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超・偉い人たち

わたしなどからすれば、超がつく偉い人たち。

統括マネジャー。ここまで行き着かずに退職を迎える上級マネジャーも多い。
というか、ほとんどそうだろう。
スクールの上級マネジャーですら偉くて、地方スクールの統括マネジャーと同レベルだそう。

顔は知っていても、挨拶さえ交わす機会がないほどだ。
――でも偉い人の常で、わたしたちにも気さくに挨拶してくれたりするんだけど。
そもそも出会わないのだ。

ただ、2人だけはよく知っている。

1人は、統括マネジャーまで登りつめて定年退職したが、PCプラクティス担当部門にテンポラリーとして入って来たからだ。
いわゆる「嘱託」というやつ。
ダブルワークで行っている民間の会社でも、役員級まで出世した人は、定年を迎えると次の日から「嘱託」としてやってきていた。
ずっといるわけではない。決められた年数が過ぎれば、テンポラリーとして入って来た人も本当の定年だ。――というか、第二の定年か?

たまたまPCプラクティス担当部門に来たので、わたしたちとも少し接触があった。

もう1人は、わたしが入ったときはマネジャーだった。
気づいたときは上級マネジャーだった。
中級マネジャーも経たのかどうか、知らないうちに上級マネジャーになっていた。

そして異動――どこぞに行ってしまって、あるとき偶然、どこぞで統括副マネジャーになったと知った。
そののち、その人はスクールに戻ってきた。――統括マネジャーとして。

実にとんとん拍子の出世だった。
これまで会った上級マネジャーたちのほとんどが、上級マネジャーのまま定年を迎えていたのに。

仕事の出来、人とのつきあい、タイミング、いろいろなものが作用して、この年で統括マネジャーになったのだなぁ、と人ごとながら感慨深かった。
だって、あの年で統括マネジャーなら、まだもうワンステップ登れそうだったから。

実は全部は知らないスクールの階級、もっと偉い人としては、ディレクターと副ディレクターがいる。

ディレクターは顔を知らない人ばかりだ。
会う機会どころか、見る機会もない。
入れ替わっても分からない。

ただ、スクールが実施する外部向けの講習、スキルアップ研修で渡される証書にはディレクターの名前が入っている。
「この人はこのコースをちゃんと受講しましたよ」という、いわば修了証書みたいなものだ。
自分が担当するスキルアップ研修で、受講者さんが最後に受け取っている証書の名前が変わると、「ああ、ディレクターが変わったんだな」と知る。

副ディレクターも顔を知らない。
でも2人だけ知っている。

女性だから目立っていたのだ。

1人はさっそうとしていた人で、無理な予算削減を要求された折には、堂々と反論していたとか。
女性で上に登るというのは大変なのかと思うような、厳しそうな人だった。いつもスーツをきちんと着ていた。

でも次の女性副ディレクターは、なんだか柔らかな印象の人だった。
服装もそれほど「ビジネスウーマン!」といった感じのスーツではない。

そしてわたしは知っているのだ。

出勤時間が他の人とは違うスキルアップ研修の日、たまたま少し離れたところをこの副ディレクターが歩いていた。
その頃、通勤路のある一角に猫がよくいて、人に慣れていた。
わたしも近寄ってこられて、撫でたことがある。

このときも猫が副ディレクターの進路にいた。
すると副ディレクターは、かがんで猫の背中を撫でた。

めったに見られない光景だと思って、面白かった。

まあでも、超偉い人たちのことなど、この程度しか知らない・・・・・・



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偉い人たち:上級マネジャー

上級マネジャーはとても偉い人だ。
ある程度の意思決定権を持つのは上級マネジャー以上の人たちだ。

それに比べてわたしたちPCプラクティス講師など、吹けば飛ぶような存在だ。

でも、大物というのは鷹揚なところがあるものなのだ。
下の者にも度量のある態度を見せてくれる。
――あまり偉くない人ほど、偉そうぶったり、高飛車に出たりする。
これは、わたしがホステス時代に「大きな組織のNo.2」だと言われて席について、つくづく思ったことだ。

上級マネジャーたちは、わたしたちのような外の人には優しい。
育てるべきレギュラースタッフの若い人たちには厳しくても。

上級マネジャーたちは、わたしたちPCプラクティス講師などの業務(講習)など、些末なことである。
PCプラクティスは一種のオリエンテーションみたいなもので、その後の本物の実習こそ本筋であり、スクールという組織の根幹を成すものであり、重要なものだ。
だからやり方について細かく口を出すことはない。

それでもやはり、人によって違いが出る。
10年の間に1年で交代した人、2年で交代した人、3年で交代した人、・・・・・・7人の上級マネジャーに出会った。

たとえばスキルアップ研修。
定員は決まっているのだが、もうすでに定員に達している講座に申し込みが来ることがある。ありがたいことである。
ある上級マネジャーは、「いいんじゃない? 担当する先生がいいって言ってくれたら、1人追加したら?」
また1人、申し込みが来た。ありがたいことではある。
「上級マネジャー、どうします?」「担当する先生に聞いてみて、いいって言ってくれるなら、追加すればいいんじゃない? せっかく申し込んできてるんだから」

同じように「担当講師さえよければ、せっかく申し込みがあったんだから、断らずに受けたら?」と言う上級マネジャーはいた。
事務を担当する花咲さんが、「でも3人オーバーは多いですよね。このスキルアップ研修は2回に分けますか?」と聞く。
そのとき「そうだね、分けたら」と答える上級マネジャーもいれば、「担当講師に聞いてみてから」と答える上級マネジャーもいる。――聞かれて「私にはできません」と答える講師がいるだろうか? ましてスキルアップ研修を担当するのは、フリーランスの講師なのに。
わたしはできない。

逆に、1人でもオーバーはよくないと考える上級マネジャーもいる。
「上級マネジャー、どうしましょう」「今年、またそのコースはあるの?」「今、春ですけど、秋にまたあります」「じゃあ、それをご案内したら」
1人追加されるということは、その分、講師の1人当たりに対する配慮が薄くなるということだ。
それは申し込んでいる人に申し訳ないでしょう、先着で受け付けた人を引き受けて、定員オーバーの人には次に回ってもらいましょう、というわけだ。

「今年はもうそのコースはないんです」「じゃあ、来年また問い合わせてもらうしかないね」
そのくらい徹底している上級マネジャーもいた。

上級マネジャーたちは5年も10年も同じ場所にいたりしない。
それはいいことなのだろう。いろいろな意味で。

スキルアップ研修を担当する講師は、1年や2年のサイクルで変わるやり方に合わせてやっていく。
――細かいことには口出しされないので、自由がきく点はとてもありがたく、やりがいがあるのだが。

直接担当しているとはいえ、たくさんの業務の中のほんのひとつ。わたしたち講師とは関係の薄い「偉い人」だ。
だからあまり「信頼を築く」というところまで至らないのだけれど、たとえ少しばかりの信頼を築けたとしても、入れ替わってしまうのでリセットされる。

わたしが言っているのはかなり直截的なというか、物質的な意味においてだ。
「PCプラクティス講師たちの中で、この人が一番信頼できる」とか「使える」――そこまでいかなくても「無難だ」「間違いはない」と、ほんの少しでも思ってもらえて、評価されたと嬉しく思うことがあったとしても、だ。

春になってみたら新しい上級マネジャーになっていて、ようやく築いた1cmか1mmかという評価や信頼も、リセット。
2人、3人、4人、5人と時代によって人数は変わったが、複数いるPCプラクティス講師たちは全員ゼロスタートとなる。

頑張る意味ってあるのかな?
そんな気がするときもあるってものである・・・・・・



●7年目:いろんな人たち
Chapter 1 あちこちのいろいろな人たち



■目次へ■

■まえがきにかえて(おことわり)■


事務の人たち:PCプラクティス担当の人たち

PCプラクティスを担当する事務の人は、定期的に交代する。
何かの事情で、ある一定年限以上の雇用ができないのだ。今はそういう法律がとても多くてよく分からない。自分が派遣として働きに行くときも、「何年まで」とか「最初からこういう契約にしておく」とか「こういう状況ならもっと働ける」「いや、それは禁止になった」「それがまたこうなった」など振り回される。

スクールは公的機関になるので、民間の会社とは違ってルールをきちんと守る。
「この人を雇っておきたいから、こういう方法で――」とか「働く人もそのほうがいいから、こういう裏技で――」みたいなことはなし。

それが正しい道なんだろうな、と思う。
融通が利かないのは、働く側にとっても「え?」って思うことが多かったりするんだけど。でもやっぱり一律でNOを貫くしかないんだろうな。

一番最初の人は、寒河江さんという人だったけれど、わたしたちにはどんな仕事をしているかあまり分からなかった。
PCプラクティス自体始まったばかりで、実は最初は他の人が兼任していたが、思ったよりも事務仕事が多くなっていき、やりきれなくなりその人は本来の仕事に戻った。
寒河江さんも他の業務を担当している人だったが、PCプラクティスの仕事も追加されることになったわけだ。

寒河江さん以降、PCプラクティスはずっとその職掌の人が担当した。
途中何らかの事情による組織改変で、一時的にレギュラースタッフさんが担当していたこともあったけれど、とにかく「**業務の人がPCプラクティスも担当」というのは変わらなかった。
この一時的なレギュラースタッフさん以外は、常にテンポラリースタッフさんだった。

寒河江さん時代、わたしは事務的なことにはまったく関わりがなく、PCプラクティスの日が来たら出勤し、お給料日になると銀行に行くだけだった。
朝、PCルームの鍵が開いていなかったら取りに行くし、終わったら鍵を返しに行く。
あとは、いるべきはずの人がしゃんと出席しているかどうか、実習生さんたちの出欠を目で確認して、出欠表にチェックをつけるだけだった。

ただ、自分たち講師の出欠表を書き間違えると、どんなちょっとした書き間違いでも寒河江さんを煩わせないといけなかった。訂正印を押したくらいではダメなのだ。全部書き換えになってしまうという――表そのものは、ぺラッと印刷されただけの紙なのに、実におおごとになるのだった。

それ以外はあまり接触がなかった。
鍵を返しに行くと、寒河江さんはいつも楽しくて、面白い会話ができる人だった。お笑いっぽい面白さではなくて、女子同士らしい面白さというか。
ほんの少しの冗談を楽しんで、「お疲れさまでした」「また明日よろしく」と帰るのだった。

しかしある日、寒河江さんは「いついつで退職するんです」と言った。
このときは、スクールのルールが分かっていなくて、「え! どうしてですか?」とつい聞いてしまった。
このとき一緒だったのは、久慈先生。PCプラクティス講師としては第三の人。
久慈先生も事情を知らなかったから、わたしたち2人はしきりに残念がり、「どうしてですか?」「次の職は?」など、あれこれ聞いてしまった。

寒河江さんは最小限の「仕事や職場に不満があったわけではない」「スクールの都合でこれ以上働けない」ということを言い、さらに突っ込みそうなわたしたちに「でもちゃんと希望を聞いてくれたので」と言った。

しばらくして、なんと実践ビジネス課程で寒河江さんを見かけた。
実践ビジネス課程の先生方はたいてい着ている、制服みたいなジャンパー着用の姿だった。
事務職時代はOLさんみたいなオフィスカジュアルだったのに。

――どうやらこれが、「希望を聞いてくれた」ということらしい、と思った。

雇用に関するルールで、それ以上は雇えない。
でも講師としてなら、テンポラリースタッフか、またはアシスタントテンポラリースタッフかで雇えるということのようだ。
そして、理由はよく分からないが、こういう職掌の人は年限がないのだった。
だから寒河江さんは、その後もときどき見かけた。久慈先生がお辞めになってからも見かけた。美和先生が産休に入り、数年後にまた復帰を果たした間も、ときどき見かけた。

寒河江さんの後任には、宇奈月さんがやって来た。
でも宇奈月さんは年限が来たとき、コーチ職に入ることはなかった。
優秀な人材で、望まれてもいたけれど、固辞して去っていった。

それから万願寺さんがやってきて、なんと年限前に去っていった。
「でも最初から最後まで勤める気はありませんでしたよ。だってそこまで働いたら、私は40過ぎちゃいますもん。次が見つからないですよ」

なるほど。
宇奈月さんは次を見つけるのは大変だったと、のちに言っていた。
わたしも将来どうしたらいいか、と思いながら、だらだらとスクールともうひとつの仕事を組み合わせて働いていた。

万願寺さん、意外とちゃっかりしていると思ったものだ。

担当の事務の方が変わってしまうと、それまで築き上げた信頼や仕事のやり方がリセットされる。
ごくごく小さなPCプラクティス講師の世界で、「**さんは休まないから有難いです」とか「**さんなら安心してお任せできます」なんて言ってもらえても、それは人事評価みたいなものとは違う。どこにも記録の残らないものだし、誰にも引き継がれない。

長く働き続けたわたしにとっては、やれやれと思うことだった・・・・・・



●7年目:いろんな人たち
Chapter 1 あちこちのいろいろな人たち



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■まえがきにかえて(おことわり)■


事務の人たち:あちこちの

「事務の人」とつい言ってしまうけれど、本当はきちんと部署があり、職務がある。
ただわたしたちPCプラクティス講師は組織の仕組みをよく分かっておらず、「先生と呼ばれる人たち」「就職コーチと呼ばれる人たち」「それ以外は何らかの事務の人」という区別しかしていないのだ。
実際は「**部」とか「**課」みたいな名前があるはずで、ここにもレギュラースタッフ、テンポラリースタッフなどがいるはずだ。

実はほとんど接触がない。

何年か働いたある日、家でペンケースを探したが見つからなくて、冷や汗をかいたことがある。
ペンケースにはUSBメモリが入っていて、いろいろなデータを入れていたのだ。スキルアップ研修で使えそうな問題とか、参考にできそうなことをまとめた資料とか、テキストで使うデータとか――
ときどきバックアップを取っていたけれど、面倒でそう毎日はとらない。

当時は「同期? 何それ?」という時代だった。
今なら保存もタブレットなどにできて、同期しておけば失くしても大丈夫だったりするだろうけど。

漏れて困るというほどのものも入っていないが、失くすと作り直しになるのが痛いかな、と思った。

スクールに忘れてきたのだろうか?
そういうことはどこに問い合わせたら分かるのだろうか?

