菜の炒めもの」なんかが上げられていて、理由欄に「かじきまぐろは私の近所では売っていないから」と書かれてくる。
これが結構何件もあり、なるほどわたしが当たり前にスーパーで見ているものも、土地によっては使わないのだと、前から思っていた。

魚屋さんに材料を注文するため電話をする目黒さん。
「株式会社ハッピーの目黒と申します。
今度、××調理学校さんでハッピーライフのイベントをすることになりまして」

他の魚介類はすぐに話がついたが、かじきまぐろはなかなか決着しない。

「かじきまぐろ、ございますよね?」「ありますよ、まぐろですよね」
「まぐろじゃなくて、かじきまぐろです。ございますよね?」「まぐろの一種ですよね」
「まぐろという名前ですけど、かじきまぐろです」

「目黒さん、正式名称とか言ったほうがいいんじゃないですか」と荒川さん。
「大丈夫よ、一般的な名称になってるもの、通じるわよ」

とにかく、なんとか、話がついた。

前日、飛行機で現地入り。
手配した食材がちゃんと着いているかどうか、確認しなければならない。

調味料や食材を使う分ずつに分けておくのも、自分たちでしなければならない。

荒川さんは作業を開始し、何かの拍子に冷蔵庫を開けた。
「そうしたら、まるでまぐろみたいな魚が入ってるの。まっかっか。
あれ、まぐろだったんじゃないかなぁ?」

かじきまぐろはメカジキのことで、白身の魚だ。
まぐろは当然、赤身の魚。

目黒さんはあれをチェック、これをチェック。
「かじきまぐろはちゃんとあるかしら?」と冷蔵庫もチェック。

荒川さん曰く、「そうしたら大騒ぎしちゃってさー」。
「あら!? かじきまぐろがない! かじきまぐろがない!」

――色があんまり赤黒いから、それがかじきまぐろだって分からなかったんだよね。
「目黒さん、そこにありますよ」って言ったら「どこ!? ないわよ、どこ!?」って。
出してあげたら、「これ!? これがかじきまぐろ!?」って自分でも言ってたよ。

そして返ってきた、参加者の感想アンケート。
「「白身魚のマリネ」、白身魚っていうより赤身でしたが、おいしかったです」

それを入力しながら、わたしも少し笑ってしまった・・・・・・

E市:手配はどちらがする?

交通の便も良く、都市としても大きく、開催しやすそうに見えたE市。

問題は会場だった。
候補はふたつあったが、ひとつは目黒さんがあまりお気に召さなかった。
建物が古かったか、設備が悪かったか、駅から遠かったか、詳細は忘れてしまった。

もうひとつは理想的な会場だった。
たったひとつの点――手配をしてくれない、という問題を除いては。

料理教室をするには食材が必要だ。
じゃがいもが何個で、にんじんが何個で、豚肉が何グラム――必要なものを全部用意しなくてはならない。

普通、調味料は学校の備品を使わせてくれるようだった。
どこまでが備品として用意されているかは学校によって違う。(塩、胡椒は備品だけど、ゆずこしょうは違う、とか。)

野菜や肉や魚などの材料は、学校が手配してくれた。
それも含んでの会場使用料、そういう学校をこれまで選んできた。

やはり全く不案内な土地の店をこちらが調べて、電話しか手段がない状態で手配するのは不安が残る。
学校に任せておけば安心だ。向こうもプロだから、間違いがあることは皆無に近い。

「でもあの学校は食材の手配をしてくれないんですよね」
と、以前E市でイベントをした広告部のイベント担当さんが言う。
目黒さんに「いい会場を知らないか」と聞かれて、相談に乗ったのだ。

しかし下見から帰ってきた目黒さんは、その学校に決めた。
会って話してみたら、手配もしてくれるというのだ。

「えー、うちが交渉しても絶対ノーだったんですけど。やってくれるんですか。すごいですね」
広告部のイベント担当さんに驚かれ、目黒さんも鼻高々。

電話で「会場に使わせてもらう」という連絡をして、約束を交わす。
他の学校には「今回は残念ながら」と連絡をして、お断りする。

そしていざ、イベント準備が始まってみると――

その学校は手配をしないと言う。
「うちはそういったことは一切いたしませんので」

「でも会って話したときは、やってくれるって話になったのよ!」

本当ですか? という社内の目。
それにしてもきちんと契約を交わさないと、話だけでは、という目。
目黒さんだから、という失礼な意味を含んだ視線。

「手配をこっちがするっていうのは大変ですよ」と荒川さん。
「大丈夫よ。店だけは学校が教えてくれるって言ってるんだから」
「でも大変ですよ。私はアルバイトだから、責任が大きすぎてできませんよ」

「いいわよ! あたしがやるから大丈夫よ! 手配なんて、前もやったことがあるんだから!」

目黒さんは意地になって、手配を一人でやり遂げた。
やり遂げたのだから、すごいと思う。

荒川さんは、たとえ目黒さんの不興を買っても、手配をせずに済んで良かったと思っていた。
やっぱりアルバイトだから、万一ミスがあったときに責任を取りきれない・・・・・・

九州出張

まず、会場をどこにするか?

いろいろな意見が出た。
やはり福岡が集まりやすいのじゃないか。
福岡はすぐ考えつく県だから、他の県に進出すべきじゃないか。
それならどこに行くか? 熊本か、大分か、長崎か、鹿児島か? それとも佐賀?
熊本だとこれこれこうだ、大分だとこれこれだ、と検討。

県と都市は切ってもきれない。
たとえば「福岡にするとしたら、開催はやはり福岡市だろう。そうすると交通の便がこうで、ああで」と、県の検討には都市の検討が含まれる。
県が決まるときには、都市も決まっている。

目黒さんは出張に行き、会場を下見してくることになった。

これは大掛かりな出張だ。
別府市の調理師学校、大分市の専門学校、鹿児島市、熊本市、阿蘇市の学校・・・・・・

何度も九州に行くのは不経済なので、行ったらあちこち見てくる予定だ。
一日に複数の県に行く予定も組んである。

2日か3日の予定で、目黒さんは旅立った。
さすがに宿泊するような下見出張にアルバイトまで連れていくことはできない。
一緒に準備をするのが好きな目黒さんだけれど、下見の出張はいつも一人だった。

