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ブレイクスルー

せっかく手話を勉強したけど、2度目の検定の後、手話を使って会話したかというと‥‥‥あまりしなかったのだった。
もともと言語を覚えることが苦手なのだと思う。

つまり――

「英語ができるようになりたいなら、どんどん話すこと」
「発音が変だとか、文法がめちゃめちゃだとか、気にしない。
間違っててもいいから、とにかく話すこと。それが上達への近道」

よくこんな意見を聞いたけど、わたしにはそういう勇気や積極性がない。
「あれはどこですか? えーとなんて言うんだったかな、あれ? 空港空港! えーと」
手をバタバタさせて飛ぶ様子を表して、
「空港! エア! 飛行機! あ、そうだ! エアポートエアポート! ウェア? エアポートウェア?」

――こういうのできない。

辞書や旅行英語ハンドブックを一生懸命見て、なんとか聞いてみるくらいなら、できるかもしれない。
でもそれを、日々の手話会話でやるのは面倒だ。

わたしも相手も面倒だ。
わたしの主目的は講習をする、それに付随するさまざまな業務をするということであって、手話を覚えることじゃない。
講習のための手話が、手話のための講習になるほど煩わしいことは、するべきではない。
――とそんなふうに言い訳しているが、要するに、なんとなく話しちゃってどんどん上達する人もいるが、わたしは違うということだ。

まあ、ここまでに覚えた単語だけで会話するなんて、無理なのだ。
うろ覚えのものは多いし、日々忘れてもいく。
そしてヒアリング――相手の手話を読み取るのはそんなに得意じゃない。

スムーズには会話できない。とてもとても。

スクールには毎日行くわけではないので、間があくと手話も忘れるし、手話をやる気もしぼむ。

そんなこんなでなんと、何日もどころか年単位で、手話での会話に挫折し続けた。
1年以上、わたしは「基本的に口話と筆談、『おはようございます』『OK』『お疲れさま』などは手話」という状態を続けた。

何度か書いているが、皆さんかなり口を読んでくれるし、発語もだいたいは分かるように話してくれる。
不便を(それほど)感じないというのも、「まあいいか」に拍車をかける。

でもわたしがまったく工夫や努力をしていないということではない。
こちらの話を分かってもらうには、口の動きを分かりやすくしなければならない。
わたしはほかのPC講師なんて比べものにならないくらい、ハッキリ口を見せるようにしている。
花咲さんもそうしているけど、わたしはそれ以上。

人に正面から口を大きく明確に開けて話しかけるのって、嫌なものだ。
女優さんじゃなし、自分の顔や口もとが注視に値するものではないから、普段はそんなことするのかなり嫌だ。
わたしは歯並びも悪く、白い美しい歯でもない。
実は普段は笑うときは口を隠すくらいなのだ。

聴覚の人にそうやって話していると、当然ながら相手は読むために口に注目するので、わたしとしては居心地が悪い。
でもその気持ちを振り払えば、口話だけで多少コミュニケーションがとれる。

わたしは「めちゃくちゃだけどとにかく手話で話をする」ということができないままだった。

――それがある日変わった。

その日は突然にやってきた。

スキルアップ研修に2人の聴覚の男性がやってきたのだった。
彼らは大変基礎的な、タイピングやらWordやらにやってきた。
パソコンを使わない製造の仕事をずっとしてきて、定年が見えてきたから心配した会社や福祉担当者に送り込まれてきたのだった。
定年後、嘱託だとか社員ではない形で会社に残ったり、他の会社に再就職したりするには、パソコンができなくては難しい。そもそも障害があるという時点で、たとえば警備員さんとか、接客業などは不利なのである。

その人たちは、手話世代だった。
手話のみ。文章は苦手。だから入力された説明をモニターで読むのも苦手。
タイピングの練習がてら、毎日「今日の感想」を掲示板に入力してもらったが、助詞がどうも今一つきちんと使いこなせていない。
2人のうち1人は助詞うんぬんどころでなく、日本語としてどうか?と思ってしまうときもあった。

筆談まじりの会話なんて、受け付けてもらえなかった。
受けつけようとはしてくれていたと思うけど、こちらが通じているかどうか心配になった。
どんなにブロークンでも、めちゃめちゃでも、手話が一番良かったのだ。

タイピングだのWordだのと言っているが、会社からは「フォルダに保存するということから教えてほしい」と言われている。
「フォルダは箱のようなもの」と言われても、平面のモニターの中の黄色いものが「箱」って、全然イメージできないようだ。
そこにしまうんだとか、箱の中に別の箱を作れるとか、わけがわからない。
――それは障害のあるなしではなく、わたしが最初にインストラクターをしたイロハPCスクールでも、区や市の初心者向け講習会でも、そういう人はいた。

休み時間に何かひとこと声をかけようと思っても、どうもコミュニケーションがとりづらかった。

わたしは岐路に立たされていた。自分でもはっきり意識しないままに。
――仕事中は考えることがたくさんある。わたしの手話に関する岐路なんて、考えてる余裕はない。

気がつくとわたしは手話を使って会話をしていた。
必死で検定のために覚えた単語を、頭の引き出しの奥からひっぱりだしながら。
&かなり忘れてしまって、虫食いもいいとこの記憶に愕然としながら。

これがわたしの分岐点。
どうしても破れなかった会話の壁を突き抜けたブレイクスルーだった‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 2 会話を通して



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■まえがきにかえて(おことわり)■


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ハンディ

TVを見ていた。
たぶん、聾なんだろうと思われる先生が手話で教えていて、子供たちは手話で会話をしている。
彼らが手話でコミュニケーションをとり、それを日本語にし、作文にする、という過程を追っていた。

カルタ大会をして、その体験を語る、という国語の授業。
途中から見たのだけれど、流れはまず1人1人前に出て、手話で感想を話す。
次に文章を指文字で表現する。
それから黒板に状況を日本語で書く。
1つ1つの文章を、全員で考えながら添削する。
最後に原稿用紙に作文を書く。

ここで子供たちが学んでいるのは日本語だ。
こうして見ていると、言葉を覚える際に、聴覚障害がハードルになっていることがよく分かる。
もう完成された大人の障害者を見て、そういうことなんだろうな、と理解するのとは違って、筋道だって分かった。
覚えるのに苦労している過程を見ると、こういうことか、と納得する。

わたしたちが覚えた日本語は、聞くものと字が同一だ。
「カ」「ル」「タ」と発音するものは、「カ」「ル」「タ」と書く。
他の言語も基本的に発音に対応する字だ。
でも彼らは、手でこういう形をつくって「カルタ」、手をこうして顔にあててあたりを見回すと「さがす」、というように喋りと字が一致していない。

手話を指文字にすることもできない子がいる。
つまり、手話を日本語にすることができない。
指文字から字への変換もするわけだ。

そして文章になると、当然助詞が問題になる。
「わたし」「カルタ」「さがす」、「ゆづか」「たくさん」「とる」、「ゆうな」「くやしい」、「顔」「わたし」「うれしい」と動作する言語から、「わたし」「は」「カルタ」「を」「さがす」となる。

さんざん迷いに迷って黒板に書いた文章は、「えふだがさがしました」、最初「を」にしながら気づいて直した文章なのに「た目的ホールがカルタ大会をしました」。

英語やフランス語のような造りのほうが相性いいのかもしれない。でも本当のところは分からない。

このように苦労するものなら、文章はどうしたって苦手だろう。
手話と日本語が乖離したところから始まっているから、第二公用語みたいになってしまう。
文章を読もうとしない、図があれば図を見て事足れりとする、聴覚障害の人たちの背景を見た気がした。

早い段階で発語をしたほうがいいものなのかもしれない。
発語は日本語と一致する。
でも、覚えた人でも手話同士で話をするときには口を動かさないものね。

しかし日本語は必須だ。
人口の多数を占める健常者は、日本語を使う。
健常者が手話を覚えても、それはやはり日本語をベースにしている。
現代ならパソコンやインターネットもあるし、聴覚障害があってもいろんな人と話ができるのだから、更に必要になっている。
苦労をしても、身につけなければならないものだ。

ただ、やはり「障害」というのは、余計な手間や努力を強いるものだと思った。
まさに「ハンディ」。

それから、この先生は「まずコミュニケーションをとれるようになってほしい(手話でよい)。
それから文章というのが便利ですばらしいものだと知ってほしい」と言っていた。

具体的には分からないが、聴覚に障害があることは、コミュニケーション能力にもハンディとなることがあるのかもしれない。
手話同士の間でも、コミュニケーションに支障をきたすことがあるのかもしれない。
そうすると、コミュニケーションを充分にしていない→成長しきれていない→社会人として未熟、という図が成り立つかもしれない。

××さんのハンディは、それかもしれない。と、そのとき講習に来ていた人のことを考えた。
彼にはそういうところがあって、会社では当然相手は一人前の社会人だとみなすから、彼の人格に問題があるととられてしまう。
確かに、こういったことは人格の問題だけれど、それを作った背景には障害が原因としてあったのかもしれない。

これはもちろん、だから彼はそのままでいい、ということではない。
彼の成長を支援する際に、そういうことも理解しておく必要があるのではないか、ということだ。

しかし、そこまではパソコン技能を教える講師のレベルには求められていない。
従って、その時間も与えられていない。
だからわたしにできることには限界がある‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 2 会話を通して



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■まえがきにかえて(おことわり)■


●4年目:手話!

●4年目:手話!

Chapter 2 会話を通して




●4年目:手話!
Chapter 2 会話を通して



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■まえがきにかえて(おことわり)■


「手話」の一年

少しは手話を勉強した効果も出ていた。

手話を勉強しはじめた頃はともかく、検定後はあまり筆談を使わなくなった。
たとえ通じないときでも、口をゆっくり動かして、最悪のときには亀のようにのろい指文字で単語を伝えながら、なんとかしてしまう。

ただ――「手話で会話している」というレベルでは全然なく、あくまでも「口をゆっくりハッキリの口話」だ。
手話は口話の補助。

ある日、手話においてわたしの先生役をときどき務めてくれていた、聴覚の実習生さんが卒業を迎えた。
クリスマスだったので、ちょっとしたお菓子を買って「お子さんやご家族と召しあがって」と渡した。
これまでいろいろと手話を教えてくれたお礼として。
――たいした結果を出せていないのが申し訳ないが。

スクールの休憩時間は短い。
トイレに行ったり携帯を確かめたりしたいのに、わたしに呼び止められて手話を聞かれたりして面倒だったと思う。

ありがとう。

彼女の笑顔がやる気を起こさせてくれたこともあった。
コミュニケーションをとりたいという気持ちにさせてくれた。

彼女からは温かい言葉をもらい、ほのぼのした気持ちになった。

その後会う機会はなかったが、もしあったら彼女はがっかりしたのではないだろうか?
だって、いつまで経っても「手話で会話している」というほどになっていないもの。

手話の勉強を引きずっていた一年間が終わろうとしていた。
有馬さんにとっては、手話だけで会話できるほどになるに充分な時間だったけど、わたしにとっては全然だ。

しかしモットーは「できる範囲で!ちょっとずつね!」の勉強なのだから、まあよし。
『もうこのくらいでやめようかな』と『もう少しがんばろう』が交互にやってくる。
少し前に、何しろ「流れで判断」と色々な人に言われて、結局どんなに手話ができるように見える人でもそのレベルまでしかうまくいかないものなのか、と少々沈んだ。

誰に言われたかというと、有馬さんと磯原さん。
それから事務の花咲さん。
そうしたら、スクールで手話を教えている先生に以前言われた「流れで判断」「流れで判断」が耳によみがえり――。

勉強する意味はないってこと?

さらにスキルアップ研修に来ていた聴覚障害の男性までが「僕も全部読み取れないけど、流れで分かる」と、手話のコツを教えてくれた。
え、手話でサラサラ会話をしているように見えるあなたでも「全部読み取れない」? というかそれでコミュニケーションて成り立つの?