とにかく見つからなくなっては困るので、すぐに電話してみることにした。
「忘れ物」と言うと、施設グループに回された。
結果的には届いていないということで、がっくりと電話を切り、しかし数時間後に自宅で見つけたのだった。
このことで、施設グループというのがあるのだと知った。

また、あるとき、財務グループの人だという男性がPCルームにやってきたこともある。
給料の支払いが近い日だった。厳密にはわたしたちフリーランサーは「給料」という言い方はしないが。
とにかくその支払明細書の郵送が、本来は先週末に投函されるはずだったが、遅れてしまったということだった。

そのとき初めて、わたしたちに支払いをしてくれる人を見、部署を知った。

そういった通常よくあるような部署ももちろんあるわけだし、スクール特有のものもあった。
たとえば障害者を雇ってくれる企業との橋渡しをすることが多いから、それに付随する業務も多い。企業への営業のようなことをする人もいるようだったし、あちこちで行われているらしい説明会などの準備をする人もいるようだった。説明とは、企業の障害者受入れについて説明したり、相談に乗ったりすることだ。

でも詳しくは知らない。

とにかくわたしたちにとって、「先生」でも「コーチ」でもない人は、みんな「事務の人」なのだった・・・・・・



●7年目:いろんな人たち
Chapter 1 あちこちのいろいろな人たち



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■まえがきにかえて(おことわり)■


カフェテリアの人たち:新しい業者さん

東日本大震災以来、営業を停止していて、いつのまにか閉鎖となってしまったカフェテリア。
ついに改修なって、どうやらまた入札も行われたらしく、新しい業者さんが入った。

改修されてピカピカになった建物で、ピカピカの新業者さんが営業を開始する――

ところがこの業者さん、しっかり計算された無駄のないコスト管理によるお安い入札価格。当然ながら、それで勝ったわけ――癒着などがないために必要な措置だ。
各社が安く見積もりを出してくる中、もっとも安い価格を提出して勝ったのだから、無駄や余裕などどこにもないのだった。

「この券売機はボタンの位置が高いので、最上段などは車椅子の人には手が届きませんね。改善をお願いします」
――できません。これは、当社が運営するどの店舗でも使っているもので、同じデザインにすることでコストを削減しています。ボタンの位置を変えるということは、特注品となりますから、受注価格では対応できません。

「麻痺がある方や、全盲の方など、自分でトレイを運べない場合は、スタッフの方に運んでいただくなどの対応をお願いしたいのですが」
――できません。この受注価格を実現するために、人件費は徹底して無駄を排しています。食事を作って提供するので手一杯なので、今の人員数ではそのようなことは対応できません。かといって、人数を増やすことも、コスト的にできません。

「カロリー管理をしている人や栄養管理をしている人がいるので、栄養バランスやカロリーに気を配った献立を立てていただきたいのです」
――できません。食材コストなども含め受注価格を実現しているので、高い食材は使えません。また、細かい栄養管理などはできません。カロリーを表示する手間もかけられません。

味は今ひとつではあったけれど、その分ヘルシーだから、と満足していた健康志向のカフェテリアだったが、かなりこってりした献立に変わってしまった。

だいたい魚などという値段の張るものは、ほとんど出てこない。
肉は鶏肉率が圧倒的に高い。――ほとんどもも肉。
肉はバリエーションがないので、ソースをいろいろ変えてくれる。トマトソース、デミグラスソース風のもの、サルサソース、など。
――シャレた献立を心がけているみたいで、トマトソースっぽい赤いソースが多い。
和風の味付けはあまりない。小鉢などは和風だけれど、味が濃い。

お惣菜などをスーパーに卸すこともしている業者さんらしく、スーパーのお惣菜並に味が濃い。塩味も濃いし、砂糖味も濃い――結果として釣り合っているというような味付け。
凝ったように見えるソースだけれど、味としては普通かな。

というわけで、それほど頻繁に行きたい場所ではなくなってしまった。

ただ、名誉のために言っておくと、運べない人のためにトレイを持っていってくれるのは、パートさんの気持ちで、してくれるようになった。
会社的には絶対にNOだけれど、見かねてパートさんが外に出てきて運んでくれる。
一人だけ男性がいて、その人は服装も違っていて、明らかに社員なのだけど、見て見ぬふりをしてくれているようだ。
――それともそれだけは会社が認めたのかもしれないが。

入札ってどうなのかなぁ~、とまたしても思わされた出来事だった・・・・・・



●7年目:いろんな人たち
Chapter 1 あちこちのいろいろな人たち



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■まえがきにかえて(おことわり)■



カフェテリアの人たち:閉鎖

東日本の多くの地域が、いろいろな影響を受けた出来事があった。
東日本大震災だった。

地震や津波、放射能漏れなどによる直接の被害を受けなかった地域でも、異常事態がいろいろあった。それほど大きな災害だった。

地震で倒れた家具のガラスが割れたとか、食器棚が倒れて中の食器が割れて大変だったとか、そういった話はよく聞いた。
コンビナート火災とか、液状化した地域に住んでいたら、それも大変だったろうと思う。

けど、そういったこととは別に、東京に住む、あるいは働く人全員が影響を受けたことがある。
物不足――スーパーの棚ががらんとしていて、食材などもなくなっていることが多かった。
電力不足――節電が叫ばれたけれど、それでも足りないと言われ、計画停電という順番に電気を止める仕組みが実施された。職場も公共の場所も空調が止められ、寒かった。
交通の混乱――原発事故当初は、電車などの混乱がひどかった。車の人はガソリンが手に入らなかった。しばらく経ってある程度落ち着いても、電車の本数は減らされたままだった。節電のために駅も暗かった。

飲食店は大変だったという。

カフェテリアも同様で、運営が難しかった。
まず食材が充分に手に入らない。
手に入った食材があっても、保存しておけるかどうか分からない。計画停電が実施されたら、何時間も冷蔵庫に電気が入らないかもしれないのだ。
電力不足の中、営業できるかどうか分からない。

百貨店さえ、「午後6時までの営業」など、営業時間を短縮していた。
アルバイトさんやパートさんは、勤務時間短縮になって生活が苦しくなったと言っていた。

カフェテリアははじめ「食材の入手が困難なため」という張り紙が張られて、営業を停止していた。
少しずつスーパーに食材が戻ってきても、カフェテリアは再開されなかった。まだ安定して営業できるほどには、食材を確保できないだろうと思われた。

しかしその後も営業は再開されなかった。
パートさんなんかも、辞めちゃったりしたかも、と思ったりした。

電車の本数を減らしたり、地域をあげて節電したりすることは続いていた。
だから仕方ないのかな、と思ってもいた。

3ヶ月か4ヶ月経って、もうすっかり新しい年度になった。
前のカフェテリアの業者さんは、契約期間が終わってしまったかもしれない。
――でも新しい業者さんが入札されるふうでもないのは、年度の途中ではしないということなのかな?

そんなことを考えていたら、ある日、張り紙が変わっていた。
もう営業を再開することはなく、カフェテリアは閉鎖されるということだった。

後から知ったが、大きな災害があって耐震基準が変えられ、カフェテリアの入っている建物も改修が必要になったそうだ。
スクール全体も古い建物なので、補修が必要だ。

もう新しい業者を入れることなく、そのままにして改修後に入札するらしかった。

こうしてある日突然、カフェテリアはなくなってしまったのだった・・・・・・



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■まえがきにかえて(おことわり)■


カフェテリアの人たち:健康志向

カフェテリアは、あるとき急に変わった。
ここでもまた、「入札」というのがあるらしかった。

以前のカフェテリアでは、日替わりの定食以外に、毎日同じメニューもあった。
たとえば肉野菜炒め定食とか、しょうが焼き定食とか。

日替わり定食は大量に出るから、あらかじめたくさん作ってあって、それらをプレートにのせればできあがるようになっている。
――でも余るほどは作っていなくて、足りなくなると「調理入りまーす」という感じで、誰かがまた作るのだった。だから冷め切ったものに当たることは、あまりなかった。

日替わり以外の定食は、注文が入ったらササッと作る。
ホカホカで、鉄板にのっていたりして、ちょっと豪華に見えた。

でもそんな大らかな日々は終わってしまった。
それはそうだ。入札に勝ったということは、それだけ安い金額を提示したわけだから、そんな悠長な経営はしていられない。

メニューは日替わりA定食とB定食とカレーのみ。
麺類は毎日用意されている。ラーメンとうどんとそば。うどんとそばは「たぬき」と「カレー」があった。
――どうでもいいことだけれど、わたしはここで初めてカレーそばを食べた。

日替わりのA定食とB定食は、いつも健康志向だった。
どちらか一方は必ず魚だったし、肉でも魚でも調理法はヘルシー。蒸したりゆでたりという、油を落とすものが多かった。

健康を気にする人は多いし、そもそも病院通いをしている人も多いのだから、これは良かったと思う。
量も少なめで、もの足りない人もいただろうけど。

この頃のカフェテリアは、おいしさという点では前のカフェテリアに一歩も二歩も譲っていた。
でも「これならカロリーは少ないだろう」と安心して食べられるので、味の点では今ひとつでも気にしなかった。
ヘルシーに作ったものよりこってりしたもののほうが、やっぱりおいしく感じるものだし、ということはこの定食はヘルシーということだ。

毎日カフェテリアを使っても、食べ過ぎたという罪悪感を抱かなくて済んだので、わたしはかなり使っていた。
かなりといっても、そもそも毎日スクールで働いているわけではないし、働いているときも午後まであるとき限定だが。

でもそれなりによく使っていたので、ここで知り合いになった人もいる。
たまたま知っているスクールの人が食べていて、同じテーブルに行ったら、知らないスクールの人も後から来たとか、その場にいたとか。
相席が当たり前のカフェテリアなので、全然関わりのないところの人とも出会うことがあるのだった・・・・・・



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■まえがきにかえて(おことわり)■


カフェテリアの人たち:ゆっくりのんびり

午後までいるとき、わたしはよくカフェテリアを利用した。
お弁当やパンを持ってきてどこかで食べるのは、ちょっと面倒だった。
もともとわたしには居場所がないからだ。
PCルームが最も「居場所」に近いけれど、ここはパソコンがあるから飲食禁止。お弁当などを持ってきてしまうと食べる場所を探して放浪することになってしまう。

実習生さんたちが使っている休憩室のようなところは、スタッフは使わないのでなんとなく居づらい。
スキルアップ研修などのとき、上の階の小さい部屋を控室として用意しようかと言われたけれど、毎回そこまでしてもらうのもなんだか気が引ける。
毎日お弁当を持ってきていた先生はそうしていたけど、わたしは「今日は食堂にでも行こうかな」と思うこともあるから、ちょっとね。せっかく用意していただいても使わないのは――
それに時間に余裕をもって行動しないから、パンなどを買う余裕がなくて、お昼には売店まで買いに行くことが多い。そこまで行って、また戻ってきて上の階に行くくらいなら、売店の隣のカフェテリアで食べてしまったほうが早いかも。

なにより気分転換にもなるし!

派遣をしているときのわたしも、昼は気分転換のときと思っている。ちょっと外に行くほうがリフレッシュできる。

カフェテリアは、まだ最初の頃は派遣スタッフさんたちも使っていたので、一緒に食べたりした。
派遣スタッフさんたちは、毎回利用するわけではないらしく、わたし一人のときもあった。

正直、手際がいいという感じではなかった。

たとえば麺類。「今日は時間がないから、簡単にできるうどんにしようかな」と思ったりすると、定食より時間がかかったりする。
日替わりの定食は、できているおかずをプレートにのっけて、ごはんとお味噌汁をよそるだけだから、実は早いのだ。
うどんやそばは、手の空いた人が軽く湯通しするところから始まるので、遅いことがある。
――でも早いときもある。

日替わりの定食は基本的に早いけれど、人によって遅いときがある。
当たった人が悪いと、何よりも遅くなる。

いったいどれが早いか、読めないので困った。

先に食券を買う方式だったけれど、券売機ではなくて人がレジを操作していた。
これはいいことではある。
このときに「自分は車椅子なので(とか片麻痺なので)、トレイを運びにくい」ということを伝えると、食券にサインを書いてくれる。決められたマークのようで、それが書いてあったら、作っている人か、レジの人が運ぶことになっている。
全盲や弱視で見えないから危ないという人も同じで、伝えれば介助してくれる。
また、普通の券売機には点字などついていないから、人がいたほうがいい。それに全盲の人は今日のメニューも見えないので、人がいれば「今日の日替わりは何ですか」と聞くことができる。

でもただ券を売ってお金の授受をするだけではなく、これだけの仕事があるわけだから、そりゃ手際よく早く済ませるのは無理だった。
食券を買うのにも時間がかかるカフェテリアだった。

まあ、それでも、のんびりしていていい雰囲気ではあった。

片隅にカウンターになっている席が数席あって、カウンターの中は小さな喫茶だった。
ランチ時間が終わると、全席がカフェになるけれど、ランチのときもこのカウンター内に人がいて、カフェ営業もしていた。
コーヒーだけ飲みたい人、サンドイッチを食べたい人などが利用できる。
このサンドイッチがおいしかった。――でも時間のかかるメニューだった。

この時代は、わたしがスクールのことをよく知らなかった時代と重なっていて、のんびりほのぼの利用させてもらっていた。
だからちょっと手際が悪いのもまた、スクールらしいと思っていたものである・・・・・・



●7年目:いろんな人たち
Chapter 1 あちこちのいろいろな人たち



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■まえがきにかえて(おことわり)■


警備の人たち:入札

施設警備の仕事について書いているサイトを見つけて読んだことがある。
入札についても少し書いてあった。

やはり民間の大きな案件は、名の通った警備会社が受注することが多い。
それでは小さな会社、できたばかりの会社はどうしたらいいのか?
赤字になってもいいから、公共施設の入札に最安値をつけて受注することだ。
そうすれば、「うちは***の警備をやっています」と銘打てる。官公庁や公共施設の警備をしているとなると、信頼度が増して民間の案件を受注しやすくなる。
そのための投資と思っているから、経費が100万円かかる案件に80万円の提示をしてもいいというわけ。