そして帰ってきて、また検討。
「この学校は設備はとっても良かったんだけど、駅から遠すぎたのよ」
「この学校は設備もいいし、駅からも近かったけど、材料の手配をしてくれないっていうのよ」
「こっちはねぇ、ちょっと建物が古かったのよねぇ」
「ここだと、周りにホテルがないから、あたしたちの移動が大変なんじゃないかと思うのよ」

結局、最終的に××県E市になった。
ちなみにその後、荒川さんの次の板橋さんの時代には、九州の別の県に行っていた。

ようやく会場が決まり、行かないことになった学校にはお断りの電話。
「次の機会がありましたら、ぜひそちらを使わせていただきたいと――」

目黒さんが立て続けに電話するのを、入力しながら横耳で聞いていた・・・・・・

5回目、九州E市

荒川さんにとっては5回目になる料理教室は、九州地方で開催されることになった。

何度もやってきたお料理教室イベントだが、今回は緊張が走っていた。
場所が九州である。

ハッピーは東京にある会社だから、イベントで回ると言っても、あまり遠くには行かない。
足立さんのときに北海道に行ったのも、大冒険だった。
そして今度は南の国、九州に行く。これもなかなか大冒険なのだ。

九州の人は「ハッピーライフのイベントをします」と言って集まってくれるだろうか?
たとえ九州全体には充分な数の読者がいたとしても、集まれるかとなると――?

応募があまり少ないのも困る。

また、集まりやすいよい会場はあるだろうか?
会場設備が整っていないと開催できないし、また所在地によって集まりが良かったり悪かったりするだろう。

目黒さんの口グセは――
「昔はすごかったのよ。バブルの頃なんかはね。ハッピーライフは売れて売れて。
九州まで行って座談会したりね。外国までツアー組んでイベントに行ったりね」

でも――
「だから九州にもイベントで行ったことはあるんだけど、昔だからね~。
あの頃使ったホテルなんかも、今はいろいろ変わってるかもしれないしね~」

そうでしょうねぇ・・・・・・

5回目~7回目の計画

お料理教室イベント1回~4回目。
荒川さんの初めてのお料理教室でもあり、この4回がひとつのシリーズだった。

・東北 10月A市、11月B市 イタリアン
・関西 1月C市、2月D市  メキシカン

募集も2回分いっぺんに行われたし、メニューは2回ずつ同じものを作った。

最初のA市は10月頭、最後のD市は2月末で、約半年にわたるシリーズは幕を閉じた。

3月や4月というのは、世間的に忙しい。
ハッピーは「年度末」というのは関係ないけれど、参加者は年度の変わり目はバタバタするという人もいるかもしれない。
だから料理イベントは行われなかった。

次は世の中が落ち着いた5月頃からだろう。

じゃ、いつからやりますか?
何回くらいやりますか?
メニューは何にしますか?

――そういう打ち合わせが始まった。

そしてだいたいの予定が決まった。
講師はまたマナヅル大介さん。

メニューはイタリアンと決まった。
青梅さん「前回の料理教室では、やっぱりイタリアンの回が好評でしたよね」
目黒さん「特にピザとかを自宅で作れるとねぇ」
青梅さん「生地から作ると感動しますよね」

じゃ、それで行きましょう、ということになり、毎回ピザは盛り込まれることになった。

開催は3回。時期は適当に間を置いて。
前回のシリーズのような、2回いっぺん、というのはやめることになった。

・九州 E市 5月
・中部 F市 10月
・関東 G市 翌1月

次は5月。
季節はとても良さそうだ・・・・・・

4回目、関西D市

4回目、D市。
メニューは前回C市と同じ。
募集は前回のC市と同時に行っている。

もう試作などの必要はない。
前回も来た編集スタッフは、料理手順も分かっているから、事前に説明しなくてもいい。
前回参加せず、今回参加するスタッフには簡単に説明をする。

それから荷物の準備。

ちょうど1ヶ月後の開催だったので、荷物も物によってはそのまま。
「目黒さん、荷物ですけど、あれとあれはほどかないでそのままD市に送ってもいいですよね?
スタッフ用エプロンとかは一度出してクリーニングしなきゃいけないでしょうけど」
「そうね~。もう次はすぐだものね~」

準備も省略できるところが多いので、順調。

当日もデモンストレーションは同じなので、マナヅル大介さんもスムーズ。
司会をする荒川さんも、レシピが前回と同じだからスムーズ。

荒川さんが後から言うには、「今回は問題なかった」。

――それは何より。

荒川さんは当日が近くなると、インターネットをあれこれ見て、目黒さんとの食事場所探しをしていた。
目黒さんは「どこがいいかしら~? おいしいところあるかしら~? 探しといて」とよく言う。

足立さんはそれほど探していた印象がない。
「どこがいいですかね~?」と目黒さんと一緒にあれこれ検討していたのかもしれない。

荒川さんは以前働いていた広告代理店時代、部下の心得を厳しく叩き込まれた。
店探しは部下の仕事、店が悪ければ上司にきつく叱られる、それも仕事のうちと言われ評価に響く。
ただ「値段もまあまあ、料理もお酒もおいしくて、居心地がいい」店を選ぶだけでは失格。
プラスアルファまで求められる。

「大変だね」と言ったら、「まあ、あたしは派遣だったから、まだ良かったけどね」と言っていた。

だから「探しといて」なんて、目黒さんに気軽に言われると、荒川さんは真剣に探す。
グルメサイトを見たり、D市のグルメブログを見たり、あっと驚く店を探す。

せっかく行くんだから、おいしいお店で食べましょ。
そんな目黒さんの気軽な思いと、言われたからには素晴らしい店を探さなきゃ、という荒川さんの思い。

ここでもまた、すれ違っていた・・・・・・

C市:目黒さん消失事件

C市のお料理教室、いろいろあったが無事、終了の時を迎えた。

この街には、かつて目黒さんがお世話になった上司のお墓があった。
その上司の話はわたしも聞いていた。
墨田さん、足立さん、荒川さん、日野さん、ある程度長く働いたアルバイトは皆、一度は聞いていた。