このことがあった日はやる気を削がれた日だった。

――その後「辞書では不完全、やはり会話で覚えないと」と言われて、やっぱりね~と思う。
だけど会話しようにも単語を知らないんだよね。
でもそう言うと、「神経質。流れで判断しながらとにかく会話すればいい」と返される。

そんなこと言われたってなぁ――それが苦手なのよ。

しかし心温まることもあり、また「やるぞ~」という気になる。
けれど、スクール以外の仕事に何日も行っていたりして、忘却の砂漠が押し寄せてくる。
一進一退‥‥‥

一年が終わるとき、わたしは日記に書いた。
「でも、せっかく聾者と接する機会があるのだから、三歩進んで二歩さがりながらも、勉強を続けていけたらと思う。」

そして今、思う。
何だってそうだけど、使わないと忘れる。
「三歩進んで三歩さがって」ばっかりだよ‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


不合格

ショックにうちのめされた。
3級は不合格になった。

不合格になったことそのものがショックだったのではなく、合格ラインに5点足りなくて落ちたことが衝撃だった。

これがもっと低い点数であったなら、諦めも簡単についた。
力が足りなかったのだな、と思う。
または、それほど勉強していなかったのなら、それも諦められた。
受かったとしても実力じゃないわけだから、と思える。

それはもちろん、他の方々に比べれば、自分がした勉強なんてたいしたものじゃないのは分かっている。
何ヶ月も前からコツコツとやっていたわけではないし、焦って直前にやるから大変な思いをしたのだ。
けれど、大変な思いをしたのはまだ記憶に新しい。
あの思いをもう一度繰り返して再挑戦しようという気には‥‥‥とてもなれない。

それに、もう一度受験しても、同じくらいの点数は確実にとれるという自信もない。
あの速さについていけるようになるとは思えないからだ。
単語も辞書とは全然動きの違うものもあった。
そういう「人による手話の差」を越えて理解できるほどには、短い期間では上達すまい。
こればかりは、自力で勉強すれば覚えられるというものではない。
読み取る力は、できるだけたくさん手話で話すことにかかっている。

けれど、怠け者のわたしにそれほどの時間はない。
手話サークルとか手話講座などに通うのは――たぶん自分には無理。続かなくて、ストレスになる。
スクールで仕事してるけど、限られた時間と日数で働いているから、手話を使うときは限られている。

もう次は受けないと思っていたから、できることなら受かっておきたかった。
あと5点と言われると、勘で書いたこことここで、もしこっちを選んでいたら、なんて思ってしまう。

もう何もする気が起きず、結果を見てからずっとがっくりしていた。
次の仕事の準備をするのも嫌になるほど。
友達に会いに行くのも面倒なほど。
家事をするのも億劫なほど。

気持ちが沈んでどうにもならなかった。
自分でも不思議なくらい、あのときはガックリした。

その後、気を取り直してまた試験を受けたかというと、「もう次は受けないと思っていた」と書いた通り、受けることはなかった。
だからわたしは4級しか持っていない。

しかし一応資格は資格だから、派遣会社に登録するときなど、資格欄に「手話検定4級合格」などと書いていた。

そうしたらずっと何年も経って、ある派遣会社から電話がかかってきて「手話検定お持ちなんですよね」と言う。
――4級ですけどね。

「それではぜひお願いしたいお仕事があるのですが、いかがですか?
ある会社で会議をするので、その場にいて通訳していただくというお仕事なんです。
場所や日程もあると思いますが、まず、そのお仕事内容が可能かどうか検討していただけませんか?」

――不可能です。

検討するまでもなく、そんなことが不可能なことは分かりきっている。
4級では、日常会話だって全部通訳できるかどうか怪しい。
――その上、わたしは忘れたものも多くて、虫食い状態の記憶だしね。

会議というからには専門用語も出るだろうし、いろいろな人がいろいろな意見を述べるだろう。

もちろんそういうことを説明して断ったわけだが、「なるほどね」となんだか――腑に落ちたような気がしたのだった。
「腑に落ちた」というのはおかしな言い方だけど、そういう気持ちになった。

手話については普通の人はあまり知らない。
もし「英語検定4級」とか書いていたら、「英語の会議を通訳してください」なんて連絡、絶対来ないと思う。
「英語検定3級」で、会議じゃなくて「外国から来るお客さまの日常のご案内」だったとしても、来ないと思う。

でも手話は何が何やら分からないから、「とりあえず聞いてみようか」となったんだなぁ。
案件を取れたものの、手話通訳士を持ってる人を探すなんて、登録スタッフにいなさそうだし、募集するとなったら時給はそれなりに高くなるかも?
スタッフ情報を検索して、「この人、手話検定って書いてあるよ。聞くだけ聞いてみれば?」という流れだったんだろうなぁ。

でもって、何度も言うけど、これが英語だったら、たとえそういう事情があっても「聞くだけ聞く」にはならないと思うのだ。

世間的には、4級だろうが3級だろうが、どうでもいいことなんだろうなぁ‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


よしなしごと

意外と手話に何かしらある人って多いものだ。

ある派遣の仕事で、同じ職場になった人が「前に自分もやっていた」と言っていた。
前に働いていた職場に聴覚障害の人がいて、それで周りの人は手話ができるようになったのだそうだ。
手話の勉強会などを開いてやっていたそうだ。

そうなのだ。仕事で接する機会があると手話ができるようになるとよく聞く。
でも、わたしの場合なかなかできないけれど。

スクールでは手話がなくてもある程度意味が通じてしまうし。口話と発語で。
――でもこれは言い訳なんだけど。

彼女は、少しばかり覚えていた手話も今はすっかり忘れてしまった、と言っていた。
これもまた真実。
英語も使わないと忘れるというし。

わたしはこのとき手話を勉強中だったから、逆だった。

仕事に行って、ふと「ごめんなさい」などと言うときに手話が出てしまうことに気づいた。
「私の友人も手話ができるんだけど、普通に会話しているときも自然に手話が出ちゃうみたいでね――」という話を聞いたことがあったが、本当なのだと思った。

わたしの場合、出ると言っても頻繁でもないし、大概は「それは普通の会話でもそういうジェスチャーだよね」というものなので、どうってことないが。

でもそんな時期はほんのわずかで、すぐに忘れてしまう。
スクールの仕事は間が空く。
わたしの出勤日は5年か6年経った頃から増えたのだが、この当時は本当に間が空いていた。
一年のうち3分の1くらいしか行かない。土日は除いて計算して、ぎりぎり3分の1くらい。

久々のスクールでの仕事。スキルアップ研修がある。
聴覚の人が来るというから、手話の復習をしなくては!
――と思いながら、「やっぱりやらないうちにその日が来てしまった」と怠け者の自分を責める。


ところが行ってみると、聴覚障害ではあるけれど大丈夫だったり。
片方の耳が聞えるという人たちで、早口の小声で話さなければ、大体分かってもらえるとか。
補聴器でかなり分かってもらえるので、普通に会話ができるとか。

そういう場合、当人も手話ができるとは限らない。
「手話は少しできるくらい」で、普通に話すほうがいい、という人もいる。
手話は全然できない人もいる。

そういう状況に甘えていると、どんどん手話を忘れていく。
あるとき手話が主なコミュニケーション言語という人がやってくると、すっかり頭が真っ白になっていることに気づく。

そのときは切実に思う。
手話をちゃんと復習しておかなければ!

似たような動作も多いから混乱する。
自分では覚えているつもりだったことが、ある時ふと辞典で見てみると「これは五指じゃなくて、人差し指でやるのか!」と発見したりする。
最初はきちんと覚えたのに、同じような動作の単語をいくつも頭に入れていくうちに記憶に混乱が生じる。

やがてわたしが得意となった手話は――
「手話は、勉強したけど、忘れた」

これ、いったい何回言ったことか‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


日常の中の手話

スクールのPCプラクティスがあった。

仕事の途中で、ある実習生さんに対して「あれ?彼女、何時から来ていたっけ?」と疑問がわいた。
遅刻だったか、定刻に来ていたか、どっちだったろう?
訊いてみたいが彼女は聴覚障害者だ。喋っても聴こえない。
これまではそう思ったらまず紙に書いて、書き終わってからそれを持って行って見せていた。
しかし3級を受けた今のわたしは自信が違う。(多少は。)

「今日、何時に来たの?」ということを尋ねたい。
『今日』はもちろんできる。6級の内容だ。
『来る』も分かる。5級の内容だ。
『時間』も分かるけれど、『何時』となるとどうなるのだろう?

いちかばちか『今日』+『時間』+『来る』をやってみたが、通じなかった。
やはり――。

結局、紙に書いた。
定刻に来ていたそうだ。

手話で、「今日、何時に来ましたか?」って、どうやるのだろう。
手話と筆談を使って訊いてみた。
『今日』と『来る』は合っていたし、順番も合っていた。
ただ、『何時』というのは『時間』と同じではなかったし、『か?』という部分も必要だった。

なるほど。

会話になるとなかなかうまくいかないものだ。

3級の試験で文章が全然わからなかったこともあって、そろそろ文章を練習していかなくてはならないと思っていた。
機会があったら、少しでいい、会話をするようにしていこうとこの日は思った。

で、できたかというと、もちろんできなかった。
それでもそれなりにコミュニケーションがとれて、楽しいときもある。

あるスキルアップ研修に聴覚の人が2人いた。
そのうちの1人は手話ができなくて、今勉強中だそうだ。
しかしわたしよりできる。もう1人の人とスムーズに手話で会話している。
やはりやる気が違うのか。

この2人の聴覚の人たちは、良い性格の人たちだった。明るくて気さくで話好き。
3日間とても楽しい雰囲気だった。

手話を勉強中の男性はとても若く、22歳。
就職が決まっているがまだ就業していない。

もう1人は社会人経験が何年もある29歳の男性。
結婚していてお子さんができたばかりだというが、まだ若い。

22歳の人にとってよいお兄さん役だった。
時々彼らの話に混ぜてもらった。
手話のみで文章を構成することはほとんどできないが、口で分かってもらえた。

ところで、勉強中の22歳の若者はともかく、29歳の人の場合は第一言語が手話ということになるのだろう。
今回は彼ら2人が気さくな人柄ということもあり、あまり筆談を使わなかった。
口話に手話を少し交えた説明で、言いたいことを理解してもらえた。
ビジネス文書という、あまりこみいった説明のない講習内容だったためもあると思う。

説明しているときに、わたしが手話でできない部分があると、それをやってみせてくれる。
これは聴覚障害の誰でも共通にしてくれることだ。
でも、彼らにも分からない単語もある。
割と一般的と思われるような単語でも知らないものがある。

そしてこう言っていた。
「知らない単語があっても、手話ができる人同士なら指文字を使う」

3級、2級の単語くらいができればある程度の会話ができるかと思っていたが、そこまで知る必要もないのかもしれない。
口話や表情や話の筋で見当をつけて、会話が進んでいくようだ。

一緒に手話検定を受けた磯原さんも、手話検定を受けたときから同じことを言っていた。
正しい手話にそれほどこだわらなくても、適当でも雰囲気で通じたりする。手がふさがっていると片手だけでやったり、人によってやり方が違ったり、それでもちゃんと通じる。
試験なんてやる気がなくなった、と。

――結局、皆、単語を覚えていなくてもなんとなく流れで理解している。
それから、口だ。
手話での表現方法は人によって千差万別で決まった手話などないかのようだ。

実習中に質問されたことに手話で答えられたら便利だと思ったけれど、そのような難しい内容はやはり筆談の方が誤解がないから望ましい。
手話を勉強しようという気も減じていく。

そういうことをまた実感した‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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手話はアバウト

スクールで手話ができる人に世間話の一環で訊いてみた。
「どうやって手話を覚えたのですか?」

大体、世間話的な流れを辿って会話が進んだ。
ここに赴任する前にいたところでは、職員が手話を覚えなければならなかったことや、手話を勉強し始めた頃の難しさなど。
わたしも相槌や質問をはさむ。

その会話の中で、手話技能検定を受けて以来、不思議に思っていたことを尋ねてみた。
「辞典で覚えた手話と違う動作をしている人がいたり、人によって同じ単語でも全然違うやり方をしたり、混乱してしまう。それなのにどうして分かり合えるのかとつくづく思ってしまう」

答えは「やはり口でしょう」だった。
そうなんだろうなあ、と自分でも思っていたので納得は納得だ。

でも、自分がいくら手話をしながら口で喋っても通じないことが多い。
喋る口の形と手話をしながら動かす口の形は違うということなのだろうか。
聾者の人の手話の場合は、喋っていないことも多いし。
喋っているのではなくて、そんなような形に口が動いているのだ。
でも明らかに言葉とは違う。

すると、その人は、前の職場の手話の先生が言ったことを教えてくれた。
「とにかく言われたのは、大きく動作をすること。それから、細かくやらない、つまり助詞などをいちいちやらずに単語をつなげていくこと」、あとは「口を見て」、そしてお決まりの「流れで判断」。

アバウトだなあ。

一緒に試験を受けた磯原さんも、「試験なんてやる気がなくなった」と言っていた。
「手話って適当でいいのよ。ジェスチャー使って、なんとなく通じれば。正しいやり方覚えてもさ~、人によって違うからさ~」
「省略されちゃってて分からないしね~。誰かがやってるの見て、ああ××ってああやるんだな、って覚えたりするとさぁ、省略形だったりして、なんだ違うんだ、って思うことあるし。物持ってたりすると片手で(手話)やっちゃうしね~」

その通り。

スクールにはいろいろな障害の人がいて、肢体障害の人も手話を少し覚えて聴覚障害の人と会話していることもある。
片手しか使えない人を見ると、こういう人が手話を覚えるときはどうするのかなあ、と思う。
きっと片手だけでやって『流れで判断』なのだろう。

見ているだけでは、わたしには分からない。
磯原さんとお昼を食べているとき、近くのテーブルで聴覚障害者の実習生4人が会話しながら食べていた。見ていても会話はひとつも分からない。
何について話しているのか想像さえつかないものなぁ‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


生涯学習としての手話?