なるほど。
これは自分も同じなので、とても納得。

PCインストラクターになりたての頃は、チャンスがあればどんな仕事でもしようとした。
時給が安くても、場所が遠くても、とにかく経験が欲しかった。経験が増えれば「わたしはあそこでも、ここでも、向こうでも仕事をしました」と言える。
たとえば2時間の講習で、時給が800円、講習前後の準備や片付け時間は時給が出ない。場所は自宅から1時間かかるところで、交通費は片道800円だったとする。
それではわたしとしては赤字だ。でもそれが大企業のPC研修だったり、公的機関の仕事だったりしたら、受ける。
誰でも知ってるような、そうたとえば大手自動車メーカーの名前を出して、「そこでExcelの講習を担当しました」と言ったら? 今後、仕事を手に入れようとしたとき、とても有利になるに違いない。

公的機関というのは名前の通りがいい。
「パソコンスクールでクラスを持っていたんですよ」と言うより、「**区のIT講習会と**区のIT講習会を担当しました」と言ったほうが、派遣登録に行ったときなども先方の表情が違う。
安い時給で短い時間の、あまり割に合わないサブの仕事で、何度かある省庁の研修に行ったことがある。それも大変受けがよかった。国となるとさらに通りがいいのだ。
スクールも公的機関なので、そこで何年もやっていますと言うと、受けがいい。

別に身上調査をされて入ったわけではないし、能力検査をされたわけでもないし、能力が低いとすぐ解雇されるというわけでもない。
それでもなんだか、公的機関で働いたというのは、「信頼できる人」というイメージになるらしい。

個人でさえそういう計算をして仕事をしているのだから、会社ともなれば将来のために赤字覚悟の受注をすることもあるだろう。

スクールで働き始めてから、わたしは空いている日に事務なり雑務なりの仕事をするため、たくさんの派遣会社に登録をした。
その中のひとつ、かなり長く働かせてもらった会社の人が言っていた。
「うちも官公庁の仕事を受けることがありますよ。でも官公庁は安くて――」
――やっぱりそうですか。
「(派遣会社の社員分などの)コストも出ないんですよね。
それどころか、安すぎる時給じゃ人が集まらないから、受注金額より高い時給になっちゃうこともあったりして、大赤字」
――や~っぱり、そうですか。
「でも官公庁の仕事はねぇ~ 受けておいたほうがいいんですよ」

これがどういう意味で「受けておいたほうがいい」ということだったのか、そこまでは言ってくれなかったけれど、やはり官公庁の仕事は赤字でも受ける理由があるようだ。

入札というのは、判断基準が価格のみだから、いい仕事をしていたかとか、職場に貢献していたかということは関係ない。
実際に仕事をしていた人たちのあずかり知らないところで決まる。

賄賂合戦になったり、癒着三昧になったりするのは良くないことだろうけれど、働く側にも負担のある仕組みだと思った。
――それというのも、自分の知っている警備の人たちがある日急にいなくなったとか、それを自分の身に置き換えて「来週からなし」と言われたらどうしようと想像したとか、そういう単純な考えなのだけど。
必要なことなら仕方ない。

警備の人たちが変わった年、ちょうどお掃除の人たちも三度目の会社に変わったので、なおさらそう思ったのだった・・・・・・



●7年目:いろんな人たち
Chapter 1 あちこちのいろいろな人たち



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■まえがきにかえて(おことわり)■



警備の人たち:交代

7年目の春――。

前の年の年度末は、丸2ヶ月、スクールでの仕事がなかった。
2月4日が最後の勤務で、次の年度の初めての出勤が4月6日だった。

いつものようにいつもの駅を降り、いつものように歩いて、いつものように変わらぬ建物の、変わらぬ正面玄関をくぐる。
警備スタッフさんが2人、立っているのが見えた。

「おはようございます」

「おはようございます」と挨拶を返してくれた警備スタッフさんたちのうち、1人は知っている顔だったが、もう1人は知らない人だった。
新しい方が入られたのか。では、誰か辞めたのだろうか?

しかし辞めたのではなかった。
入札で、会社ごと変わってしまったのだそうだ。
後で事務スタッフさんか誰かが、「警備スタッフさんも会社が変わっちゃって」と言うのを聞いて知った。
そういえば制服が変わったと思っていたが、それは会社が変わったからだったのか。

「お二人だけ残ってくださったんですよ。やっぱり何も知らない人ばかりになってしまうのは困るので、新しい会社から来てくださってるんです」

警備スタッフさんも、わたしがしばらく来ない間にいなくなっていたりする。
残っている中で、一番話をしたのは、民謡をやっている人だった。
「私もね、もう70を超えましたから」――え! 全然見えないですね!
「いやぁ、もう年ですよ。でもね、足が立つ限りは、できるだけこの仕事を続けたいと思っているんですよ」
「でもね、この仕事は目が見えなくなったら終わりなんです。年をとると目が悪くなりますからね。人の顔と名札の写真を見分けられないようになったら、施設警備の仕事は務まらないんですよ。まだ見えますけどね。だからあと何年できるか分かりませんが、できる限りはね、やりたいと思ってるんです」
「楽しいですからね。いろんな人が出入りしてね、実習されてる方や、指導されてる先生方やね。そういう皆さんと朝晩ここで、おはようございます、お疲れさまです、って挨拶してね、そういうのが楽しいんです」

そんな話を聞いたことがあったけれど、70を超えていらしたから「残った二人」の中には入っていないだろうなぁ。

民謡教室に通っていて、教室メンバーでグループを組んで、全国大会に参加する話を聞いたりした。
皇族がご来訪されたときの警備の様子などについて、話してくれたこともあった。

それから、写真を撮っているという人と話したことがあり、ときどき個展をしているというので「今度、拝見させてください」とお願いしていたが、その警備スタッフさんもいなかった。

この年はお掃除の会社も入札で変わり、清掃スタッフさんも変わっていた。

癒着がないように入札をするのは大切だと思うけれど、そこから派遣されてきている一人一人にとっては寂しいことだ。
あるとき急に、「入札に負けたから、もうあの職場はない」と言われる。

PCルームの鍵や使用簿を取りに学事グループに入っていくと、昨年度で定年を迎えた統括マネジャーが、今度は嘱託となって新しい席に着いていた。

毎年いろいろな変化があるのだろうけれど、限られた行動範囲のわたしは知らないことが多い。誰が異動になったって、もともとその人を知らないのだから関係ない。
でもこの年は、わたしの行動範囲内でも、いろいろと変わった年だった・・・・・・



●7年目:いろんな人たち
Chapter 1 あちこちのいろいろな人たち



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■まえがきにかえて(おことわり)■


警備の人たち:すごい人がやってくる

その日、PCプラクティスはお休みの予定だった。
通常は土日を除いて連続2週間おこなわれるけれど、たとえば土曜日に学校公開があったときなどは代休の月曜日はお休みになる。スクール自体がお休みなのだから、当然PCプラクティスもない。
そんな感じで、ずっと続いている2週間の間のある日だけ、ぽつんとお休みだったので、何かイベントでもあるのだろうと漠然と思っていた。

あまり気にしていなかった。

当時の上級マネジャーは白崎さんという人だった。PCプラクティス担当の事務スタッフさんは宇奈月さんだった。
「今回は今日から何日まで?」
「×日までです」
白崎上級マネジャーが聞くと、宇奈月さんが答える。

「じゃ、あの、×日もいるの?」――PCプラクティスが突然お休み予定の日だ。
「いえ、その日はお休みにしましたよ!」
「やってもいいんだけどね。名札だけさ、写真入れればね」
「でも先生方もいろいろ注意事項を言われて面倒ですよ。だからPCプラクティスはなしにしてあります」

「何があるんですか?」って聞いてもいいのかどうか、ちょっと迷う――
しかし宇奈月さんか白崎上級マネジャーかが、結局聞かなくても教えてくれた。

その日は皇族の方が見学にいらっしゃるのだという。
その中でもかなりの大物クラスが――

そうだったのか!

当然セキュリティは厳重である。
名札には必ず写真を貼付し、ニセモノの職員や生徒が侵入するのを防ぐらしい。
わたしたちPCプラクティス講師は、「怪しい人ではありません」のためにつけている簡易名札で、写真は貼付されていなかった。
そんな人は、この大変な日に、スクール内をうろうろすることはできないのだ。

そんな話を聞いて何日か後、わたしはスクールで数少ない知人と食事だったか飲み会だったかの約束をしていた。
事務スタッフの花咲さんとか、たぶん宇奈月さん、それから誰だったか――とにかく数人で出かけるはずだった。
こういうとき、皆さんは終業時間17時で後片付けをして出るが、わたしはスキルアップ研修だったりして早めに終わる。(スタッフの終業時間が17時だから、研修などはそれより早く設定されている。)

わたしは受講者さんを送り出し、自分の帰り支度をして、PCルームを出た。
でもまだ少し時間がある。
PCルームは鍵をかけてしまうし、ほかにいられるところもないので、待ち合わせ場所の玄関で待つことにした。
ロビーには椅子が置いてあるので、警備スタッフさんに断りを入れて座らせてもらった。

まもなく終わる時間なので、これからお客が来ることもない。
警備スタッフさんは受付ではなく、玄関を見渡せる位置に立って、帰る人たちに声をかけていた。――まだあちこちのスタッフたちは終業時間ではないけれど、遅くまで何かで残っていた実習生さんたちが、ちらほら帰っていく。

することもなく座っていたので、そのときの警備スタッフさんが話しかけてくれた。
「今度、皇族の方がおいでになるでしょう」
「そうなんですってね! わたしはその日、出勤じゃないんですよ~」
「ああ、そうなんですか。前もいらしたんですよ、10年くらい前に」

でも、私らは、お顔も全然見られないですよ、とその人は言う。
前のときもいたらしい。

――ほかのいろんな人たちはね、お出迎えのときとか、お帰りのときなんかに外に出て旗振ってね。顔を上げていられるけど、私ら警備は持ち場にいなくちゃならないからね。
私らも警備のシフトに入ってるんで、持ち場を離れられないんですよ。でも玄関なんかはね、SPがいっぱいいるから、裏口とかそういうところが私らの持ち場になるんですよ。
そこをお通りになるときは、もうこうですよ。(と、ビシッとした姿勢で頭を下げて見せてくれる。)ずっと最敬礼の状態だから、顔を上げたときにはもう通り過ぎちゃってて。

ああ、そういう意味で、お顔を見られないんですね。

――1週間くらい前になると、SPがやってきてぜんっぶ、見てまわりますよ。
マンホールまで全部見てまわりますからね。見たところには黄色いシールを貼っておくんです。
当日、シールが破れていたら、そこは危険、誰かが開けたかもしれないってわけでね。

なるほど。
このシールはしばらくして、わたしも見た。黄色いビニールテープみたいなもので、黒い字が書いてあった。
なるほど、これは関係部署でなければ持っていないビニールテープなのだろう。同じようなものをかけておくわけにはいかない。だから一度破られたら怪しいってことか。

でもマンホールなんて、何か貼ってあってもそれほど気にしなかったろう。
たまたま話を聞いていたので、「これか!」と思うことができた。

大臣などがお供についてきて、何台もの車でやってきたらしい。
実習生さんたちの中には、話しかけられた人もいただろう。実習生さんにしろ、スタッフさんにしろ、話しかけられる人というのは選びぬかれた人で、事前にストーリーが決まっているのだろうな、と勝手な想像をしたりした。

また10年くらい経って、そういうことがあったとしても、わたしはまた「その日はお休み」になりそうだ・・・・・・



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Chapter 1 あちこちのいろいろな人たち



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■まえがきにかえて(おことわり)■


警備の人たち:趣味のある人

正面玄関を入ったロビーのところからも見える、中庭みたいなところに池があり、その年は水鳥がやってきて子育てをしていた。雛がかわいくて、噂になっていた。

わたしもカメラを持って池に行き、何枚も写真を撮らせてもらった。
池の中に小さな島があり、そもそも池の周りですら柵があるので近づけない。
親鳥は分かっていて、ゆうゆうと泳ぎの練習をさせたり、小さな島の巣に雛を集めたりしていた。

あまりうまく撮れないので、池の周りをぐるぐる回って、あれこれ写真を撮っていたら、あっという間に30分くらい経ってしまった。
そんな人はあまりいなかったのか、そのとき玄関ロビーに詰めていた警備スタッフさんが話しかけてきた。

「ずいぶん撮ってましたね」
「雛を子育てしてるなんて、珍しくて」
「私もよく写真を撮りますけどね、でもカメラじゃないんですよ。ビデオで撮るんですよ」
「え、ビデオで!? どうやって撮るんですか?」
「ビデオで撮って、こことここって切り出すんですよ」

へぇ~、なるほど、そういうやり方もあるのか、と思った。
――時代はまだスマートフォン前である。

「夜の間に花が咲く月下美人っていう花があるんですよ」(違ったかな?)
「へぇ~、それを撮影するんですか」
「ずっと録画しておいてね、それをテレビで見るんですよ」
「テレビで見るのは大きくて見やすそうですね」
「ここを写真にしたいってとこがあったら、リモコンを押すだけで写真になるんですよ」
「へぇ~!! そうなんですか!」
「私は何でもビデオで撮るんですよ。簡単だからね」

そしてビデオから切り取ったという写真を見せてくれた。
たしか、携帯の背景になっていたのだったか――

写真を趣味にしている人は多い。
本格的な撮影をしない人でも、そうやって好きなやり方で撮っていたりする。
本格的に写真好きの人は、それこそ素人レベルからセミプロレベルまで様々だ。

スクールの警備スタッフさんにも、大きな一眼レフカメラを持って撮影に行く人もいた。

それはあるお若い女性のレギュラースタッフさんから聞いた話だった。
「警備の**さん、ご存じですか?」
――と言われても、わたしは顔と名前が一致するところまではいかない。
「**さんは写真がご趣味なんですよ」

お若い女性のレギュラースタッフさんは、同じくスクールで働く1つ2つ年上の女性レギュラースタッフさんと、その**さんに連れられてハイキングに行ったのだそうだ。
「もう歩いていてもすぐに、サッと三脚を出して、写真を撮るんです」
「そうなんですか、本格的ですね」
「私達の写真も撮ってくださったんですけど、ちょっと寂しいからこの葉っぱを持って!と指示されたり、凝っていらっしゃいました」
「ポーズもとって!」