いろんなエピソード。「そのとき××さんはこう言ってね――」
素晴らしい上司。「××さんの下にいたとき、いろんなことを勉強したわ――」

だから目黒さんは、お料理教室が終わったら、お墓参りをして帰るつもりだった。
そのことは前から言っていた。

イベントが終わって、目黒さんと荒川さんは後片付け。
千代田さんと品川さん、経営企画の人が手伝う。

編集部はそういうことはしない。
三々五々話していたり、帰ってしまったり、控え室でのんびりしていたり。

片づけをしている目黒さんのところに、編集部の青梅さんがやってきた。
「お疲れさまでしたー。あたし、これから××部長のお墓参りに行くんで。お先に失礼します」

青梅さんはマイペースな人だ。さっさと出て行く。
目黒さんが「あたしも行くのー!」と声をかけても、止まるわけではない。

「青梅さん、待って待って! あたしも行くの!! 一緒に行きましょう!」
目黒さんは慌てて荷物を持つと、荒川さんに「じゃ、後、よろしくね!」と出て行った。

荒川さんはぽかんとしたと言う。

「そのときあたしは、手に重い紙袋をいくつも持ってる状態でさー。
テーブルの上にはコーヒーチェーンの重いポットが5つくらいあってさ」

――コーヒーチェーンからコーヒーを取ってるんだ。参加者さん用に?

「編集の控え室に置くためにさー。もう目黒さんは編集にはすごい気を遣うからさ。
紙パックのコーヒーでも置いときゃ、皆それ飲むと思うのにさ。
**が近くにあるからってそこに行って、ポット借りられますかって、交渉したんだよね。
それを返しに行かなきゃならないのに、さっさと帰っちゃって」

唖然としたのは荒川さんだけでなく、千代田さんと品川さんも驚いた。
とにかく二人は残った荒川さんに「じゃ、私も持ちましょう」「あたしも持ってあげるよ」

「そう言ってくれたけど、もう嫌になっちゃってさー。いいです、大丈夫です、って言ってさー。
2回往復しようと思って、とりあえず紙袋を腕にかけて、ポット2つくらい持って返しに行ったんだ」

――そりゃ、重かったね。

「そうしたら千代田さんと品川さんもポット持ってついてきてくれてさ。
お店の人に返して、すみませんね~、ありがとうございました、なんて言って、出てきたの。
タクシーで帰ろうってことになって、乗ろうとしたら、千代田さんの手には、なぜかかばんと一緒にポットが1個あってさ。
千代田さん、それ、持って帰るんですか?って。また店に行ったというオマケもあったよ」

荒川さんに言わせると、それはまだいいのだそうだ。

「学校の人に挨拶もしないで帰っちゃったんだよ?
終わったら、普通責任者が挨拶するでしょ。なのにいなくなっちゃっててさ。
アルバイトのあたしが、ありがとうございました、って挨拶するの、変でしょ?
千代田さんも品川さんも当日手伝いに来ただけで、ずっと準備から学校とやりとりしてきたのは目黒さんなんだからさ。
挨拶するとき、すっごい恥ずかしかったよ。嫌だった」

「目黒さんのほうが年も役職も上なんだから、青梅さんに「待って」って言えばいいじゃん。
なのに慌てて追いかけて、何もかも放りっぱなしでさ」

そうだねぇ。
でも、青梅さん、目黒さんに「待って」って言われても、待たない気がするね・・・・・・

C市:ビストロ事件

目黒さんと荒川さんと、会場の専門学校でときどき仕事をするというフードコーディネーター。
3人で夕食に行くことになった。
――たぶん、目黒さん持ちで。

「ご紹介したい素敵なビストロがあるんですよ。
お料理もおいしいし、シェフもイケメンなんです」
と、そのフードコーディネーターさんが言ったらしい。

途中、コンビニの前で立ち止まるフードコーディネーターさん。
「ここのコンビニには銀行ATMがありますけど、寄らなくて大丈夫ですか?」

――これは、あなたがおごるわけだけど、お金、大丈夫?って意味だよね?

そしてそのビストロに着き、うずらのローストを食べた。
アルコールも少し飲んだ。

支払の段になって、目黒さんは「カード使えますか?」
「申し訳ありません、カードは取り扱っておりません」
「え!? カード使えないの!?」

それから慌てて現金を掻き集め、荒川さんの財布の現金も掻き集め、なんとか割り勘に持ち込めた。

3人で割り勘。
おごってもらうはずのフードコーディネーターさんも代金を払った。

「あのときはすっごい恥ずかしかったよ。顔から火が出るかと思った」と荒川さん。

そんな高い料金を取る店で、まさかカード払いができないなんて!
目黒さんの気持ちも、ちょっと分かる。

でも、かつては広告代理店で派遣もしたことがある荒川さんにしてみれば、「用意しておくのが当然!」。

割り勘になってしまったフードコーディネーターさんも気の毒に・・・・・・

C市:みやげ物事件

面白いことをするのは、目黒さんだけではない。

またまた荒川さんの話によると――

前日にC市の学校に行って、準備をしたんだけどさー。
その学校で時々働いてるっていうフードコーディネーターがいてさ。

フードコーディネーターの講座とか、たまにやってるらしいよ。
あと、今回みたいなイベントのときに手伝ったりしてるんだって。

学校に手土産を渡してさー。目黒さん、お菓子を買っていったんだけどね。

その後、フードコーディネーターの人と3人で外に出たの。
一緒に食事に行くことになったんだよね。

それで、煎餅屋さんの前を通ったらさ、そのフードコーディネーターが言うんだよね。
「こういうのが有難いんですよね~。
甘いお菓子はたくさんいただくから飽きちゃって」

目黒さん、甘いお菓子持っていったわけじゃん?

嫌みなのかな、と思っちゃった。
目黒さんも気づかないのか、「そうですよねぇ~」なんて言っちゃってさ。

――それはまた、フードコーディネーターの人も失言だね。
おしゃれなお店もたくさん知ってるっていうことで、「ここがおいしい煎餅屋だ」って言いたかったんだろうけどね。

「フードコーディネーターも、しまった!って顔、してたけどね」

そうだろうね・・・・・・

C市:ステーキ屋事件

いよいよ、3回目のお料理教室、C市。

目黒さんと荒川さんは前日に現地入り。
会場となる調理師専門学校などで、午後は準備をする。

どこかの駅で待ち合わせ。
新幹線に乗るなら東京駅とか、飛行機に乗るなら羽田とか。

そして現地に着いたら、二人でお昼を食べたりする。

C市には有名なステーキ専門店があるそうで、そういう情報には敏感な目黒さんは「ぜひ行こう」と荒川さんに言っていたそうだ。
「有名なお店なのよ!」

荒川さんの話によると、店の中に入ると赤いじゅうたんを歩いていくような演出で、高級店らしい雰囲気を出していたそうだ。
ランチだからか、あまり人はいっぱいでなくて、ゆったりと席に着いた。

「で、目黒さんがメニューを開いてさー。
チラッと見てたんだけど、パタン!て閉じて、「ハンバーグでいいわね!」。
え、ステーキ食べましょうよ! せっかく来たのに!と思ったけど、もう店員にハンバーグ頼んじゃってさ」

――え、それ、どういうこと?
値段が高かったからってこと?

