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手話検定当日

当日である。

結論から言うと、受けて良かった。
かなりトーンダウンしていた気持ちが、「また勉強を再開して、もっとできるようになろう」と思えたから。
そして、思ったほど出来が悪くなかったから。

自分なりに「できた」という気持ちがあれば、たとえこれが不合格であっても、「きちんとやればもっとできるようになるかも」と、やる気が起きる。
5級は、一番よく分かったので、もしかしたら受かるかもしれない。
5級では履歴書には書けないが、受かるのならサボらなくて良かったとも思う。

終わって思うのは、簡単な級からで有難かったということ。
順番は、午前中に6級、午後に5級、4級だった。
勉強していない身としては、内容もちんぷんかんぷん、試験のやり方も暗中模索というのでは、どうにもならなかった。

内容は、わたしにとっては、5級より6級が大変だった。
指文字の問題が多かったからだ。
指文字で早く綴られると、何だか分からない。
「は?」「え?」と思っているうちに問題が次に移ってしまう。

指文字というのは、50音に割り当てられている。
『全部』という手話なら左右の手で大きく円を描くようにするが、指文字でやるなら「ぜ・ん・ぶ」と綴る。
「ぜ」は濁音なので、「せ」の指文字をしながら横に動かす。
「ぶ」も同じ。
これが半濁音「ぷ」だったりすると、「ふ」の指文字をしながら上に動かす。
小さい文字だった場合は、手前に動かす。
ゆっくりやってもらえるならいいが、一連の動きを滑らかにやられてしまうと、「この形は何だっけ?」と迷ううちに次々示されて終わってしまう。

指文字は5級の問題にも4級の問題にも織り込まれていたが、6級には多かったのだ。
忘れかけていたということも、もちろんあったが。

もちろん、難しかったと言っても指文字の話であって、一番難しいのは、4級だ。
単語の数も多くなる。
似たような単語もあるので、分かりにくい。
文章題もややこしい例文が出される。
長文問題も出る。

そして、口が動かない。

実は、5級までは口も動くのだ。
「かまわない」という手話をやるとする。
手話をしながら唇もそういう形に動く。
唇というのは、ある程度読めるものである。
これが、4級になると、動かなくなった。

そして、手話は表情も合わせてのものだ。
4者択一問題なので、今から見る手話が「①痛い ②嬉しい ③おめでとう ④幸せ」のどれか、と問われたとすると、表情が歪んで苦しそうなら答えは①しかないわけだ。
ところが、4級になると単語の数も増えるので、「①痛い ②苦しい ③つらい ④難しい」と言われてしまうと、どれにでも見える。
つまり、5級くらいなら出題単語数が少ないので、似たような表情をする言葉を4つもそろえるのはできないということ。
だから手話を知らなくても、表情で勘を働かせることができる。

受験する人は割と多かった。
実際にかなり使う機会があるという人もいるだろうし、中にはわたしと同じように、「勉強のきっかけ」という人もいるのかもしれない。

試験は、説明も問題もすべてビデオで文字や画像で行われる。
だから聴覚障害者でも試験を受けることができる。

わたしは、少しだけ聴覚障害の人の状態が分かった気がした。
前からスクールで働くときにも思っていたことだが、自分で実感した。

試験監督スタッフは、一切言葉を発しない。
個人に対して「ペンケースを置いておくのは、禁止だからしまってください」と言うような場合は喋ったりするが、全員にする説明では音を発しない。
(ちなみに試験監督は手話ができるので、聞えない人に対しては手話で注意していた)。
「今から説明のビデオを流します」というようなこともないので、気がついたらビデオで試験方法についての説明が流れていたり、問題を開いてくださいと言われていたりする。
常に注意していなければならないのだ。

スクールにおける授業の際は、聴覚障害者用に説明を打ち込んでいる。
しかし、ちょっとよそ見をしたり、つまずいて考えたりしていると、気づいたら説明が先に進んでいたり、ページがどんどん先に行っていたりする。
画面というのはスクロールしてしまうので、その瞬間見逃してしまうと読めないのだ。
聞こえるなら、ほかのところを見ていても、言葉は耳に入ってくる。

皆の操作が終わるのを少し待っていて、早く終わった人はすることもなく座っている。
当然、何か別のことをする。テキストを見るとか、窓の外を見るとか、ぼんやりするとか。
講師が「終わったようだから始めよう」と考えたとき、聞こえる人は分かる。
「では次に進みます」と声がするからだ。
聴覚障害用者は、それを画面に打ち込まれても、見ていない限り気づかない。
キーボードを叩く音というのはうるさいものだが、それも聞こえない。

視覚だけで行動するのは難しい、ということが分かった。
いつも集中して説明画面を見ているわけにもいかない。
集中力というのはなかなかそんなふうに働かないものなのだ。

それからもう一つ。手話検定で思ったことは、手話というのは個性が出るということだ。
英語のヒアリングなどでも話している人の発音との相性がある。

検定の問題はずっと一人の人が行うのではなく、問題によって人が変わったりしたが、「この人の手話は分かりやすい」というものと、「この人のは分かりにくい」というものとあった。
分からないと思う人の場合は、検定なのでわざと顔や手の表情を消して、全体を素早くやっているのかもしれないが。

また、手話を使う聴覚障害の人に教えてもらったのとは違う表現をしている手話もあった。
大体意味が取れたが、「へえ、こういうふうにやってもいいのか」と思った。
こういう若干の違いがあるので、そういう難しさはあるかもしれない。
自分の学んだ手話がタイプの違うものだった場合、戸惑ってしまう。

さて、手話検定に関しては、朝行ったところから、日記風に書いていこうと思っているが、もう長くなったので、それはページを改めることにする‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


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受験票騒動

郵便受けにたくさん溜まっていたチラシやダイレクトメールの間に、手話検定協会からの封筒を発見した。
受験票が送られて来たのだ。

しょせんわたしには満足いくほどの勉強はできなかったが、「やっぱり受けに行かなくては」という気持ちに少しはなった。
とりあえず、この受験票はなくさないようにしまっておかなければ、と思った。

しかし受験票が見つからなくなった。

ダイレクトメールやチラシなどと一緒に、持ち帰ったのは覚えている。
封を切ったかどうか忘れたが、切ったとしても封筒に戻しておいたと思う。
会場がどこかも思い出せないので、封はそのままなのかもしれない。

先日持ち帰った広告類を見てみるが、ない。

持ち帰ったときに、必要なものと捨てるものに分けて、捨てるものはすぐ捨てた。
その中に混じっているかもしれないと思い、ゴミ箱を覗いてみたが、ないようだった。
ではあそこにしまったのか、それともここに置いたのか、と置きそうなところを見てみるがない。

どこにやってしまったのだろう?

ちょうどこの頃、わたしには手話を勉強しない言い訳ができた。
1度行った派遣先から、「また再来月も同じ仕事があるから来ないか」と言われたのだ。

もうスクールのPCプラクティスが入っていたので、「午前中だけだが予定が入ってしまっているので」と言うと、午後からでもいいと言う。
それは有難い! ――ということで断続的に通い始め、結局10年近く働くことになった、前の章の「出版社」だ。

仕事があるのはとても有難かった。
でもそれまで、ちょっとのんきに働いていたPCプラクティスの日も、もう早い時間に帰宅することはなくなった。

朝スクールに行く。午後はスクールからもう一つの職場に行く。夜はそこから家に帰る。
通勤時間が長くなったので、そのときに勉強しようと考えた。

これは、あまりうまくいかなかった。
まず、朝は眠い。
だから、電車の中では、寝ている。

次に、スクール→もう一つの職場の移動は、午後からの仕事が眠くなっては困るので、寝ている。

帰りの車内はラッシュでぎゅうぎゅう。
本を開くどころか、携帯を開いている人さえいないほどだ。
電車に乗るのも困難で、無理矢理人を押して入り込まなければならない。

仕事上では、今回のPCプラクティスを受けている聴覚障害の実習生と、少しだけ手話を使っていた。

少しだけというのは――『OK』と『終わりました?』。
これが90%以上を占めている。
ときおり、「お疲れさま」をする、というくらい。
「お疲れさま」は一度間違えて「ありがとう」とやってしまった。
怪訝な顔をされた。
――それはされるだろう。

聴覚障害の男の子で、にこにこしていて、人懐こい子がいる。
けれど、会話は筆談。
最初、自己紹介のときに、自分の名前を手話でしたので、手話で話しかけてくる人もいたが、あっという間に分かってくれた。――それしかできないということを。

そんな感じで、『終わった』と『OK』の繰り帰しで日々が過ぎていく。

スクールでは「違う業務に移ってもらえないか」という話が持ち上がり、悩ましくなった。
木曜に言われて「週末まで考えて月曜に返事を」と言われた。
月曜に断ったら、「もう一日だけ考えてみて」と言われた。
結局その話は断ることにして決着がついたが、この間は検定のことなんて考えられなかった。

――とそんな言い訳をしていたら、もう火曜日になっていて、なんと週末は手話検定である。

しかし受験票も見つかっていない。
もう受けなくてもいいかなあ、と思えてきた。

美和先生が、ふと訊いてきた。
「そういえば、手話の試験受けるって言ってませんでした?」
「そうなんですよ。でも全然勉強してないし、前に覚えたものまで忘れてしまっているし、受かりそうもないです。
実は受験票もなくしてしまったみたいなので、もういいかな、と思っているんです」
「えー、受験料もったいないじゃないですか。再発行とかしてくれるんじゃないですか」

なるほど。
再発行とは、考えていなかった。
その手もあったのか。

受験票は一向に出てこなかったので、再発行について検討してみた。
――しかし面倒くさそうだ。却下。

わたしは結論を出した。
「このまま当日まで受験票が見つからなかったら、行かない。もし見つかったら、行って受ける」

さあ、気が楽になった。
会場って、いったいどこだったのかな? 受験票が見つからないので、それも分からないままだ。

見つからないまま週末は来て、土曜日は終わってしまった。
その日、「料金が未納になっている」と携帯電話会社から連絡があった。
このまま払わないと、通話ができなくなってしまう。
わたしはあちこち払込用紙を探し始めた。――わたしはあまり自動引き落としを使わないのだ。

携帯電話の請求ハガキは見つからなかったが、手話検定協会の封筒を見つけてしまった。
――こんなところにあったのか。

わたしは決めていた。
「このまま当日まで受験票が見つからなかったら、行かない。もし見つかったら、行って受ける」
見つかってしまったものは仕方がないので、明日の日曜は検定を受けに行かなくてはならない。

封は切っていなかった。中身を見てみる。
6級、5級、4級を併願したので細長い受験票が3枚。それから会場の案内と注意事項が入っていた。
会場を見てみると、それほど遠くなかった。

注意事項を見ながら持って行くものを準備した。
HBの鉛筆、消しゴム、受験票、注意事項用紙、会場の案内、腕時計。
試験範囲の単語を印刷した紙と、重いけど分厚くて大きな手話辞典も持っていき、せめて空き時間に見ることにした。

でも結局その日の残りも、勉強はしなかった。
週末のうちに片づけなければならない用事というのがある。
携帯電話の料金払込票もなんとか見つかって、払いに出かけた。
夕飯やその他の家事をしていたら、もう一日は終わってしまった。

ちなみに、再発行は料金がかかると判明。受験票に書いてあった。
ある一定の日までは1000円、当日を含む直前の期間は2000円だった。

しなくて良かった‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


受験までの日々

受験までの短い日々、毎日焦るばかりで何もせず、気持ちの腐る毎日を過ごした。
当時つけていた勉強日記には「何を覚えた」ではなく「今日もやらなかった」ばかり書いてある。

わたしはスクールで働いている。
それ以外に、派遣で入力業務をしている。
どちらの仕事もないときは、別な仕事を探している。
もし、インストラクターの仕事があれば、それにはとりあえず応募している。

インストラクターの仕事がちょうどあり、わたしはそのことでいっぱいになった。
行ってみたら大先輩がいたり、急にアンケートをとられたりして、緊張が最高潮になった。
でも終わってホッとした。
アンケートも上々の反応だったので、高揚した気持ちになった。

そういう日は手話のことなんて考えられなかった。
明日かあさって、落ち着いたら勉強を始めよう、と自分に約束した。
――だいたいその約束は果たされなかった。

スクールでのPCプラクティスがあっても、何一つしないまま日が過ぎて終わってしまう。

果たしてこれから頑張るだろうか。
たぶん、何一つしないだろう、という予感が湧いてくる。
予感などと言うが、別に運命というわけでなし、自分の力で頑張ればいいだけの話だ。 だが、自分はこのまま何もしそうにないな、という予想が目の前に浮かんでくるのだ。

わたしは細切れの仕事を組み合わせてダブルワーク、ときにはトリプルワークをしていて、空く日もある。
5日ほどずっと仕事がないときもあった。

今こそ手話の勉強をするときのはずだ。――と思う。
DVD手話辞典を見て、単語を覚えよう。
5級からは文章問題も出てくるのだ。

・・・・・・と、初日は確かに思ったのだ。

けれど、この期間、夫も仕事の関係でずっと家にいた。
わたしはDVD手話辞典を見ようと思うが、夫は他のことにHDDディスクを使おうとしている。

もしわたしが、「手話の勉強をしたいので、DVDを見る」と言えば、夫は使わないだろうと思う。
けれど、そう言って止めさせておきながら、「もうちょっとしてから」とか「ひとやすみして本でも読
もう」なんてサボったら、文句を言われそうだ。
それほど頑張れるかどうか自信がないので、「勉強は夫のあとでいいか」と思ってしまう。