そのポーズをとった写真を見せてもらったが、面白い写真だった。
ピースをしていたり、笑っていたり、おかしなポーズをしていたりする写真はよく見るが、大きな葉っぱをまっすぐに胸から首の前に持って、まじめな顔で2人並んで写っていた。

その写真好きの方とは、一度話したことがある。
「写真がご趣味なのだそうですね。葉っぱを持ってポーズした写真を見せていただきましたよ」
「やってみたら、あれはちょっとイマイチだったね」

その方は、毎年初日の出を見に、ある区の市役所に行っていると言う。
「東京では**区役所の展望室が一番綺麗な日の出が見られますよ」
――まだスカイツリーなどできていなかった頃である。

「東京タワーとかはね、混んでるけどね、**区役所は穴場ですよ。人が少ないから写真を撮りやすい」
「そんな時間も開いてるなんて、すごいですね」
「元旦は開けるんですよ」

この情報は貴重だったが、怠け者のわたしは、まだ行ってみたことはない。

そうそう話し込むことはないが、スクールにはちょっとのんびりした空気が流れているので、警備スタッフさんも気さくなのである・・・・・・



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■まえがきにかえて(おことわり)■


警備の人たち:その仕事

警備スタッフさんは、わたしがスクールを初めて訪れたとき――面接のときに既に出会っている。
「守衛さん」として、スクールの入り口に常時つめているのだ。

「ここでいいのかしら?」とふらふらと入っていくと、「どちらに御用ですか?」と声をかけられ、勝手に入っていくことはできないんだなと思った。

入り口にいた警備スタッフさんにうながされ、訪問者リストみたいなものに名前を記入した。
これは守衛さんがいる建物ではよくあるやつ。入った時間と出た時間を記入する。
そして「ゲスト」みたいな名札をもらって、ぶらさげたりピンで留めたりするわけ。
スクールにもそういう、ゲスト用の名札があった。
そして入り口の警備スタッフさんが、面会の相手に取り次いでくれる。

もっと大きなところになると、守衛さんが見張っていて、さらに受付には受付ガールがいることもある。その場合は受付嬢が名札をくれたり、取り次いでくれたりする。
でもさすがにスクールはそこまで大きくなかった。

スクールに所属する人は、みんな名札を身につけている。
スタッフは何色、実習生さんは何色、ゲストは何色と決まっている。
これが身分証代わりのようになっているので、身につけていないと見咎められる。
また卒業する実習生さんや退職するスタッフさんは、名札を返却する。わたしも次年度は契約しないとなったら、返却することになる。

週に3日くらいの勤務だった派遣の磯原さんと話したことがある。
「私、名札をつけるの忘れて入って行ったら、警備スタッフの人に呼び止められたことあるよ」
「えー、そうなんですか。気をつけなきゃ」
「言われたことない?」
「今のところないですね」
「すごーい、顔パスなんじゃない?」

わたしは太っていて体格が目立つのと、時間帯がずれているので一人だけ重役出勤みたいに入ってくることも多いから、それで顔を覚えられているというのはあるかもしれない。

警備スタッフさんは常に2人か3人常駐している。総人数はもっといて、交替で勤務しているようだ。
正面の玄関に詰めているだけでなく、裏口にも人がいる。

またよく巡回している。
ときどき、PCルームの窓から屋上やベランダなどを歩いているのも見る。
スクール中すべて巡回しているのかしら、と眺めたりする。

朝、正面の玄関に詰めている警備スタッフさんは日によって違うけど、誰でも必ず挨拶してくれる。入ってくる人全員に、先生にも実習生さんにも事務職の人にでも、とにかく挨拶してくれる。

最初は「おはようございます」とか「お疲れさまです」だけでも、だんだん一言二言話すようになった人もいる。
帰ろうとしたら「雨、降ってますよ」と教えてくれるとか、「暑いですよ」と警告してくれるとか。
朝、スキルアップ研修の開始時間ぎりぎりに入っていくと、「花咲さんが心配してましたよ」とか。

一度、「花咲さんが心配してましたよ、○○先生来ましたかって。ああ、あなたが○○先生だったんですか」と言われたこともある。

働き始めて2年か3年くらいの間は、直接関わらない人でわたしが顔を分かる人なんて、警備スタッフさんしかいなかった・・・・・・



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■まえがきにかえて(おことわり)■


お掃除の人たち:今度の人たち

入札によってまたまた変わった清掃スタッフさんたち。
新しい会社の方たちは、普通のオフィスの清掃スタッフさんみたいな感じだった。
なんというのだろう、ビジネスライク――「黒子」という感じが一番わたしにはピッタリくる。

第二の職場として働いていたダブルワークの会社では、清掃スタッフさんは終業時間後にやってくる仕組みだった。
終業時間の30分後くらいに一斉に入ってくる。まだ残って仕事をしている人もちらほらいたり、部署によってはたくさん残って仕事をしていたりする中で、一斉に清掃スタッフさんたちが入ってきて、システマティックに作業していく。
それぞれ決められた島を目指して一直線、そして手にした大きなゴミ袋にゴミ箱のゴミを空けていく。それから掃除機が床を滑り始め、座っている席はよけてさっさと進んで行く。
「あ、すみません」「いいんですよ、気にしないで仕事をなさってください」なんていうちょっとした会話はゼロ。仕事をしている人がいたら、じゃまにならないよう、近寄らなければいいのだ。365日ずっと座っているわけではないのだから、その席は明日やればいいのだろう。下手に「あら、ごめんなさい」なんて声をかけて、椅子から立ち上がったりするほうが、清掃スタッフさんたちのじゃまになるというものだ。

一斉にやってきた清掃スタッフさんたちは、一斉にマニュアルに従った作業をし、一斉にいなくなる。誰をも煩わせない。会話も会釈もなく、黒子に徹している。

新しい清掃スタッフの人たちも、ちょっとそれに近いものがあった。
これまでそういうところで働いていた人たちが多いのかもしれないと思った。普通に考えて、そういう職場のほうが多いだろう。

作業手順も効率よく決まっているようだった。
――これまでの会社が効率が悪かったというわけではない。黒子に徹して仕事をしているから、なおさらそう見えただけかもしれない。

たとえば朝一番に教室を掃除する。まだ人が集まっていないし、先生は集まるとしても職員室みたいなところ、実習生さんも最初はロッカールームに行ったりするから。
まだ早いうちはちらほらだったスクールの人たちも、続々とやってくる時間になると、正面玄関の外やロビーの奥など、じゃまにならないところを掃除している。
授業時間になったらトイレを掃除する。先生も実習生さんも教室にいて、トイレに来る人は少ないから。

でもわたしはちょっと時間帯が違うのだ。
先生方の簡単な打ち合わせや、それぞれのコースの実習生さんと先生方でおこなわれる朝の連絡会など、わたしには関係ないから10分15分、出勤時間が遅くてもいい。
その上、わたしは20分前行動などできない怠け者。自慢じゃないが、遅い上にぎりぎりなのである。

なので、ちょうど誰もいない時間だからとトイレ掃除をしている清掃スタッフさんに「すみませ~~ん」と言いながら、使わせてもらうことも多かった。

そうして見ていると、1階担当の人、2階担当の人、と担当区域も決まっているようだった。

黒子に徹した働き方だったので、最初のうちは無言で仕事をしていた皆さんだったけれど、やがて挨拶をすれば返ってくるようになった。
スクールはすれ違う人全員に会釈をするような場所なので、皆さん、場に慣れたのだと思う。

フォロー役をしているPCプラクティスの日や、教室内を見回っていることが多いスキルアップ研修のとき、ふと窓の外を見ると、清掃スタッフさんが窓の枠を拭いて歩いていたりするのが見える。
暑い日や寒い日、中庭みたいになっているところを清掃用具を持って歩いているのも見えたりする。

かなり広範囲にきちんと清掃がなされているようだけれど、やっぱり夕方まではいない。
上手にマニュアルが決まっているのだろうと思った・・・・・・



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■まえがきにかえて(おことわり)■


お掃除の人たち:入札

入札というのは、ある案件に対してそれぞれの企業が受注金額を提示しあい、価格の高低でどの企業が受注するか決まるということ。
わたしはそういった単純なことも知らず、今「入札とは?」と一応検索してみて、入札にも種類があることなどを新たに知ったが、当時は「言葉だけは知ってるけど――」というようなものだった。

なるほど、担当者への賄賂だの、親戚や知り合いがいるなどのコネクションだので決まるのは、不公平に感じられる。純粋に「提示しあった価格の安い業者が受注する」というのは悪くなさそうだ。

最初は単純に考えていたわたしだったが、この入札、スクールとは関係のないところで小耳に挟むことがあった。登録している派遣会社の仕事だった。
スクールの仕事は毎日あるわけではないので、間を埋めるために派遣会社を利用しているのだ。

ある派遣会社、仮にA派遣会社とする。
この会社ではよくPCインストラクターとして働かせてもらった。
パソコンスクールも持っている会社だったが、パソコンスクールはこの会社に限らず、時代とともに激減していった。主な収入源は、求職者向けの職業訓練コースなどの受託に移っていた。
わたしも職業訓練に通ったことがあり、それはとてもよい転職のきっかけとなった。その頃は職業訓練校や、なんとかセンターといったところで直接行われていたが、やがて民間委託が多くなったことは知っていた。事務系だと資格の学校などが請け負って、会場も講師もその学校、という案内などをよく見るようになった。
職業訓練時代の知人が、2度目の職業訓練に通った話を聞いたときは、ある有名な資格の学校に通っていると言っていた。
A派遣会社も、そういったことをしていた。自社が持つ教室で実施している講座もあり、そういうところに代理講師で1日だけ行ったこともある。

このときわたしが行ったのは、公的な施設だった。短い日数の仕事だった。スクールに断続的に通っているので、長い日数の仕事は受けられなくなっていたのだ。

わたしはサブインストラクター役で、サブは2人いるという豪勢な講座だった。
事情通のメインインストラクターともう一人のサブインストラクターが、何も知らないわたしにいろいろなことを教えてくれた。

「あなた1日や2日の仕事じゃ大変でしょう? 3ヶ月くらいの仕事があったらいいわね」
――とはいっても、実はスクールがあるので、3ヶ月も続けて仕事したりできないのだが。
「ここでもそういう仕事もあるのよ」
――ここ? この施設ってこと? A派遣会社ってこと?

「この**センターよ。今回は短いけど、もっと長いコースも毎年あるの」
「そうなんですか」
「それが去年はなかったのよね。入札に負けたのよ」
「そうだったんですか」
「おととし、うちが受注しててね、去年は仕事がなかったの。他の会社がやってたわよ。今年はうちが勝ったのよ」
「なさったんですか?」
「そう。おととしもしたからね。メインインストラクターで3ヶ月来てたわ」

この話を聞いて、思った。
たとえば現場で働く派遣スタッフがその仕事が気に入って、また来年も頑張ろうと思ったって、来年あるとは限らない。
じゃあ、来年以降ずっとないかというと、そうでもない。また受注できるかもしれないし、来年受注できなくても再来年はまた受注できるかもしれない。

その後、スクールでも同じようなことがあった。
ある講習を受注していたB派遣会社が、次の年は入札に負けた。
B派遣会社には自分登録しているので、さらに身につまされた。
1年間定期的に働いてきても、急に「来年は受注できなかったので、ないです」と言われる。他の仕事を探すしかない。

すると2年後くらいに、自分が泣く泣く諦めた仕事がまたB派遣会社の仕事案内に出ている。でもそのときはもう他の仕事をしているので、戻ることはできない。だってまた1年でなくなっちゃうかもしれないし。

でも言ってしまえば、派遣スタッフは単なる登録制なのだから、B派遣会社を打ち負かしたC派遣会社に登録に行き、またスクールで同じ仕事をすることもできるけど。
ただし、そのときは、安い時給になるだろう。
入札で勝ったということは、より安い金額を提示したということだろうから・・・・・・



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■まえがきにかえて(おことわり)■



お掃除の人たち:チェンジ

ある朝、スクールに出勤してみたら、知らない制服の人がロビーを横切っていった。
作業服っぽい制服だったので、お掃除の人たちの制服が変わったんだと思った。

しかし人も変わっている。お掃除の会社ごと変わったのだった。

相変わらず情報が遅いので、ずっと後になってそのことを聞いた。
そもそも「あれ? 知らない制服だ」と思ったのも、何日も経ってからなのだ。毎日通うわけではないわたしは、変わって2週間も3週間も経ってから初めて、スクールに出勤したのである。

「ここも予算削減らしくて。もっとお安い会社に変えたのだそうですよ。
予算削減でお掃除の人が入るのも午前中だけになったんです」

そうなんだ。
――じゃあ、午後トイレが汚れたりしたら、次の日までそのままになっちゃうのかな?
でもたとえば廊下なんかは、朝から晩まで磨かなくても、一日一回でよさそうだしね。

世の常識をあまり知らないわたしは、深く考えずに受け入れた。

新しく入った清掃スタッフの人たちはほとんどが女性で、明るく挨拶してくれた。
清掃スタッフや守衛さんが黒子のような会社もあるけれど、スクールでは「廊下ですれ違う人にはとにかく挨拶」みたいな風潮が若干ある。必ずではないのだけれど。
だから挨拶をされれば返すし、明るい清掃スタッフさんたちだった。

今度の清掃スタッフさんたちには、きっちりしたマニュアルがあるようだった。
誰がどことどこを掃除するか。どの作業をどの順番でするか。また、それぞれの作業はどのようなやり方でやるか。

前の年までの清掃スタッフさんは、人によって「この人はずーっとモップがけをしているな」などと思ったし、人によってはルート外のPCルームのお掃除もしてくれた。

でもきっと新しい清掃スタッフさんには、決まったところ以外をお願いするのは難しいだろう。きっちりと手順や時間が決まっていて、余計なことをしている暇はなさそうだ。
ちょっとした「このゴミを捨ててもいいですか」みたいなことなら、笑顔で答えてくれたろうけど、「この部屋はいつも掃除されていないので、掃除してください」なんていうことは困っただろう。