前に知人が、その当時つきあっていた彼氏のお母さんから言われていた。
「人生(生活)に目標を作ってがんばってごらんなさい」。

そのお母さんは、早くに旦那さんを亡くしてキャリアウーマンをしていた。
社会福祉関係の仕事をしていて、どこかの施設にも行っていた。
そこではお年よりに、調理師免許の試験を受けさせていた。
調理師免許というのは、勉強すれば割と受かる。
しかし勉強もしないで受かるほど簡単ではない。
頭のリハビリをするのにちょうど良い難しさなのだそうだ。
一生懸命やって、「結構難しいなあ」と苦しい思いもするけれど、頑張れば受かるので達成感と喜びを味わうことができる。

友達は、「あなたも受けなさい」と言われ、四苦八苦しながら勉強していた。
自分の母親に言われたなら「いやよ」の一言で済んでしまうかもしれないが、彼氏のお母さんとなるとそうもいかない。
お年寄りがリハビリで受ける試験に落ちたら、彼氏のお母さんにどう報告すればいいのか、というプレッシャーもあったかもしれない。
見ていて大変そうだった。
それでも合格して、喜びと達成感を味わっていた。
彼のお母さんが目論んだように、「じゃあ次はこれに挑戦、あれもやってみよう、仕事もステップアップしたい、・・・・・・」と続いて行くことはなかったようだが。

手話検定もそういうことに使えそうだな、と思った。
それに手も使うから、より頭にも良さそうだ。
調理師免許はあまり使うチャンスがないが、手話はコミュニケーションをとる機会があるととても楽しい。

もうみんな、やっているのかもしれないな。
検定を受けに行って、生涯学習の一環かもというような人をよく見かけた。
友達同士で来ているらしい40代、50代の女性たち、50代、60代のご夫婦。
学生っぽい若い女性は、福祉関係の専門学校生などだろうか。
彼らは生涯学習ではないだろうけど。

わたしもずっと続けていこう――!と夢を語りたいところだが、手話は継続が難しい。
聴覚障害の人と話す機会がないとあっという間に忘れていきそうだ。

それから次の年はやはり予告どおり、試験が変わった。それも「もう検定はいいか」と思った一因だ。

3級と2級の間に準2級ができる。
今まで2級は筆記試験と面接試験の2本立てだったのだが、準2級で筆記、2級で面接、となる。
準2級に受験資格はないが、2級の受験資格は「準2級に合格していること」だ。
そうなると、今までは落ちさえしなければ1回の試験で取得できた2級が、2回分の日数と検定料をかけなければならなくなったわけだ。
力のある人には面倒なことだ。

1級も同様。2級と1級の間に準1級が設けられる。
準1級は筆記、1級は面接だ。

さて、その年からできたもうひとつの検定、全国手話検定試験。
これは、実際に手話をしなければならないので、わたしにとっては難関に感じられる。
来年はこの試験を低い級から挑戦していこう!――とは、このの時点ではちょっと思えなかった。

だからもうこれで検定を受けるのは終わりだと思う。
はっきりとひとつ言えることは、検定を受けようと思わなければ、こんなに勉強しなかったろうということだ。

それは断言できる。絶対しなかったろう‥‥‥




●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■

これからが大切

自分で勉強した今なら、よく分かる。
やる気で勉強しないと、手話はできない。

スクールで1年近く働くうちに、有馬さんは手話でかなりの会話が出来るようになっていた。
年度の途中から入って来た派遣スタッフの男性は、それを見て言った。
「私も1年もいたら、手話で簡単な会話くらいできるようになりますかねぇ」
有馬さんは、「できません」ときっぱり答えた。

その話を聞いたときは、有馬さんのように努力した人に向かってそんなことを聞くなんてと、知っている人は皆苦笑した。

でも男性スタッフの思いも分かる。
毎日何人もの聴覚障害の実習生とつきあうわけだから、自然と一つ二つの単語を覚えていきそうな気がする。
そして、やがて単語の数は増えていきそうに思える。
有馬さんだって、「特に講座に通ったりはしてない。実習生と会話して覚えた」と言っていた。

でもやっぱり、単にその場にいただけでは覚えないのだ。
「××ってどうやるの?」と尋ねて「こうやる」と教わる。
「へぇ、なるほどね」とその場で何回か練習してみる。
でもすぐに忘れてしまうのだ。

本当に覚える気なら、「へぇ、そうなんだ」の後、真剣に頭に叩き込まなければならない。
そして、次の機会には自分からどんどんその単語を使って話しかけていかなければ。

有馬さんほど実習生と毎日朝から晩まで接しているわけではないわたしは、辞典を見ながら覚えたり復習をしたり、繰り返していかないと覚えられない。
そして新しい単語を覚えるときは、適当に見てもだめで、やはり集中して「覚えるぞ」という気合をもって覚えなくてはいけない。

試験を受けて心底実感した。

大切なのは、これからだ。

試験は終わり、この後合格するにしても不合格になるにしても、目的は手話で会話をすることだ。
3級のあまりの速さに愕然とし、意気消沈したことは確かだが、これからも覚えた単語を忘れないようにしなければならない。
そして練度を上げていかなければならない。

どうしてあれほど人によって違うのに話が通じているのだろう?
それが不思議だ。

実は試験前、スクールでがっかりしたことがあった。
単語数が増えたので、休み時間にちょこっと聴覚の人に話しかけてみたのだ。
全然通じなかった。わたしの手話。

映画が好きだと彼女は言うのだが、彼女の『映画』の手話は辞書と違う。
辞書のやり方と同じ(つもり)で、『恋愛』とやってみたが、彼女は分かってくれなかった。
そして彼女のやった『恋愛』は形もやる位置も違っていた。

単語は覚えたが発音が悪いので外国人に話しかけても通じない――みたいなものなのかな。
それはこれから場数を踏んでいかないと覚えないのだろう、とつくづく悟った。

2007年もこの検定はあるようだが、3級が不合格になったとしてもう一度受けたいかどうか疑問だ。
次回検定までの期間では、自由自在に手話で会話が出来るレベルには達しない気がする。
4級の場合は、――頑張ってみる気がおきそうだが。
しかし3度も挑戦するっていうのもどうだろう。もういいか、という気もする。

単語習得の小刻み目標としては、2級の出題範囲まで覚えると理想のように思う。
しかし級が上がるにつれて、単語知識の問題ではなくなってくるのが分かった。
受験を視野に入れないで、出題範囲をダウンロードして勉強するのはいいかもしれない。
2級レベルの単語数があればかなり自由に話せるだろう。
通じるかどうかはまた別の練習だが。

とにかく、2級出題単語をダウンロードしてみた。
3級までの単語を復習しながら、少しずつ覚えていきたい――
いや、「いければいいが」くらいに言い直しておこう‥‥‥



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


4級総評

亀のようにのろい!

ビデオで演じられている手話が、だ。
午前中に3級の映像を見た後だとものすごくゆっくりに見える。
亀のような遅さだと何度も思った。

遅く見えるからといって、理解できるとは限らないのだが。
特に指文字など、遅いのは分かるが文字そのものは分からなかったりする。

4級も後ろの方に座ることになった。
机の上に説明の用紙が置かれている席に座らなければならない。
ビデオが見えにくいからか、わたしの右隣は空席になっていたので、ちょうどよいと思った。
出やすいからだ。

しかし学生のような若い女性の集団がやってきて、腰を下ろした。
しばらく騒いでいたが、係員がやってきて、紙のあるところに座るように言った。
その後、また別の一人で来ているらしい女性が座った。
今度はわたしが教えてあげた。彼女もどこかに移って行った。
ところが3度目の正直、今度座った女性は紙を持っていた。
席を移動してきたのか何なのか分からない。
結局その席で試験を受けていた。
その女性か、もしくは、わたしの前に移動した若い女性の一人か、体臭なのか香水なのか刺すような匂いを放っていて困った。

4級は単語をよく覚えていた。
3級に比べるとスピードも遅くて、読み取れるものが多かった。
けれど、辞典付録のDVDとは違った動作で行われている手話がいくつもあった。
人によっても違うようだった。
読み取りやすい人と、読み取りにくい人といた。
中には、単語独立問題なのに、何を演じているのか分からないものも2つあった。
わたしが使っていた辞典と動作がまったく違うのだ。

4級を受けて、練度の大切さを実感させられた。
英語も人によって発音の癖があったり訛りがあったりする。
それと同じようなことなのだろう。

しかしあまりにも違うので、不思議になった。
こんなに人によって違うというのに、どうして聴覚障害者同士の会話が問題なく成り立つのだろう。
意味の取り違えなど、起こらないのだろうか。
――起こらないんだろうなあ。

3級もその速さにショックを受けたし、4級もその違いにショックを受けた。
5級や6級を(そして落ちたけれど4級も)受けた前回の方が、喜びと楽しさがあった。
前回は勉強もあまりしていなかったが、終わった後にやる気になりワクワクした。
今回はむしろやる気を喪失した度合いの方が高い。

思うに、勉強が進んでいくと先の長さ、奥の深さを悟りはじめて、それで意気消沈するのだろう。
また、勉強して知識が増えれば、その分自分のレベルの低さが見えてくる。
ソクラテスの「無知の知」みたいなものだ。
これを乗り越えて真摯に勉強を続けていけば、さらに上達するのだろうけれど、凡人には難しい。

4級の問題については、前回も受けて記載しているので省く。
出題は同じ形式だった。
長文が前回よりも読み取れなくてショックだった‥‥‥



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Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


3級問題について

問題は、開けてびっくり、長文が3つもあった。
それだけで「終わった!」と焦らせるに充分である。

問題は6級~4級と同じく50問。
しかし試験時間は10時半から始まり、11時50分まで80分だ。
(6級:50分、5級・4級:70分)

――――――――――
問1~10は、ビデオで単語を演じるので、その意味を選択するもの。

ビデオでは演者が『男』の単語をやってみせる。
もう一度繰り返す。
①男 ②女 ③父 ④母 の4つの選択肢から正解の番号を選ぶ。(これは例題)

問1 ①我慢 ②ヘリコプター ③独身 ④愛知
問2 ①そぐわない ②満員 ③久しぶり ④仕事

似たような手話が選択肢にある。
3級ともなると単語数が増えているので、似たような動作をする手話の4つくらい簡単に用意できそうだ。
分かっている人にとっては、似ているどころか、明らかに違いの分かるものだと思う。
しかし、うろ覚えのものなどは迷う。
まして速い。
うろ覚え程度にも覚えていないなら、速さも似た動作も関係ないが。

ここで最も恐ろしかったのは、指文字だ。

問3 ①ホームヘルパー ②レターペーパー ③ゴールキーパー ④レッドペッパー

もともと指文字は、勉強中の身には見分けるのも演じるのも難しい。
それがすごい速さでサラサラッと空中に描かれた。
1文字も分からない!
最初の文字が『ホ』か『レ』か『ゴ』かくらい分かりそうなものだ。
最初だけ見ていればいいのだから。
しかし分からない。
あまりの速さにあっけにとられている間に1回目終了。
「あ、そ・・・そうだ、最初の文字だけ見れば――」なんて思っているうちに2回目終了。
なんか、伸ばす棒があったことは分かる。
しかし、そんなのどの単語にもある!