ずっとこの調子で休みが終わってしまう。

そうこうしているうちに、派遣で見つけた仕事に1週間行く日が来る。
ということは、勉強はしないだろうということだ。

もうこの頃には自分では諦めている。
多分、受けにも行かないだろう。
まったく何もやっていないどころか、以前に覚えたことさえまるっきり忘れているのだ。
行くだけ時間の無駄だとしか思えない。

やらなきゃという気落ちだけはあるが、まったくできない。
「やらない」だけだけど、自分では「できない」としか思えない。そのくらい「やらなきゃ」「できない」「やらなきゃ」「できない」の連鎖にはまりこんでいた。

手話検定の話を誰かから触れられたりしないといいな、と思うようになる。
自分からは手話に関する話題をしないようになる。
家では、手話ニュースや手話講座の時間帯にそういうチャンネルにすることのないように、気を付ける。
夫がふと思い出して「そういえば手話の試験を受けるとか言ってたのって、いつ?」などと言い出さないように。

そんなダメスパイラルにはまった日々を過ごしていた‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■



やる気の欠如

始めた当初はやる気のあった手話の勉強だけど、継続してやるコツを知っていたらもっといい学歴を持っている。
三日坊主ではなかったけど、何ヶ月もは続かなかった。

サボり始めると負のスパイラルにはまる。
勉強していなくて焦る。プレッシャーが大きくなる。プレッシャーが大きくてつい逃げてしまう。余計に焦る。さらにプレッシャーが大きくなる。なおさら逃げる。余計に焦る。またストレスが増える。またサボる。
もう止めようがない。ダメ人間のパターンに完全に入り込んでしまった。
同じことをいろんなことで繰り返しているが、手話もやっぱり同じだった。

でも申込書だけはとにかく入手した。

派遣スタッフの磯原さんからメールをもらった。
「来週からまたスクールでPCプラクティスがあるそうですね。
先月は全然顔を合わせないままだったけど、今度は会えるといいですね」

磯原さんに返事をしたメールで、「手話検定、本当に受けますか」と訊いてみた。
たとえ準備できていようといまいと、勉強していようといまいと、もう申込みをしないと間に合わない時期にきている。

磯原さんと花咲さんに聞いてみたところ、「受けようかな」ということだった。
のんびりしていると申込期間も終わってしまう。
家に帰ってさっそく手話検定協会のホームページを見てみる。

申込書をどうやって手に入れるのか、分からない。
「こちら」という文字をクリックすると、フォームが現れる。
ここに住所などを入力すると郵送されるという仕組みなのだろうか、と考える。

とにかく項目を入力し、送信してみた。
自分の分だけでなく、他の人の分の枚数――しかし、誰がどれだけの級を受けるのか、いまひとつ決定していない状態。
とりあえず、10部頼んでみた。足りなければまた頼めばいいだろう。

すると、手話検定協会からメールが来た。「発送する」とのこと。
やはり、郵送で送られてくるらしい。

3日以内に発送するとあるので、届くのがいつなのか分からない。
早く届かないと、スクールの仕事が終わってしまい、花咲さんや磯原さんに渡せなくなるので、少しばかり心配だった。
そんなことより、この忘れきった状態で、最近何もしていないことの方が心配なはずなのだが。

久しぶりに廊下で聴覚の女性と会った。手話のことで励ましてくれていた人だ。
挨拶をしたら、何もかも忘れていることに気づいてショックを受けた。
『来週』とかそんな単純な単語さえも!

本当に、勉強していないことこそ心配だ。
そう思いながら、その日もまた何もしないのだった。

申込書は無事に間に合うように届き、磯原さんには直接手渡しした。
花咲さんはその日お休みだったので、封筒に入れて机の上に置かせてもらった。
10部送ってもらったけれど、併願の場合は複数級も1枚の申込書で済むと分かった。
かなり余ってしまうので、予備にと2部ずつ渡した。

もう辞めてしまった有馬さんにもメールで「余っているから送りましょうか」と聞いてみた。
「面倒だろうからHPからダウンロードする」と返信が来た。

とにかく申し込みをしよう。そして検定料も払い込もう。
勉強が全然進んでいないので、大丈夫かどうか不安だったが、払い込んでしまえば取り消しはきかないので、やる気が出るかもしれない。
――出るわけないと、もちろん半分くらい分かっていたが、そういうふうに何かにすがってしまう。

もう開き直った気持ちで「だって仕方がない。今は他の仕事にも通っていて忙しいんだもの」と、自分に言い訳している。
やがてスクールでのPCプラクティスがまた始まったが、それでもやる気はいっこうに起きない。

聴覚障害の人に出会うと、なんと恐ろしいことに、「おはよう」みたいな手話でさえ忘れていることに気づく。

それでも申し込みはすることにした。
6級、5級、4級を併願する。
今回この3つの級は試験時間が重ならないので、併願できる。
試験時間が重ならなければいくつ併願してもいい、という決まりだ。

今回の試験時間の場合、併願できるのは――
「6級・5級・4級」
「6級・2級」
「3級・5級・4級」
「3級・2級」の組み合わせだ。
3級や2級なんて、今さらそこまで勉強できないし受ける意味がないのだから、「6・5・4」しかないだろう。

一緒に受けようと言っていた有馬さんは「旅行に出かける予定が入っていたことに気づいた」と断ってきた。
その後、磯原さんも「私も外せない用事があった」と言う。
花咲さんは現在忙しいらしく、「どうしようかと思っている」という。結局申し込まなかったらしい。

やる気がないにもほどがあるわたしだが、それでも受けることに意味があるだろうか?
「検定を勉強の目標に利用する」というはずだったのに、ただ追いつめられて焦っているだけだ。

それでもまだ時間があるので、なんとか今日から頑張ろう。
と、毎日思うのだった‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


ある知人の手話講習体験

ずいぶんご無沙汰してしまった方にお電話した。
色々なことをしている方で、最近はお芝居のワークショップに参加されたり、話し方研究所の広報活動に加わったりしているそうだ。
何しろ、手を染めていることを数え上げていたらきりがないくらいの活動家でおられる。

その多くの活動の中に、手話も入っていることが分かった。
わたしが「毎週通うのは難しい」と諦めた自治体主催の手話教室、その方の市にもあるのだそうだ。
そこに毎週火曜に通っているというお話だった。
わたしがくじけた週一回の講習、そこに通い続けているのだから、よほど上達されていることと思う。
今度試験を受けて、受かったら中級講座に通おうと思っているそうだ。

しかし教室はとても厳しく、全然覚えていないとおっしゃっていた。
講師は聾者の方だそうで、「テキストなど見なくていい。最初は見て理解できるようになりなさい」ということで、通訳なしでひたすら手話での講義を見ているそうだが、「まだ全然理解できなくて」と言っていらした。

先生がおっしゃるには、「健常者の手話を半端に覚えて、手話ができるって言って欲しくない。聾唖者の手話を覚えてもらいたい」そうだ。

確かに、見ていると、聾唖者の方がする手話と健常者がする手話というのは、どことなく違う。
サインは一緒なのだが、動き方の大小なのか切れ味なのか、何かが違って感じる。
でもその厳しい聾者の先生がおっしゃっているというのは、そのことなのだろうか。
別な意味があるのかもしれない。わたしには判断できない。

「聾唖者は、健常者の手話に合わせてやりにくい手話を使わされてきた。」
これが先生の言い分で、そういう手話を覚えないで、聾唖者の手話を覚えて欲しいそうなのだ。

どういうものが聾唖者の手話なのか、正確には分からない。
けれど、手話講習に通わないことにして良かった、となんとなく思ってしまった。
わたしの手話は、多分先生に怒られる。
気楽な手話なのだ。
「やってみようっと」に毛の生えた程度である。

先生は、「手話でちょっとばかりの単語を覚えるよりも、聾者の手話を理解できるようになるのが先だ」と言うそうだし、「聾者の文化や置かれている状況の理解が絶対不可欠だ」と思っておられるらしい。
大切なことなのだけど、そこまで究めなくてはならないとなると、わたしには手の出せないものだったろう。

スクールで気楽に覚えようと考えて良かった。
優しい聴覚の人々に囲まれて、楽しく覚えられる。
また多くの人は、喋り言葉の日本語と同じような文法の手話を使っている。
非常に分かりやすい。つまり、とっつきやすい。

これを覚えてしまうと、この手話講習の先生がまさに怒っているような「健常者手話」を覚えることになってしまうのだろうけど。

わたしの区でやっていた手話講習の先生は、どのような考え方をされていたのだろうか。
分からないけれど、苦痛になるようなものだったら講習は続けられなかったろう。
そして、手話そのものも1ヶ月も続かなかったろう。

そんなわたしなんて、「手話を覚えようとしなくて良い!」って言われてしまうのかもしれないが。
だが申し訳ないことだが、もしそんなに厳しかったら、「申し訳ないけど、そこまでして手話を覚えるなんて、自分には無理ですぅ」とフェードアウトしていったに違いない。

「聾者の理解が進んでほしい」の中には「手話を使える人が増えてほしい」という思いもあると思うのだが、違うだろうか。
「手話を使える人が増えてほしい」と「中途半端な手話なら覚えないでほしい」のバランスは、難しそうだ‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


さらにもうひとつの側

これは少し後の話になる。
やる気がないとか勉強してないとか、焦ったり落ち込んだり追いつめられて苦しんだりしながらも、手話検定は受けた。

そしてある日、「手話検定の結果発表っていつだったっけ?」と思った。
受験票などを見れば分かるだろうが、面倒なのでパソコンを開いたついでに検索してみた。
「手話検定」。

えっ!!びっくり!
――手話検定と手話技能検定というのがあるようですが、どう違うの?――という見出しがある!
わたしは何も考えないで「手話検定」「手話検定」と言ってしまっていたし、書いてしまっていたけど、ふたつあるの?

どうもわたしが受けたのは、「手話技能検定」のようだ。
話すときも「手話検定」と言っていたし、他の人も「手話検定」と普通に言っていた。
最初は「手話技能検定」と認識していたのかもしれないが、いつのまにか「手話検定」に落ち着いていた。

ある方のサイトのキャッシュには、『後発の「全国手話検定試験」は「手話技能検定試験」と の違いと特徴を、分かりやすく広く伝えることが大切なのでしょうね』とある。
――ということは、ろうあ連盟が「手話検定(手話技能検定)なるもの」と批判していた検定の後に、さらに民間資格ができたということなのか??

そんなことを思いつつ、さらに検索結果画面を奥深く分け入ってゆけば、長文の説明などがあった。
ちょっと長かったが、読んでみると――後発の「全国手話検定試験」の方が正式ってこと?

組織名称を言われても実はよく分からないが、主催は『社会福祉法人 手話研修センター』で、協力の中に『財団法人 全日本ろうあ連盟』とある。
「手話技能検定」の主催は『NPO法人手話技能検定協会』だ。

――つまり、「健聴者がやる手話検定など認めない!」が高じて、ろうあ連盟が「うちもやる!」&「そしてそれこそが本物!」という検定を作ったってこと?
言葉が悪いかもしれないけれど、簡単に分かりやすく言えばそういうことだと思う。別に悪いことじゃない。

手話を学ぼうという人は増えている。
本格的じゃなくて「ちょっとやってみようかな」という人も増えている。わたしの周りだけでも3人から聞いた。全然スクールとは関係ないところでだ。
本当はもっとゆっくり試験を計画したかったけど、手話技能検定がなかなか順調に始まってしまうと、「気づいたらそいつらが不動の地位を獲得していた」ということになりかねない。
だから急いで検定を始めた。
手話技能検定育ちの手話者が増えてしまうと、それら「健常者的手話」の流れが大きくも固くもなってしまうものね。
――という印象だった。あくまでも個人的印象なので、あしからず。

「手話技能検定」(と正しく読んでおこう)を受けに行っても、たくさんの人が来ていて人気があることが窺えた。
ネイティブ並に手話が使えるようになりたいというのでもないが、少しは聴覚障害の人と話をしたい、という人が多いのだろう。
きっと受けている人たちはわたしと同じような人が多くて、検定に受かれば話せる証拠だなんて思ってない。「いい学習目標になる」くらいに考えているのだろう。
いいことだ。
と、単純にわたしなどは思ってしまう。
聾者に対してきちんとした理解があるというのも大切なことだが、まずは小さな一歩からだと思うからだ。

この試験は、以下のようなことらしい。
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他団体において検定が実施されていますが、その内容は手話単語や手話の知識を問うことが主な目標になっています。
私たちの「全国手話検定試験」は、財団法人全日本ろうあ連盟に結集するろう者組織が主体的な役割を果たすことによって、これらの問題点を克服し、ろう者とのコミュニケーション能力を評価することに重点を置いていることが特徴です。
さらに、手話学習者のニーズに応えその能力を正しく評価し、さらに手話通訳者への道を開いています。
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http://tokudama.sakura.ne.jp/kataro/bm0110.html

ものすごーく、「手話技能検定」を意識しているように思えるけど‥‥‥。

まあ、とにかく、ろうあ連盟がやるということになると「これこそ真打の手話検定」ということになるのだろうか?
そこで、こちらの「全国手話検定試験」というのも受けることを検討してみてはどうだろう、という考えも浮かんだ。
どちらが主流になるにしろ、早いうちに受けた方が受かりやすいのでは?