幸いなことに、PCルームは今度はマニュアルの中に入っているようだった。
使われない日にも掃除されているのかどうかは分からなかったが、出勤している日は入ってきて掃除してくれた。

これまで一日がかりで掃除していた建物を、午前中だけで掃除することになったのだから、きっちりしたマニュアルもそりゃ必要だろう。

新しい清掃スタッフさんたちは、最初に言ったように女性だけで、明るく挨拶などもしてくれたけれど、実はすぐにいなくなってしまった。
また1年経ったとき、違うお掃除会社に変わってしまったのである。

この頃には世の中の仕組みをあまり知らないわたしも、ようやく分かってきた。
公的な施設というのは、「あの会社はいい仕事をしてくれるから」とか「あの会社にはお世話になったから」というような主観で選ぶことは許されない時代が来ていた。なんでも入札なのである。
だから安い金額を提示した会社に、すぐにとってかわられてしまうのだった。

こんなことはわたしには直接関係のないことのようだけれど、スクールとは別のところでわたしも思うところがあったので、ページを改めて書こうと思う・・・・・・



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■まえがきにかえて(おことわり)■


お掃除の人たち:PCルーム

わたしの行動範囲の中心はPCルームだ。

それぞれのコースの教室内にもパソコンが完備されていて、実はPCルームは特別な場合にしか使われない。
たとえばPCプラクティスのような、超党派な(つまりコースをまたいだ)講習をするときとか、スクール内で資格試験が実施されるときとか(これも超党派だ)。スタッフの研修をしたこともあったようで、一度講師用PCのデスクトップにPowerPoint資料が残されていたこともある。それからスキルアップ研修のような、どのコースにも関係のない外部向けのPC講習にも使われる。

PCルームは普段は施錠されている。一応、PCなどの機器は貴重品扱いになるからだ。使うときしか鍵を開けない。使い終わったら、鍵は管理している事務の部署に戻す。
わたしたち講師も、PCプラクティスが終わると、施錠して鍵を事務の方に渡す。事務の方がきちんと戻しておいてくれる。PCプラクティスは午前中で終わってしまうけれど、もし午後使いたい人がいたら、また鍵を取りに行くのだろう。

このように常に「施錠されているか」「使用中」のいずれかなので、実はPCルームは清掃スタッフさんの担当には入っていないらしかった。
掃除しているところを見たことがないし、ゴミ箱にゴミが入ったら、いつまでも入ったままになっていることが多かった。

常に使う教室ではないので、あまりゴミは出ない。
聴覚の人に筆談をしたときのメモ用紙とか、実習生さんが使った消しゴムのかすとか、そのくらいだった。

ゴミはときどき、朝早く来たら廊下に出しておくと、気づいた清掃スタッフさんが空にしてくれた。
朝、PCルームの前の廊下をよく通る清掃スタッフの女性がいたので、だいたいはこの女性がしてくれていた。
目があえば挨拶してお願いした。

しかしいくら毎日朝から晩まで使う教室ではないといっても、ホコリだってたまりそうなものだ。
よくオフィスで見かけるような、足音も吸収してくれる毛羽だったような床だったので、絶対ホコリだらけになっているはず。

実はPCだって、PCがのっているデスクだって、かなりホコリだらけ。
でもそれは見て見ぬふり――

しかし世の女性たちは、たいていはわたしと違ってきれい好きなのである。

たしか花咲さんが言い出したのだと思うが、「なんか汚れてますね。今度ぞうきんを持ってきて拭こうかしら、私」となったのである。
「そうなんですよね~、この教室はいつも閉めているからお掃除の人が入ってこないみたいで」

花咲さん(たぶん)は、本当にぞうきんを持ってきて、気になる汚れたPCを拭いていた。
当時はまだ液晶ではなかったし、PC画面もごしごし拭いていた記憶がある。

それだけでなく、廊下を通った女性の清掃スタッフさんに声をかけた。
「この教室も掃除機をかけてもらっていいですか?」

清掃スタッフさんが掃除機を持って入ってきてくれて、掃除をしてくれる間、花咲さんもPCを拭いたりして働いていたと思う。
ありがとうございました、とお礼を言って、花咲さんとその女性は世間話――わたしはうなずき役。

「助かりましたよ。ありがとうございました。全然お掃除してないから、ホコリだらけになってて」
「いつも閉まっているから、入ってはいけない教室なんだと思って、私達も入ったことありませんからねぇ」
「開いてるときは入ってもらっていいんですよ~」
「そうなんですか~」
「だって誰もお掃除する人いないから、どんどんたまっていっちゃうから」
「それはよくないですよねぇ」
「ここで実習する人たちの体にだって良くないですよね~」

お掃除は苦手なわたしとしては、自分がこの人の立場だったら、「えー、この教室はやれって言われてないわよ、担当区域外よ」と思ったかもしれない。

でもこの方は、笑顔のままだった。

「じゃあ、私、朝ここがもし開いていたら、ちょっと掃除機をかけましょうか」
「そうしていただけるとありがたいですね~」
――わたしも「本当にありがたい」というようなことを付け加える。

「ついでだから、かまわないですよ。やっぱりきれいなほうがねぇ」
「ゴミ箱とかもついでに中を捨ててもらえます?」
「ええ、ついでに捨てますよ。開いてたときだけでもやったほうがね」
「そうなんですよ。それで充分だと思いますよ」

花咲さんは裏側から人に頼むのがとても上手だと、何年ものちにしみじみ悟った。
このときは何も分からず、わたしは無邪気な気持ちで、ありがたいなぁと思っていただけだった。
「PCルームもお掃除するようにしたほうがいいですよ」と上に話をして、じゃあそれをお掃除の会社に言うのかどうか、となるとことが大きくなる。
このことに限らず、何でも上手に個人的に融通してもらうのが、花咲さんは実にうまい。

そしてコツとしては、忘れないことだと思った。
してもらったことは忘れない。その人のことは忘れない。何か機会があったら、ささやかにお返しをするのだ。それがたとえ笑顔やお礼の言葉だけだったとしても。

ずっとのちになって、道端で偶然この人に出会ったとき、花咲さんは「あら~!お久しぶり!」と声をかけたが、わたしは誰だか分からなかった。
そして花咲さんは「今はお掃除の人も変わっちゃって。あなたがいた頃は、丁寧にお掃除してくれてたけど」と褒めていた。

こうして思い出してみると、ああ、あの人か~と思い出す。
こういう心配りが必要だろうから、わたしには裏から手を回すというのはできなさそうだ。

とにかく、このときは助かった。
PCルームにも定期的にお掃除の手が入るようになったからだ・・・・・・



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■まえがきにかえて(おことわり)■


お掃除の人たち:朝から晩まで

スクールではいろいろな職掌の人が働いている。
上は学校長から、下は――下はどこなんだろう? わたしのようなそのときだけの雇われかな?

属している年月が長くなれば、少しずついろいろな人と顔見知りになる。
いろいろな業務を知るようになる。

とはいえ、全体からしたらかなり限られた、ほんの少しの部分しか知らないままではあるのだが。
ほんの少し、講師と実習生さん以外の人や仕事について、記録しておこうと思う。

で、誰から語ろうかと考えた。やはり上から順だろうか?

けれど、10年経っても存在しか知らない部署もある。たぶんわたしが知らない部署もたくさんある。
顔は知っているけど、役職も業務も未知の人も多い。
――わたしには「順に」など語れないのだった。

だから知った順に語っていくのが一番いいのかもしれない。
結局、わたしはわたしの目線でしか語れないのだから。

そういうわけで、一番最初に顔を認識したお掃除の人たちから始めようと思う。

たとえば直接関係のある上級マネジャー以外は、顔を見る機会も少ない。
自分に関係のない教室で働いている先生方は、さらに顔を見ない。階が違えば、さらにさらに見ない。
就職のアドバイスをする、いわゆる「就職課」みたいな役目の人たちは、いる場所も違うし、活動場所も違うので、ますます顔を見たことがない。

でも清掃スタッフはスクール内のあちこちを回って掃除をしている。
わたしが仕事をするPCルームからトイレまでの廊下にもいるし、トイレにもいることがある。
朝、スクールの玄関を入ると、清掃をしている人を見かけることもある。

廊下でよくすれ違うけど何をしているか分からない人と違って、清掃スタッフは「お掃除の人だ」とすぐ分かる。

顔を見て「この人は何の仕事をしている人」とすぐに分かるのは、最初のうちお掃除の人だけだった。

清掃スタッフさんたちは水色の制服を着ていた。
一日中お掃除をしている。先生や実習生さんが授業をしたり、休憩したり、トイレに行ったり、廊下を歩いたり、スクール生活を進めている横で、黒子のように清掃スタッフさんが働いている。朝から夕方まで働いている。

男性もいたし、女性もいた。
全員で何人くらいいたのかは、分からない。わたしが顔を認識しているのは、自分の行動範囲を掃除している人だけだったから。

一番よく覚えているのは、男性。大柄で、それほど年には見えなかった。
わたしにとっては若く見えたけれど、わたしは年齢を当てるのがいつも苦手なので、定かじゃない。

この人はいつ見ても廊下をモップで拭いているイメージだ。
ときどき中高年男性が話しかけていて、仕事の指示をしているのかな?と思った。この中高年男性に何か言われて、一緒にどこかに行く場面も見たので、何か仕事を頼まれたのかと勝手に想像した。

スクールの廊下は広い。
面接のために初めてスクールに足を踏み入れたとき、その広さに驚いた。
車椅子の人がゆうゆうと2人すれ違って、それ以外に人が2人3人広がって歩けそうな広さ。

その廊下をひたすらモップがけしている。
もしかして、ひととおりの仕事が終わったら、何度でも何度でもモップがけをしているのだろうか? ――終業時間になるまで?

トイレ掃除も一日に何度も行われているようで、古い建物の古いトイレだったのに、いつも綺麗だった。

この人が一番印象に残っていて、次に思い出すのはこの人にときどき話しかけていた中高年男性だ。

この人はいつも黙々と仕事をしていて、誰が通っても周りで何があっても、ただ黙々とモップをかけていた。
中高年男性に話しかけられているときでも、あまり声を発していなかった。

とても印象に残っている姿である・・・・・・



●7年目:いろんな人たち
Chapter 1 あちこちのいろいろな人たち



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■まえがきにかえて(おことわり)■


●7年目:いろんな人たち

●7年目:いろんな人たち

Chapter 1 あちこちのいろいろな人たち


このPartへのまえがき

仕事に直接の関係はないが、語っておきたい人がたくさんいる。

挨拶したこと、話をしたこと、その人の仕事を見ていて「こんな業務もあるのか」と思ったこと。
たくさんの人がいれば、人同士の交流もあるし、衝突もある。そんな噂話。

語りたいことがたくさんある。

そう思ってきたけれど、実際に始めてみると難しかった。
最初、この章の全体を考えていた頃は、「いつかこんなことを語ろう」とあれこれ思いついていた。
でも実際にその日が近づいてみると、なかなか難しいということが分かった。

人同士の交流や衝突って、どこまで露骨に話していいか分からない。
業務についても、どこまで詳細に公開してしまっていいか分からない。

今は難しい時代だしなぁ。

というわけで――

スクールで働くいろいろな人、いろいろな業務を紹介します。
講習や実習などには直接関わらない人々もたくさんいます。

ですが、友達に話をしているときのように、何もかもすべて詳らかにすることはできません。
だからかなり消化不良かもしれません。

それならやめておこうかとも考えたのですが、どうしても一言触れておきたいと思いました。

もうひとつ。
わたしと同じ仕事をしているPCプラクティス講師についても、一言触れておきたいと思いました。

こちらも消化不良になりました。
その上、なにしろ同役の方たちのことですから、わたしにもいろいろな思いがあり、消化不良でありながらちょっとお聞き苦しいところがあるかもしれません。

わたしとあまりに近いので、どの程度俯瞰できているか――足りないのではないかと思うからです。
できるだけ客観的に、全体をバランスよく把握したいと考えているのですが、自分自身との比較にもつながることなので、難しい面があります。

つまらないところ、お聞き苦しいところがあるかもしれませんが、ご容赦いただけると嬉しいです。

これからもご訪問くださいますように。

以上、このPartへのまえがきとさせていただきます。


●7年目:いろんな人たち

●7年目:いろんな人たち

「発達障害」

「実はちょっと発達障害に興味があるの」という方がいて、概略を説明するために書いた文章があります。
それを転用して、あとがきにかえさせていただきます。

----------------------------------------------------------------------------------

発達障害のある男性が、わたしが担当するスキルアップ研修にやってきました。
わたしよりも年上だと思うんです。――つまり、若者ではないんです。

今は発達障害の人が増えていますけど、昔もいたんですよね。
――なぜ増えているか? 「そういう時代だから」なんていう心理的なものではないそうです。
発達障害は心の病や教育の問題ではなく、脳細胞の発達が問題だからです。
本などの知識をまとめると、ひとつには遺伝のため。
両親がそろっていないと発現しない劣性遺伝ではなく、片親にその因子があれば遺伝する優性遺伝だから増えていきます。
もうひとつは、晩婚社会になってきたため。
妊娠中、胎盤が薄いとなることが多いそうです。
ちなみに胎盤は精子によって決まります。つまり、女性は高齢出産だろうが関係なく、男性が年をとっていると胎盤は薄くなります。
芸能人みたいに若い旦那さんをもらえば、高齢出産でも胎盤リスクはないそうです。

発達障害は治りません。
病気ではないからです。

治療ではなくて、その障害とどうつきあっていくかを学ぶという方向性になります。

発達障害の人は、脳の機能の発達に欠陥があるといっても、いわゆる「頭が悪い」ということではありません。
本では具体的にいろいろ説明されていたのですが、全部は覚えていないし、本をもう一度開いて引用すると日記の範囲を超えてしまうので・・・・・・1つだけ。