指文字は劇的な速さだった。

数詞も速くて困った。3級は億の位まで出る。

問8 ①2億700万 ②7億200万 ③2億700 ④7億200

見ていれば最初が2か7かくらい分かりそうだ。
そして後ろに「万」がついているかどうかくらい分かりそうだ。
しかし、現場では速すぎて呆然としてしまうのだ。――わたしのレベルでは。
しかし何しろ指文字だ。
指文字は50音覚えたのに(忘れたから覚え直したのに)、見分けがつかない。

問11~20も単語の問題。4つの単語の中から、問題文の空欄に最も相応しいものを選ぶ。
問題用紙には、( )を飲みに行きませんか? と書いてある。
ビデオでは、①重い ②コーヒー ③サッカー ④家族 が演じられる。(これは例題)


問21~30は文章だった。
問題文の空欄に最も相応しい文章を選ぶ。

問題用紙には例えばこのように書いてある。

A:さようなら
B:(  )

ビデオでは、①こんにちは ②おはよう ③こんばんは ④さようなら の4つの文章が演じられる。
空欄に一番当てはまるのは、④なので、答えは④である。(これは例題)

Aのセリフももっと長いし、演じられる文章ももちろんもっと長い。
告白すると、100%意味を読み取った文章はない。
せいぜいおおよその意味が分かる程度だった。

ここで30秒の休憩がある。
この間に長文のところの問題をできるだけ多く確認しておきたい。
しかし声や音で始まりが分かるわけではないので、ちらちらとビデオを見ながら先を確認している。
30秒などすぐに終わってしまう。


問31~35は、4つの単語の中から仲間ハズレを探すもの。

ビデオでは、①父 ②母 ③兄 ④OK と単語が演じられる。
①~③は家族なのに、④だけ違うので、答えは④。(これは例題)

これも、一番困ったのは指文字だった。
問32が指文字だったが、まったく分からなかった。
解答は勘で塗りつぶした。

さて、いよいよ長文問題だ。


問36~40 文化祭についての長文が演じられた。二度繰り返される。

問36 開催される日時はいつですか?
  ①10月13・14・15日
  ②10月10・11・12日
  ③11月13・14・15日
  ④11月10・11・12日
といったような具合だ。

問37と38はまぎらわしい選択肢が並んでいて、戸惑う。
そして、問39は指文字で表現されたところだ。
家庭科室では「チャリティーバザー」が行われるのか「チャリティーコンサート」が行われるのか、「チャリティーオークション」か「チャリティーセミナー」か。


問41~45 子供が生まれた話が演じられた。二度繰り返される。

問41 男の子の名前で人気があるのは何ですか?
  ①「シュウ」「タケシ」
  ②「ショウ」「タクミ」
  ③「ショウ」「タケシ」
  ④「シュウ」「タクミ」
問42 女の子の名前で人気があるのは何ですか?

もちろん、どちらも指文字だ。
女の子の方も、似たような選択肢が並んでいる。

その後、生まれた日や、名前の由来や、彼が最後に言っていたのは何か、などを問われた。
この長文ももちろん、正確に一言一句分かったとは言えない。
試験なら「後は勘で」想像する。
こちらも何らかの反応を要求されるわけでもない。
けれど、会話だったら成り立たないな、と思わずにはいられなかった。


問46~50 クリスマス料理の講習会のお知らせが二度繰り返される。
そしてその後、質問もビデオの中で手話によって演じられる。
答えの選択肢は問題用紙に4つ用意されているので、1つ選ぶ。

例えば問46、問題用紙の選択肢は次の4つだ。
  ①12月15日の午後2時から
  ②市民文化センター
  ③12月25日の午後3時から
  ④子ども文化センター

手話による質問が、時間を尋ねているのか会場を尋ねているのか読み取れなくてはならない。
そして、既に終わってしまった長文の中で、「15日の2時」だったのか「25日の3時」だったのか、もしくは「市民文化センター」か「子ども文化センター」か読み取っていなくてはならない。

問48 問題文の手話は、講習でどういうメニューを作るかを質問している、と思った。
ということは、①エプロンと三角巾、④800円のプレゼント は除外される!
そしてメニューの中にはクリスマスとケーキの手話があったから、クリスマスケーキはメニューに入っている!

勢いこんで確認すると――
 ②ローストチキンとクリスマスケーキとサンドイッチ
 ③ローストビーフとクリスマスケーキとサンドイッチ
どっちにも「クリスマスケーキ」は含まれている・・・・・・。
その上・・・・・・「サンドイッチ」なんて言ってたの? いつのまに?
そして当然、チキンかビーフかは、映像を思い出そうとしてもぼやけている。
どっちだったろう。

アドレナリンが身体中を駆け巡っている55分(ビデオ上映時間)だった‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


3級総評

速すぎる!

単語1つを独立して演じている部分でさえ、速くて戸惑う。
まして文章題となったら、何をやっているのかひとつも分からない!
長文ではない。
もちろん長文も分からないが、文章の問題があるのだ。

たとえば、問題用紙に「今度の旅行、課長の隣の席だよ」と書いてある。
それに対する答えとして適切なのは1~4の選択肢のうちどれか選ぶ。
1~4の文章はビデオで演じられる。
速くて分からない。
頭の周りに「?」が回っている。
その間に2、3と進み、終わってしまう。
完全に意味を汲み取れた問題なんてなかった。

これが普通の手話のスピードだというのなら、手話が第1言語の聴覚障害の人と会話するなんて、夢のまた夢。
一生無理じゃないかと思えた。
ぽかんとする一方で、ショックだった。

何しろあんなに単語を必死で覚えたとしたって、もし例文まで勉強していたとしたって、早くて読み取れなかったろう。
映画やドラマの英語を聞いて分からないのと一緒だ。
キャプションが出たりすると、知っている単語が結構あると思う文章でも、ネイティブが喋るのを聞き取ることはできない。
それでみんな英会話教室に通おうとするのだろう。
手話もそういうことが必要なのか、と思った。

まあ、それで言ったらスクールで働いているのだから、一応ネイティブとの接点はあるのだが――。

この日は何しろ速さに圧倒され、やる気を喪失しただけだった。
「じゃあ、もっと話すようにして練習しなきゃ!」などという前向きな気持ちには、とてもなれなかった。

席は後ろの方になったが、見やすかった。
問題用紙の枚数がちゃんとあるかどうか確認しろ、という指示のとき、問題をもう見ていいのかと思って開いて中身をざっと見てしまった。
しかし後から用紙を開くようにという指示があり、ガサガサと紙の音がして血の気が引いた。
これって、不審な行為になって自動的に不合格とされたらどうしよう。
受験番号を控えられたかもしれない。
気が小さいので、ビデオが始まってもしばらく動転していた。
今は問題に集中しよう、と必死で自分に言い聞かせた。
だが、「でもいくら最善を尽くしても現時点で既に不合格決定かも」と思うと意気消沈する。

見咎められたら、いきなり不合格にするのではなく注意があるだろうとは思うのだが。
どうなのだろう。
まあ、しかし、後からの4級でそのとき見ている人も何人かいた。
だって、あれは、まぎらわしいと思う。

そんなこんな、いろいろあったが、とにかく3級の印象はただ一つ。
「速い!」

試験が終わった後で、廊下で「速かったわ!」「全然分からなかったわ!」と呆然と喋りまくっている40代~50代の女性集団を発見。

ホントですよね!! 心の中で同意を示した‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


2回目の「検定当日」

いよいよ当日。
前と同じ受験会場なので、だいたいどの電車に乗ればよいかは分かる。
早すぎることもなくちょうどよく支度できた。

あまりにジャストすぎて、試験日なのだからもう少し早く着いてもいいかな、という時間だった。
もうあまり余裕はない。

しかし会場に入ってしまうと勉強にも身が入らないものだ。
復習用に持って行った「できなかった単語だけの単語帳」を見て、辞書と照らし合わせる。

いよいよ時間になり、説明が始まった。
説明はビデオで流れるので、音声は一切ない。

この説明の中で分かりにくいのは、「ページ数を確認しなさい」という指示かもしれない。
問題用紙に乱丁がなく、すべてのページがあるかどうか確認せよという指示なのだ。
ページ番号を確認するということは、中を開くことになるから堂々と開いて見てしまった。
しかしこれは、そっと下のほうをめくって、ページ番号の部分だけを見よということなのかもしれない。
それに気づかず、問題などもどんなものがあるか、特に長文に関しては気になるので見てしまった。
ところがその後で「問題を開いて始めてください」というような指示が出る。
皆が一斉に紙をめくる音がする。
え!今まで開いてはいけなかったの!?

もしかしてカンニングと思われて失格になったらどうしようと、大変動揺した。
しかし動揺を引き摺っては試験に差し障るので、努めて自分を抑えた。
試験の間中、「必死でやっても既に受験番号を控えられていて、カンニングとみなされ、採点さえされないかも」という思いがきざした。
――わたしは小心者なのである。

このことに関しては、それほど神経質になることではなかったかもしれない。
午後の4級のときは気を付けてページだけを確認し、その後は閉じておいたが、眺めている人も何人かいた。
中には明らかに、分かっているが問題が見たい、という態度の人もいた。

3級は11時50分までだったが、11時半くらいには会場を出た。
ビデオが終わってしまうと、後はマークシートに答えをマークするだけなので、早いのだ。
他の試験のように「終わる時間まで見直しを」ということはできない。

次の時限は5級と2級で、わたしには関係のない級だ。
わたしは15時からの3級を受けるから、14時半に戻ってくればよい。

試験会場は新宿、都庁をはじめ高層ビルが多いビジネス街だ。
おいしいものを食べることをこよなく愛する友人がこの近くで働いていて、わたしが新宿でお昼を食べるときはおいしいお店を教えてくれる。
彼女が教えてくれたカレー屋さんに入ることにした。
そのお店はセンタービルにある。
いくつか食べ物屋さんが並んでいるところだ。
同じ場所にとてもおいしいパスタ屋さんもあるので迷ったが、カレーの方にしてみた。

ビジネス街のお店は、夜や土日は暇になる。
夜や時間のズレたランチ、土日などにはサービスがあったりする。
そのカレー屋さんでは、日曜だったので『ナンおかわり自由』だった。
2種のカレーを選ぶ780円コースと、3種を選ぶ980円コースがある。時間もたっぷりあるし、滅多に来ないので3種コースにした。
それからチャイを頼んだ。
ランチに追加すると100円で飲める。

マトンカレー、シーフードカレー、ひよこ豆のカレーを選んだ。
羊肉は苦手なのだが、店員さんが「臭みがない」というので試してみる。
とてもおいしかった。
本当に臭みがなかった。
皿の上には、コールスローのようなサラダが少し盛ってあり、3つのカレーが小さい金属の碗に入っている。
それからサフランライスが盛られ、ヨーグルトを入れた碗もある。
そしてナンが横たわっている。

ナンをおかわりしている人を見て、わたしも頼んだ。
せっかくだからと思ったが、おかわりは1枚が限度だった。
とてもおいしいナンだったが、おかわりのナンは大きさが『エクストラ』なのだ。(注文すると店員さんは「エクストラナン、ひとつでーす」と厨房に叫んでいた。)
チャイもおいしかったので、おかわりした。
こういうのって、1杯は安くサービスするが、2杯目は通常料金ということがあるので確認したら、2杯目も100円でいいという。

充実のお昼だった。

しかし充実しすぎて、4級の試験の頃になってもお腹がいっぱいだった。
試験というのは、あまり満腹で受けるものではないと実感した。
ぼんやりしてしまう。
気持ちを引き締めなければ、という努力に多大なエネルギーを使わされた。

ゆっくりおいしくランチを食べた後は、会場の近くに戻って、コーヒーを飲んだ。
飲みながら4級の復習をした。
だが眠くなる。
お腹がとてもふくれていて、だるい。
事前にある程度勉強もしているので、前回ほど切羽詰っていないせいもあるだろう。

4級の時間が近づくと早々に会場に戻り、磯原さんと落ち合った。
磯原さんとわたしは階が別れてしまった。
試験が終わったら1階で会いましょう、と言ってそれぞれに開場待ちの列に並んだ。

無事に4級を終えて、2人で喫茶店に入りコーヒーを飲んだ。
終わると答え合わせが楽しいものだ。
「ここは何だった?」「これが分からなかった」など。
前回も、今回の午前も1人だったので、そういう人たちを横目で見ていただけだが、よそから見たらあんな感じだったろうと思う。

磯原さんはビデオがとても早くて、あんな早い会話は絶対できるようにならないと言っていた。
――3級を見た後のわたしには、とても遅く見えた4級のビデオだが、気持ちはよく分かる。