「そうなんじゃない。メニュー見せてくれなかったから、ステーキがいくらしたのか知らないけど。
で、せっかくステーキ屋に入ったのに、ハンバーグ食べて帰ってきてさー」

それなら別に、無理してステーキじゃなくても良かったね・・・・・・

3回目、関西C市

荒川さん、3回目のお料理教室は関西のある都市、C市。
今回からメニューが変わる。

この時のお料理教室は、2回連続で行われていた。
・東北 10月A市、11月B市 イタリアン
・関西 1月C市、2月D市  メキシカン

三度めともなると、荒川さんもだいぶ手順が分かってくる。
荒川さんは2回目以降は司会もしていた。堂々としたものだ。

違うメニューなので、今回はまた試作がある。

でも慣れているので、荒川さんはさっさと手配する。
「前の日にスーパーに行って買っておきます。午後でいいですか?」と指定しながら確認。
「編集に説明する試作は、青梅さんに編集部の都合を聞いてみます」ピッピッピッと内線電話。

「会場の出張、そんなに遅くていいんですか? 今月行ったほうがよくないですか?」
「会場はどこに決めました? もうそろそろ必要ですよね?」

テキパキと仕事をこなしていく。

でももちろん、目黒さんはそれを上回る逸材だ。

「会場の下見は、今月はナントカの会議とカントカの打ち合わせがいろいろ入ってくるし、来月ね」
「でも来月だとギリギリですよ。×日までには決めないといけないですし」
「大丈夫よ。来月の頭に行くから」

――で、実際に来月になって、荒川さんは憤慨する。
「そして、どうしても外せない会議が入っちゃって、頭に行けなくてさ。
その後の土曜は、自分が風邪ひいて行けなくなってさ。
だから早く行っとけって頼んだのにさー。
会場が決まらないと何の手配もできないから、切羽詰まっちゃってバタバタするんだよねー!」

急に決まること、目黒さんが言い忘れていたことも出てくる。

「今日、打ち合わせね。マナヅル大介事務所。14時」
「え!? 今日ですか!? 聞いてませんけど」
「言わなかった? 14時よ。青梅さんも一緒に行くから」

――で、荒川さんは憤慨する。
「今日の午後、あの仕事をやっちゃおうと思ってたのにさ!
言っておいてほしいんだよね! 急に言うんじゃなくてさー。
言うのを忘れてるなんて、そんなのありだと思う? ないでしょ、普通」

それでも、一筋縄でいかないながらも、準備はそれなりに着々と進んでいく・・・・・・

司会のコツ

コツなのかどうか分からないけど、品川さんには「司会はこういうことに注意すべき」という品川メソッドがあった。
聞いていると、なるほどな、と思えた。

たとえば、イベントでは事前にレシピを把握しておかなければならない。
もし料理家が違うことを言ったら、司会がフォローすべきだからである。

人にもよると思うけれど、特にノリでデモンストレーションをするタイプの人だと、書いてあることと違う手順でやったりする。
「ここでレモン汁をかけるとおいしいんだよね!」

――でもレシピにはそんなこと、書いてない。
参加者全員に配布しているのに、ひとことも書かれていない。

「レシピには書いてないけど、かけてもおいしい、ってことですよね」とすかさずフォローする。

手順には「1.卵を入れる 2.醤油を入れる 3.さっくりと混ぜる」と書いてある。
なのに、料理家は「卵を入れて混ぜ、醤油を入れてまた混ぜた」りする。
ついでに景気よく「卵を入れたら混ぜて! それから醤油を入れてまた混ぜる!」なんて言っちゃうかもしれない。

「レシピとは違いますけど、どっちでもいいってことですか?」と注意を促す。

なるほどねぇ。

「結構、適当にやるのよね。特にマナヅル大介なんて、その場のノリが一番大切だからさ。
適当にやっちゃうのをあたしがいちいち突っ込むから、あたしの司会は嫌ってたね」

――マナヅル大介さんの料理教室も司会したりしてたんですか。
じゃ、顔見知りなんですね、もともと。

「広告部のイベントでよくやってたからね。
マナヅル大介のほうは、あたしのこと嫌いだと思うよ。
いろんなこと、すぐ突っ込んでたしさ」

そうなんだ・・・・・・

絶対、司会は荒川さん

なぜか目黒さんは、司会は絶対荒川さんにやらせていた。

荒川さんは一度、こんなことを言っていた。
「なんか体調が悪くてさ。やばいなーと思ってたんだけど、当日もあまりよくなかったんだよね。
喉も痛くて、声を出すのが苦痛だったからさ、目黒さんに司会は難しいって言ったの。
でも絶対やれ!ってきかないんだよね。もう、ホントにきつかったよ」

そのくらい、司会は絶対、荒川さんだった。

しかし荒川さんの中には、自分はやらないほうがいいのではないか、という思いがあった。

ひとつには、自分がアルバイトだから。
ちゃんとした司会ができるとは思えない。
そういうことについて経験豊富な目黒さんや品川さんがしたほうがいい、と荒川さん自身は思っていた。

もうひとつは、雑用ができないから。
司会をしているということは、その間は持ち場を離れられないということだ。

「司会だからさー、位置についてなきゃいけないじゃん?
デモンストレーションのときにさー、話し始めたら、目黒さんも一緒になって席に座ってるんだよね。
編集の人たちはそういうとき、何もしてくれないからさー。
それでは、マナヅル大介さん、どうぞ! って言っても、誰もドアを開ける人がいなくてさ。
あたしが司会してるんだから、目黒さんが開けてくれなきゃ、誰も開けてくれないのにさ」

――で、どうしたの?