そこでちょっと概要を読んでみたが、レベルが高いことが分かった。

5・4・3級は実技試験のみ。
実技試験とは、次の3つの内容。
-------------------------------------------------------------------
1.「手話の読み取り」はテレビ画面に提示される手話を見て、文書の設問に答え、マークシートに記入する。(手話技能検定と同じ形式だな)
2.「手話での表現」はいくつかのテーマから一つを選び1分間考えたのち、手話で表現をする。(自分もやるのか!)
3.「手話での会話」は上記の表現を基に面接委員の質問に答える方法で会話をする。(その上、会話!)
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さだかではないが、2級以上に課される『筆記試験』というのは、手話というよりも聾者に対する理解を図る問題が出るように思われた。
これも自信はないが、このような難しい試験では2級など行き着けもしないと思うので、関係のない話だ。

この内容では、一番簡単な5級も受かるとは思えないなあ。

というわけで受験には至らなかった。
しかしこれを知ったときは驚いた‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


物事のもうひとつの側

手話検定を受けることを目標に、単語を覚えている。
でも、この検定はろうあ連盟には認められていないし、問題視されているらしい。
その話は前にも聞いていたけれど、ネットで見てしまった。

一応、全文を原文通り引用すべきかと思うので、そうしよう。
でも「それは面倒だ」という人のために、大枠をまとめておくことにする。
これはろうあ連盟の事務局長によるものだ。

●この手話技能検定というものに対して、全日本ろうあ連盟は協力するつもりもないし、関わりもない。(「えーと、つまり反対ってことだよね?」的な勢いで語られている。)
●手話の技能だけを測る検定には反対。ろう者についての理解も測る検定にすべき。(ろう者の理解とは、ろう者の歴史、生活、権利と福祉、運動などについての理解ってこと。運動というのは、スポーツではないと思われる。社会的運動とか政治的運動とか、そういうものだよね? いや、だって素人のわたしは最初そう思ってしまったから。)
●健聴者主導で行われているのが納得できない。(もしやるなら、ろうあ連盟、通訳士協会など、運動してきた人たちの監督下でやるべき。この運動もスポーツではない。たぶん。)
●点字検定というのがあるけど、それは手話技能検定なんかと違って、福祉とか視覚障害の人に対する理解も問われる試験である。

全文
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「手話技能検定協会」と「手話検定」なるものについての当面の見解

財団法人 全日本ろうあ連盟事務局
事務局長 松本 晶行

1.「手話技能検定協会」も「手話検定(手話技能検定)」も、全日本ろうあ連盟と一切関わりがない。
  ① 「手話技能検定協会」なる団体からは、平成13年1月23日(たまたま責任者不在中に)連盟本部に対しても協力依頼がありました。
  ② しかし、連盟としては、これについての事前相談は全く受けておらず、一切の関わりを持っておりません。
  ③ また、「手話技能検定協会」についても、同協会の行う「手話検定(手話技能検定)」についても、全日本ろうあ連盟が関わったり、協力したりする考えは一切ありません。

2. 現在の「手話検定」は、全日本ろうあ連盟としては支持出来ない。
  ① 現在の「手話技能検定協会」による「手話検定」については、以下の理由で、支持することが出来ません。
   (ア)将来的には手話検定が必要とされる時期が来るかもしれない。しかし、現時点では、発足したばかりの新しい「手話通訳者登録」「手話奉仕員登録」について、手話通訳士認定試験と関連させながら、統一的な内容とレベルの整備を図ることが先決であり、それを抜きにした手話検定は、現場での混乱を助長させるだけだろう。
   (イ)手話は、ろう者のための、また人と人の間の直接的なコミュニケーション手段であるから、ろう者についての理解(その歴史や生活、権利と福祉、運動などについての理解)と、手話技術とは、お互いに切り離すことは出来ないものである。従って、「手話技能検定協会」の「手話検定」のように、単なる技術のみを追求するものを支持することは出来ない。
   (ウ)また「手話検定」の試験や運営が聞こえる人の主導で行われていることにも疑問がある。仮に、実施されるとすれば、全日本ろうあ連盟はもちろん、全国手話通訳問題研究会・日本手話通訳士協会等の多年の運動による経験を総合し、全体的な合意の下に行われるのが相当であろう。

3. 補足(点字検定について)
  ① 盲教育や選挙での点字保障等、手話よりもはるかに長い運動の歴史を持っている点字について、本年1月28日に「第一回点字技能検定試験」が行われました。
  ② この試験内容は、午前中が障害福祉や視覚障害者に関する基礎知識(点字で出題し、点字で回答するもの)午後が音声テープ、拡大文字、活字等による文章の点訳や点字文の校正等の実技となっており、また、主催は、「日本盲人福祉施設協議会」です。これまでの長年にわたる盲人の運動と点字普及運動の歴史と経験を全国的に結果したものと言えます。
  ③ この点、新しい点字検定は「手話技能検定協会」なる団体の「手話検定(手話技能検定)」とは、明らかに異なるものです。
-------------------------------------------------------------------
↓表になっていて、下のほうが読みやすいかもしれません。
http://atsugi.soc.or.jp/shu.htm

なかなか、気を沈ませる宣言ではあるけれど、でも目標があった方が良いし、日本人は検定好き、やはり挑戦してみたく思う。

ろうあ連盟の言う「支持できない理由」ももっともな部分があるけれど、そこまでハードルの高い検定ではやる気がおきなくなる。
手話を覚えようという気がなくなる。
でも、その程度の思いで気軽にやる手話なんて、聾者としてはやって欲しくないのかな。

わたしは、「聴覚の人とも話ができたら楽しいだろうな」「面倒な筆談に頼るのではなく少しでも話せたら、色々な人と仲良くなれるかな」くらいの気持ちでいた。
「手話を習うということは聾者の文化を担うこと」云々というのは前に手話検定の本でも読んだが、そこまで重く考えると尻込みしたくなってしまう。
だからあまり考えすぎないことにしていた。
つきあっていくうちに、自然に分かる部分もあるだろうし、相手の状況をもっと知りたいと思うときもあるだろう、と思ったのだ。

でも、そんな簡単なものではないなあ、と実感させられた。

さて。
この問題を語り始めると、わたしの手には余るのだ。(そんなことばっかりだ。)

インターネットでこの問題に関して語っているサイトで「さて、手話といえば、全日本ろうあ連盟を抜きには語れません。」という一文を見た。
が、わたしなどには「へぇ~、そうなんだ」というくらいのもの。それくらい無知である。

当然ながら「そうだそうだ!」「いや、そこまで言わなくても」「それよりここが問題だと思う」など、意見は様々あると思われるが、触れないでおく。
議論の内容については、このブログの主たるテーマではないからだ。これはあくまでも「素人体験記」。

ちなみに上の一文は以下から引用
http://tokudama.sakura.ne.jp/kataro/bm0037.html

ところで、以前に難聴の人がスキルアップ研修を受講したことがある。
彼は、難聴なので「聾者」ではない。「難聴者」となるのだろう。
それに手話はできない人だった。

彼は、ろうあ連盟と難聴者協会で見解が違っていることもある、という話などをしてくれた。
また、「自分のような難聴者にせよ聾者にせよ、字なら読めるのだから、授業は手話ではなく画面入力で行った方がいい」という意見も聞いた。
つまり、手話では彼のような難聴者で手話ができない人には、理解できない。難聴者のためにまた別途、要約筆記などを用意する必要がある。(が、「手話通訳を手配したから責任は果たした」とばかり、難聴者は無視されてしまうこともある。)
難聴者にとって読み取れる「文章」は、聾者にも読み取れるのだから、それなら両方にとって読めるし、2つの方法を用意する必要もない。というわけだ。

勉強不足で「同じ聴力の障害」というイメージでいたが、違うのだなあと思った。

そしてさきほどのサイトによると、「全国難聴者協会は賛成の立場を取っているそうです。」とも書かれている。――個人的に聞いた話ということで、ネタ元は明らかにされていないけれど。
http://tokudama.sakura.ne.jp/kataro/bm0037.html

検定を受けてたとえ受かっても、聾者の人にはその話をしないでおこうかな、と思った。
しかし話してみると、「その検定は良くない!」と言う人はいなかった。
わたしが出会った聴覚の人は、「すごいね!」と喜んでくれる人ばかりだった‥‥‥




●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


発見、いろんなこと

わたしは、順調に手話単語帳に載っている単語を覚えていった。
しかし語彙が増えるにつれ、頭がいっぱいになってきて、「あ、これ忘れちゃった」というのが多くなってきた。

語彙が増えてくると、混乱も大きくなる。
似たような手話があって、どっちがどっちやら分からなくなる。
似ていなくてもいつも間違えてしまうものもある。

どれほど時が経っても、未だに「どっちがどっち?」と思うのは、『午前』と『午後』だ。
・右手の人さし指を中指だけを立てて、額につける。
・えーと‥‥‥指を右に倒すと『午前』
・左に倒すと‥‥‥たぶん『午後』?

よく言われる。「ここに時計があると思って! 指は時計の針!」
午前の側に指を倒したら『午前』、午後の側に指を倒したら『午後』。
――でも、午前の先に午後もある。針っていうのは午前だって午後だって同じ方向に動くものでしょ?
そもそも午後の側って?? だってこれは『60分』を表しているんだよね?
今は、これを書いていることで少し整理がついてきて、わたしは長針のつもりになっているのかな?と分かった。
たぶん、皆さんは短針のつもりで、「1~6時のところに針がある」ってことを表すんだよ、と言っていたのだろう。

わたしはダンスとか、見るのは大好きだけど、真似してステップを踏むことは絶対できないタイプなのである。
手も足も(特に足が)、どうなっているのか分からない。
――何か、空間認識とか、立体認識に欠ける部分があるのだろうか。
手話で混乱したときも、ダンスのステップを真似しようとしたときと同じ気持ちになる。

『午前』や『午後』に比べたら使う機会の非常に少ない単語も、検定用には覚えなければならない。
『緑』と『原』が出てきたときも混乱した。

どちらも草の手話を使って表す。

『緑』は左手を横に構えて、右手で草を作り、右手を動かす。――草が風になびく様子だそうだ。
『原』は右手を横に構えて、左手で草を作り、右手を動かす。――一面に草が広がっている様子だそうだ。

どっちがどっち?
何度も忘れてポケット手話辞典を見なくてはならなかった。
とにかく動かす方が右手なのだな、とは分かったのだけど。

それから前も少し書いたが、『曇り』はよく分からない。
雲っぽい形を表現している。

雲っぽく見える手話は他にもある。
『夢』『想像』『思い出』――頭からなんとなく雲っぽいものが出ているように、わたしには見えてしまう。
でも曇りは両手で、これらは片手か。

ところで『夢』『想像』『思い出』は全部同じ手話なのだ。
『思い出す』は違う。
『希望』も違う。――雲には見えない。
今言ったのは未来への思い的な『希望』だ。「~したい」「~してほしい」という「希望する」は「欲しい」と同じ。

似たようなものが多くて、混乱してしまう。
そう考えたそばから、『混乱』ってどうやるんだっけ? と頭に浮かぶ。
『あいまい』『ややこしい』『曇り』 似ている単語が浮かんできて、それこそ混乱してしまう。

スクールの中庭で手話で話している聴覚の実習生さんたち。
通りすがりに見かけると、「すごいなぁ。あんなにサラサラと手話ができて」と羨ましく思える。
この頃は検定に追いつめられて、アメリカ人を「いいなぁ。英語ペラペラで」と羨ましがるような状態になってしまっていた。

そんな自分に自嘲しつつも、またふと思う。
『うらやましい』? 手話ではどうやるんだっけ。

『うらやましい』は――
・右手の人差し指を伸ばし、指先を口の端に当てる。
・人差し指をそのまま下に降ろす。

――羨ましがって、よだれをたらす様子を表すのだそうだ。

「だらしない表情で『うらやましい』の手話を行うと『よだれ』になる」と解説が書いてある。
だらしない表情とは、どのような表情なのか、判断に迷うところだ。

そうだ、もうひとつ追加しておこう。

『斉藤』は、斉藤道三のあごひげ。
『徳』は、徳川代々将軍のひげの形。
『偉い』は、口髭がぴんとなっているような仕草。
『明治』は、明治天皇のひげの形。
『大正』は、大正天皇のひげの形。

ひげ多い!
どれがどれやら分からなくなってしまう!

誰がどんな形のひげをしているのかなんて、知らないって‥‥‥



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Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


発見、方言の問題

順調に手話単語を覚えていた。
スクールに仕事に行っている時期は、やる気の維持もしやすい。

毎朝の通勤も手話単語帳を見ていた。
仕事中に暇を持て余すと単語ノートを見ていた。――この頃はほとんどフォロー役だったから。
帰りの電車の中は、寝ていなければ手話単語帳を見て、その日覚えた単語を復習していた。
でも、ときどき、ポケット手話辞典に載っていない単語が出てくるので困る。

ある日覚えた手話の中に、『秋』があった。
涼しい風を自分に送る仕草。
『涼しい』と同じ形だ。手話は同じ形で表す単語がよくある。
――『お疲れさま』と『面倒』は同じ。『好き』と『~してほしい』『~が欲しい』も同じ。

覚えるときは、解説を読むようにしている。
ただ覚えるよりも、謂われごと覚える方が印象に残るからだ。

「気持ち良さそうな表情で、涼しい秋風を表現する。長野県では、葉の落ちる動作で『秋』を表している。腹のあたりから胸もとに向けて風を送る動作をすると、『春』や『暖かい・温かい』の表現になるので注意。」

‥‥‥長野県では!?