結局、人によって表現が違うので雰囲気で理解しあう部分が大きいし、口と身振りでなんとなく言いたいことが伝わる、それでやる気もなくなっている、と言っていた。
磯原さんの方がわたしよりも実習生さんとの接触が多いので、特にそう感じるのだろうと思う。
もう次の試験は受けないだろう、と磯原さんは言っていた。
わたしもそれは同感だ。
3級の試験を受けてそう思った。
次にまた受けても、それまでに読み取れるようになるとは思えない。

また、辞書付きDVDとは違うやり方をしている人もいて、手話は難しい。
覚えた手話を使っても通じないことも多い。

「これを目標に単語数を増やす」という目的はある程度達したと思うので、もう次はいいか‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


久々のスクール

会話の中で、「この方は別の目的があるから」と笑い混じりに言われてしまった。

授業をする際などに「知っていたらいいな」という単語を覚えるとか、場をなごませるために「おはよう」や「お疲れさま」などの挨拶ができるようになるとか。
そういったこととは別に検定を目指しているからだ。それが「別の目的」。

でも目的は同じことなんだけどね。
「聴覚の人と話せるようになる」というのが目的であり、検定を受けるのはそのための手段である。

しかし言われると改めて考えてしまった。
自分は目的がすりかわっていないかどうか。

結論。変わっていない。

「機会があったときに少しずつ覚えていこう~!」というような計画は、わたしの場合、多分あまり進まない。
試験の日が決まっていると「それまでにこれだけ覚えなきゃ」と頑張る。
そういうプレッシャーがないとだめなのだ。
単語を覚えるために受けているのだから、出題単語が決まっている手話技能検定はベストだった。

漠然と「簡単な会話ができる程度」みたいなことを言われたら、きっと挫けていたと思う。
覚える単語が決まっていると、とにかく覚えればいいわけで頑張るしかない。

時間が経った今、つくづく思う。
手話も言語だから、ある程度単語を知らないと会話にはならないのだ。
6級、5級の内容が頭に入っていても、たいした会話はできない。
英語でいえば、”Good morning! My name is Jane. Nice to meet you.” “See you tomorrow.” くらいしかしゃべれないのと同じだ。
そこから先は、「このdeskをuse, use! そうそう、今のはniceです、合ってます、nextもその調子でdoしてみてください、please」みたいな会話になる。
知っている単語の数が増えると、使える例文が増える。
文章単位で話せるようになる。
覚えれば覚えるほど加速度的にできるようになる。

怠け者のわたしは、こうして「何日に試験を受けるから、どうしてもこれだけ覚えなきゃ」という目標がないと、覚えないと思う。

ところで、一緒に受ける予定の磯原さん。
久々に会った。
しばらく別な仕事に行っていたので、わたしはスクールには行かなかったのだ。
磯原さんのやる気がわたしを大変焦らせたことは、前に書いた。

久々に会ってみると、磯原さんは「前に会ったときから全然やってないわ」と笑っていた。
――驚いた。
自分も同じように、燃えたり消えたりを繰り返しているのだが、なんだか他の人がそういうことをすると驚く。

そうすると、先週別な仕事に行っていて磯原さんに会えなかったのは良かったな、と思った。
やる気の磯原さんが瞼の裏にちらついて、わたしを手話辞典に向かわせたからだ。

磯原さんに触発されて先週は毎日勉強していたと話したら、磯原さんもやる気を取り戻していた。
前回の自分が、当日の休憩時間にしか勉強していない4級でありながら、点数的にはまあまあで落ちたことを思うと、今からまたやる気になれば磯原さんは合格しそうだ。

磯原さんがあまり勉強していないと知って、その日はわたしも怠けてしまった。
まったく単純だ‥‥‥



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資格の学校の先生伝授の方法

翌日。
昨日あれほど後半大変だったのは、うろ覚えの(というかさっぱり覚えていない)3級を最後に残したからだ。
今日は3級からやってみよう。
残った分が多くても、6級や5級ならやる気もでる。

しかし、始めようと思った途端、眠気がさしてきた。
なぜ午後はこんなに眠くなるのだろう。
危うく眠りかけたが、なんとか持ち直した。

3級は8時までには終わった。
ふう~。
この時間で4級が残っているのがちょっとつらいが、なんとか頑張ろう。

以前、簿記の勉強をしていたときに、簿記を教えている先生が言っていた。
間違った問題は、ノートに書き写しておく。
そしてそのノートの学習をする。
間違ったら、またノートの最後に書き写しておく。
そしてそのノートを最初から学習する。
何度も間違うか、または何度も解けなかった問題は、それこそ何度も繰り返すことになる。

この方法は効いた。
しかし何ヶ月も前から準備している場合でなければやりにくい。
問題を書き写すのに時間がかかるからだ。
簿記の問題は、図がついていることもあるし、問題文も長いことがある。
試験直前にやるには不向きな方法だと思った。

しかし、手話なら単語だ。
今日あたりから、この方式も取り入れてみようかと思った。

そう思ったのは、やってみると3級の内容を割と覚えていたからだ。
昨日はあんなに何一つ分からなかったのに!
さすが定評のあるスイッチバック方式だ、と感心した。
まったく何も覚えていないのでは、書き写すたって、全部になってしまう。

だけど今日なら覚えている単語のほうが多いはず!
――と思って復習を始めてはみたものの、覚えていたのは最初の方の2ページくらい。
後はどれもこれも分からない。

「さっぱりわからない」という3級出題範囲の手話をしたい気分になった‥‥‥



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スイッチバック方式

たくさんのことを覚えなければならないときの、良い方法は。

まず、すべてひととおり目を通すことだ。
そして次の日もまた、全部目を通すこと。
そして次の日も、次の日も、毎日全部目を通すことだそうだ。

覚えなくていいらしい。
覚えようと必死になって集中しなくてもいいから、とにかくひととおり見ること。
次の日も覚えられなくていい。
とにかくひととおり見ること。

しかしあまりにも大量の内容を覚える場合は、最初の日にひととおり見ると言っても難しい。
そこで、次善の方法はスイッチバックしていくものになる。
最初の日に10コ見たとする。
次の日は、最初の日の10コプラス続きの10コ見る。
その次の日は、2日分の20コプラス10コ見るのだそうだ。
一番最初というのは気疲れするが、復習部分はそれほど時間をとらないので、大丈夫。

スイッチバック方式が成功するには条件がある。
「大切なものから順に並んでいること」
そうでないと、たまたま「あ」行だった内容が大切であろうとなかろうと頭に叩き込まれることになってしまったりする。
あいうえお、とは限らないだろうが、とにかく最初の方にあったものの方が、何度も繰り返されてより刷り込まれていく。
だから、始めのほうに大切なものを持って来ておくことが重要なのだそうだ。

手話検定の出題単語は、数の少ない6級を除き、あいうえお順に並んでいる。
だから、ベストなのは最初の方式だ。
スイッチバックをするほど時間がないということもある。
それでわたしも3級はその方法でやることにした。
ついでに6・5・4級も同じ方法で復習してくことにした。

先週末に3級最初の1回をやっている。
もう覚えている余裕はない。見るだけ。
でもそれでいいのだ。
今日もまた、全部見れば。

――しかし、それが難しい。
見るだけったって、覚えていない単語は辞典を引かなければならない。
そして一度は自分でやってみなければならない。
すると結構時間がかかるものなのだ。
見る単語見る単語、「分からない、辞典辞典」とひかねばならない、この面倒くささ!

この日、指文字は電車の中でやったので、6級から。
そして5級。

しかしここまで終わっても3分の1にもならない。
4級は6級・5級を合わせたくらいの分量があるし、3級は3つの級全部合わせた分量がある。
その上ほとんど記憶に残っていない。

うんざりする思いで、辞典を前にガマの油状態である。
「始めなくては」
しかしちょっと横になって目を閉じたら、そのままウトウトしてしまった。
むりやり目を覚ましたのは午後5時。
家事と、それからこの日までに済ませなければならない用事があって、帰って来たら7時。

この日は実は2時頃家に帰っていたのだが、これでは、終日仕事の日と変わらない時間じゃないか!

それでも挫けるわけにはいかない。
とにかく見ればいいんだ、見るだけでいいんだ、となんとかおさらいを始めた。

4級をやってみて、嬉しいことがあった。
思ったより覚えている単語が増えていた!
すごい!
しかもその分おさらいに時間がかからず早く終わった!

まあ、4級はもう何度か復習もしているし。
それでもこれで、半分の分量しか終わっていないのだ。
3級もやらねばならない。

もう心底うんざりしていた。
でも、挫けるわけにはいかない、と自分に言い聞かせて開始。
途中、あと(単語帳)4ページは明日じゃだめかなあ。あと(単語帳)2ページは明日じゃだめかなあ。と、何度もやめようと思った。
だが、明日2回見るのと、今日ざっとでいいから1回見ておいて明日また1回見るのとでは、やっぱり違う。
今日見ておく方が断然いいのだ。記憶には。

うんざり‥‥‥小休止‥‥‥うんざり‥‥‥小休止、を繰り返した。
ひととおり見終わったのは、午前2時を回っていた。

明日眠いだろうなぁ。
だが、やっぱり眠りにつくときの満足感は終わっているのといないのとでは、全然違うものである‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


追い込み

『終わる』と『がっかり』の区別が分からない。
――よく見ると、握っている手の形が違う気がする。

『趣味』・・・・・・『趣味』・・・・・・「好きなことにはよだれがたれる」とかなんとか解説があったから、よだれに似た仕草のはずだ。
そこまでは思い出せるが、動きは思い出せない。
解説を思い出したって手話そのものを思い出すよすがにならなきゃ、何の役にも立たないのに。
本を見てみる。
・・・・・・どうしてこれが「よだれ」になるんだか分からない動作だ。また忘れそうな気がする。

なんで「福」+「島」=「福島」、「福」+「井」=「福井」なのに、福岡は「福」+「岡」じゃなく博多帯なんだ?

なんで山形は「山」+「形」じゃなくサクランボなんだ?

なんで群馬は「馬」で、埼玉は「玉」なんだ?
そして、東京都の練馬区も「馬」っていうのは――

「岡山」は名産の畳の折り方?
これのどこがどういうふうに畳の折り方を表現しているのかも分からないし、岡山独特の畳の折り方っていうのも知らないし。

「キャンプ」って「初めて」と同じなのか?
あ、「初めて」は人差し指を立ててるのか。

「世界」。
ん? 「国際」という単語とどう違うんだ?
あ、同形という欄に出ている。
「世界」も「国際」も同じ手話なのか。

単語が多くなってきて、段々頭の中が混乱してきた。

『テレビ』はチャンネルを回す仕草をする。
でも今はチャンネル式のテレビなんてない。

『鉛筆』は口もとにあててから書く動作。
昔の人は鉛筆をなめてから書いたからだそうだ。
しかし、今そんなことはしないので、世代によってはこれは意味不明の動作に見えるだろう。

『梅』は『すっぱい』の動作の後、手を頭に持って行く。
昔の人が頭痛のとき、梅干を頭に貼ったからだそうだ。

そういう昔のものは、次第に意味が分からなくなっていくのだろう。

『印刷』は印刷機の動く様子だそうだが、今も同じ方式で動く機械なのか分からない。
山形県はサクランボで表し、秋田県はふきで表すが、名産品はいつまでも変わらないとは言い切れない。

だけど、そういった手話はあまりにも多くて、もう気にならなくなってきた。
結局、昨日たいして勉強していなくて、あせっているためもあるだろうけど。

『昭和』。
――昭和初期に流行った上着の高襟の形を表現する。
また、西洋的で洒落ているという意味の「ハイカラ」という言葉のハイ(高い)とカラー(襟)にかかっているとも言われている。
‥‥‥分かるのだろうか、昭和初期に上着の高襟が流行ったことなんて。
どうしてこれが昭和なのかまったく分からん。
しかし、平成は、平らとかとどう違うのかまったく分からん。

『新聞』。
――昔は鈴を振りながら新聞を売っていたことから由来し、右のこぶしは鈴を表現。
‥‥‥て、それもまた分からんだろう。

『暇』。
――大仏の形を表す。大仏は何もすることがなく暇なことから。
‥‥‥それはどうなんだろう??
だって、大仏って像じゃん。
「何もすることがない」って意味では、大仏だろうが小さな仏像だろうが、同じじゃないの?

ああ、もう一日中やって、夜になってもまだ半分しか終わっていないので、ハイになっている。
覚えこもうとしているわけではなく、2、3度やってみてるだけなのに。

午前0時15分。
ついに終わった。
もう最後なんて駆け足だったが、とにかくやった。

ああ! もう手話辞典なぞ見たくない!!