「どうぞ!って言ってもドア開かないし、目黒さんはどっかり座っちゃって、参加者や編集と一緒になって“あっはっは”とか笑っちゃってるし、あたしが慌ててドアのとこに行って開けてさー」

――司会はデモンストレーションのときだけするの?

「ずっとしてるのはデモンストレーションのときだけなんだけど、実習のときも何かと言ってるんだよね。
そろそろスープの作業に入ってください、とかね。だから他の仕事ができなくてさ」

そうなんだ。
確かに雑用多いだろうから、手は空けておきたいよね・・・・・・

司会、荒川さん

最初の回は目黒さんが司会をした。

でもその最初の回から、荒川さんは言われていた。
「司会をやってもらうから~。最初は分からないだろうから、あたしがやるけど~」

荒川さんは何度か言っていた。
「え、でも、あたしはアルバイトだし、目黒さんがやったほうがいいと思います」
目黒さんは取り合わなかった。
「だぁいじょうぶよ、できるから!」

足立さんのときも、目黒さんは「司会を」と言っていた。
でも足立さんは言っていた。
「あたしはアルバイトだし、何かあったら困るから、アルバイトである限り司会はできない。
それだけは何と言われてもやらないつもり」

足立さんとのお料理教室では、とりあえず慣れるまでは目黒さんが司会をすることになった。
そして3回目で足立さんは辞めていってしまった。
――だから結局、足立さんは司会をしていない。

荒川さんには目黒さんはかなり強硬に出て、たぶん2回目くらいには司会をしていた。

品川さんもかつてはイベントでよく司会をしていた人なので、品川さんがやってもよかった。
でも目黒さんは頼まなかったし、品川さんも頼まれないのに手を出したりはしなかった。

荒川さんはお笑いが好きで、できることならお笑い芸人になりたかった、という人だ。
だからやってしまうとすぐに慣れて、上手にこなしていたようだ。

本人は「上手じゃないよ。ぐだぐだの司会だもん」と言っていたけれど・・・・・・

これ知ってる?

荒川さんは人と打ち解けるのがうまい人で、編集部とも親しくなった。
編集部と飲みに行った読者ホットラインのアルバイトは、後にも先にも彼女しかいない。

さて、その行った先で、大変気持ちよく飲んで盛り上がり、カラオケに行ってさらに盛り上がった。

編集部のスタッフとも気兼ねなく喋る荒川さんの様子が目に浮かぶようだ。

編集部の若い社員さんにとっては、荒川さんは不思議な存在に映るらしい。
アルバイトなのに目黒さんと並んで、まるで社員のように仕事をしているからだ。

編集部アルバイトの三鷹さんなどは、あくまでもアルバイト。
記事も書かないし、こういうイベントなどにも参加しない。
するとしてもいつも雑用係なのである。

それほど若くない社員さんは、慣れている。
荒川さんに限らず、読者ホットラインではいつもアルバイトが社員並に仕事をしている。
料理教室でもそうだし、読者プレゼントを作るときもそうだ。
業者さんとのやりとりだって、アルバイトがしちゃうのだ。

若い編集部スタッフさんは荒川さんに言う。
「でも、荒川さん、バイトなんだよねー?」
「そうですよ、私、生粋のバイトですよ~!」

するとこう言われたそうだ。
「“きっすい”って何?」

おいおい!
編集者なんだから、「生粋」くらい知っておこうよ。

と話を聞いたときは思ったけれど、まぁ、いいのかな。
入社するときは国語力で入ってくるわけじゃなくて、編集部に配属されてからいろいろ覚えるのかも。

だって、即戦力の派遣を雇おうというのじゃない。
編集部にいるからには、その人は社員のはずだものね。

10年もすれば、「その程度のことは知っておけ」と後輩を叱れるようになっているのかも・・・・・・

荒川さんの進出

荒川さんという人は面白い人で、いつのまにか人に好かれるという特技を持っている。
編集部の人たちともあっというまに打ちとけた。

わたしが見ていた中では、一番編集スタッフと仲良くしていたアルバイトさんだった。

編集部スタッフで料理教室に参加するような人たちは、全員社員だ。
編集部のアルバイトさんは記事を書くことも、読者と接することもない。
雑用のために雇われているのであり、雑用をしている。

たとえばわたしは、座談会会場では特に誰と話すでもなく、おとなしくしている。
目黒さんは編集長と話したりする。
編集スタッフ同士話したり、編集スタッフと編集長の話に目黒さんが口をはさむこともある。
でもわたしは、その場で座っていても必要がなければ口をきかない。そして必要はほとんどない。

座談会担当のアルバイトさんも、だいたい似たようなものだ。
わたしよりは編集スタッフの名前も顔も知っているし、わたしよりは話せるとしても、やはり控えめだった。

仕事をしているのは編集部と目黒さんであり、わたしたち「社員未満」は目黒さんの補佐をしている。
なんというか・・・・・・、目黒さんや編集部と同列に並んで立っているわけではないのだ。

お料理教室担当のアルバイトさんもそういう位置どりで、常に「対 目黒さん」で仕事をしていた。

でも荒川さんは違った。
なぜか、いつのまにか、人は彼女と仲良くなってしまうのだ。
――たとえばわたしは仕事上の知り合いに対しては丁寧語が抜けない。「ですます」調で話す。
でも荒川さんだけは、いつのまにかわたしの「ですます」調を崩してしまった。
彼女自身は「あたしはずうずうしいからね」と言うけれど、そういう感じもしない。
ずうずうしく感じる人だったら、あれほど好かれないと思う。

回を重ねるごとに、荒川さんは編集スタッフとも仲良くなっていた。
まず編集部側のイベント担当、青梅さんと打ちとけるようになった。
それからその他の編集スタッフとも顔なじみになり、ついには編集部と飲みにまで行っていた。

お料理教室のときは前日泊だが、編集部は編集部仲間で食べに行ったり飲みに行ったりする。
やっぱり気のおけない仲間同士で行きたいから、目黒さんは別行動。
目黒さんと足立さんなり荒川さんなりの担当アルバイトは、二人で夕食に行く。

でもその日、目黒さんとは簡単に済ませて、荒川さんが路上を歩いていると、編集部スタッフに出会ったそうだ。
「あれ、荒川さん、どこ行くの?」
「ホテルに戻るんです」
「これから飲みに行くんだけど、一緒に行かない?」