東日本と西日本では違う手話を使うものもある。たとえば「名前」とか。
それは知っていたけれど、「長野県では」だなんて、そんなに限定された地域ごとに手話が違うの!?

やれやれ、いつか手話で話せるようになるのだろうか――

なんだかため息が出てしまった。

日本語にも方言がある。
手話にも当然方言がある。そこが手話の奥深くて面白いところだ。
――という意見を読んだ。インターネットで。

あまりこだわらずに、身近な人とコミュニケーションをとることを目的に覚えてほしい。
コミュニケーションを深めることが一番大切なことだと思う。
――というのも読んだ。まったくそうだと思う。

日本における手話のなりたちに原因がある、でも違いがあるからこそ面白い。
手話には標準語のようなものはない、しかし日本語でも方言を見直す動きが活発になってきている。
違う地方の人が方言手話を話していても、特に支障なく通じるところが手話の素晴らしいところだと思う。
――そう言われれば、全部納得だ。

でも、勉強し始めた人が、こういう些細なことでため息をついたりするのは、避けられないことだと思うのだ。
性格にもよるだろうけれど、わたしみたいなすぐにやる気のしぼむ怠け者は、ちょっとしたことに左右されてしまう。

「え、じゃ、覚えても使えないかもしれないの?」――私が覚えてるのは方言? 全国で通じる? どっち?
「え、じゃ、いくつも覚えなきゃならないの?」――大変だぁ~!

中国語を学ぼうかな?と、ちょっと興味を持ってみた人が、「やっぱり習うなら北京語? それとも今隆盛の上海語のほうがいい?」と迷うのはよく聞いた。
英会話だって、「英会話も教室によってはオーストラリア人が教えていたりして、それだと発音が違うんだって!」「えー!?」「それどころか、欧米人じゃなかったり、すっごい方言の人なんかもいるらしいよ!」「えー!?」――これも何度か聞いた。

皆、気になるんだと思う。仕方ない。

そんな感じでわたしはまたも、「勉強しよう」「楽しい」「頑張ろう」という気持ちが、少しばかりしぼんだのであった‥‥‥



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Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


発見、謂われについて

手話単語帳を作って、毎日13個を目標に覚えていた時期のある日。

『色』という単語がその日覚えるはずのページにあったのだが、ポケット手話辞典には載っていなかった。
「これは帰ってから調べなくてはならないな」と思っていたが、仕事が終わる頃になって、ふと思い出した。

手話を始めてほんの2日目か3日目くらいのときに、廊下で会った聴覚の女の子に「好きな色を選んでください」という手話を教えてもらったっけ!

 好きな・・・・・・は単語ノートの昨日の分でも出てきたので、覚えている。
 選んで・・・・・・は確か、左手の指を立てて、右手で選ぶ仕草だった。
 ください・・・・・・は拝むようにする。

肝心の『色』は? ――思い出せない。
あれほど何度もやったのに。
初めて文章を覚えたので、使う機会がなくても毎日思い出していたのに。

サボっている日も多かったので、使わない記憶はあっという間にさびついている。
ショックを覚えた。

『色』の手話は、両手の指を丸めてくっつけ、何回かひねるものだった。
――そうだ。そうだった。

あの女の子は言っていた。
「どうしてこれが『色』なのか分からないけれど、『色』はこうする」

手話辞典には「絵具を出す仕草から」と解説されていた。
なるほど、絵具チューブのふたを開けようと回す仕草に似ている。

手話は「ただ覚えるより、成り立ちを知ったほうが覚えやすい」とよく言われる。
だから手話辞典などには解説が載っている。

後から覚えるわたしたちのほうが、こういう解説で謂れを知っていることがある。
小さい頃からずっと手話を使ってきた人にとっては、それが通常言語。自然に覚えていて「どうしてこれがこういう形で表現されるか」なんて知らないこともある。
聴覚の人に教わると、「××はこうやる。意味は分からないけど」と言われることが何度もあった。

「『新しい』は新田義貞が海に刀を投げ入れたからだという解説を読んだときは、手話を覚えられるのかと不安になった。わたしは歴史、得意じゃないから」
という話を笑い話として聴覚の人に披露すると、「えー、そういう意味だったんだ」「知らなかった」「新田義貞って誰?」とよく驚かれた。

「『茨城』が桜田門外の変で水戸藩士がみのをつけていたからだ」というネタも定番。
「桜田門外の変? 何だっけ?」「みのって何?」「水戸って茨城にあるの?」
実はわたしは茨城出身なので、「自分の出身県はどんな手話かと思ったら、茨城県人なのに桜田門外の変に水戸藩士が参加してたことも知らなかった」というネタになるのだ。「みのはないよねー!」

聴覚の人は手話を知っている。
(いや、中には手話を使えない聴覚障害の人もいるけれども。)

でもずっと使ってきた人たちは、謂われなど知らずに使っていることもある。
わたしたちが日本語を、「なぜ朝はあさと言い、朝という漢字は何を意味しているか」を知らなくても使えるように。

もちろん、とても詳しい人もいる。常識的にある程度のことは知っているという人もいる。

そういう人たちにはいろいろと教えていただくことが多い。
間違った手話をして、「この単語とこの単語は似ているから混乱する」と言い訳することがよくある。――わたしは。
すると「これは、こういう意味があって、こういう手話。こっちはこういう理由でこんな手話。意味が分かると覚えやすい」と教えてくれる。

中には、会社などで手話サークルをやっている人や、会社が手話講習会を設けてくれてその講師をしている人もいる。
そういう人たちはとても詳しくて、細かいことまで教えてくれる。
「その単語は、男性用だから――。女性はあまり使わないほうがいいかもね」とか。

たまに少しだけ困ることもある。
「このコードの意味は、セルA1をまず選んで、それからOffset、まず1だから1つ下の行に――」
なんて、カタコト手話&画面さし示し&口話で説明していると、「違う」と遮られたりする。
熱心な『先生』が、「その手話は違う」と教えてくださったりするのだ。

「『選ぶ』は、こっちの手の指を立てて、5本の指の中から選ぶ」
――ああ、うんうん、そうだった。こっちの手を寝かせたら『はじめまして』になっちゃうよね。

でも今はわたしのヘンテコな手話にツッコミを入れるより、こっちを理解することに集中してほしいなぁ。
なんて。
それもこれも、わたしがきちんと突っ込まれない手話をすればいいわけだが。

結論としては、もっと手話の勉強をしろということだろうか‥‥‥



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Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


発見、他の人に話すと

夫と一緒に出かけた先で、「『祝日』はこうで、『秋』はこう」と復習していたら、夫が「どうしてそれが『祝日』なのか」と聞いてきた。

『祝日』は――
・両手を胸の前で交差させる。手首のところ。
・両手の5本の指をひらひらさせる。

「旗が翻っている様子なんだって」
「でもそれじゃ、蟹に見える。旗っていうのは、片方が棒になってる方が分かりやすい」
そんなことを言われてもこう決まっているのだもの。

「それが旗なら『蟹』はどういう振りなのか」と何度も聞かれ、家で辞典を見ていると「『蟹』を調べて」と言い出した。
仕方がないので辞典を見てみると‥‥‥ない。
『カメ』ならあるのに。
ポケット辞典にももちろんない。

今度は「『カメ』より『カニ』の方が使う機会が多そうなのに」と夫は言い出す。
「昨日、カニを食べたよ」とかね。――まあ、それもそうだけど。
ないものは仕方がない。

数日後、スクールに行ったとき、思い切ってそのときのPCプラクティスの聴覚の男の子に訊いてみた。

「手話で」(と手話) 「か・に」(と指文字) 「教えて」(と口でゆっくり)

彼は、わたしの指文字を1つずつ繰り返し、「『か』『に』」?と言った。

「か・に」(指文字) 「食べる」(手話) 「か・に」(指文字)

彼は大きくうなずいて「かに」と言った。
彼は発語はあまり得意ではなく、スクールでの発語訓練はまだ先の話で、発音は不明瞭だった。

顔の両脇でじゃんけんのチョキを作って、指をつけたり離したり――いわゆるバルタン星人のような形。

――あ!まさにカニだ。

帰って夫に言うと、「そうだね、自分の頭は固くなっていた、カニといえばそれが真っ先に浮かぶね」としみじみしていた。

毎日顔を合わせる夫にはよく話すことになるが、たまに他の人にも手話のことを話した。
あるとき友人5人が集まる食事会に行き、その席で手話の話をしてうけた。

『新しい』が新田義貞の故事からきていることや、『秋田』は名産のふきの形で表すことなど、これまで勉強していて「へえぇ」と思った話を幾つか披露した。
「幾つか」と言わずもっと披露したかったが、勉強しては忘れるの繰り返しで、かなり忘れてしまっていた。

手話に興味がある人は一人もいなかったが、話として面白がって聞いてくれた。
正確に言うと、そのうちの一人は以前、やってみたいと言っていたことがある。始めてはいない。

「私の名前はどうやるの?」
「じゃあ、はげってどうやるの?」
など質問もされ、話が弾んだ。
「それはこうやるの」とは1つも言えなかったが。

こういうふうに何人もの人に手話を勉強するときのエピソードを話したのは初めてだった。
それに、その中の誰も手話を知らないというのも初めてだった。
少しでも手話を知っている人を相手に、今さら「佐々木さんは『佐々木小次郎』からとってこうやるんだよ」と言ったところで、「知ってるよ、そんな初歩的なこと」で終わってしまう。
“多少”知っている程度の人でもわたしよりはレベルが上なので、「ああ、そうなんだよね! 私も面白いと思ったよ」がいいところだろう。
わたしと同じ驚きはない。

一番盛り上がったのは『黄色』の手話についてだった。

まずちょっと話がさかのぼる。
それ以前にこんなことがあった。

夫に検定の話をしていて、『黄色』の手話をやってみせたところ、それは何を意味しているのかと訊かれた。
『黄色』は、頭の前のほうで、人差し指と親指をパクパクさせる。

「とさかだ」と答えると、「とさかは赤いから、それが黄色というのはおかしい」と言う。

後日、ポケット手話辞典を見ていたら、「ひよこのとさかを表して」とあったので、「ひよこなら黄色いな」と思った。
――しかし、ふとひよこを思い浮かべてみると、とさかなどなかったかもしれない。

とさかは、にわとりに成長した姿にしかないものかも? やっぱりこの手話は間違い?

この話をしたところ、皆同じ意見だったが、一人だけ動植物に造詣の深い友人がいた。
「ひよこにもあるのよ。黄色いとさかが。最初は黄色いけれど、だんだん赤くなっていくの」

そうだったのか!
それは知らずに勝手に面白がっていて恥ずかしいことだった。

たぶん、わたしや他の友人たちが思い浮かべていたイメージは、イラストのひよこだったのだ。
実物のひよこって、知らないわけではないが、実はそれほど見る機会がない。ついイラストが浮かんでしまう。

しかし、そこで別の友人が口をはさんだ。
「でも、ひよこはとさかだけじゃなくて全部黄色いじゃん」
つまり、なんで「ひよこの『とさか』」でなくてはいけないのか、というツッコミだ。ごもっとも。

まあたぶん、ひよこ全体を示しそうとしたら、結局「特徴はとさか」となったのだろう。
まず手話ありきで、逆からたどっていくから、「?」の寄り道が多くなってしまう‥‥‥



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Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


発見、歴史系単語

手話辞典を引いていたら、目的の単語と同じページに「加藤さん」があった。

前に、「佐々木さん」は佐々木小次郎で、刀を背中から抜く仕草、というのがあった。
加藤さんは、「槍の名手であったという加藤清正にちなんで」指を突き出して突く動作をするのだ。

加藤清正は知っていたけれど、その人が槍の名手だというところまで知らなかった。
手話を作った人が、そういうことが常識だった時代の男性だから、どうもわたしには「??」と思うことが多い。

今日も少し覚えよう――と手話単語帳を見ながら辞書を引く。

『新しい』
・胸のあたりで、両手を上向きにしてすぼめる
・両手の指をパッと開きながら、少し前方に出す

これは、「物を両手で投げ出すしぐさ。新田義貞が太刀を海に投じて、潮が引くのを念じた故事から、新田の『新』を取ったもの。また、ピカピカしていることから。」なのだそうだ。

自分が物知らずだということを正直に言わなくてはならないが、新田義貞って誰なの?
もちろんその故事も知らない。

そういう決め方で手話が決まっているとすれば、それはもちろん、世界共通ではないなあ。
共通の認識から、連想しやすい動作を選ぶとなると、文化や歴史がある程度同じでなくてはならない。
「佐々木小次郎か~」なんて、思い浮かばない。――でもそもそも外国には「佐々木さん」て人もいないか。

しかし同じ日本人ではあっても、何十年か昔の人とは同じベースがなさそうだ。
今から覚える人にはまったく意味不明の連想方式で決まっている単語も多そう。

――加藤清正と新田義貞を同じ日に知ったことで痛感した。

もっとずっと後に『茨城』を学んだ。
・指先を開いて、両手を胸の前で交差させる。
・手のひらで、それぞれ二の腕を払うしぐさをする。

これは、「みの(蓑」を表しているのだそうだ。「桜田門外の変で、水戸藩士がみのをつけていたことに由来する」と解説には書いてある。
――桜田門外の変で、水戸藩士がみのをつけていたことどころか、参加していたことすら知らなかった。