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


勉強の一週間

月曜日。1日目。

朝少しやりたかったが、ギリギリまで寝てしまい、できず。

仕事から帰ってきたのが夜7時半くらい。
夕飯の支度、夕飯、雑多な用事を済ませているうちに、もう11時!

今日挫けたら、一週間すべて挫けるだろう。
とにかく始めなくては。たとえ半分でも。
そう自分に言い聞かせて、復習を始める。
そして昨日やりのこした4級の単語2ページも見た。
――しかし、この見方は覚えるというより、「とにかく見さえすれば」というものだったから、明日はほとんど忘れているだろう。

それでもなんとか、まあまあの満足度をもって初日は寝ることができた。

火曜日。2日目。

仕事から帰ってきてすぐ始めないのがいけないのだ。
ダラダラしているとすぐに寝る時間になって、億劫になってしまう。

分かっているけど、今日もまた始めたのは11時だった。
もう今日は新しく2ページ覚えるなんてやめにする。
4級の単語を覚えておかないと後々ひびくけれど、それ以上は無理すると逆に後にひびく。

最低限やるべきこと。
「4級までのすべての単語を一通り復習」、これは必ずやろう。

そして最低限やるべきところまではなんとかやって、今日も就寝。

水曜日。3日目。

電車の中で復習している指文字、なかなか快調だ。
前に散々やったので、少しずつ記憶が蘇ってきたように思う。

1日が飛ぶように過ぎてしまうので、もう今週は4級までの復習とすることにした。

木曜日。4日目。

ここまでまがりなりにも毎日勉強をしてきたので、今日もなんとか勉強することができた。
でも単語が増えてきて混乱する。

金曜日。5日目。

やっぱりたくさんの単語を覚えて、ちゃんと使えるようになるというのは大変だ。
それを実感する。

再び週末。土曜だ。
ついに来週が検定試験だ。

この週末は3級の単語を覚える。
覚えても忘れてしまうけれど、まあいい。

今週末は3級だけ必死で覚える。
復習をしている時間はない。
できたらやりたいけど。
――たぶん無理だろうな。



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Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


近づく検定日

手話はまったく勉強できなかったが、スキルアップ研修も最後の日になると多少のゆとりも芽生えてきた。
ゴールが見えてきたから、心も楽になったのかもしれない。

知っている実に乏しい語彙で会話してみたりもした。
「手話を覚えようとしている」とか、「次にまた来ることがあったら、廊下で見かけたとき声をかけてね。そのときはもっと手話で会話ができるようになってるかもしれない」など。
もちろん、後者は唇を読んでもらいながら、『次』と『また』と『来る』と『手話』のところだけ手話を使っているのだ。

でも自分なりに少しは会話もできて嬉しかった。
本当に次にどこかで会う機会があったら、もう少しは手話で話ができるといいと思った。

思いながらも試験勉強については、もう全然できず、諦めていた。
勝負は土日!と考えて、つらい休日を過ごすことにした。

理想は、4級・3級の単語を全部やること。

しかしなかなか難しい。
まだ先がたくさんあると思うとうんざりする。
いらぬことをして時間を無駄にしている。
やらなければならないことがあるときというのは、他のことがとても魅力的に思えたりして夢中になってしまうものである。

苦しい週末だった。
日曜の朝になった時点で、「4級の範囲に、わたしオリジナル単語帳4ページくらいの3級範囲を見られたらいいな」、と目標を下方修正した。

やがて、夕方になり、4級と5級・6級の単語の復習ができたらいい、とさらに下方修正。

最終的には、6級・5級の復習(指文字除く)と4級はオリジナル単語帳2ページ分(つまり90語)残して全部、という結果になった。

6級・5級の復習をしているわけは――
手話技能検定の出題範囲は、たとえば4級なら「4級の出題範囲の単語、プラス、4級以下の級の単語」つまり、6級と5級の単語も含まれるのである。
あんなにしっかり覚えたつもりの5級単語も、見事に隙間だらけの記憶になっているので、一からやり直しも同然である。

予定よりも全然できなかったから、次の週からは手話単語帳2ページずつ、3級の単語を覚えていかなきゃ。

いければいいが‥‥‥



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Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


考えさせられた日

わたしの恩師がたまたまスクールにいらした。
スクールでの仕事を紹介してくれた水上先生だ。

学生が「卒業試験に、聴覚障害者用のインタフェースを研究したい」と言うので、見学に来たということだった。
その学生さんが、一緒に連れられて来ていた。

わたしたちは皆でお昼を食べることになっていた。
そのときに、聴覚障害の人に実際に接しているわたしたちの話を聞き、学生さんの参考にさせたい。それが水上先生の考えだった。

わたしは自分の経験談とそこから導かれる推論しかネタがないが、もう一人水上先生が紹介した方がスクールにいて、この江津先生はネタ持ちだ。
江津先生は、もともといろいろな活動をしたり、調べたり、勉強会に行ったりと、忙しい人だった。
スクールに来てまだ2、3ヶ月だったが、話すことがたくさんある人だった。

そんなわけで、わたしは学生さんと一緒に聞き役に回った形だ。

わたしたちは別に手話の話をしていたわけではなかった。
彼は「手話のインターフェース」を作りたいわけではなく、「聴覚障害用のインターフェースを作りたい」のだ。それは必ずしも手話でなくてもよい。

でも聴覚障害のある人の話になると、どうしたって「手話」という単語が出て来ることになる。
彼ら独自の社会を形成するベース、または壁と言える部分もあると思うし、しかしやはり視覚的な情報で聴覚の人にとって分かりやすいものだし‥‥‥なにしろ手話はついてまわるものなのだ。
学生さんは途中から黙ってしまって、水上先生にぽつりと「手話という言葉が何度も出てきたので――」と言っていた。
「――」の部分にどういう言葉が入るはずだったのか分からない。

ほとんどは江津先生が語っていて、わたしはただ聞いていただけだった。
でもわたしも最後に、「そういったシンボルを使ったインタフェースを作るとしたら、使っている手話によって語順などが違ったりするから、考慮に入れた方が良いように思う」と言った。
彼はぼそりと言った。
「手話に頼るつもりはないので」

‥‥‥

わたしも別に、手話を使えるようになれ、なんて言ってない。
手話を織り込んで作るべきだとも言ってない。
手話に頼るということではなくて、聴覚障害者のために何かを作るのなら、聴覚障害者を知らねばならないと言っているだけだ。
そしてその中にはどうしたって手話が多少は出てくるのだ。

まあ、こう言ってはなんだがただの「卒業研究」で、本格的に研究するわけではないのだから、難しく考えることはない。
だからあえて言わないが、そんなものを作っても当の聾者がいらないと言うだろう、と正直思う。

「手話以外のコミュニケーション手段ができて、学習の際、講師との質問や説明のやりとりが便利になるんですよ」と言われてもありがたがらないだろう。
「それより手話通訳がいてくれたほうがいい」と思う人もいるんじゃないかな。相当数。
聴覚障害者の中にも手話ができない人もいる。そういう人は喜ぶかもしれないが。

そして手話に頼りたくないと言うなら、なおさら、とってかわろうとしている当のツール(つまり手話)についての調査が必要だと思う。

聴覚障害者の思考方法は、ビジュアルシンキングだという。
(ちょっと意味が違う気もするのだが、まあ、言いたいことは通じる。)
障害のある聴覚を視覚で補うから、視覚中心の考え方になる。幼い頃から使うコミュニケーションツール手話も、視覚情報である。
今は少なくなったが、助詞が苦手な人も多かった。「てにをは」がめちゃくちゃで意味が通じないほどの人もいた。
日常の手話では助詞をあまり使わないからだ。
若者の場合ははきちんと助詞を操れる。携帯メール(当時。今はスマートフォンアプリなど?)が必須アイテムだからだ。
SNSなどをしている若者も多い。
それでもやはり、手話は聴覚障害の人たちのコミュニケーションツールとして、大きな割合を占めているのだ。

自分が役に立とうとしている対象(聴覚障害者)について学びもせずに、良いものなど作れないと思う。
また、自分が開発するツールで凌駕したいと思っているライバル(手話)について何も知らずに、役に立つものなど作れないと思う。

なんて、色々思ったりしたのだが、まあ、何度も言うけど、どうでもいいのだ。
卒業試験のためにやっているわけで、何も仕事としてそれを研究しているわけではない。

ただ、わたしはこの日から、少し考えてしまったのだ。
色々なことについて。

聴覚障害者は、授業中自分だけで早く進んでしまう。
入力される説明を読まずに、テキストに載っている図を見てパッパッとやってしまうからだ。
それがビジュアル第一に考えることから来ていると断言はできないが、そういう傾向があると思う。
そして、テキストの内容に沿った問題を渡されるとできてしまう。
しかし、ちょっとズレた問題を渡されると理解していないことを露呈してしまう――ということが多く見られる。(もちろん理論を理解している人もいる。)

特徴的だと思うのは、健聴者の場合は、理解していないとテキストに沿った問題でさえできないのだが、聴覚障害の人はなんとなくできてしまう点だ。

こういうところが、手話のいわゆる「なんとなく流れで判断」というのに似ていると思う。
だって、手話って結構適当なところがあるし、一つの動作で、「探す」も「観光」も表したりするのだ。
どちらの意味合いで使われているかは流れで判断するわけだ。
厳密な動きをしなくても「なんとなく流れで分かりますよ」と手話の先生は言った。
わたしが「これはどうやって区別するの?」と迷ったとき、「流れで判断」と言った聴覚の人もいた。何人も。

なんか、そういうことを、そして他のことを、色々と考えさせられた‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


磯原さんのやる気

今回磯原さんが一緒に受ける。
それほど熱のこもった話し方をしていなかった磯原さんだが、検定が近づいて気付いた。なんだか小さな本を持ち歩いている。
図書館で借りた手話の本だそうだ。

お昼を一緒に食べたとき、手話技能検定の出題範囲をプリントアウトしたファイルを持っているのを見た。
「○○さん(聴覚の実習生さん)に会ったんですよ。
手話の試験を受けるって言いたかったけど、受けるってどうやるのか分からなかったです」
と話した。すると、手話の本をさっと開き、
「そういえば、『受験する』ってどうやるんだろうね。
こういうのは、思ったとき見ないと。後からやろうと思うと忘れちゃうんだよね」
と調べてくれた。
結局、小さな本だったので載っていなかった。

磯原さんはやる気だ。
4級を受ける。
「受けるからには受かりたいんだよねー。受験料も払ってるわけだしさぁ」と笑顔で言っていた。

心中、焦りでいっぱいになった日だった。

その週の週末。本当は焦った分、ちゃんと勉強すべきだ。
しかし出かけることになっていた。
翌月の後半、スクールでビジネス文書のスキルアップ研修を担当することになった。
だが、こういう分野はやったことがない。わたしがよく派遣されていく講習会は、WordだのExcelだのPowerPointだの、ソフトの使い方だ。
「ビジネス文書」というからには、ソフトの使い方というより、ビジネス文書の構造とかそんなことのはずだ。そんな講習はやったことがない。

そこで、勉強がてら派遣会社のビジネス研修に出席しようと思い立ったのだ。
「派遣会社に登録していてよかった!」と思った。
派遣会社は登録しているスタッフのため、(登録しているだけではダメ、就業中のスタッフのみという場合もある)、こういった研修をよく開いているのだ。

研修が終わった後、仕事でいつもお世話になっている花咲さんと待ち合わせて庭園公園を散策。
楽しかった。
でも、1日終わってしまった。

来週は、また面倒な講習会がある。
明日の日曜はその準備をしなくてはならない、と思いながら帰った。

つまり、手話の勉強はできないってことだ‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


仕事

予定されていたスキルアップ研修が始まった。
もちろんその日まで何一つ手話の勉強はできなかった。
三連休もしかりである。

これから約10日間、このまま手話の勉強はまったくできないまま終わるだろう。
スキルアップ研修の受講生の方は4人、うち3人が聴覚障害者だ。
3人とも手話ができる。(聴覚障害があっても手話ができない人もいる。)
だから、少しでも単語を覚えて使ってみたかったのだが‥‥‥。

始まってみると、既に今回の講義内容くらいのことは仕事で使っているという人がいて、困った。
他の人と同じ進みでは、彼女には退屈すぎるようである。
明日からは、彼女用に課題などを考えてこなくてはならないと思った。