行った先には編集長もいて、その後のカラオケボックスでは編集長と一緒に歌っただか肩を組んだだか、伝説を作っていた。
何度も言っているけれど、本誌ハッピーライフの編集長は特別である。

荒川さんの前にも後にも、編集部と飲みに行ったアルバイトはいない。
それに、後にも先にも、荒川さん以外に編集長とカラオケで盛り上がったアルバイトはいない・・・・・・

目黒さんのこだわり

目黒さんはこだわりがある人だ。
料理イベントでも、細部にまでこだわりを持っていた。

料理学校で会食用に食器を貸してくれない場合は、レンタルになる。
紙コップや紙皿で食べるなんて、目黒さんには許せないことだった。

「どうせなら素敵な食器で、気分よく食べたいじゃない?」

座談会をするときも、そういえばそうだった。
お菓子を載せる紙ナプキンの柄にもこだわっていた。

紙ナプキンなんて、誰も使うわけじゃなし、飾りである。
でも無しにはできないのだ――だって、そんなの、素敵じゃない。

ずっと後になって、長期派遣の杉並さんが辞めることになったとき、退社まで日がなかったので、お別れ会は豪華お弁当を買って社内でランチということになった。
品川さんが昼休み時間に会議室を予約し、弁当も注文。
せっかくなので、お料理教室イベントで使うランチョンマットも出しましょう、と目黒さんが用意。

わたしも会議室のセッティングを手伝い、ランチョンマットも並べた。
目黒さんが入ってきたので、「目黒さん、こんな感じでいいですか?」と聞いてみた。

「ん~。いいけど――実は、これ、こっちが表じゃないの~」

――そうなんですか!?
なんか、縫い目が見えたから、そっちが裏側かと思っちゃいました。

「これがね~、模様なの。これを見せるようにするのよ」

それ、縫い目じゃなくて模様だったんですか・・・・・・。

その日、一緒に帰るとき、荒川さんにその話をした。
「ああ、あのランチョンマットねぇ~。あれは目黒さんのすごいこだわりがあるからねー。
料理教室のときあれをどんどん並べてたらさー、ものすごい顔で飛んできてさー」

怒られたのだそうである。
「それはそこじゃないわ!! 順番があるんだから!!!」と。

そういえば、茶色、オレンジ、赤、緑、とカラフルだったなぁ。

「でしょ? その並べ順があるんだってさ。
そんなの分かんないからさー。適当に並べてたら順番が違うって、すごい剣幕で飛んできた」

イベントじゃなくて良かった。
そんな重要なランチョンマットを裏返しに置いてたなんて・・・・・・

違う視点

別の視点が入ったことが、目黒さんの敗因だったと思う。
――つまり、荒川さんと日野さんが批判的な気持ちになったことの原因。

第一期黄金時代を知るわたしは、よく第一期が懐かしく思い出された。

墨田さんと足立さんの時代は、目黒さんしか直接の上司はいなかった。
千代田さんと大田さんは男性で、読者ホットラインの派遣やアルバイトとそれほど親しくしなかった。

当時は、目黒さんという視点しかなかったのだ。
目黒さんの視点から見た「千代田さんと大田さん」。
目黒さんの視点で捉えた「会社の長所、短所」。
目黒さんの考えるところの「読者に対するホスピタリティ」。
目黒さんの思うところの「求められているやり方」「理想の形」。

足立さんだって、準備って面倒だな、大変だなと思ったに違いないのだ。
でもそれが正しいか間違っているか言う人は、目黒さんしかいなかった。

「うちは読者を大切にするからね~。そのための予算なんだしね~」
「やっぱり面倒だと思っても、こうして何度もやっておかないとね~。
昔こういうことがあったのよ――云々。だからやっぱり面倒でもやらないとね」

そうなのか、と足立さんは思う。

荒川さんの場合は、そう目黒さんに言われて「なるほど、そうなのか」と思っても、品川さんから反対意見が出る。
「いくら読者を大事にするからって、無駄にお金をかける必要はないわよね」
「ホスピタリティってよく言うけど、ホスピタリティと非効率的なのとは違うからね。
やり方がいきあたりばったりで、効率が悪すぎるのよね」

言われてみればそうだ、と荒川さんは思う。

どちらが正しいってこともないかもしれない。
でも今までは「絶対目黒さんが正しい」だったことが、「どちらが正しいってこともない」になるだけで、ずいぶん堕ちたものである。

後は個人の好みというか、そのアルバイトさんがどちらの考え方に共感するか。
――荒川さんは、品川さんに共感するタイプだった。

しかし荒川さんも、後に異動して離れてみると、品川さんについて別の見方があることを知った。

品川さんはかつての部署では鬼上司だったらしく、そういう体育会系の厳しさが苦手だった人からは評判が悪かった。
また中には、品川さんについていけず、目黒さんに共感する人もいると分かった。

違う視点というのは常にあるものだ。

まあ、目黒さんはできれば好かれたいみたいだけど、上司っていうのは嫌われるもの。
それでいいんじゃないかな。

わたしはサービス業時代にそう思ったけどな・・・・・・

品川さんのやり方

やっぱり、品川さんのやり方は、目黒さんとは違うのだった。

前も書いたけれど、広告部のお料理教室と編集部のお料理教室は、目的も進め方も違う。
品川さんのは、クライアントがいて、一日に二度三度と行われる、広告部式のやり方なのだ。

それに目黒さんと品川さんは、性格も違う。

毎回でも新しい発想が湧いて、毎回でも新鮮に一から始められる目黒さん。
効率や熟練に価値を見出し、何度もやったものならより効率よくできるはず、と思う品川さん。

そして二人の役職名は、同じ「マネージャー」。

一応、品川さんは目黒さんを立てようとしていた。
このイベントは目黒さんの業務だし、自分は手伝いに来ているという立場。

でもあまり目に余ることがあると、つい言ってしまう。「こうしたほうがいいんじゃない?」

目黒さんも最初のうちは気を遣っていた。「品川さんがいてくれて助かるわ~」
でもやっぱり口を出されると面白くない。

ちょっと可哀想だと思ったのは、荒川さんの立場だ。

品川さんは目黒さんに直接言っても無駄だと分かり、あまりにもひどいと思うと荒川さんに言うようになった。
「こういう進行の仕方をしたほうがいいと思うわよ。これこれこうだから」