初めて読んだ本(「発達障害のいま」)で、「ミラーニューロン」という言葉が出てきました。
その名の通り、どうやら周囲の人の言動を自分の中で再構成する、鏡に映すような脳細胞のようです。
今では「脳のこの部分はこういう機能を司っている」という研究もだいぶ進んできて、この部分があるから人間は人の行動の意味をパターン化できるのだそうです。
ひとことで「真似をする」と言っても、まず人の行動を見て、それを自分の中で再構成します。
再構成する過程で、「こういうわけでこうしているんだな」「こういう意味があるんだな」というのを自分なりに理解し、相手の行動をパターン化というか、抽象化するそうです。
そうやって根本的な部分を抽出しておかないと、真似はできません。

もっと具体的に言うと、――わたしは専門家ではないので実際の事例を出せませんが・・・・・・
たとえば「朝、おはようございますとあいさつしている人を見た。あの人みたいにあいさつしなさいと指示された」とします。
「朝、おはようございますとあいさつしていた」という行動も、分解していくと単純なものではありません。
「朝だからおはようと言っている。昼ならおはようはおかしいかもしれない。帰るときはこんばんはでなく、お疲れさまが適している」という意味も含んでいます。
「知っている人だからあいさつしている。知らない人にもあいさつする必要はない」という意味も含んでいます。
「でも会社に来た人は、知らない人であっても何らかの関係がある人だろうから、あいさつするか会釈ぐらいはしたほうがいいだろう」という意味も含んでいます。
「道を歩いている人や電車に乗っている人は知らない人だが、毎日見かける駐輪場の管理をしている人は知らない人でもあいさつしよう」と思うかもしれません。
そこには「毎日見かけるのだから、名前などを知らなくても顔見知りである」という意味もあり、「自分の自転車も管理してくれるのだから、感謝しなければ」という意味もあり、「そうしたほうが相手も気持ちがいいだろう」「自転車の管理も丁寧にしてくれそうだ」ということもあるかもしれません。

発達障害の人はこのミラーニューロンがあまり働いていないことが分かってきました。

だから「あの人みたいに」とか「ほかの人と同じように」と言われても、それをパターン抽出しにくいのだそうです。
「あの人」があいさつしていたA課長にだけあいさつしてしまう、とか。
とにかく誰にでもあいさつしてしまう、とか。
「あの人」は会社であいさつしていたから、会社でのみあいさつする、とか。
朝していたから、昼や夜はしない、とか。
――もちろん、これは説明のための例なので、あいさつについて分からないというわけではありません。

駐輪場の管理の人のところでは、最後は少し露骨に「相手も気分がよくなって、自転車の管理も丁寧にしてくれるかも」と書きました。
これって、普段は人はあまり考えないし、そういう考えがどこかにほんの少しあっても浮上してくることはありません。
でも実際は、世の中は損得がからむことが多くて、発達障害の人は真似ができないために損をするわけです。
たとえば発達障害の人以外の社員が全員、会社の駐輪場管理の人にあいさつをしていて、発達障害の人だけがあいさつしなかったら?
わたしが管理の人だったら、実はわたし、けっこう心が狭いから「なんだ、あいつ」と思うかも。
雑用係だと馬鹿にしてるのかな? この間なんて自転車を出してやったのに何も言わなかった。
なんて気持ちになって、その人の自転車はちょっと乱暴に扱っちゃうかも。
むしゃくしゃしたら、タイヤ蹴っちゃうかも。

これもまた、発達障害でない人だったら、管理の人の顔を見て「なんだかいつも不機嫌だな」と気づいたりするかもしれません。
さらに、人があいさつしているのを見て、「自分だけしていないから、気を悪くさせていたのかも」と察して、次からあいさつしたりします。
でも発達障害の人は人の表情を読み取るのが苦手なので、そもそも管理の人の感情なんて気づきません。
気づいても、ほかの人の言動から類推できません。
(つまりこれも複数の人の言動からパターンを抽出するわけです。あいさつをされるときは管理の人は顔がにこやかになるな、自分のときはならないな、自分以外の人は全員しているようだ、というように。)

というわけで、発達障害の人には悪気はないのですが、「いやなやつ」と思われてしまうことが多いのだそうです。

発達障害の人は、合理的なことはわかりますが、あいまいなことや雰囲気は理解しにくいのです。
だから「あいさつしてもらったほうが、誰だって気持ちがいいでしょう? だからあいさつするんですよ」というような、漠然としたことは理解しにくいそうです。
具体的に損と得を説明したほうがよいとある本では言っていました。(「アスペルガーの人はなぜ生きづらいか?」)
例のような状況でいえば、こんな感じになるでしょう。
「あいさつされると人は気分がよくなる。気分がよくなると多少のことは許せるようになる。逆に気分がよくないと、あなたに対して悪感情を持ったり、些細なことを根に持ってあなたに害をなすことがあるかもしれない。だから人にはあいさつをしたほうが、あなた自身が生きやすくなって楽ですよ」

大変ですね。
生きていく上で出会ういろいろな状況について、ひとつひとつ覚えていくわけです。
ほかの人がなんとなく周りを見て真似すればいいだけのことを――

長くなりましたが、最初に戻ると――
このときスキルアップ研修を受講するためにやってきた男性は、穏やかでいつもほほえんでいるような方。
口数は少ないですが、あいさつをしたり、少し話をしたりすると丁寧に答えてくれます。

見た目では障害が分からなかったのですが、発達障害でした。
クラシックが好きで、相当な音響装置もそろえていると知り、わたしもクラシックは好きなのでいろいろと話をしました。

この発達障害の方は、数日しかご一緒しなかったから分かってないと言われればそれまでですが、話しやすい方でした。
少し物事に執着するところがあり、それを流していくことはできないようでしたが、仕事で使う内容について流せないのはいいこととも言えます。
この方が発達障害のためどうもぎくしゃくして離職、次の職場のために求職活動をする際、アドバイスをした人は苦労したという話を聞きました。どうしても譲れない条件があって、そのことについては絶対折れない――どれほど職が見つからなくても妥協しなかったためだそうです。

たまたま、人当りのよいフレンドリーな肢体障害の男性が同じスキルアップ研修に来ていいました。
三人で会話したとき、「発達障害だとは思えない」とその方も言いました。

ご本人は、おっしゃいます。
「あ、そうですか。それは嬉しいです。なるべく気をつけているのですが、自分では分からないので。
でも昔はずいぶん、周りの人に迷惑をかけたというか、周りは大変だったろうと思いますね」
「そうですか? 今の**さんを見ていると、想像できないですね」
「いや、相当大変だったと思います。今は――まあ、ずっと努力してきましたし、少しはよくなったと思うのですが」

この方とお話しして、とても楽しかったです。
クラシックが好きだと分かり、わたしも好きなので話を聞きました。
面白いトリビアも聞かせていただいたし、こういう時代の曲が好きだと話すと、それについてお勧めを教えてくれたりしました。
でもきっと、話している間も、あちらは努力を続けていらっしゃるのだな、と思いました。
わたしが自然に、何も考えずに話しているときも、わたしの気を悪くしないように、努力して合わせてる。

たいていの人はそうやって人に合わせるわけですが、健常者なら自然にできるので楽なんですね。
発達障害の人は、「こういうときはこう」「こんなことはいわない」「こうしたほうがいい」という注意事項を守ることで対処しなくてはならないので、円滑に生きていくのに努力が必要になるんです。

長い努力の末に、魅力的な人格を作り上げた人を間近に見て、とても感慨深いものを感じました。
そのご苦労に頭が下がりました。

ところで、発達障害についての説明の部分では、分かりやすいように断定的に書いている文章がありますが、発達障害は個人差の大きい障害です。
一律には言えないのです。

でも、「発達障害の人の多くはこれこれこういう特性があるので、これこれこういうことになる割合が高いと言えます」というような言い方では意味がとりづらくなってしまいます。
何度か書き直して、やはり分かりやすさを優先することにしました。
しかし実際は、「こういう特性がある人もいるので、その場合はこうなる割合が高いと言えます」が正しい言い方です。
発達障害の人全員が同じ特性を持っているわけではなく、抱えている問題もさまざまです。

もう少し補足してみると――
どんな障害でも個人差は大きいと思いますが、それらは同じ症状のさまざまな側面であったり、程度であったりします。
発達障害は、目に見える特性が人によって違うことがあります。

たとえば、聴覚障害を考えてみます。
まったく聞こえない人もいますが、難聴の人もいます。
一度、スキルアップ研修に来た難聴の人と同じ電車になって、数駅一緒にいて、車両中に響き渡るような声を出して聞き取ってもらったことがあります。
反対に、声と口の動きで、顔さえ向き合わせておけばまるで聴者と話しているような人もいました。でもその人は、補聴器だけで対応することはできなかったようです。すべての音を拾って増幅してしまうからです。
補聴器をつけているけれど、話をするときは手話か筆談という人もいます。チャイムの音とか電話の音、車や電車が近づいてくる音などが聞こえるからつけているけれど、言葉を聞き分けることはできないのです。

さまざまな症状がありますが、すべて聞こえるか聞こえないかの程度であったり、タイプであったり、「聴覚」としてイメージしやすいです。

発達障害の説明の中で、「発達障害の人は、人の表情を読み取るのが苦手」と書きましたが、全員とは限りません。

発達障害の人は、文章で説明されるより図で説明されるほうが、理解しやすいそうです。しかし人によっては文章で説明されるほうが理解しやすく、図では分かりにくいそうです。(「ギフテッド」)

発達障害や自閉症の人は、音に過敏に反応することがあるそうです。
たとえば、すべての音が等価に聞こえてしまう――今、目の前で話している人の声も、窓の外を通る車の音も、そこに混じる遠くの救急車のサイレンも、時計がカチカチいう音も、すべてが同じ重要度で聞こえてくる。だからパーティーなど、多くの人が一斉に話しているような場所は苦手なのだそうです。
また、大きな音が苦手――誰かがドアを急にバタン!!と閉めたりすると、びっくりしてフリーズしてしまい、パニックになったり、腰が抜けたりするそうです。

このことからすると、音楽などはあまり好まなそうです。
でも今回紹介した人は、音楽が好きでした。
しかもクラシックでした。
クラシックは少しずつ少しずつ大きくなっていったり、わずかな音量・音程の違いを楽しんだりします。すべてが等価に聞こえていたら、楽しくないでしょう。
また、クラシックはかなり起伏があります。静かなメロディが続いているときに、シンバルがジャーン!!と打ち鳴らされたり、トランペットが大きな音で入ってきたりします。そういった音楽上の演出は、パニックになりそうです。

この方は、クラシックが好きというだけでなく、音響にかなりこだわっている方でした。
自宅にはかなりの音響装置を備えているそうです。
わたしと話しているときは、コンサートホールごとの音響の良し悪しを詳しく教えてくれて、興味深かったです。

「この5つの症状があれば、発達障害」とか、「これらの要件を全部満たしていれば、発達障害」というような分類はできません。
人によって、まったく逆の症状を示すこともありますし、発達障害の2人に同じ症状がないこともあり得ます。

ここでわたしが書いた特性は、あくまでも例です。

一律に考えることができないということ、個別の対応が必要だということをもう一度、お伝えしておきます。



●6年目:高次脳機能障害・発達障害
Chapter 2 発達障害



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■まえがきにかえて(おことわり)■


おわび

毎朝更新を目指していて、おおむね達成しています。

ですが、今日、記事ストックがなくなってしまいました。
言い訳ですが、そういうときに私事に仕事にの忙しさ。

そろそろこのPartにあとがきをつけて、次に・・・というところなのですが。

金土日――もしかしたら月とお休みをいただいて、
火曜日から(早ければ月曜日から)再開したいと思います。

続けて読んでくださっていた方がいらっしゃいましたら、
申し訳ありませんが、数日、臨時休業をいただきます。

今後ともごひいきのほど、どうぞよろしくお願いいたします。

ビジネス教養における苦労

わたしが担当として名を連ねているPCプラクティス以外にも、同じような形態のコースがある。
講師は外部の人扱い、非常勤ていうよりフリーランス。契約講師。
ビジネス教養プラクティスといって、ビジネスマナーやソーシャルスキルなどを教える。

パソコンを教えるといっても、健常者とまったく同じではない。
――たとえば「Shiftキーを押しながらドラッグ」といっても、片手の人は「押しながら」ができないとか。

同じようにビジネスにおける教養も、健常者とまったく同じではないらしい。

たとえばビジネス教養プラクティスを担当する雲仙先生が話していたことでは、このようなことが記憶に残っている。
「あたしはね、上座とか下座とかそんなのより、もっと根本的なことも教えたいと思ってるの」
「たとえばどのようなことですか? 伺ってもよろしければぜひ知りたいです」
「同じことを言うのでもね、選ぶ言葉や言い方によって印象が変わるでしょう?
たとえば電話応対をしていても、『こんにちは!』って語尾が上がるのと、『こんにちは』って暗く下がるのとでは、受ける印象が違うんですよ。そういうこと」
「ああ、なるほど」
「面接に行ってね、相手に『有休はもらえるんですか?』って聞くんじゃなくてね。
『自分はこれこれこういう障害で、月に2度は通院が必要なのですが、お休みはいただけるでしょうか?』って言ったほうがいいでしょう?」

ビジネス教養プラクティスの先生は、わたしが最初に出会ったのは作並先生だったが、その後松島先生になり、それから雲仙先生になり、松島先生が復帰して2人で交代制となった。
いろいろ変遷があったのだ。
雲仙先生にそういう話を聞いてから3年くらい経った頃、休み時間に松島先生と話していたとき、松島先生が言った。

「PCプラクティスでもやっぱり、障害があるとほかでの講習と違ったりします?
あ、でもそんなことはないですよね。パソコンの使い方は一緒ですものね」
「そうですねぇ。でも少し気を遣うこともありますよ。たとえばShiftキーを押しながらっていってもできないこともあったりとか。
だからいろいろなやり方をご紹介して、使いやすい方法を覚えてくださいというような言い方をしたり。
発達障害の方は言葉による説明が苦手なときもあるから、図で説明したほうが分かりやすいとか」
「あ、そうですか! なんかねぇ、今、発達障害の人たちが来てるんですけど、ちょっとねぇ、考えちゃって」

ちょうど発達障害のことを本や公開講座で少しばかり勉強した後だったので、わたしもつい勢いがついた。
「そうなんですか。実はわたしも発達障害の方がいらしたとき、ちょっと困ったときがあって、それで最近本を読んだり、講座に通ったりしたんですよ」