古本チェーン店で高校の歴史の本を見たとき、「桜田門外の変」のところに水戸藩士という名前が出てきたので、もしかしたら習ったことだったのかもしれないが、そんなのとっくに忘れてる。
「みのをつけていた」ことに関しては、イラストが載っていれば分かるかもね程度。

まあ、茨城はあまり歴史に参加していない県だから、このくらいしかなかったのかもしれない。
『いばら』の手話+『城』の手話では、ちょっと分かりにくそうだし――

同じ日、『岩手』も勉強する。4級は、県名を全部覚えなければならないのだ。
『岩』という手話の後に、『手』という手話をする。

「以前は岩手出身の原敬首相の髪形からオールバックで表していたが、最近では漢字のまま「岩」と「手」の手話で表すのが一般的になっている。」とある。

なかなか、オールバックと岩手のイメージが結びつく人は、現代にはいなくなっているのではないだろうか。やはり『岩』と『手』になったのは必然という気がする。
原敬は知っていても、岩手県出身とは知らなかったし、「原敬=オールバック」という連想が働かなかった。

次は『熊本』。
両手の親指と人差し指を開いて伸ばし、腹の両脇に2回当てる。

熊本藩主であった加藤清正の鎧の丸い印を表す。
‥‥‥って、これまた高度な。

『加藤さん』という手話は、槍の名手であった加藤清正にちなんで、槍で突く動作を表す。
日本の手話を作った人は加藤清正好きなのだろうか。

熊本の手話は、わたしのような日本史にうとい者にとっては、何段階にも難しい。
まず、加藤清正が熊本藩主であったことを知らない。そして、加藤清正の鎧に丸い印がついていたことを知らない。

どうも作った人の知識の傾向や好みにかなり左右されている気がした。
歴史は得意な人だったに違いない‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


順調な時期

何かを始めたとき、最初のうちは好調なことが多い。
やる気もあって、新しいことを覚えるのでとても楽しい。

3日坊主とよく言うけれど、やり方を考え直して、通勤や仕事中の手の空いているときに1つ2つと語彙を増やしていく方法は、順調に3日続いた。
また、6級の単語から始めているので簡単なものが多い。

『ごくろうさま』というのは、今までにも使っていた『お疲れさま』と同じ手話だし、『ありがとう』もよく使うので知っていた。
『さようなら』は手を振る仕草、手話でなくても同じ身振りをする。
『OK』も普通にするジェスチャーと同じだ。

困ったこともあった。
自作の手話単語帳を見ながら、1単語ずつポケット手話辞典を引いて覚えていたのだが、あくまでもポケット手話辞典なので載っていない単語がある。
家にあるDVD付きの分厚い辞典なら載っているだろうけれど、家に帰るとなんとなく億劫になってしまうだろう。
――しかしいくらなんでも、あんなに分厚い本は持ち歩けない。

その日、美和先生と教室の鍵を閉めて帰ろうとしたとき、昨日も会った聴覚の女性にまた会った。
ちょっと教室を覗いていたようだった。きっとわたしがいるかどうか見てくれたのだと思う。
気づかずにそのまま行ってしまったようだったので、追いかけた。

というのは、講習中にこっそりポケット手話辞典を見ていて、イラストでは分からなかった手話があったからだ。
『曇り』。
家でDVDを見ようと思ったけれど、せっかく彼女が寄ってくれたから、ぜひ彼女に聞こう。
家に帰ったら怠けてしまうに決まってる。

追いついて、教えて欲しい、と頼んだ。
『教える』の手話は、昨日彼女が教えてくれた。
実はそのとき思い出した。「そういえば1ヶ月前に彼女に教わったっけ」と。

「くもり」と口で言っても分かってもらえなかったので、本を出して見せた。

教えてもらってようやく分かったけれど、後から再びやってみようとしたら、頭の中は「?」でいっぱいだった。
今でも『曇り』は「?」と思う。それから『想像』『イメージ』も、雲がもくもく湧くようなジェスチャーで、『曇り』と混乱するし、どれもこれも「?」だ。

彼女と「イラストは分かりにくい」と言いながら歩いて、「他には何を覚えたか」と聞かれたので、「すみません、かまわない、元気」と思いつくものをやって見せた。
「すごいね」と笑顔で言ってくれた。
まったく、聴覚の女性って優しい人が多い。

別れる際、「また、明日」と言ったら、『また』を直された。

『また』は、右手の人差し指と中指を立てた状態の手を横にする。
手の甲は相手側に向けている。
その状態で、右から左にすっと動かす。

しかしわたしは、左から右に動かしていた。
1ヶ月前にあれほど使った『また』なのに!

「また明日」をやり直し、それから「今日は金曜だ」と気づいて「また来週」と言い直した。
『来週』は単語帳の始めの方にあるので覚えているのだ。

順調に覚えているときは、直されても気落ちしないものだ。
この日もわたしは元気に帰った‥‥‥



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Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


接する機会が大切

スクールの仕事がしばらくないという時期がある。
たとえば年度末とか。そして年度初めとか。年度末&年度初めは続いているので、この辺りは1ヶ月近く行かないこともある。
それから12月のような月も、ほとんどないことがある。
20日くらいまでPCプラクティスやスキルアップ研修がある年もたまにある。でもないときは1日か2日しかなかったりする。
1月の初旬というのはほぼ毎年何も入っていないから、相当空く。

そうして久しぶりにスクールに行って、たまにはここの仕事をしないとだめだ、と実感した。
派遣などでスクール以外で働いていると、手話を覚えようという気持ちを忘れてしまう。

このときのPCプラクティスは、20名を超える大人数が受講していて、教室内に活気があった。
しかし、聴覚障害者は1人しかいないと気づいた。

そのたった1人の聴覚の人は大変よくできる。
この講習を受けていても退屈極まりないだろうと思うくらい、できる。
だから質問されることもないので、ほとんど話さない。

手話を使う機会などまったくない講習のようだが、なぜかこの空気に触れると「やらなきゃ」という気持ちが湧く。

1日目というのは、説明が多く暇な内容である。
じっと坐っているときに、ちらりと手話単語帳を見たりした。

これは数日前に自分で作った小さなノートで、通勤途中で勉強するための単語帳だ。
6級出題単語を羅列しておいて、暇があれば1つでも2つでも覚えて、1日13個を目指すつもりだった。

暇なので手話単語帳を見て、知っている単語をやってみる。13個ぎりぎりあるかないか。
知らない単語をそっとポケット手話辞典で引いてみる。
――なんと、仕事の合間でも結構覚えられるものだった。
わたしはフォロー役がほとんどだったから、「これなら1日13個もいけるかも!?」と思った。

実際その日は15個覚えることができ、うろ覚えでしか覚えていなかった単語も覚えなおした。
なかなかいい調子で嬉しくなった。

2日目は手話単語帳を開く暇はなかったが、休み時間に聴覚の女性と廊下で会った。
1ヶ月半くらい前のPCプラクティスに来ていた人だ。

わたしが手話を始めたばかりの頃で、ちょっと1つ手話を使ったら、色々手話で話し掛けてくれた。
あのときは、彼女が何と言っているか分からなくて困ったものだ。

彼女はいつも笑顔の明るい人だった。
幾つも単語を教えてくれた。
――もう忘れてしまったものも多いが。

その場で少しだけ話をした。
――というか、話らしきものをした。
全然手話など使っていないような状態だった。

「またPCプラクティスをしているのですか?」
「そうなの」
「いつから?」
「昨日から」

『昨日』くらいの単語なら覚えたはずなのに、やってない自分に気づく。
唇をゆっくり動かすことで分かってもらおうとしている。
やはり話す機会がないとお話にならない。とつくづく思った‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


やり方の再考

ずーっと、手話を覚えるのをサボっていた。
夫に「最近手話やってないね」とまた言われた。

このままでは5級の手話も満足に覚えないうちに、検定日が来てしまう。
受けるときの目標として、せめて5級には受かりたいと思っていた。
併願して受けられる級は全部受けようと思っていた。6級、5級、4級、3級を受ける予定だった。
しかし3級など受かるわけがない。
現実的な目標として、「5級絶対合格」を目指すことにし、「4級できれば合格」を願っていた。

日もだいぶなくなってきたので、逆算してみることにした。

検定の日まで何日あるか? いくつ単語を覚えればいいか?
試験前の2週間なり3週間なりは復習する期間にしたいから――
3級までの出題範囲単語1001。これを残りの日数75で割ると、13.33333‥‥‥となる。

うぬぬ。一日に13個もの単語を覚えなくてはならないとは。
しかも1001の中には、『数詞1~10』だの『数詞万の位』だのという漠然とした範囲の単語が入っている。
『1~10』って1行で記されているけれど、10個の単語ということだ。

もしかして無理だろうか?
5級からは文章問題もあるというのに。

しかし気を取り直して、やり方を再考することにした。

――要するにDVDを見ようとするのが間違いなのだ。
手話辞典DVDをデッキに入れて、ページ数を入力して、その手話を再現する。これが面倒なのだ。
家でなくてはできないし、わざわざDVDをデッキに入れてTVの前にじっと座って見る。
しかもいったん辞典で探して、そのページ数をDVD側で入力しなければならない。

そこで、本ですませることにした。
本はもちろんイラストしかない。動かない
その通りに覚えたつもりでも、後から使ってみるとうまくいかないことがある。

指文字は本で覚えたので、『も』が『好き』になっていると注意された。
アクションが大きかったのと、指を動かした位置のせいらしい。
本にはこういうデメリットがある。

しかしそれを気にしてDVDにこだわっていては、手話検定に間に合わない。

いつのまにか検定が主目標になってしまったが、それはそれでよかった。
もともと「検定を受けることにすれば、それに追いまくられて嫌でも勉強するだろう」ということで受験を考えたのだから、当初の目的に適っている。

そういうことで、通勤時などの合間時間を主体に単語を覚えることにした。
1時間勉強しようと思うとなかなかやる気が起きずに、「もう少し後で」「少し休んでから」とサボってしまう。
どうせぼんやりしていなければならない通勤時間を有意義に使うと、得した気持ちにもなれるのでやる気が起きる。
それに電車は乗り換え乗り換えで、10分20分と細切れ。短い時間のほうが構えずに本を開ける。

ただこの計画には欠陥もあった。

朝のラッシュ電車では、本を広げる余裕がなかった。
――余裕とは、空間的余裕のことである。
なかなか毎日通勤のたびに本を見て覚えるというのは難しい。

それでもこの「こまぎれ時間を利用して覚える」というのは、悪くない作戦だった‥‥‥



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Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


有馬さんのお別れ会で

明日はこれをやろう、と言いながら、今日はもう24日だ。
何も単語が増えないまま時が経ってしまった。

その間に、スクールのテンポラリースタッフ、有馬さんが辞めると分かった。

テンポラリーの契約は1年更新。
有馬さんは22歳の可愛らしい女性で、綺麗なスーツに華奢な靴の若い人。
4月から働いていて、3月、「まだ来年どうなるか分からないんですよ」と言っていた。
でも、結局、レギュラースタッフがやってくることになったので、更新はならなかったらしい。

有馬さんは、1年の間にかなり手話を習得した。
わたしが目標にしようとしていた人だった。
つい先月も、食堂で有馬さんが話をしているところを見た。
有馬さん、聴覚障害の人、聞こえる人、の3人で会話していて、有馬さんはスラスラと手話で通訳していた。

4月に来たときには、障害者と接するのは初めて、手話は何も知らない、と言っていたのに。
若いから頭が柔軟なんだな、という安易な発想では片づけられない。

前にも書いたが、週2日くらい派遣で来ていた男性の先生が、
「あそこで働いていれば、僕も自然にそのくらい覚えられますかね?」
と言ったら、有馬さんはきっぱりと言っていた。
「できません! 勉強しないと」

わたしも働き始めたばかりのときは、「毎日聴覚の人と接していれば、手話ができるようになるのかなぁ。すごいなぁ」とレギュラースタッフの手話を感心して眺めたりしていた。
でもならない。2年働いても、覚える気がなければ一言も覚えなかった。
勉強を始めても、たいして覚えられない。

有馬さんのお別れ会。それは派遣さんたちが開いた個人的なものだったので、わたしも誘ってもらった。
スクールでも公のお別れ会があったのかもしれないが、それはわたしはもちろん行けない。

お別れ会がお開きになった後、4人だけ「軽く2次会に行こう」ということになった。
主役の有馬さんはいたし、わたしも行った。

手話の話になって、有馬さんに「何か覚えましたか?」と訊かれたので指文字50音を披露した。
違うところを直された――やれやれ、難しい。

「手話検定を受けようと思っている」と言ったら、有馬さんも「私もその検定受けようと思ってました」と言うので、「一緒に受けましょうよ!」とわたしの気持ちは盛り上がった。
派遣の磯原さんも、「私も手話の勉強、少しはしなきゃと思ってるから、受けようかな」と言い出し、ますますわたしのテンションは上がった。

でも楽しい話ばかりではなかった。

手話を積極的に覚えようと思ったきっかけは、「どこか他でも役に立つかもしれないと考えたから」だと言った。
すると、有馬さんに一刀両断にされた。
「あそこ以外では使うところないですよ」
さらに、
「役に立たないですよ。手話通訳士だって報酬安いし」

え!? 通訳士でも? あんなに難しいって評判の試験に受かりながら?