往々にして、荒川さんは目黒さんから反対の指示を受けていた。
「こうしましょうね。そのほうがこれこれだから」

板挟みになるのは大変だと思った。
どちらのマネージャー社員から見ても、「同じ部のアルバイト」。
荒川さんは、どちらの言うことにも逆らえない。

彼女は仕事のできる人だったから、そういう立場もなんとか乗り切っていた。

でもわたしだったら絶対無理だったろうな・・・・・・

レシピを作ってみたら

お料理教室イベントは、ハッピーライフの誌面にも登場する。
まず事前に、募集広告が。
それから事後に「報告」と称して、当日の様子やレシピ紹介の記事が。

マナヅル大介さんはデザインの勉強もしたことがある。
記事になる料理写真には、自分で字を書くと言ったようだ。
ちょこっと自分のマークや似顔絵なども描き加えたかも。

マナヅル大介さんのこだわりだから、ハッピーライフも「どうぞどうぞ」とお願いする。

編集部側は、「何事も目黒さんに見せてから」なんていう手間はかけない。
そういう気も遣わない。
――だって、編集部のほうが偉いのだ。
そして目黒さん自身もそう思っているフシがあって、いつでも編集部優先、いつでも気遣っていた。

そんなわけで、もう決定稿ができたときに、目黒さんは問題点に気づいた。

・・・・・・字が間違っている、と。

「ナスと魚介のパスタ」「イカと青ネギのピザ」なんて書いてある。

実はこれ、わたしもすぐに間違いに気付いた。
アンケートで常に正しい料理名に統一して入力するので、ハッピーのルールを知っているからだ。

「ナス」じゃダメだ。ハッピーでは、「なす」とひらがな表記。
「イカ」は「いか」、「ネギ」は「ねぎ」。

品川さんは「目黒さんもさー、ちゃんと最終チェックしなきゃね」と言っていた。こっそり。
荒川さんは「でも編集はうちには見せてくれないですよ」
そしてこれは品川さんのセリフだったか、荒川さんのセリフだったか忘れたが、結論は――
「目黒さんだってマネージャーなんだから、そこは言わなきゃ」

なるほどねぇ。

でもわたしが一番驚いたのは、なぜ編集部の人が表記ルールを知らないのかってこと。
だっていつもレシピをまとめているのも、記事を書いているのも編集でしょう?

「でも編集はただ書いているだけだからね。校正が直してるわけだからさ」

品川さんのセリフを聞いて、納得。
そうだったのか。

で、これは記事ではなくて、写真に文字をつけた画像だから、校正には渡されなかったと・・・・・・

最初の2回 東北A市とB市

この時のお料理教室は、2回連続で行われていた。
・東北 10月A市、11月B市 イタリアン
・関西 1月C市、2月D市  メキシカン

まずは最初の2回、10月と11月の北国地方だ。
メニューは一緒、募集も2回分同時に行われた。

マナヅル大介さんとの打ち合わせやメニュー決定が済めば、後の手順は足立さんのときと同じだ。

荒川さんは試作をする。
目黒さんは会場を選ぶ。
必要な荷物をまとめたり、参加する編集スタッフが決まったらチケットや宿泊の手配。
会場となる学校とのやりとり。

誌面やハッピーnetでの参加者募集。
「これはA市、こっちはB市への応募」と分けて、それぞれに選抜するのは足立さんとは違うけど。
でも選ぶ手順は同じ。

荒川さんにとっては初めてのお料理教室。
足立さん時代のお料理教室は見ていないから、何もかも初めてだ。
――だからまだこの2回の頃は、目黒さんと同じ新鮮な気持ちで臨んでいた。

今回もうひとつ違うのは、経営企画部側の人員が増えたこと。

足立さんのときは目黒さんと足立さんだけが担当要員だった。
準備もそうだし、当日の事務・雑用スタッフは二人だけ。
編集部員というのは王族方みたいなもので、当日は行って帰ってくるだけ。
受付に立ったり、各テーブルについたりするけれど、それは参加者とのふれあいのため。
雑用はすべて読者ホットライン(つまり経営企画部)が担当していたと聞く。

経営企画部の責任者として千代田さんもよく日帰りで行っていて、当日は手伝ってくれたようだ。

そして荒川さんの時代には、足立さんの頃にはいなかった品川さんが異動してきていた。
品川さんは広告部時代にずっとイベントを担当していたこともある。
イベントについてはプロなので、「お手伝いを」ということで参加していた。

品川さんは千代田さんみたいなもので、当日だけ手伝う。
前日までの準備は目黒さんと荒川さんだった。

でもイベントについてはベテランの品川さんが、当日だけでも手伝ってくれたらすごく助かるはず。
――と、表向きはなっていた。

実際は、そんな人に見られながらのイベント運営は、目黒さんも落ち着かなかったことと思う。
また、品川さんのほうも、どこまで手や口を出していいものかどうか、気を遣ったことと思う。

人間関係って難しい・・・・・・

荒川さん目線で見た、準備段階

荒川さんは目黒さんを立てていた。
目黒さんは何でも一緒に楽しむのが好きだ。
荒川さんはとにかく目黒さんに合わせた。

たぶん、荒川さんはやりすぎてしまったのだ。
だから後からストレスがたまりすぎて、自ら崩壊してしまったのだ。

そして目黒さんも、よりかかりすぎてしまったのだ。
荒川さんが陰に日向に、目黒さんに合わせてやってくれるので、どんどん荒川さんと密になっていた。

部下が常に自分を立ててくれるからといって、それが100%の好意とは限らない。
上司だから合わせてくれる、部下だから文句を言わない――それを忘れてはいけないのだけど、目黒さんはそういうところはとても素直な人だ。

わたしはクリーニング店時代に、「上に立つ人は、下に嫌われるもの」とつくづく思っていた。
どんなにいい人だって、部下がこれっぽっちも不満や愚痴を感じない上司なんて、いない。

でも目黒さんはいい上司でありたいと願ったし、好かれる上司でありたいと望む。
そして部下だから従うのじゃなくて、慕っているから従ってくれるのが理想だった。
あるいは目黒さんの経験や能力や発想が優れているから従ってくれるのが。