考えてみれば、ビジネスマナーやソーシャルスキルなど発達障害の人にとっては、まさに苦手なものに違いない。
わたしはビジネスマナー検定も受けたことがある。ビジネス文書を教えるにあたって、文書とマナーの検定を勉強がてら受けたのだ。
問題はまさに、「上を立てなさい」「空気を読みなさい」「周りに合わせなさい」「人の気を悪くするようなことは避けなさい」という結論の事例ばかり。
これこそ、発達障害の人にとって苦手な、漠然としたルール。「同じようにすればいいんだよ」という、類型を把握して当てはめる作業。論理的でない行動(たとえ上司の言うことに反対でも逆らわないとか、聞かれても答えないほうがいいこともあるとか、そういうときの上手なかわし方とか)。

わたしは自分が読んだ本、特に社会人としての事例が豊富だった「アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか?」から、いくつか興味深かったことを話した。
松島先生は「とても参考になりましたぁ!」と喜んでくれた。(が、ビジネスマナーを教えるような人だけに、大変上手に社交辞令を言ってくださったのかもしれない。)

とにかく松島先生のように、いわゆるソーシャルスキルを教える人は、発達障害はやりにくいだろうと思った。
そもそも健常者だって、「不合理だ」と思うことが多いのが、ソーシャルスキルやコミュニケーションスキルというものだ。ストレスをためてしまうことも多い。
発達障害の人がいかに社会で、また会社という組織の中で、生きづらい思いをするか――本でも講座でも、繰り返し述べられていたことだ。

松島先生は言う。
「なんかねぇ~、言われちゃうんですよ~。もっとこうしたほうがいいです、とかねぇ~」
「言われちゃうんですか」
「説明の仕方が分かりにくかったですよ、とか、意味がよく分かりません、とか」
「確かに、わたしたちパソコンを教えていても、言われることはありますものねぇ。
ソーシャルスキルとなったら、そりゃ大変でしょうねぇ」

「今日もねぇ、これこれこうしましょう、なんて言ったら、『自分はいつも努力してるんです。努力してもできないんです』って言われちゃって~」

松島先生は明るい人で、笑いながら言っているけれど、まじめに考えていないわけではない。
暗い口調で話さないので、どんな話題でも楽しくお話できる。でも口調は楽しげでも、真剣に考えている人だ。
――その証拠に、住んでいる地区の手話講習会に通っていると言っていた。
手話は習得に時間と労力がかかることが容易に見てとれるので、年間に100日も出勤しないような講師は勉強する気が失せる。
雲仙先生も「手話はね、勉強しようと思ったこともあったけど、やめたわ! あたしがカタコトで手話をするより通訳に任せたほうがいいから。そのほうが間違いもないでしょ」と言っていた。
わたしも勉強しようと思わないまま2年くらい働いていたし、勉強を始めても挫折と中断がたくさんあった。

そんな松島先生――
「『もうこれまでずっと努力してきてるんです』って言われちゃうとねぇ。そうですよねぇ~なんて、思っちゃいますよねぇ。
努力してもできないんですっておっしゃるので、こちらもねぇ。何も言えないというかねぇ~」

努力はしているのに、成果に結びつかない。
発達障害の人たちのソーシャルスキルの問題では、よくそれが本に取り上げられていた。
当人たちは必死の思いで頑張っているけれど、その頑張りがちょっと的を外れていて、成果をあげない。
というのも、発達障害の人と健常者の理解の仕方や、考え方・捉え方の脳細胞の道筋が違うからだ。

わたしがとても印象深かった、「サル山のボス理論」を説明する話をすると、「なるほどねぇ」と言っていた。
つまり、空気を読んで周囲の人に合わせなさい、という漠然としたことを言われてもできない。最後には「そんなの合理的でない」という結論に至って、やる気も失ってしまう。

本の著者である臨床心理士(たぶん)は、言うわけだ。
「そうしたほうがあなたにとって生きやすくて得だと思う」と。理由を明解にする。
漠然とした「それが世の中のなんちゃらかんちゃら」というようなおためごかしは言わず、「それが社会のしきたりで、外れると辛い思いをするのはあなただから」と。「あわせたほうが楽に生きられるし、あなたも得をする」と。
「人生を損得で考えるなんて」というような考えから、まわりくどい言い方をしてしまうと、理解しにくくなる。

そしてサル山のボス理論も、聞いているとちょっとたじろぐほど明確にハッキリと、醜い人間心理と人間関係を描き出す。
そうでないと理解できない。あいまいに上手にボカしてしまっては、健常者としては受け入れやすいかもしれないけれど、アスペルガーの人にはそもそも理解できなくなってしまうというわけだ。

「日本はこういうことをとても大事にしますから、本当に生きにくいでしょうねえ。
まだアメリカなど個人主義の国のほうが、発達障害の人が生きやすいと書いてありましたけど、そうだろうなあと思います」
とわたし。

松島先生。
「外国に住んでいたことがあるという方もいらしてねぇ。
その方が言うには、やっぱり欧米のほうが住みやすい、楽だっておっしゃるんですよ~。
私の立場では言えませんけど、そういうことを聞いちゃうとねぇ。
苦労して日本で暮らさなくても、外国で生活なさったら、なんてねぇ。思っちゃいますよねぇ」

本当ですね――。

ちなみに松島先生、やはりとても真摯に仕事に取り組んでいらっしゃる。
このときの話で良かった本を紹介し、図書館にもあったりするから自分は図書館で借りたと付け加えておいた。
なかなか買うところまで自己投資できないものだし。

すると次に会ったとき、「同じ本ではないが、自分も発達障害の本を借りて読んでいる」と言っていた。

この真摯な姿勢、わたしも見習わなければね・・・・・・



●6年目:高次脳機能障害・発達障害
Chapter 2 発達障害



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■まえがきにかえて(おことわり)■


Yさん

高次脳機能障害の人向けのPCプラクティス、人数は少なくて数人だった。

高次脳だと知っていたから、ゆっくり進むはずだった。
このときの進行役はわたしだった。

といっても4人か5人だったので、誰かが「病院受診です」なんて休んだりすれば、マンツーマンに近いほど。
フォロー役は暇で楽な回だった。
高次脳のときは、人数が少なくても油断はできない。誰かがつききりでないと進められないことがある。
でもこのときは、初日に見たところそういう人はいなかった。

初日に1人お休みの人がいて、2日目にやってきた。
それがYさんだった。

「自分は言語障害があるので、ゆっくり話してください」
Yさんは教室に入って来ると、前日休んだことを詫びたあとに言った。
初日は思ったより問題がなく、サクサク進んだのだが、そのまま最後までは行けなかったか。

この日はもう簡単に表を作成して、計算したり書式をつけたりするところまで、すっかり終わっていた。
前日お休みの人がいたので、キリの良いところで終えるようにして、翌日は練習時間をたくさんとろうと思ったのだ。
そうすれば、その間に追いつくことができる。

練習時間は長くとることになった。
Yさんが終わるのを待ったからだ。

その間、フォロー役の人がYさんの横についてマンツーマンで進め、それ以外の人の対応はわたしがしていた。
Yさんが追いつくのを待って、全員で次の章に進んだ。

マンツーマンで昨日の内容を進めているときは、Yさんは問題がなかった。
短い時間で追いつくために、横にいるフォロー役の人はだいぶ早口だが、操作できていた。
全員で一斉に進めることになって、わたしはYさんの自己申告があったから、意識してそうとうゆっくりしゃべった。
操作もゆっくり。戸惑った顔をしていたら、もう一度繰り返した。

マンツーマン状態のときは早口でも不安な顔を見せず、操作も早かったYさんだったが、わたしが進行して全員で操作を進めてもらうとつまずいた。
相当ゆっくり話したと思うし、「分からなかったのかな?」と思ったら繰り返しもしたのに。

わたしの反省点としては、2点あるとあとから考えた。

1つは、「ゆっくりすぎても分かりにくい」ということ。

もちろん早口で話されては分かってもらえないのだろう。
でも早口で話しているわけではないのに相手に通じないのは、ほかの要因も考えられる。
単語が難しく聞こえるもので拒否反応が起こった。概念が理解できなかった。遅れるかもという緊張のあまり、ぼうっとしてしまった。その他。
そういうとき自分の細かい状況を正確に見極めて、「**や**という単語が難しくて、認識するのに手間取っているうちに話が先に進んでしまって、その時点からよく分からなくなって結局混乱してしまいました」なんて、正確に伝えてくれる人はいない。
「早くて分かりませんでした」「ゆっくり話してください」となる。

だから「ゆっくり話してください」を真に受けすぎてはいけないのだ。
あまりにスローなしゃべりは、逆に分かりにくい。

2つめには、繰り返さないほうがよかったかも、ということ。
繰り返すと言葉数が多くなる。
理解できた人にとっては「ああ同じことを繰り返してるな」と分かるけれど、前の文章が頭に入らなかった人には「また次の説明が始まった!」という焦りになるだけかもしれない。

いっそ、その人の席まで出向いて、直接話しかけて操作を導いたほうがいい。
フォロー役が有能できちんと仕事をしてくれる人なら、任せてしまって一定のペースで進行し続けたほうがいい。

3つめを挙げるなら、「仕方ない」。

全員で進めるのと、マンツーマンで進めるのは違う。
全員で進めるときは、受講者さんの側の負担はどうしたって大きい。

「××ボタンをクリックしてください」という単純な操作ひとつとってもそうだ。
一斉授業のときは、受講者さんはまずそのセリフを理解しなくてはならない。「ああ、ボタンを探してクリックするんだな」
それから自分が操作している画面で、自力でボタンを見つけなければならない。
見つからなければ、講師の画面を確認しなければならない。「ああ、この場所のこのボタンか」
そしてまた自分の画面で探して、クリック。

マンツーマンなら、「××ボタンをクリックしてください」と言って、迷っているなと見てとれたら、ボタンを指で指してしまえばいい。
あっという間だ。

だからマンツーマンで進めたときは早口でも理解できて不安も感じず、一斉授業になるといくらゆっくりやっても「早い」と言われる。
わたしでなくてほかの先生が進行しているときはこんなことないのに、と落ち込んだこともあった。
けれど、今は落ち着いていられる。
仕方ないときもある。
ほかの先生のときうまくいくのは、わたしのフォローがうまいからだ。

ちょっと天狗に聞こえそうだけれど、わたしもインストラクターとしてはもう10年選手。
サブとしての能力やレベルも、受講者さんの気持ちの和らげ方も、ずいぶんアップした。
入ったばかりの頃とは違うのである。
短所を認めるのも大事だけれど、長所も客観的に把握しなくては。

それに、スクールでは受講者さんとの距離が近いので、外での講習会よりサブの役割が大きいのだ。
サブが変わると教室の雰囲気も変わり、それに伴って受講者さんの満足度や講習の成功度も変わる。

講師の存在の大小は回にもよる。
高次脳のクラスでは、雰囲気も重要になることが多い。
うまく言えないが――
分かりやすい説明だったかどうかより、分かると思えたかどうかが重要というか。

ゆっくり話していると思えること、難しい単語がなく平易に感じられることなども重要だ。
でも何よりも、あれ?と感じたときすかさずサブ役が助けてくれること、そのときさりげない助け方であること(自分はできないという思いを抱かせない)。そっちのほうが重要だ。

高次脳になった当人は、不安を感じていると思う。
昨日まで人のしゃべっていることなど意識しなくても頭に入ったのに、今は耳には入るけれど意味をつかみにくい。
書類だって本だって、読めばすぐに理解できたのに、今は2度3度読み直してもすぐには分からない。

仕事の指示や家族に頼まれたことを覚えていられない。
キレやすくなってしまう。
新しいことを覚えるのが難しい。

――全員が同じじゃないから、何がどのくらい苦手かは人によるだろうけど。

分かるという安心感、できるという安心感が大切なのかもしれない。

たとえばYさんにしても、別にパソコンを使ったことがないわけじゃないし、もしかしたらかつてはバリバリ仕事をしていたかも。
年齢的にも上の人だったから、部下に指示をする立場だったとしてもおかしくない。

以前使っていた機能のときは、つまずきも少ない。
それに分からないという顔もしない。
話しかけると落ち着いた表情で答えてくれる。

でも以前はExcelで計算することはなかったそうで、計算のところではおぼつかない感じだった。
どんなにゆっくり話しても早くて理解できないと言うし、言葉を変えて言い直してみても分からないと言われた。

説明で分かってもらおうとするのは諦め、問題をできるだけやってもらおうと思った。
あまり複雑でない問題を渡して、「割り算だからイコールを入力。そこは合計だからオートSUMのボタン。そこは割り算だからイコール、そこはボタン」と繰り返した。
そのつど「引き算、掛け算、割り算だったらイコールを入力、合計とか小計だったらオートSUMのボタン」と呪文のように唱えてみた。
たまに平均だの最大だのが出てくるから、そのときはまた違う呪文「平均、最大、最小は横の三角から」を唱える。

言語障害があるYさんには、繰り返しやってみることのほうが合っていたようだ。
でも最初から説明を投げてしまうことはできない。
聴覚の人も体験型の人が多いけれど、聴覚の人は気にしない。言葉での説明にこだわらないのだ。
でも高次脳の人は、もとは文章型の理解だった人が多い。(発達や聴覚の人でなければ健常者は文章型の人が多い。)
だからやっぱり文章の説明を知りたいし、それで理解するほうが慣れている。
あくまでも体験型学習は説明の補助と捉えるべきだと思う。

わたしのような素人が言うことではないかもしれないけど。

言語障害があるとあらかじめ申告する人はいく人もいた。
でもこちらの理解が及ばず、Yさんと出会うときまでこういうことは考えつかなかった。
ただ言葉を理解しにくい、言葉を発しにくいと思っていた。

Yさんの状況はYさんだけのもので、全員が同じわけではない。
だけど、まったく共通点がないわけでもない。
Yさんと出会ったタイミングが良かったのだと思う。多少経験を積んで、わたしの受け入れ準備ができていた。