別になろうと思ったわけでもないし、それで身を立てようと思ったわけでもないが、単純なわたしはやる気を殺がれたのであった。

その後、気をとりなおして手話検定の話もしたし、頑張ろうねとも言った。
けれど、「手話検定って聾唖連盟には認められていないんですよね」だって。
「健常者が主催している検定だから」

そうなんだ‥‥‥
熱しやすく醒めやすいわたし。だから大変盛り下がった。

それでも、ちょっとマイナスなことを聞いたからってガックリしてやめるわけにもいかない。
子供じゃないんだから。
とりあえず、気を取り直して「頑張ろうね」‥‥‥



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Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


遅々とした歩み

手話を学んでも、筆談時にほんの一言知っているところを手話で言うだけ。

たとえばこの程度しかできない。『 』の中が手話だ。
「この問題は難しいのです。時間がかかっても大丈夫です。『終わった』らプリントを持ってきますので、言って『ください』」

まったく使えない。

指文字も、「半角」と言いたくても、「ええと、『は』は・・・・・・あ、こうだ」とのろのろ綴っているので分からないだろうと思う。
「ここは半角? 全角?」と実習生さんが、練習問題の例文を指して言う。
「ええと、『は』『は』『は』はどうだっけ? あ、こうだ‥‥‥『は』。えーと次は『ん』これは分かる。『か』は、えーと‥‥‥」
こんなのじゃ、紙に「半角」と書いたほうが断然早い。
指文字は、スラスラ出てこないと使えないものだ。

覚えるときは「あいうえお」の並び順で覚えるので、流れとして頭に入ってしまう。
もし、『せ』の字を表現したいとしたら、すぐには出てこなくて『さ』から順に思い浮かべてみて、「あ、こうだった」と思い出す。
それではどうにもならない。

あるとき仲良くしてくれていた派遣さんたちとお昼を食べていて、「少しは覚えた?」と聞かれたので、「指文字を覚えましたよ」とやってみた。
「わたしの名前は、○○○です」「わたしの名前は×××です」といくつかの名前を適当にやってみせる。
すると、そのの名前は一文字ずつ指文字で綴らなくても良い名前だった。
歴史上の有名人と同じ名前の人は、その有名人を表す手話で表現できるのだ。

佐々木さんは、佐々木小次郎で、背中から剣を抜く仕草。
斎藤さんは、斎藤道三で、ひげを表す表現。

漢字を表現することもある。
山田さんは、『山』+『田』 「や・ま・だ」と指文字をしなくてもいい。
中川さんは、『中』+『川』 「な・か・が・わ」でなくていい。
近藤さんは、『近い』+『藤の花』とか。

混合版で、加山さんは、『か』の指文字 + 『山』の手話、とか。
他にも、当て字っぽいもので、佐藤さんは、=砂糖で『甘い』の手話、などもある。

名前っていろいろあるらしい。
勢い込んでやってみせたら、訂正されてしまった。
言語というのは覚えることが多くて大変だ。

家に帰って夫にそのことを言い、「佐々木さんはこう」とやってみせると、「佐々木小次郎?」と即座に反応が返ってきた。
よく分かるものだ。わたしは全然思いつかなかったが。

「佐々木でその仕草されて、佐々木小次郎と思わない人はいない」と言われたが、わたしは佐々木小次郎が背中に剣を背負っていることも知らなかった。
そういえば、時代劇やマンガなどでそんな格好をしていたかもしれない。

でも分からない人もいるって、絶対。
ひげが「斎藤道三」で「斎藤さん」は、分かりにくいんじゃないかな。
「斎藤道三」がひげって知らない人もいると思うし、ひげの人は他にもいるから他の人を想像するかもしれないし。

ところで、曲りなりにも指文字で五十音を覚えたので、次は数詞を覚えてみることにした。
1から4は普通に使うときと同じなので簡単だった。
5は親指で表す。
だから親指と人差し指なら、6になる。親指と、人差し指と中指で、7だ。
9は全部の指になるが――8は難しい。小指だけ内側に曲げるのって、わたしには不可能だ。

「適当でいいんだよ。なんとなく曲がってれば分かるから」と聴覚の人に教わったが、わたしの指はなんとなくも曲がらない。

やれやれ。なかなか進まないものである。

ところで、ちょっと1から9をやってみようと思った方、5の親指は立てておきます。
だから親指を上に向けて、人差し指以下は横に出す形です、念のため。

6は、手でピストルを作る。でも相手に人さし指を向けるのじゃなくて、手の甲を見せる――まるで横の人を打ってるかのよう。
そのまま中指も出したら、7。
薬指も出したら8――

ね、難しいでしょ?‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


ポケット本の効用

指文字の練習は疲れたので、「明日は指文字の練習は休もう」と思った。
だけど、結局した。

なんと50音覚えてしまった。

駅に着いたら、電車が来るまで時間があったのだ。
持ち歩き用の小さい手話の本を開いて、見て時間をつぶすことにした。
スクールで覚えた手話を、通勤時に復習するために買ったものだ。
その場では覚えたつもりでも、後でやってみると「手の甲は自分に向けたっけ?」と色々忘れてしまっているのだ。

見ながら『あ』から指文字を練習していたが、人目が気になることはなかった。
本を開いていたからだ。
駅のホームや電車の中で、1人で手話の復習をしていたら、怪しく見える。
そんなところでひらひらと手を動かしていたら、変な人でしょ?
でも本を見ていれば「ああ、何かの練習をしているのだな」と思ってもらえる・・・・・・気がする。

本を見ながらやるには、手話は適さない。
手話は両手を使うが、片手に本を持ってしまうと両手を使えない。

指文字は片手なので問題ない。
そういうわけで、待っている間ずっと指文字をやっていた。
勢いづいて電車の中でもやっていた。

片手にポケット版の本、片手で練習、バッグ類は肩にかけている。
この姿勢だと、立っていてもOKだと分かった。

自分の家の最寄駅に着くまでに、『や』行まで進んだ。
とりあえずそこで終わりにしたのだが、夕方、せっかくだから最後までやろうと思い、家で『ら』行と『わをん』を覚えた。

『あ』から順に綴っていくのは、つかえながらもできるようになった。
でもまたすぐ忘れるだろうから、練習を継続しなくてはいけない。

それは電車の中でやろう。
覚えてからもポーズのために本は持っていよう。

ポケット本はいいな!と思ったのだが、やはり手話単語を覚えなければ話にならず、手話を覚えるには不向きなのが難点だ。
手話のときはただ本を見るか、本を抑えながら苦労してそれらしい形を作ることしかできない。

しかし指文字も全然使いこなせないのだから、指文字をやっていればいい。

指文字はあいうえお順に綴ることはできるようになっても、その後がまだある。
「あいうえおかきくけこ」と練習していても、いざ「イチゴショート」とやろうとすると戸惑う。
「あい」じゃなくて、いきなり「い」。
「い」の後に、いきなり「ち」。
点々はどうやるんだっけ? 小さい文字は? 伸ばす棒は?
そしてえーと、「と」ってどうやるんだっけ??

本を片手の指文字練習は、たぶんずーっとずーっと必要だろう‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


聾者の気持ち

「手話を使えるようになるということは、聾の文化を支えることである。」

手話検定の序文に書かれていた文章。「いや、それはちと重いなぁ」と思ったものだ。
でもそれほど重いものと考えなくても、「文化」を支えることになるのかもしれないと思った日があった。

同じ仕事についている美和先生は、手話を使わない。
わたしもほとんど使えないけれど、とりあえず覚えた単語は使うようにしていた。
「おはよう」「お疲れさま」程度だが。
時には、「終わりましたか?」なども使ってみる。
で、終わっていたら新しい練習問題を渡すわけだ。

愛想のよくない聴覚の男性が1人、PCプラクティスに来ていた。
もともと無愛想だが、ある日美和先生が「終わったならこの問題を」と渡したときは、さらに不機嫌そうに見えた。
どうも、わたしが問題を渡したときよりも無愛想に感じられた。

講習が終わって教室を出て行くとき、ふとわたしの方を見て「お疲れさま」という手話をした。
わたしも数少ない知っている単語、「お疲れさま」の手話で応えた。

聴覚障害者すべてがそうだとは言わないが、多くの場合彼らは排他的なところがある。
周囲の人は仲間内とそれ以外に分けられる。
『仲間』の定義は、「手話で話せる人」「手話で話せない人」で分類されているように思われる。
「聴覚障害者」と「健聴者」あるいは「健常者」のくくりではなく。

少数派の文化に属する人は、自分の文化に属する人に対して思い入れがあるものだと聞く。
つまり、手話の文化、手話のルール、物事を視覚的に捉える世界があるわけである。

この時点で、巷では『秋葉原のオタク』文化がクローズアップされていた。
彼らにも彼らの言葉があり、彼らの文化があり、彼らは仲間とそれ以外を差別する。
彼らの文化に属さない者は、美人であっても称賛の対象ではないふしもある。
――声優さんの中にはオタクのアイドルになっている人がいるけど、声優を卒業して「あれは過去の汚点」と振る舞うようになると、オタクからの人気は下がるのだという。

きっと探せばそういう『文化』はいくつもあるのだろう。

聾は文化である。――なるほどね。

わたしが手話を覚えようとすることは、美和先生にとってもいいことだ。
美和先生が覚えなくても、「PCプラクティス講師」が勉強しているということになる。

でも反面、実習生さんとの関係では、良くないことかもしれない。
2人いるうちの1人だけ仲間外と思われたら、やりにくいだろうと思われる。

――とはいえ、すべては空想にすぎない。
彼が不愛想に見えたのは、美和さんが美人だから緊張していたとか、別の理由があるのかもしれないし‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


なかなか進まない――でも当たり前か

「検定目指して頑張ろう」と決意してから、DVD付き辞典を活用し、毎日少しずつ手話を覚えるようにした。

まず覚えようと思っている手話単語は、手話検定6級に出題される単語。
具体的な目標のための方が、「あ」の項から順に覚えていくより頑張れる。

ちなみに本当は7級が一番下の級だ。
しかし7級の出題範囲は、指文字あいうえお。
50音をただただひとつずつ覚えていくのは、辛い。

花咲さんは、「だって、あれさえできれば、手話ができなくてもなんとか意思の疎通はできるもの」と言うし、まったくその通りだと思うが、面白くないことに変わりはない。

50音、アルファベット、数字の指文字は、毎日少しずつ覚えることにした。
しかしアルファベットは、日本式とアメリカ式の2種類あるようなのだが、両方知っているべきなのだろうか。
――「べき」なんだろうな、やっぱり。

まったく様々あるものである。

勉強開始1日目に覚えたのは、曜日。月曜から日曜まで。
なんと日曜日は2つあった。
東日本版と西日本版。

東日本は、赤+シャッターが閉まる様子。
西日本は、赤+ゴロゴロ寝ている様子。

これって、手話検定ではどちらが出るのだろう?
どちらもやってくれるのだろうか。
分からないので、両方覚えておいた。うーむ。

2日目に覚えたのは、今日、昨日、明日、明後日、おととい。
それから去年、来年、先週、来週も覚えた。

おお! 「明日」はもともと知っていたぞ!
勝手に手話の先生と思って機会があれば会話しているPCプラクティスの女性が、「明日もよろしくお願いします」と帰っていく。

わたしがスクールで聴覚の人と話しやすいのは、彼らが口話ができるからだ。
口を見て分かってくれる。自分で話すときは手話だけでなく、口でも話してくれる。

発語がとてもうまい人も、そうでもない人もいる。
発語がうまければ、相手の話は少なくとも理解できるのでありがたい。
健常者の中で仕事をしたりすることを考えて、スクールでは発語が得意でない人には発語訓練をするらしい。
自分の体験を考えると、それは本当にいいことだと思う。
手話ができなくても、会話の半分――相手の話は理解できる。あとは、こちらの話を相手が口を読んである程度理解してくれれば、コミュニケーションはかなりスムーズにできる。

つまるところ、手話の楽しさというのはコミュニケーションの楽しさだ。
だから、やる気を持続させるには良い環境である。

――指文字は発語が得意でない人とも話せるツールだ。
知らない単語があっても、指文字で伝えることができるし、指文字で教えてもらうことができる。いちいち筆談に戻らなくてもいい。

少しずつ覚えなきゃ。

そこで1日目は、「あいうえお」を覚えた。
比較的すぐ覚えられたので、調子に乗って「かきくけこ」まで進んだ。
うろ覚え程度には記憶できた。

しかし、2日目になって「さしすせそ」を覚えてみると――
本を見ないで「あ」から「そ」までやろうとすると、なかなか思い出せない。
「かきくけこ」は、前日の段階ではかなりできていたのに。

増えてくると覚えにくくなるし、忘れる度合いが大きくなる。
当たり前のことだが、やっぱりそうだった‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


そろそろ本の出番

土曜日に手話辞典を買いに行ったときは検定の本まで買い込んだが、火曜日にしてかなりのトーンダウン。
せっかく買った本を使った勉強は、ほとんどしていなかった。

これではいけない、と思えども、廊下で出会っていた聴覚障害の彼女とはここのところ会っていない。
また美和先生がお休みした日には自分が進行役になるので、手話を習う時間を見つけにくい。

スクールで「時間がない」「機会がない」というのは、一番の理由ではない。
よくよく考えると、聴覚の人に聞く気を失っているのだ。

単語のひとつひとつが未知のもので、すべて「それはどういう意味?」と尋ねなくてはならない。
それでは会話が成り立たない。
そのためなんとなく避けてしまうのだ。楽な筆談を使ってしまう。
――まあ、相手もいちいち「それはどういう意味?」と聞かれていたら、話をしても楽しくないだろうし。