手話で話すどころではなかった。
もちろん帰っても、手話の勉強どころではなかった。

翌日は、できる彼女のためにあれこれ用意して、講習に臨む。
彼女はものすごい勢いで進んでゆくので、今後4日間も残っている日程をどう消化していったらいいか、見当もつかない。

これまでスクールの講習を通して接してしてきたところでは、概ね聴覚の人たちは進みが速い。
どんどん先に進んでしまう。
聴覚の人たち用に、講師の説明をキーボードで入力した画面が見られるようになっているのだが、彼らの多くは一人で先に進んでいてそんなもの読んでいない。
入力をするために全体の進度も若干遅くなっているのだが、当の彼らは見ていなくて、無駄を重ねている、という間の抜けた状況になっている。

たまたま聴覚の人がお休みで誰もいないような日に、入力をやめようとすると聴者の人が「入力してほしい」と言い出す。
聞こえる人のほうが説明文を読んでいたりする。

それでも大人数相手の全体授業なら、退屈しても我慢して坐っててくれと言えるが、この少人数でやっているスキルアップ研修ではそうもいかない。
わたしとしては、何か1つでも役に立ったと思うことがあって欲しい。
仕事を休んで来ているのだし、もったいない。

講習中ずっと必死だった。
だいたいもう算数からして忘れてしまっていて、ゆっくりゆっくり計算から考えてもらわなければならない人が2人。
恐ろしく早い人1人。
中間の人1人。
それぞれにそれぞれの内容で講習をし、課題を渡した。

これがあと4日あるのかと思うと、疲労感が押し寄せてくるのを、どうにもできなかった。

スキルアップ研修の中日、1日だけ、派遣会社から派遣されて行く大学生対象の講習があった。
普段あまり教えないソフトなので、予習に追われた。
また、これは派遣会社からの仕事なので、スクールより厳しい。
アンケートを取られて、結果がよくなければ、後の仕事にひびく。

アンケートには、「講師は充分な準備をして臨んでいたと思いますか?」「講師のしゃべり方は分かりやすかったですか?」などの項目もあり、プレッシャーだった。

このことを考えるとずいぶん気の重くなる日々を過ごしていたのだが、始まってみるとなかなか楽しく終えることができた。
アンケートも悪い結果はなかったので、ほっとした。

帰ってからは、また明日のできる人用の課題を考えた。
彼女には応用編のテキストを貸し出していて、わたしはゆっくり進む人たちにかかりきりで、完全自習状態になっている。
テキストには問題があまり載っていないので、知識の確認のために、内容に沿った問題をもっと用意しておきたかった。

この日も、そして次の日も、また次の日も、手話検定の勉強はできなかった‥‥‥




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■まえがきにかえて(おことわり)■


検定までの日々

テレビの手話講座をふと見た。
朝、時間を見たくてTVをつけたときだ。
生徒役はアイドル(それともタレント?今は女優と名乗っているのか?)。

聾者の人とコミュニケーションをとろうとするコーナーが毎回あるらしい。
指文字を間違ってたり、と微笑ましい。
でも、すごい。
この人は「手話を使える人」だ。
この生徒役をして、こんなに使えるようになったのだなあ。

わたしにとって、「手話できるんだあ」という人とは、「早い人」だ。
考えて「私」、考えて「手話」、考えて「勉強する」、じゃない人。
最初にちょっとは考えるけれど、その後はゆっくりであっても止まることなく「私は手話を勉強しています」とできると、感心してしまう。

偉いなあ。朝からつくづく感心してしまった。

前にぐちっていた、「聴覚障害の方が3人も来るのに、手話の勉強をする気のない人が担当する」スキルアップ研修、結局美和さんの都合が悪くなったのでわたしに回ってきた。

やる気がなくなるなどと文句を言っていたのだから、わたしなら手話で少しなりとも会話ができるかといえば――できない。
まったく意味なし。
文句を言う資格もないわけだ。
どっちがやっても使えないことは同じなのだから。

前回少し勉強をしてみて合格した6級・5級の出題単語も、もう忘れてしまっているのは分かっている。
理想は、4級・3級の単語を一通り勉強しておいて、増えた語彙を使って手話で交流を図れることだ。

しかしやる前から結果は見えている。
スキルアップ研修までに勉強はできまい。
そのとき、わたしはびっしりとPCインストラクターの仕事に入っていた。スクールでも他でも。
家に帰るとそういった講習会の準備をしている。
だから手話を勉強する余裕はない。いや、この時期は言い訳でなく、本当になかった。

焦ってもどれもこれも中途半端になるだけなので、もう手話は諦めていた。
受ける方たちも、わたしと手話で簡単な会話をちょこっとするよりも、講習の内容が充実している方がいいに決まっている。と、勝手な言い訳。

やれやれ。サボるとこうして後から切羽詰る。

もうあと1ヶ月なのだ。検定まで。
しかし、勉強はほとんどしていない。
いや、正確には、少しはした。そして指文字もあやふやになっていることが判明している。
判明したところで止まっている。

平日は仕事がたてこんでいる時期なので、なかなか勉強ができない。
三連休の週末もあったが、もう予定がつまっていた。
翌週から始まる講習会の準備――連休明けから開始されるので、待ったなしなのだ。
それからその講習会の日程の合間に、別の会社の仕事が1日入っている。
その予習も待ったなしである。
三連休はいっぱいいっぱいだろう。
来月の仕事のための準備も始めようと思っているのだが、これも時間をとられそうだ。

まったくパンクしそうだ。
ホント、手話どころじゃない‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


「OK」

結局、今一番役に立っている手話は「OK」だ。
――と、わたしはある日の勉強日記に書いている。

わたしの仕事はパソコンの操作を教えることで、全体に向けての説明で分からない人には、そばに行って具体的に指示をする。
このとき手話はそれほど必要なかったりする。

わたしは教室内を回るとき、鉛筆を持ち歩く。
指だと太いので、どのアイコンを指し示しているのか、分かりにくいからだ。
(これは、とある仕事で新ソフトの説明をしている人を見て、それ以来いいと思って真似している。それまでは、鉛筆で指すなんて、なんとなく失礼な気がして指で指していた。大変不都合だった。)

それでもって、たとえば「このファイルは名前を付けて保存してほしい」と言いたければ、メニューバーの『ファイル』のところをペン先で指す。(当時は2003全盛時代だった。)
彼(彼女)がクリックすると、ドロップダウンメニューが出るので、『名前を付けて保存』のところを指す。
クリックすると、ダイアログが出るので、指定のフォルダへの移動をペン先で導いていく。
できそうなら自分でやってもらって待っている。
ファイル名というのは大抵テキストで指定されているので、ファイル名を入力する欄を指した後、テキストのファイル名のところを指す。
彼(彼女)が入力し直したら、OKだ。

手話はなくても大丈夫。
ただ、最後に「いいよ、OKボタンを押して」というのは『OK』の手話で行う。

『OK』を覚えておくと良い点は2つある。

1つは、最終的に合っているかどうかを訊かれることが多いため、「それでいいよ」という意思の疎通を図れると便利だから。
練習問題などをやっている人が「合ってるか?」と尋ねてくるので、「正解」という意味で使う。
最初は、首を縦に振るなどしていたが、そうするといつも、もう一度尋ねるような表情をされた。
「OK」は確実にOKの手話なので、一度やるとすぐ「これでいいんだな」と納得してくれる。

また前述のように、操作をペン先で示してきて最後に「OKボタンを押してくれ」と伝える場合も使う。
これが2つ目だが、この場合は意思の疎通以上の意味がある。
ペン先でずっと指し示していくのは、誤解はないがどうも無機質で上段に構えているような印象になってしまう。
しかし、最後にOKボタンを指すのではなく、「OK」の手話を笑顔で行えば、冷たい印象が緩和される。

OKだけでは、どうしてこういう操作になるかを説明する役には立たないが、やり方だけなら充分対応できる。
『OK』は普通に聴者がする『OK』と変わらない。

OKサインをする人は今はあまりいないので躊躇してしまうが、手話だと思えば堂々とできる。
そして効用大である‥‥‥




●4年目:手話!
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■まえがきにかえて(おことわり)■


約束

次回の検定試験もまた受けよう、とやる気が出ていたときはよかったが、少しするとあっというまにサボり始めた。

派遣スタッフの磯原さんが、今回は手話検定を受ける。
それは何日も前から言っていた。
もちろんわたしも一緒に受けるはずと思われている。

もともと最初に誘ったのはわたしだ。
有馬さんと磯原さんと「受けてみましょうね」と約束していた前回の検定は、二人の都合が悪くてわたし一人で受けた。
今回も有馬さんは受けないことになったのだが、磯原さんはやる気である。

ある日、一緒にお昼を食べているとき、またその話が出た。
「もうあたしは申し込んだわよ」

あなたはまだなの、というわけだが、まだだ。
それどころかやる気もなくしている。

「締め切りはいつですか?」
「二十何日かだったから、まだ大丈夫よ」

――ああ、やれやれ。果たして払い込む気になるのやら。

「なんかやる気がなくなっていて‥‥‥」
「ええ? もういいやって気持ちなのぉ?」

磯原さんにスキルアップ研修の事情を話すこともないので言っていないが、なんといってもそれが駄目押しだった。
――それともそれはサボる口実だったのだろうか。

もう6級や5級の内容も忘れてしまって、また1からやり直しだ。
もう間に合わないんじゃないかなあ、と思っていた。
新しく別の手話検定ができたことも知って、混乱している。
そして、駄目押し、手話の勉強が仕事を得る上で無駄であるという証明。(しつこい。)

それでもせっかくここまでしたのだから、やるだろうとは思うけれど、手話のことなんて考えたくもない時期だった。

それでもとにかく日を確かめた。27日必着。

というと――
明日22日は金曜日。土日は郵便局で払込をすることができない。
月曜からは仕事の都合で郵便局まで行く時間がない。

明日しかない!
明日なら、朝間に合えば郵便局へ寄ることができる。だめなら昼休みに行くことができる!

家に帰って、申込書を探し出した。
申込書や払込用紙に記入して、お金を用意する。

はあぁ。勉強してないけど、大丈夫かなあ‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


手話の効用

わたしは、スクールでは2種類の仕事をしている。
1つはPCプラクティス。
これは年間の大体の計画が分かっている。
もう1つは、申し込みがあるとそのつど行われるスキルアップ研修。

やっていることは同じようなことだが、意味合いが違う。

スキルアップ研修は、わたしたちPC講師が担当する以外にも、プログラムやデザインや簿記ほか、いろいろなものが行われている。
Officeソフト関係は、当時、美和先生とわたしに適当に振り分けられていた。

その日までわたしはそのスキルアップ研修の仕事をしていた。
次のスキルアップ研修は聴覚障害者3人が受講するのだそうだ。
それは、美和先生が担当することになっている。
それを聞いて、少しばかり釈然としない思いが――正直、湧いた。

美和先生は、手話は全く、一切、覚える気はなく、単語ひとつとして手話でやったことはない。
説明は入力で行い、個人的な質問は筆談。
「名前なんていうの?」と聞きたくて、ちょっと『名前』の手話をしてみる、というようなことさえしてみたことはない。
ポリシーといっていい。
わたしが使える手話も大したことはなく、何ひとつできない美和先生と結果に差はないようなものだ。
しかし、一応多少は覚えようという気を見せているのに、聴覚障害者ばかりの仕事を回してもらえないというのは――。

もともとはそちらから、「多少は手話を覚えてもらいたい。納得できなければ辞めてもらってもいい」ようなことを言い出したのではないか。
じゃあ、本当に手話が仕事に必要なのかというと、「できたほうがいい」程度。「できなくても特に問題はない」程度。

手話ができようができまいが、仕事内容に全く差がつかない。全然必要でない。
――いや、もちろん、受講する人にとっては必要なのだと思う。手話通訳がいてくれたら、と切実に思っていると思う。
でも正直、実利的な意味で(というのはわたしのようなガメツイ人間の場合、金銭的な意味ということだが)、わたしの役には全然立たなかった。
「仕事をしているとき、手話が多少でもできると空気が和むからいいね」という、まるで趣味でやっているかのような、自己満足にしかならないわけだ。
――まあ、手話の実力なんて趣味以下ではあるのだけれども。

わたしとしては、何しろ仕事が欲しい。いつだって欲しい。

手話を覚えようというのは、決してそれでお金儲けをするためのものではなく、僅かでも人とコミュニケーションをとりたいという気持ちからだ。――と思う。思いたい。
とはいえ、とはいえである。
仕事上、手話が全く考慮されないなら、なんのために時間を割いてやっているのやら、とつい思えてしまう。

「聴覚の人しか来ない研修に、手話に差があっても何の関係もない」
こんな日は、正直、ため息も出てしまう‥‥‥



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■まえがきにかえて(おことわり)■


合否通知

試験が終わって、結果発表までは1ヶ月。
6級と5級には可能性があるが、4級はまず受かっていないだろうから、今後のことを考えておこうと思った。

――次回もまた受けるかどうか?