Yさんとの出会いには感謝している・・・・・・



●6年目:高次脳機能障害・発達障害
Chapter 2 発達障害



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■まえがきにかえて(おことわり)■


Xさん

あるスキルアップ研修、内容はEXcelだった。
受講者さんは男性が多くて、そのうちの1人がXさんだった。

Xさんは、50代に入っていらっしゃるかなという感じ。
以前にスクールに通っていた。卒業生なのだそうだ。

Xさんは物静かな方で、だいたいこういうとき「物静かな人」と「人」で統一してきたのに、つい「方」と言ってしまうような品のある印象だった。
一見したところ、何の障害か分からない。
でも、実は手や足に少し麻痺があるとか、ほとんど普通に会話ができるけど少し聴覚障害とか、見た目ではまったく分からない内部障害とか、いろいろあるので気にしなかった。

そのときの受講者さんにはもう1人、男性で見た目では分からない障害の人がいた。
その人は前にもいくつかのスキルアップ研修に来ていたので、よく知っている。
確か右上肢の肢体障害だということだが、そう聞いてもやっぱり分からない。

そういう人もいるので、なんとなく同じように考えていた。
ほかの人は、聴覚障害、肢体障害とすぐに障害の様子が見てとれたので、受講者資料を見ないまま始めてしまった。

2日目になって、そういえばXさんの障害って何だろうと思い、資料を見ると、「発達障害」だった。
次に発達障害の人がスキルアップ研修に来るときには、こういうふうにしよう――そのための自分なりのマニュアルまで作ったのに、もう今さら遅い。
いきなり明日からやり方を変えるのも変だ。

それにしてもXさんは全然分からなかった。
発達障害の人は一見したところは分からないが、「あれ? もしかして」と思うところがあったりして、それで資料を見るとやっぱり発達障害。そういうことも多い。わたしもさすがに経験を積んでいるし。
でもXさんにはそういうことがなかった。
本当に発達障害? と不思議に思うくらいだった。

たまたまその日は飲み会だった。
事務の花咲さんが上から下まで仲の良い人を取り持ってくれて、役職の幅を超えた飲み会の輪ができていた。
花咲さんの好意で、わたしもときどき誘ってもらっていた。
こじんまりした有志の飲み会だ。(でなきゃわたしは呼んでもらえない。)

レギュラースタッフの方々はなかなか抜けられないが、テンポラリーの人は終業時間にすぐ出られるでしょう。ということで、一足先に店へ。
花咲さんと江津先生と歩いて行った。

歩きながら花咲さんに話しかけた。
「Xさんは発達なんですね」

「そうなんですよ」と花咲さんも言ったが、江津先生も「あ、Xさんね」と話に入ってきた。
「彼はねぇ、本当に大変でねぇ」――でも何が大変か聞かないうちに話が先に進んだ。
「事例として発表に使わせてもらいたいくらいのねぇ」――それは典型という意味なのか、こういう例もあるというサンプル的意味なのか、分からないままだった。

「就職も大変だったんですよ」と江津先生。
「そうなんですか」と花咲さん。
わたしは聞くことに徹することにした。
「彼はおうちにこだわりがあって。クラシックが好きで、音響機器に凝ってるんですよ。
いい音で聴くための機械を使ってるから、おうちも防音で。マンションだったのかな?
その家賃を払えるような仕事じゃないとって言って、でもそんな仕事が見つかるかどうかっていうので、何度も話し合いをしたりね」
「でも見つかったんですね」
「ん、幸いね、それだけのお給料を出すっていう会社があってね。
まあ、彼はもともとその方面の仕事をしていて、スキルはあったんでね。
ただ、やっぱりちょっと、働いていた会社がね、時代の流れとかいろいろあって、求めることが多くなってきちゃってね。
それで重くなってしまって辞めたっていう経緯があるからね」

つまり、公開講座や本で説明されていた、「最初は良かったが、やがて年数が経って管理職、つまりゼネラリストになることを求められて、発達障害の人は苦しくなることがある」「時代として、技術者でありながら営業をするなど、社会性を求められることが増えたために困難が大きくなっている」ということか。

Xさんが好きだというクラシック、わたしも好きだった。
通の人ほど詳しくはなくて、「好き」のレベルは全然違うんだけど。

翌日「クラシックがお好きだと伺いました」と話しかけてみた。
「わたしも好きなんですよ、詳しくはないんですけど。どんな曲がお好きなんですか?」
Xさんが好きな作曲家はマーラーやブルックナー。マーラーの交響曲1番は素晴らしいという。
それはわたしの守備範囲外だが、しかしブルックナーなどは男性の通に言わせると「女性には理解できない音楽」だという意見も多いようなので、守備範囲外であっても問題ない。
むしろ、女のくせに(という言い方は語弊があるかもしれないが)、「私もブルックナー大好きです」と言うより信頼される。

Xさんは穏やかに話す。
わたしが「ブルックナーは女性には理解できないという人もいますけど、わたしは本当にあまり良さが分からないんです」と言うと、「ああ、そうかもしれませんね。女性には合わないかもしれません」と答えた。
――人によっては、「そんなことはないでしょう」とか、フェミニズム的発言を心がけるかもしれないけれど、正直に思ったことを言うのは発達障害だから?
でもそれほど嫌な発言ではない。こちらから言い出したことだし。

わたしはバロックやルネサンスなどの調和の音楽が好きだ。
そう言うと、Xさんはアドバイスをくれた。
「それなら**ホールがいいですよ。バロックとかですね、そういった時代の音楽は、大勢に聴かせるためのものではないんですね。王室の人に聴かせるためのものですから、大きいホールは合わないんです。小さいホールのほうが合うんですね。**ホールは私が知っている中では、そういった室内楽に向くと思いますね」

Xさんはホールにも詳しそうだったので、どのホールが音がいいのか聞いてみた。
通の人は実に詳しいらしいし、人それぞれ意見が違うと思ったからだ。
「私はですね、**会館の○階席が一番いいと思いますね」
――それはそれは! あまりそういうときに挙げられることのない会場名だったので、いいことを聞いたと思った。
「**会館は××にあるホールですよね。わたしも何度か行ったことがあります。あそこがXさんの一番のおすすめですか」
「そうですね。昔からありますけど、あそこが私の聴いた中では一番でしたね。○階席です。
△△の***ホールなどは良くないですね。ずいぶんお金をかけて建てたらしいですが。
立地がいいので人は集まりますけど、音はあまりきれいに聞こえませんね」

Xさんとは趣味の話をきっかけに、研修後半は何度か話をした。
興味深いCDも教えてくれた。(それは図書館で借りた。)

話していてもXさんは穏やかな笑顔、あれ?と思う発言もない。
Xさんは自分の障害について、受け入れているらしかった。
「やはり、自分は人とうまく折り合いをつけていくのが苦手ですから、周りの人には迷惑をかけることもあります」

「でも全然分かりませんよ」
そのとき一緒に受講していた男性も言う。「そうですよねぇ。全然分からないです」

「そうですか。それは嬉しいです。自分で努力はしているので」
「やっぱり努力していらっしゃるんですね」
「ええ、してます。でもやはり、昔を思い出すと、まあ若い頃や学校に行っている頃など、周りは大変だったのではないかと思います。思い出すとそう思いますね」

Xさんは今でも人生が楽になったわけではない。
努力しなければ、人とのつきあいをスムーズに運んだり、楽しんだりすることはできない。
――努力すれば楽しめるのかどうかも、分からない。

いつもいつも同じことを言うけど、どんな障害にももちろん困難はある。
だから比べることはできないけれど、常に努力して社会を生きていくのは、大変だと思う。

それからこれもいつも同じことになってしまうけれど、個人によって違いがある。
誰もが努力すればできるというものではないだろう。
障害の種類や程度も違うので、「ほかの発達障害の人も努力すればいい」と単純なことは言えない。
努力しても努力しても実らなくて苦労している人もいる。
努力の仕方が分からないとか、あまりに苦しくて努力できない人などもいるかもしれない。

ただとにかく、Xさんは努力していて、幸いにもその努力が実っていた。
わたしはXさんと話せて楽しかった。

Xさんのほうも楽しめたならいいのだが・・・・・・




●6年目:高次脳機能障害・発達障害
Chapter 2 発達障害



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■まえがきにかえて(おことわり)■


学習障害

一度だけ、「この人は学習障害です」という人に出会った。
LDと略されるものだ。
もしかすると、「発達障害」と言われても、症状の中にLDやADHDを含む場合があるのかもしれないが、そういった詳細情報はわたしには知らされない。
障害名や情報より、その場その場で相手と向き合いながら、即興的に対処していく仕事である。
――即興的と言っているのは、わたしが常に短期間のコースばかり担当していて、ゆっくりじっくり向き合う時間がないからだ。
わたしに求められるのは、察知する力と即興対応力である。

さて。

人が集まればいろんなシーンが展開される。
わたしが出会うシーンはささやかなものだけど。

あるとき、Wordのスキルアップ研修で、2人の若い男性がやってきた。
おばさん風に言えば「男の子」。つまり20代だった。

「学習障害」だというスーツ姿の若者と、知的障害が少しあるという若者。
学習障害と言われても、どういうことか、当時のわたしには分からない。
――今も分かっているとは言えないが。というか、全然分かってないか。今でも。

職業訓練時代のEP先生の授業では、作品発表をしていて参加型だった。
それがとてもよかったので、わたしもできるときは発表っぽいことをするようにしている。

Wordだったので、課題文書をお互いに見せ合うことにした。

好きなように書式を設定してもらう。
色のついた下線を引いたり、自由にフォントやフォントサイズを変えたり。

2人しかいなかったので、お互いに見せ合って、それぞれ感想を言うことにした。
わたしはどちらにも感想を言う。

まず学習障害の若者の文書。
「これこれで、とても分かりやすいと思いました」と知的の若者が感想を言う。
わたしも良いと思ったところをほめる。

次に知的の若者の文書。
「ここはこうしたほうがいいと思う。ここがこうなっているのはよくないと思う」と学習障害の若者が感想を言う。

――わたしはあわてて良いところを挙げてほめる。
だって、学習障害の若者は、誉めることは一度もなく、注意点や改善点ばかり指摘するのだ。
わたしも改善したほうが良いと思ったことがあった。
「この色の蛍光ペンは人によっては見にくいかもしれないから、色を工夫してみては?」と伝えるつもりだったが、とても言えない。

学習障害の若者は、何事につけ、常に批判的だった。
相手を誉めたり、いいところを取り上げたりはしなかった。
やっぱり「こうしたほうがいい」という問題点のほうが目立つものだから、仕方ないのだろう。悪気があるわけでは、まったくない。
ただ、いわゆる「気配り」が足りないだけだ。

――こういった障害特性があることは、後から学んだ。

当時のわたしは「こ、これは学習障害だから?」と疑問符だらけ。
学習障害を含む発達障害だった場合、社会性を身につけるトレーニングも必要な場合が多いし、障害によるものだったのだろう。
(学習障害の人すべてが同じように社会性に問題があるわけではない。繰り返しになるが個人個人違う。)

これはわたしが素人だったがゆえに失敗した例だ。
つまりわたしの怠慢なのだけれど、でもPCプラクティス講師は全員素人なのだ。言い訳にはならないかもしれないけど、仕方がないのである。

このことをずっと後になって、ビジネス教養プラクティスの作並先生に話したことがある。
すると作並先生は言った。
「ビジネス教養プラクティスはビジネスマナーのようなものを教えるわけですが、私の授業はディスカッションやグループセッションとか、ロールプレイングなどが主なんです。
そのとき私は、皆さんに言うんです。いいと思ったことを教えてください、って。
そうでないと悪いことばかり言っちゃう人がいるから」

ああ、なるほど!!

作並先生、仕事で関わらないときはとてもいい先生だったのだが、PCプラクティスにフォロー役で入ったことがあり、申し訳ないけど役に立ってくださらなかった。
なので、わたしとしてはちょっと含みがある。以前に作並先生のことを書いたときはそういう内容だったと思う。
でもこのアイディアはわたしの蒙を啓いてくれたので、感謝して今でも使わせていただいてる。

「皆さん、就職のために学んでいらっしゃるのですから、ビジネスマナーやコミュニケーションスキルの練習も兼ねて、なるべく相手の良いところを見つけて感想を言うようにしてください」

学習障害というのは、知的発達に遅れがないが、聞く・話す・読む・書く・計算する・推論する能力のうち、特定のももの習得と使用に著しい困難を示すものだ。
状態はさまざまらしい。

しかしこの「良かった点のみ指摘」というのは、大変いいものである。
別に発達障害のような致し方ない場合でなくても、性格から欠点ばかり指摘する人もいる。
中には、「いや、そこは今のままのほうがいいですよ」ということもある。

ただここが難しいところで、講習をしている講師にとっては、いずれもお客さま。
「いえ、このままでいいと思いますよ」と言ってしまったら、指摘した人は否定された気になるかもしれない。
それは避けたい。
だいたい、「ここをこうしたほうがいいと思う」と意見したのに、「いえ、私はそうは思いません」と否定されるほうが傷つくものである。
申し訳ないが、指摘された人には「そうかもしれませんね。でもこれはこれで考えられているとは思いますよ。今のご指摘の観点からも考えてみて、より良いものにしていけるといいですね」と苦しい言い訳をするしかない。
指摘された人は傷ついたままになってしまうが、意見したのに否定されたら、そちらのほうがトラブルに発展する可能性が高いので、泣いてもらう。

なので、最初から「良い点のみ挙げる」というのは、実にお助けマンなやり方なのである。

PowerPointやWord、HTMLやホームページ作成サイトなどの講習のときは、大いに活用させていただいている。
ちなみにわたしは自分なりに付け加えている。
――改良とはっきり言いたいところだが、謙虚になっておこう。良くなっているといいなぁ。

「他の方の作品に対しては、良かった点を述べていただきます。
ご自分の作品については、工夫した点や反省点などを述べていただきます」

つまり改善点は、自らの作品について申告していただくのである。

あのときの知的障害の若者には、あまりうまくフォローできなかったが、そのときの忸怩たる思いがきっかけとなって、その後はわたしのやり方も改良された。
改善されたと信じている・・・・・・



●6年目:高次脳機能障害・発達障害
Chapter 2 発達障害



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