PCプラクティスの中に聴覚の女性がまた来ていて、心の中で勝手に手話の先生に仕立てているのだが、話が通じない。
「私の主人はシステムエンジニアなので――」と言いたいとする。
すると、わたしに聞き取れるのは、「・・・っ・・・(の)・・・じん・・・っ、(っ)(て)・・・・・・じ・・・(あ)・・・(で)」だ。
この人の口話は聞き取りやすいものではなかった。でもそれでもいいのだ。手話の補助として口を動かしているのだから。
ところがわたしは、手話はまだ全く読み取れない。
知っている単語があまりにも少なすぎる。(正直に告白すれば、今でもたぶん手話だけでは読み取れない。)
「私」さえ知らないのだから。

結局このときは、あまり何度も繰り返してもらうのは悪いので筆談になった。
「私の主人はシステムエンジニアなので、家にパソコンがある」というだけの話だったのだが。

やはり語彙を増やさないと話にならない。
そろそろ自学自習をしなくてはならない時期なのだろう。
―――というか、最初からそうだったのだ。
人に聞くことしか今までしてこなかった。

単語を覚えるとなると、やはり検定はいい。
単調な勉強も「いついつに試験がある」と時間を区切られると頑張ることができる。
級を上げるごとに、指定の単語を覚えなければならないので、自然に単語数が増える。

手話検定は、かなり『勉強の目標』的な検定だ。
実力を測るという感じではない。(少なくとも当時はどうだった。)

3級までの出題は、単語何問、例文何問と決まっている。
出題される単語、例文は公開されている。
それを勉強すればよいのだ。
6級の単語を覚えよう、次は5級の単語を覚えよう、と単語を増やしていくことができる。

最初は、「検定受けるんですか? そこまでは私はついていけません」と言っていた花咲さんも、「中間目標として試験を受けるのはいいかもしれない」と言い出した。
「いい意味で競争しましょう」と乗り気。
張り合う相手がいるのは有難い。(しかし花咲さんは受けなかったが。)

次の試験は既に応募が締め切られていた。
4ヶ月後の試験を目指して少しずつ単語を覚えていこうと思った‥‥‥



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いいんだけどね

分かっていたことだが、手話を学ぼうとする意欲は、仕事上での評価に全く影響しなかった。

美和先生はどうも手話を覚える気はなさそうだが、だからといってわたしたちの間に評価の差ができたわけではない。
今まで通り。美和先生はプリマなのだ。主役は美和先生。他の人は脇を固める。美和先生ができないときは、代役としてわたしや他の人が舞台に立てる。

お子さんが毎週月曜におけいこに通うため、美和先生はPCプラクティスがおけいこと重なったらお休みすることになった。スキルアップ研修は日程を流動的に決めていたので、美和先生の都合の悪い日を避けて組めるが、PCプラクティスはそうはいかない。
美和先生のお休みの日に代理をするためやって来たのは、久慈先生。わたしと美和先生は2歳差だが、久慈先生はもう少しお姉さんに見えた。
久慈先生には、「これからも都合が合えば是非仕事を頼みたい」という提案がなされていて、彼女とわたしの間にも差はないようだった。
みんな、同じ。

大切なことは、「手話を覚えてもらうよう手配はした」という事実なのかな。
それによって、そういう指摘をされたときにきちんとした返答ができる。
「できるだけの手は打ってあります」と。

それに、それ以外での自分の能力がものすごく高いわけじゃないしね~。
自分としてもそんなことは百も承知で、だからこそやりたくなかったわけだ。
そしてやろうと決めたのも、この職場のためでなく将来の自分への投資と考えたのだ。

正解ではあったわけだが、別に嬉しいことではない。

今にして思うと、わたしが少しは勉強を始めたから、それで充分だったのかもしれない。
たとえば苦情があったとしても、「PCプラクティス講師は手話ができない」というものだと思うのだ。
「××先生が」と名指しするほど、わたしたちの名前は知られていない。
だからわたしが「こんにちは」「お疲れさま」と手話で挨拶できれば、「PCプラクティス講師は」手話を少しは勉強していることになる。
――つまり、美和先生も含まれる。

とはいえ「何も変わらない」と嘆く資格もないくらい、手話の勉強において早くも失速しはじめたわたしである。

休みの日があっても、手話をひとつも復習していない。
買ってきた本も見ていない。
確定申告もしなくてはならないし、講習会の仕事も珍しく抱えていて、準備をしなくてはならない。
「あれもしなきゃこれもしなきゃ」と自分に言い訳するが、確定申告にも講習準備にもこれっぽっちも手をつけていない。
――要するに、最初の興奮が去って、テンションが下がったのである。

自分の飽き性にも困ったものだ。
なんとか気を取り直して、勉強していかなければならない。

と、そのように当時の記録には書いているが、もちろんできなかった‥‥‥



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本屋のはしごをして

まだ定職となった出版社ダブルワークを見つける前で、いろいろな派遣仕事をしていた年だったので、あるとき大手町まで行った。

せっかく行ったので、OAZOにある丸善で手話辞典を買おうと決めていた。
スクールの花咲さんに出版社を調べていただいたやつだ。

「DVDで覚える手話辞典」。
映像がついていた方が分かりやすかろうということだ。
この本は花咲さんも持っていないそうで、「私の分も買ってきてくれませんか」と依頼された。

丸善では、さすがにこの本を置いていたが、1冊しかなかった。
そこで、帰りに乗り換えのターミナル駅で降りて、大きな本屋に寄った。
そこでは在庫がなかった。
大きな通りの向かい側にもう1軒大きな本屋があるので、そこまで足を伸ばしてようやく2冊目を購入した。

そうやって手話コーナーを見回っていると、手話検定の本も既に出ていることが分かった。
この検定、まだあまり歴史が古くないはずだ。
けれど新しい検定の方が受かりやすいという『民間伝承』を聞いたこともあったし、興味はあった。

検定を受けたからと言って、その実力に変わりはない。
また、実際に会話ができるかどうかは、また別問題かもしれない。

しかし検定を受ける目的は様々だ。
7級まであるらしいので、自分が勉強していく際の中間地点にするにはいいかもしれない。
わたしは勉強など、コツコツ努力することが得意ではない。コツコツ持久していく要領も知らない。
そういうのを覚えないままだったので、中学以降の成績は実に平平凡凡たるものだった。
自分の性格をちゃんと自覚することにして、途中の小さなゴールを設定しておくのだ。
検定試験となれば受験日も決まっている。追い詰められれば単語の勉強もするに違いない。

なんていい考えなんだ! これはいけるかもしれない!

すっかりそんな気持ちになってしまって、検定の本を2冊も買った。
レジで並んでいるとき、携帯電話が鳴った。
「三省堂と申します。ご注文の本が入荷致しましたので――」
近所の本屋からで、少し前に頼んでおいた去年のテレビ手話講座の本だ。DVD付き。

この日はすっかり投資の日になってしまったが、満足して電車に乗った。

しかし電車の中でパラパラと本を見ていると、手話はたくさんあると書いてある。
日本手話・中間手話・日本語対応手話の3つだ。
それに、中間手話でも人による。
日本手話に近い中間手話を話すこともあるし、日本語対応手話に近い中間手話を話すこともあるそうだ。

・・・・・・そして記憶の中のいくつかのシーンが、フラッシュバック。
「人それぞれ教えてくれる手話が違う」!――その意味は、これだったのか。
(ちょっと違うと思うけど。3つの違いは主に文法の話だったけど、わたしの場合単語を直されてたから。
でもこのときは「これか!?」と思ったのである。)

どうもこれは大変だぞ、と思う。

そして、検定本の序文には、手話を話すということは聾者の文化を共に支えることだとも書いてある。
ここまで言われると少し重くなってくる。

わたしがなんとなく乗り気でなかった理由がそこに明文化されている、と思った。
手話をやるということは、聾者の社会にどっぷりと足を突っ込むことなのだ。
できるできないはともかく、やろうとすること自体そうなのだ。

「だからやらない」なんて、差別視しているのではないかと言われそうだ。
そういうことではないと思うが、自分では深層心理までは分からない。

聾者の世界は、『手話』という独自のルール、文化を持っている。
手話を学び始めてしまったら、甘やかしてはもらえなくなる。
学ばなければ、壁は残るかもしれないけれど、厳しい要求はされないですむ。

ちょっと話がそれてしまうかもしれないけれど、わたしは学生時代、宗教に興味があった時期がある。
本を読んで教義を知ったりもしたけれど、実際にあれこれ話を聞いたこともあった。
キリスト教の教会や、各種の仏教系新興宗教は、割とあちこちにあって、話も聞きやすい。

最初は皆、とても親切で優しくて、「興味を示した」というだけで歓迎してくれる。
でも何回か話し合ううち、その先を求められるようになる。
「興味があります」だけでは、優しくしてもらえなくなる。
その宗教の神を認めること→その宗教の戒律に従って生活すること→会に参加すること→会の中で役割を果たすこと――
一定期間を経ても次のステップに進めない落伍者は、やがて「興味を示さない人」以下の扱いになってしまう。

その経験があったからかもしれない。
宗教ほど強烈でなくても、どんな集まりにもそういうことがある。
いつまでもお客さんではいられない。無料体験は何回まで、と決まっているのである。
わたしはたぶん、そのぬくぬくした「お客さん」状態から出て、会員として義務を担えと要求されるのが面倒なのだと思う。

ちょっと「手話を覚えたくて~」と言っているうちは、皆が優しく教えてくれる。
でも頑張ろうとすれば次は、「それは違う」「間違っている」と直される。
今はまだ優しくしてもらえてるけど、いくらやっても覚えきれない落伍者になったら、美和先生以下になってしまいそうだ。

いやいやこれはなんだか大変なことに足を踏み入れたようだと、溜息をつきながらの帰宅となった‥‥‥



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Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


遠い成功

花咲さんがDVD付きの辞典があるというので、出版社を聞いてみた。

すると後から玉名上級マネジャーが言ってきた。
「いつまで仕事を依頼できるか分からないし、少しの仕事のために本を買ったりするのもどうかと思うから、スクールで買ってそれを貸与するという形にしてもいいよ」

確かに。
非正規雇用どころか、フリーランスの不安定な職場のために勉強するのはなぁ・・・・・・と思ったことも事実だ。
けれど、もう『自分のためにやる』と決めた。
その気にもなっている。
後から返すのではなく自分のものとして、メモしたり、すりきれても持ち歩いたり、好きに使いたい。

「ありがたいですけど、ここだけでなくいつか役に立つかもしれないですし、自分への投資と思ってます。
こういうところで働いてないと手話って勉強する機会もないですし、いいチャンスだと思うことにして」
お返事は優等生なことを言っておいた。

こちらのやる気がないときは「少しでも話せると聴覚障害者にとっては違う」と言われ、やる気が起きると「頑張られても責任持てない」と心配される。
そう思うと少しおかしかった。

この頃、新しいPCプラクティス講師が入った。久慈先生だ。
美和先生が「今年から毎週月曜日は来られない」と言ったからだ。
久慈先生はほかでパートをしていて、月曜だけ(それもあるときだけ)代わりに出ることになったのだ。
インストラクター経験はある。以前はパソコン教室でインストラクターをしていたそうだ。

久慈先生と組むときはわたしが進行をした。
久慈先生はときどきしか来ないわけだから、当然そうなる。ひとつの回を全部出る、ということもない。

仕事が進行役だと、覚えたり話したりする暇がない。
久慈先生と最初に組んだ日、覚えた手話は『手話』くらい。

以前にスクールにいて、今は卒業している聴覚障害の女性を見かけたので、挨拶した。
少し話をしたけれど、ほとんどは向こうがわたしの口を見ての会話だった。
手話で話したとはとても言えない。

昨日までに覚えた手話をやってみて、直された。

うーん・・・・・・

手話って難しい。3人の聴覚の女性に話しかけて、それぞれに直された。
Aさんに教えてもらったものを、Bさんが「こうした方がいい」と言い、Bさんに教えてもらったものを、Cさんが「違う、こうだ」と言う。
わたしの身振りがどうも怪しいため誤解を生むのだろうか。

だって、いくら地方や年代によって表現が違うといったって、こんなに直されないよね。
たとえば関東の人と関西の人が「うちのお母さんがさぁ」「おお、お前のおかんがどないした?」と会話していたって、お互いに直したりしないと思う。
聴覚の人同士が話しているとき、いちいち相手の手話を「それ何?」「どういう意味?」と聞いているようにも見えないのに、わたしはひとことひとこと直される。

手話表現の膨大さを痛感して、早くも挫折しそうなムードである‥‥‥



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Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


そして2日目

廊下で出会って手話を教えてもらったAAさんからは、またいろいろ教えてもらった。

何を教えてもらったかというと、講習中に「これはどうやって言うのだろう」と思った言葉。
「好きな色を選んでください」「終わりましたか?」「次はこれをやってください」

よく使うのだ。「好きな色を選んでください」
「色のついた下線をつけることができます。下線ボタンの下向き三角をクリックしてください。
下線の色にマウスを合わせてください。好きな色を選んでクリックしてください」と進行の美和先生。
ときどき、聞き逃して「どの色にすればいいんですか?」と聞いてくる人がいる。
聴覚の人にも聞かれることがある。わたしは「好きな色を選んでください」と答える。

「ワードアートの色を変えてみましょう――好きな色でかまいません」
「表の項目名のセルに塗りつぶしをしましょう――好きな色でけっこうです」
「フォントの色を変えましょう――好きな色にしてください」