荒川さんは目黒さんのやり方に合わせようとしたので、目黒さんの「一緒に楽しみましょ!」という誘いにすべて乗った。
――レンタルのお皿を会食時に使うことにしたから、どんなのがいいか一緒に見に行きましょう。
――マナヅル大介さんの事務所に打ち合わせに行くことになったから、一緒に行きましょう。
――会場の下見に出張に行ったけれど、ここはこうでここはこうで、この会場はこうだったわ。

目黒さんは何でも一緒にやってくれる荒川さんに気をよくして、倉庫の片付けにも二人で行った。
これはお料理教室関連の仕事ではなかったと思うけど、目黒さんは一緒に行く相手に荒川さんを選んだのだ。

「もうさー、一日中ずーっと倉庫で作業してて疲れた。
作業してる間、ずーっと目黒さんの話聞いてたよ。そんでその後も食事に行って、また話聞いたよ」

だから荒川さんはわたしの知らないこともたくさん知っている。
目黒さんはそういう折に、自分の歴史をすべて語っていたらしいのだ。
幼少時代のことから、お母さんやお姉さんとの関係、ご主人とのなれそめから結婚から今の生活ぶりまで。
仕事のことから、家のリフォームをしたときの話から、息子の受験のことから、何から何まで。

かつて忙しい会社で働いていた荒川さんにしてみれば、お皿を一緒に選びに行ったって、結局決定権は目黒さんにある。
目黒さんが一人で店に行って選んでいる間に、自分は他の仕事ができるではないか。
選んでくれれば、それを取りに行ったりする重い力仕事は、下っ端の自分がする。
――と、そう思う。

でも目黒さんとしては、二人で「これがいいかしらね?」「それともこっちがいいかしらね?」と話し合うのも大切な過程なのだ。

そして荒川さんは、「そんなの時間の無駄に思える」と感じても、それを言わなかった。
以前、上司絶対の上下関係の厳しい会社で働いていたので、上司である目黒さんに従おうと考えたのだ。

「撮影にマナヅル大介さん事務所に行くって、二人で行く必要はないと思うんだよね」

仕事に効率を求める荒川さんと、ホスピタリティ優先の目黒さんの間には、だんだん溝ができていく。
足立さんのときよりも、荒川さんのほうが「無駄」「非効率」ということにストレスを感じていた。

そして我慢した分、ストレスはどんどんたまって、最後には爆発してしまったのだった・・・・・・

再びイチから

今度の料理教室の講師はマナヅル大介さんに変わった。
それに伴って、編集部のイベント担当者も変わった。
前の人を覚えていないが、新しい人は青梅さんだった。

青梅さんは見た目からして、ちょっと毛色の変わった人だった。
メイクはしっかりしていて、個性的な服を着ている。

だるそうな喋り方をする。昔風に言うと「アンニュイ」な感じ。
ほとんどすべての人に対して、いわゆる「タメ口」。
丁寧語を使う相手にも、若干「タメ口」調。

青梅さんはマナヅル大介と親しいそうで、そのためにイベント担当に任命されている。と聞いた。

目黒さんとしては、押しも押されぬマナヅル大介さんを相手にするわけだから、今年はちょっと責任が重いと感じているようだった。
何もかも一から再び始めるくらいの気持ちだった。

まずどういうことをするか、半年間のテーマを決めよう。
「おもてなしメニュー」なのか「家で簡単メニュー」なのか「ヘルシーメニュー」なのか「男も喜ぶ食卓」なのか。
何でもいいけれど、テーマのようなものがあるといいね、となったようだ。

そこから始まって、じゃあ、テーマを決めたらメニューはどうしよう?
決まったら試作をしよう。

会場のほうはどうしよう?
どの都市でやる?――北海道? 東北? 関東? 中部? 関西? 九州?
それが決まったら、会場を決めて下見に行かなくてはならない。

こんな大がかりな下準備を最初の最初からやるなんて、目黒さんにとっては大好きな仕事だ。
しかも講師は有名どころ。ブランド志向なところのある目黒さんにピッタリだ。

目黒さんは過程を楽しむ人だ。
ああしようか、こうしようか、という模索段階から、荒川さんと密接に絡み合って仕事をしていた。

荒川さんは体育会系の傾向があり、「上司」である目黒さんを立て、目黒さんを支え、目黒さんが望むだけ密に仕事をしていた。

思うに、ここであんまり頑張りすぎたから、後で二人はぎくしゃくしたのではないかな。
そう。実は後から、二人はぎくしゃくすることになる。

でも始まってしばらくはとても仲良くやっていたのだ・・・・・・

お料理教室刷新

足立さんが辞めることになり、お料理教室イベントの補佐は荒川さんに託された。

足立さんが辞めたのは春だったが、お料理教室イベントはしばらくなかった。
春に一度あるかも、と言われていたが、無く、夏にもなかった。

そして秋――10月から翌年3月にかけての半年間のシリーズが始まった。

まずこの半年シリーズは、足立さんのときより数が多かった。
足立さんは、全部で3回だった。
秋から早春にかけての半年の間に、3回。

荒川さんが担当することになった最初の半年間は計4回。
ひとつ増えた。

講師も変わる。
足立さんのときは当時、新進気鋭だったヨコスカ哲人さん。
今度は、もう新進気鋭時代はとうに終わった大御所、マナヅル大介さん。

マナヅル大介さんは既に、男性が作るザクッとしたガッツリ料理で名を馳せていた。
キャラ勝負の料理家ではあったから、トレードマークの小物があったり、明るく冗談のうまい人という演出もしていたり、大御所と言っても見た目はラフな感じ。

でも雑誌やテレビなどの出演頻度といい、そこでの扱いといい、押しも押されぬ人気料理研究家と言えるだろう。

足立さんが担当だったら、マナヅル大介さんに会えることを喜んだかもしれない。
料理業界にも詳しい人だったから。

わたしでさえ名前を知っている人だ。
「今度の講師はマナヅル大介さん」と聞いて、「へぇ」と思ったくらいだ。

料理教室イベントは、10月から3月までに4回行われるが、準備はもっと早くから始まる。

講師も変わるので、いろいろなことが一からだ。
だから荒川さんが目黒さんを補佐して料理教室のいろいろな業務を始めたのは、夏前だった。
足立さんが辞めて、1,2ヶ月する頃には、「次のシリーズは秋から」と決まり、少しずつ稼働していった。

ということは、ほぼ1年近く、料理教室関連の業務をしていたことになる・・・・・・

Vol.12

お料理教室イベント 2,3年目
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