今年度いっぱいはスクールで働ける。
毎年「来年度は分からない」と言われ続けているので、次こそ本当になくなるかもしれないが、今年度はまだ半年以上ある。
せっかく働いているのなら、その間にもう一度受けてもいいかな。

だって、ここを辞めてしまったら、もう手話を使う機会もなくなるだろうし、覚えようなんて気もなくなるだろう。
働いている間にもう少し頑張ってみてもいいかな、と思ったのだ。

頑張るためには、やはり目標があったほうがいい。
次回も検定を受けることにしよう。

――では、結果を待ってから勉強を再開するか?

うーん。
たぶん、4級は合格しないと思う。5級はいい線いった気がする。6級は指文字次第。

そもそも初心を思い出せば、「手話を勉強する」ことが目的なのであって、検定合格が目的ではない。
たとえ奇蹟が起こって4級に合格しても、単語を覚えていなければ意味がない。
まかりまちがって4級に受かったとしても、4級の単語は覚えるべきだ。

で、もし順当に4級が不合格になったら、「よし!やるぞ!」と気合いが入るかというと‥‥‥入らないと思う。
落ちて当然であっても、落ちたらやっぱりガックリするから、やる気を起こしにくい。
4級の単語を覚えようとするなら、今がチャンスだ。試験を受けて「思っていたよりも覚えてた!」と高揚した気持ちになっているからだ。

ということは、「4級に受かっていても落ちていても、勉強が必要」&「始めるなら結果発表の前がいい」。

そこでさっそく4級の単語を覚えるべく勉強を始めた。
4級の単語をひととおり覚えたら、また6級から4級までのすべての単語を繰り返し練習しよう。

こうして勢い込んで単語を覚え始めたが、まさに三日坊主で終わってしまった。
スクールに行かない時期が長くあると、どんどんブランクは延びる。
検定試験の結果を見るまでに勉強しておこうという計画は、かなり挫折気味である。
予想されたことではあるが。

今日は仕事先の人と食事に行く。
明日は友達と会う。
週末は墓参りがある。
あれがあるこれがある――サボる口実はいくらでもある。

サボってはいるけれど結果は気になり、ポストはチェックしていた。

ある日、手話『技能』検定の結果通知が来ていた。
ハガキサイズで来るのかと思っていたら、A4サイズの紙が入るくらいの封筒だった。

中にはどうやら次回検定用のパンフレットと申し込み用紙も入っているようだった。
とりあえずそれは無視して、合否通知であろうと思われる数枚のA4の紙を取り出した。

一番上が4級の結果で、いきなり「不合格」とあった。
4級はできたという手ごたえもなかった試験で、勉強もしていず試験中ずっと五里霧中だったのだから合格のわけがない。
しかし、やはり「不合格」の文字には一瞬ひるむ。

4級は不合格で当然だと気を取り直して紙をめくると、解答や正解のデータや平均点、偏差値、誤答率・正解率の一番高かった問題などが記してある紙だった。
ご丁寧な‥‥‥。

早く5級と6級の結果を知りたかったが、やはりその紙も気になって、さっと見た。
ふうん。

それから、また1枚めくると、5級は合格していた。
ああ、よかった。
しかし5級は理解できたという実感があった級だ。
指文字に苦労させられた6級が気になる。

1枚めくって、5級の解説。

また1枚めくって、6級も「合格」の文字が目に飛び込んできた。
よかった‥‥‥! いくら5級に受かっても、その下の級に落ちているのはどうもさえない。
試験に受かることが目的なのではなく、学習目標のつもりなのだから下の級に落ちているというのは、「ダメ」の烙印を押された観がある。

よかったよかった。

5級は93点だった。
6級は85点で、こちらの方が点数が低いのが悲しいところだ。
指文字のせいだろう。

4級の点数が73点というのが驚きだ。
「惜しい!」というほど僅差ではないが、次回頑張ろうという気を削がれるほど歯が立たなくもない。
次は確実に合格できるように勉強しよう。――でも継続できるかな?

5級か6級の解説で、『問××の「ねこだまし」も間違いが多くありました』と書いてあった。

猫だまし?
そんなの出題範囲リストにあったかな?



●4年目:手話!
Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


検定の意義

試験を受けて思うのは、たとえこの検定に受かったとしても、それだけ手話を使えるというものではなかろうということ。

試験では、「私は会社員です。銀行で働いています。昨日は出張で秋田へ行きました」という文章をすべて読み取れなくてもいい。
問題文が「どこで働いているか」なら『銀行』というキーワードさえ把握できれば正解できる。
または、「いつ出張に行きましたか」なら、『昨日』さえ読み取れればよい。

けれど、もし手話で会話をしていたとしたら、その程度ではお互い面倒な会話になるだろう。
「この人は――えーと、これは何だっけ? あ、会社員か。この人は会社員なのか」
と思っているうちに次の文章も終わってしまっている。
こちらは、「ごめんなさい、分かりませんでした。どこで働いているのですか?」ということも伝えられない。
そこで相手はまた最初から繰り返してくれる。
『会社員』のところから。

『出張』が分からなかったりすれば、「昨日? 秋田へ行った? ――でも、この手話は何だろう、分からない」となってしまう。
訊きたいが質問を手話でするのに手間がかかる。
相手がもう一度繰り返してくれたとしても、分からないのは同じだ。
なんとか読み取って真似してやってみる。そして「何?」の手話で尋ねてみる。
さあ、それからが大変だ。指文字で「しゅっちょう」とやってくれても、早すぎて分からない。
ゆっくりやってもらっても、それはこちらにとってはまだまだ早くて分からない。

「し」――あ、『し』だ。「ゅ」――ゆ‥‥‥が手前‥‥‥ってことは小さい「ゆ」。『しゅ』だ! 「っ」――この形、何だっけ?よく見るんだよなぁ。何だっけ何だっけ‥‥‥あ、『つ』だ。それが手前だから‥‥‥小さい「つ」か!

ジェスチャーゲームになってしまう。

だから、こういった検定をすることで聾者に対する理解が深まるものでもないとする、聾唖協会の批判は分かる。
日本人は検定好きと言われているし、いつのまにか検定が目的になってしまうこともあるだろう。
単語だけ覚えて、できるような気になる健常者が腹立たしいのも納得する。

反面あまりとっつきにくくては、やる方もその気がおきないというのも事実だと思う。
厳しい先生が、聾者が使うような手話を覚えるべきだという信念のもと、びしばし教えている手話講座の話を聞いて、わたしが「うわぁ~やってみた~い」と思ったろうか。
逆に「やっぱり講座を受けるのはやめとこう」と思った。

スクールで出会う人が、筆談の合間にひとこと手話を使っただけで温かい笑顔を向けてくれると、嬉しくなって頑張ろうと思う。
そんなの、全く使えない程度の手話でしかないのに。

小刻みな目標の方が凡人は達成しやすいし、「よくやったね」と誉めてもらうと次のステップに移る勇気が起きる。
検定は段階を踏んだ目標の役目を果たし、合格は「よくやったね」なのだ。
だんだん上に行けば、いちいち「よくやったね」と誉められなくなり、要求されるものも大きくなっていく。
でもそこまで行けたらすごいことではないか。

本を読むときも、話に引き込まれるまでの最初の20ページ30ページが問題なのだ。

試験を受けたことは良かった。
指文字をもっとマスターしなければいけないということも、自覚した。
これからは、覚えた単語はなるべく使ってみるようにしよう、とも思った。
人によって個性が出るので、たくさんの人と手話で会話してみようとも考えた。

手話検定にまったく意味がないわけではないと思った‥‥‥



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Chapter 1 手話検定を目標に



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■まえがきにかえて(おことわり)■


4級受験

5級は13時から14時10分までの予定だった。
少し早く出たので、14時を過ぎたくらいの時間だった。
4級は15時から始まる。
入室は14時半からだ。

わたしはまずトイレに行き、それから教室から離れたところにあるベンチに坐って、手話辞典を見始めた。4級の手話をせめて見るだけ見ておこうと思ったのだ。
教室に近いベンチには、入室待ちの人が坐るのでわたしは行列を避けることにし、隅のベンチを選んだ。
入室が始まっても、とりあえず一通り見ようと思い、そのまま辞典を見ていた。

並んでいた人たちが席を取り終わった頃、辞典を見終わったので、わたしも教室に入った。
後ろの方の席で空きを見つけたので、そこに坐ったが、とても見やすかった。
やはり、後ろの方が首を挙げる角度が緩やかでいいのかもしれない。

それに、最終的に試験を終えて思うが、4級は見やすかった。
試験監督の人が、見やすくなるような照明の消し方をしてくれたからだ。
照明を落すといってもすべて消すわけではないので、どこを消すかで見やすさが違ってくる。
坐った位置もあると思うが、5級が一番見にくかった。
蛍光灯が写って画面が本当に分かりにくかったのだ。
6級も同じ教室、同じ試験監督だったが、場所によって違うのだろうか、それとも時間帯によって違うのだろうか。
午前と午後では消した照明の位置や数が違っていたが、それはつまり、最善のものを選んでもあれほど見にくかったということなのだろうか。

ともかく、4級は一番ひどい出来だったが、一番見やすい席だった。

4級は以下の構成だった。
――――――――――
   問1~問15  ビデオで演じる単語の意味を、4つの解答候補の中から選択
   問16~問30 文章中の( )内に当てはまる単語を、画像4つから選択
   問31~問40 画像が表現している文章を、4つの解答候補の中から選択
   問41~問45 画像4つの中で、性質の異なる単語を選択
   問46~問50 長文問題
――――――――――

最後の長文問題は、5級まではなかったものだ。
英語の試験でよくあるヒアリングと同じような問題だ。
手話でストーリーが表現される。
それに関して、問題が載っているので、答えを選ぶというものだ。
問題は問題用紙に文章で書いてある。
答えはやはり問題用紙の文字で書かれた候補4つの中から選択だ。

長文問題は、最初に問題文に目を通しておくことが基本だ。(少なくとも英語では)。
どこに注目して長文を聞けばいいのか分かるからだ。
しかし、これは手話検定では結構大変だ。
問題用紙を開いた途端、ビデオは始まっていて、そこからは数秒ずつの合間しかないし、あっと思うと見逃してしまうので、目を離せない。
問題に目を通して検討しておく時間を作れないのだ。
それでも、問題用紙の表紙に、「なお、長文問題はひとつの長文に対して5つの質問がありますので、ご注意ください(問46~問50)」とあったので、「えっ!長文!?」と思いチャンスを窺っていた。

最初の単語の問題は、これまで6級5級でやってきたことだし、例題も6級・5級と同じだった。
そこで例題は見ないことにし、長文問題の質問を見た。
それから、ビデオの途中に30秒の休憩がある(どの級もあった)ので、その間に質問の文章の中で、自分が分かりそうで注意して聞くべき単語を○で囲んでおいた。
長文が始まる前の、やり方の説明や例題を映しているところで、もう一度質問文にざっと目を通し、どこがポイントか頭に入れた。

すべての単語をはっきり読み取れたわけでは全然ないが、これらの5問の答えは合っていると思う。
自分でもとても嬉しかった。
長い文章題で自信の持てる答えをすることができたからだ。
――しかし、他のところで致命的にできていないので、受かることはないのだが‥‥‥。
次はきちんと単語を覚えて挑戦しよう。

4級のマークシートに転記する時間は22分あったが、割と早く教室を出た。
受験番号や氏名は見直したが、答え欄はほとんど見直さなかったのだ。
6級5級は、問題用紙にメモした番号とマークシートが合っているかどうか、見直した。
4級は、絶対に合っていると確信のある長文のところの5問をチェックしただけ。
それから、同じ質問に対して2つマークしていたりしないか、1つもマークしていない設問はないか、だけチェックした。

見直すほど自信がない。
間違ってマークしたら、そっちが合ってたってこともいくらでもあるかもしれない。
まだあと10分以上残して部屋を出た。

これで、すべて終わった‥‥‥



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Chapter 1 手話検定を目標に



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