好きな色を選ぶ場面は無数にあるのだった。

「終わりましたか?」と「次はこれをやってください」はご想像の通り。練習問題などの話だ。

AAさんは、「私の友達が今PCプラクティスに行っている。彼も手話ができるから教えてもらったら」と言ってくれた。
友達――ああ、あの聴覚の彼か!
彼は基本的な内容に飽き飽きして、退屈しているらしい人だ。
そこで、「彼はもうWordやExcelはできるらしい。だから時間を持て余しているみたい」という話をしようとした。
けれどここにはもう筆談用の紙と鉛筆はないのだ――廊下だから。

手話でその内容は――無理だ。
AAさんにわたしの唇を読んでもらって、手話を教えてもらう。
「ぼーっとしている」「暇」など、知らない言葉の洪水だ。
それらはもう忘れた。その場で使ってみただけ。

スクールの聴覚障害者と手話で会話できるのは、有難いことだ。
今日はそれを実感した。

大抵の人は口話ができるのだ。
人の口を読むことができる、発声練習を受けているのでスラスラと喋れる。
だからわたしのたどたどしい手話も口を見て分かってくれるし、こちらが手話を読み取れなくても声に出してくれるから聞き取れる。
会話が成立するのだ。
会話が成立すれば、やはり楽しい。もっとやりたくなる。

一方で、手話の難しさも実感した。
人によって違うことがある。

教室内で一緒の女性から教えてもらった手話を、廊下で会うAAさんに使ってみると、「こうしたほうがいい」と指摘される。
手話は幾通りも言い方がある単語もあるらしく、これは面倒だと思った。

ところでわたしは、出会う聴覚の人にやみくもに聞くだけで手話を覚えよう、なんて考えたわけではない。
区の無料の手話講習会というのが毎週火曜にあり、それを受けるかどうか迷っていた。

一年間の基礎の講習である。
木曜には応用編の手話講習会をやっている。説明を読むと、火曜を卒業した人が通ったりしているらしい。
毎週一回なんて通えるだろうか。だけどそのくらいの枷がないと、勉強なんてしないかも。と迷っていた。

ま、しかしこの講習会はやめることにした。
申込み締め切りまで10日ほどあったので、まだ迷う時間はあるが、やめると決めた。
わたしは毎週1回のプレッシャーに耐えられないと思う。
また、当時はあちこちに仕事に行っていた。そのときの仕事によっては間に合わないこともある。

とりあえずスクールに行く日は、なるべく手話を使って練習することにしよう‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


第1日目

右も左も分からない、『手話をやってみよう』第1日目。
とりあえず、聴覚の人がどこに坐ったかチェックしておく。

PCプラクティスが始まるが、なかなか話しかける機会はない。
話しかける機会はあるが、手話で話しかけることができない。

これはまだ最初の頃だったから、PCプラクティスでは役割が決まっていた。
美和先生がいるときはわたしはフォロー役だ。
分からない人がいたら助け舟を出す。
だから本当は話す機会が多いはずなのだ。

しかし、手話は何一つ知らないのだから、話しかけようがない。
操作につまずいている人がいても、筆談やクリックする場所を指し示すジャスチャーをする方が早い。

うーむ。
どうもうまくいかないので、ひとまず諦めて仕事に専念する。

美和先生が画面構成の説明をしているときは、操作をしないのでつまずく人がいない。
少し手があくので、花咲さんが用意してくれた資料を見ていた。
手話がイラストで載っているもので、たぶん何かの本のコピー数枚だった。

・・・・・・これが終わる、これが忘れる・・・・・・こんにちは・・・・・・はじめまして・・・・・・
このうちのどれか一つでも使ってみることができると良いのだが。

そして、結局、この日なんとか使えたのは「忘れる」。

促音『っ』を入力するには、次の言葉の子音を二度入力する。
でももし、このやり方を「忘れて」しまったら。
小さくしたい文字の前にLを入力して――。

筆談しながら、「忘れる」のところだけ手話を使ってみた。

おお!初めての手話!

これで加速がつき、前のPCプラクティスの受講生だった女の子AAさんと廊下で出会ったとき、いきなり頼んでみる。
「手話を覚えようと思っているので、教えてください」

手話使いの聴覚の人は、手話を覚えようという意欲を見せるととても親切、熱心に教えてくれる。
何でもそういうものかもしれない。好きなもののことや、日頃ヘビーに使っているもののことを聞かれると、誰でも熱心に話すものだ。
AAさんは多分、トイレかどこかへ行く途中だったと思うのだが、立ち止まって指南してくれた。

今日習った手話:「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」 そして、「忘れる」

まずはこんなところだな、一度にたくさんは覚えられないから、と満足した。
しかし追加があった。
「忘れる」の手話を使ったために、PCプラクティスに来ていたその聴覚の人は、終わって帰るとき手話で話しかけてきた。
「頭が固いから覚えられない~! 明日も宜しくお願いします」
――すみません。分かりません。

ひとつひとつの意味を全部聞かなくてはならなかった。
頭? 固い? これは明日?

このとき思った。
今度は「I can speak 手話 a little」という意味の手話を知りたい‥‥‥「a little」部分を。

「I can't speak English」を一番最初に覚える、みたいな気持ち。
必要なのはそれだ。「I can't speak 手話」。

帰りがけに話しかけてきた人のおかげで、今日習った手話・追加。
「明日」「宜しくお願いします」

しかし帰りの電車の中で復習してみたら、「宜しく」は軽く握ったこぶしをどのように鼻に当てるのか、忘れてしまっていた。
ピノキオみたいに当てるんだったっけ? 握ったこぶしの内側を当てるんだっけ?

忘れるのって、本当に早い‥‥‥



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手話以前

もう一度簡単にまとめておこう。

ことの起こりは、忘年会での会話だった。
――前に書いたときは、「忘年会だったか何だったか」とあやふやだったが、忘年会だ。思い出した。

スクールで働き始めて丸一年経ち、2年目が3ヶ月ほど過ぎたところだった。
玉名上級マネジャーと事務の花咲さん。美和先生とわたし。プラス美和先生のお子さんも来ていたかも。

いつものように「来年度ははっきりしない」というセリフ。
それから急に「挨拶や簡単な言葉くらいでいいから、手話を覚えてほしい。それができないと来年度は(たとえあっても)契約できないかもしれない」という話。

寝耳に水という感じだったのは、「手話より筆談」だと思ってきたからだ。
入ったとき「手話はできなくても筆談でいい」と言われたし、その後も「いずれにしても大切なことは誤解がないように筆談のほうがいいし」と言われてきた。
それが一転、「手話を覚えてほしい」になるなんて。

今にして思えば、ここの人たちは皆さんお上手に笑顔を作られるから、「手話ができなくてもいいですよ」というのはただの励ましみたいなものだったのかも。
実はその裏に、「最初は無理でも、いつかは覚えてくれるんでしょ?」という意味があったのかも。

でもわたしなど素直だから、ああそうなんだ、とそのまま受け取っていた。
美和先生は、後から知ったところによると、「ここの仕事のために手話を覚えるなんて釈然としない」という思いだったらしいが、笑顔でうなずいていた。
その気持ちも少し分かる。わたしも「半端者みたいな立場なのに、そこまで求められるなんて」という気持ちがあった。

「だけどなかなか気に入っている仕事だから、切られたらもったいない」と気を取り直した。
それに美和先生がそれほどやる気でなかったことが、わたしにとっては追い風となった。
宝塚で言えば「トップさん」が美和先生、不動のプリマだったのだ。
手話を覚えたら、少しは肩を並べられるかな、という打算があったことは否めない。
まあ、人生というのは打算を抜きにしては考えられないものだ。――凡人のわたしには。

それに「ほんの少しでいいって言ってるし」とも思った。
――が、これももしかしたら、笑顔の裏に本当の意味が隠されているセリフだったのかもしれない。

この話が出る前までは、個別の会話は完全に筆談だった。
手話は、「おはよう」さえ使えなかったのじゃないかな、たしか。
口話を分かってくれる人も多くて、簡単な――それこそ「おはよう」くらいは口で言って軽く頭を下げれば通じた。

たとえばスクールの説明会などでは、手話通訳か要約筆記が使われていると聞いた。
いろいろな説明があるのだ。
学校見学会とか、入校式とか、入校に際しての説明会とか、施設利用説明とか、わたしの知らないそのほかのいろんな説明会とか――

手話通訳は想像がつくが、要約筆記というのは実際の様子は見たことがない。
話し手が語っている内容の要点を、誰か他の人が入力する。するとそれがプロジェクタに映る。たぶんそういう仕組みだろうと思う。

PCプラクティスは一斉授業をしているが、手話通訳がつくわけではない。
講師は2人いるが、1人が説明したことをもう1人が入力するというわけにもいかない。
講師用PCは1台しかない。その1台では講師がテキストの内容を操作している。
講師用PCの画面が、全員の席の説明用モニターに映ることになっている。(だからプロジェクタはいらない。)
講師用の画面は、受講している人たちに「このボタンですよ」「ここをクリックしますよ」と見せるためのものだ。
だからそれを要約筆記に使うことはできない。

進行役の講師は普通の講習会と同じように、操作を進めながら「このボタンをクリックしてください」などと進めて、別のPCで要約筆記ができれば理想だろうけど、そういうものはない。
それに、進行する講師、教室内を回ってフォローする講師、要約筆記する人、となったら3人の人員が必要になる。
――たぶん、その予算もない。

そこでPCプラクティスでは、1台のPCで操作画面と要約筆記画面を兼任する。
WordやExcelのウィンドウは半分の大きさにする。
もう半分は説明を入力するために、メモ帳やWordなど、自分の好きなソフトを起動しておく。

わたしたちは要約筆記はしていない。基本的に全部入力している。つまり「要約」していない。

喋る。喋ったことを入力する。その内容を操作してみせる。
3つのことをしなければならないので、ちょっと大変である。

でも、聴覚の人たちと他の人たちに差をつけないため、ほとんど全部入力している。
もしかしたらある程度要約したほうが見ているほうも分かりやすいのかもしれないが、そういう差があっていいものかどうか素人には不明なので、手前勝手な「情報保障」となる。

わたしたちはこのようにして仕事を進めていた。
そしてわたしは、手話の勉強へと少しだけ足を踏み出した‥‥‥



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このPartへのまえがき

手話について書くべきかどうか迷った。
というか、正確には、「手話の勉強」についてだ。

書きたいことはいくつもある。
聴覚障害の人たちと手話のつながりについてもあるし、手話の勉強についても言いたいことはある。

ただ手話学習まで含めると、少々長くなりすぎるかもしれない。
たぶんそれはもう、別に項目を設けるべき長さだ。
しかし果たして「手話」という項目を設けることは、この「PC講師」という章の主旨に合っているだろうか?

手話を勉強しようとしたことは、この仕事に就いたればこそであり、言うなればこの章の一部でもある。
けれど「わたしの手話勉強法」みたいなものは、経験や出会いからは外れるものだ。

機会があったときに、聴覚の人たちと手話について触れて、それで終わりにするべきではないか?
手話について語らないわけにはいかないけれど、わたしがどんなふうに勉強しようとしたかについては要らないのではないか?

そうは思ったけれど、聴覚の人との関わりや、手話を勉強して知ったこともある。
この「手話を勉強しようとしてみたら、こんな発見があった」という話は語りたいな。
「手話を教えてもらったらこんなだったよ」というのも、聴覚の人たちについて知ったこともあるし、残したいな。
――そんなふうに考えたら、どこまでが必要な部分で、どこから削除すべき部分かは、決めるのが難しいと分かった。

そこでいっそ制限を設けずに語ることにした。
やはり長くなったので、別にPartを設けることにした。

聴覚障害の人たちには、特に一時期たくさん出会った。
どの障害もそれぞれに特徴があるのは分かるけれど、その中でも聴覚の人たちは独自の世界を持っていると思う。
それというのも、手話があるからだ。

肢体障害でも視覚障害でも、健常者といくらでもコミュニケーションはとれる。
話せば通じるのだから。
だからそういう人たちの文化は、健常者と共有している通常の日本の文化だ。

でも聴覚の人たちには独自の文化がある。それはわたしの考えではなく、一般的にそう言われているのだ。
たとえばわたしたちが日本語を話すのに対し、アメリカ人が英語を話すように、聴覚の人たちは手話で話す。
言語が違えば文化も違う。
「聾者には聾者の文化がある」とは、聾唖連盟自らが認めていることだ。

――発達障害の人にも独自の世界があると思うのだけど、それは個々に持っている内面世界であって、発達障害の人たち同士の社会や文化があるわけではない。

この特殊な聾者文化について素通りしてしまえば、片手落ちになりそうだ。
でもわたしの記憶において、そういった内容は手話の学習と密接に結びついている部分もある。

だから、やはり、語っておこう。

というわけで――

少し本題から外れたように見えるかもしれませんが、このPartは手話についてです。

それだけいろいろ言ったからには、今では手話でペラペラ会話できるかというと、そうでもありません。
わたしには語学的才能がないらしく、これまでも英語だけでなく、イタリア語会話やらフランス語会話やらアラビア語会話やら、テレビやラジオでかじっては挫折してきました。
手話もそんなもので、ときどき使う機会がある分、細々と使っているという程度です。

要するにカタコトです。

ですので、「え、それは違うんじゃ?」ということもあるかもしれません。
詳しい方は、温かい目で見守ってくださると幸いです。
手話に興味がない方も、あまり本格的な話ではありませんので、ご安心を。

以上、このPartへのまえがきとさせていただきます。



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