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スキルアップ研修にて

その研修は受講者さんが少なかった。
なんとたった2人。
――でも開催される。なぜなら必要だから。

まるでお役所のような話だが、実績が必要だから。
前の年の受講者数と比べるとだいぶ少なかったので、花咲さんは少し困っていたのだ。
不景気なときは、会社も厳しくなる。仕事を休んで研修なんかに行ってほしくない。
だから受講者数が少なくても仕方ない年だってあるけれど、そんなことは知ったこっちゃないのがお役所ってものの仕組みだ。

集まった2人の人たちは、聴覚障害と発達障害のどちらも女性。
冬で年度末に近い時期にやってくる人たちは、やっぱりあまり多くない。
そういうときに来るのは、切羽詰まった理由があるからってこともある。

聴覚の女性はそうだった。
今までCADを使って仕事をする部署にいたが、一般事務的な部署に異動することになった。
そこで主に使うソフトはExcel。Excelを使えないことには話にならない。
そこで、研修のお知らせを見た会社が、渡りに舟と送り込んできたのだった。

わたしも花咲さんも、「会社の要望に応えねば!」と気を張った。

ちょっとそれにつられたところがあるかもしれないが、もう1人の発達障害のKさんに対しても、「会社に帰ったとき、研修に行かせた甲斐があったと思ってもらえるように」と気を張った。

スキルアップ研修は少人数なので、一斉授業はしない。
各自でテキストを進めてもらって、わたしはきめ細かなフォローをする。(できてるかどうか心配だが、するべく努力する。)

見ていたら、効率のよくない方法を使っていたり、練習問題になると「あれ?」と思うようなことをしていたり、2人とも気になるところがあった。
こういったところをできれば直して、会社に帰ってもらいたい。

注意深く見ていて、「あ」と思ったら声をかけるようにした。
2人しかいないので、なぜこうしたほうがいいか、こうしないほうがいいか、丁寧に説明できた。

聴覚の女性はわたしの口出しを自然に受け入れてくれて、「あ、そうか!」という楽しい雰囲気が続いた。
とにかく自力でやりたくて、あまり横から口を出されたくないという人もいるが、なぜか聴覚にはそういう人が少ない。
むしろ口出し歓迎、分からなければ向こうから呼んじゃう、という人が多い。

もう一人の女性Kさんは発達障害。
若くて――当然わたしと比べたら何歳も、いや10~15歳くらいは若い。下手をしたら20歳くらい若いかも?
大きな声ではきはき喋る人だった。

Kさんのほうも後ろから見ていると、不思議なことをしている。

「最大値を求めなさい」という問題に、一生懸命AVERAGEを入れている。
これがSUMなら納得なのだ。
オートSUMのアイコン横の▼をクリックしようとして、誤ってアイコンそのものをクリックすることはよくある。
「あ、SUMが入っちゃった」という。
でもAVERAGEというのは、明確に選ばなければ入らないものだ。
それに入った後、範囲選択をしているし、「何か違う」と思ったのか別の範囲を選択してみたり、どこかをクリックしてみたり、ボタンをもう一度クリックしてみたり、いろいろしたあげく、元に戻している。

とにかくさまざまなところで、「?」と思う操作をしている。
「テキストを読みながら進めてください」と言ってあるけれど、もしかしてテキストを読んでいないのかも? と思った箇所もある。
さっきテキストでやったはずなのに、この練習問題の解けなさを見ていると、テキストの内容を理解していないとしか思えない、という箇所もある。
問題文に対して、やり方を考えて操作するのではなく、今まで出てきたボタンをとりあえず全部クリックしてみてる? と思った箇所もある。

これはもう、相手が思いつくのを少し待つというレベルではない。
そう思って、目に余るときは介入してみた。

授業形式をとっていないので、正しいやり方を覚えてもらう機会がない。
介入しなければ最後までそのままで進んでしまう。

「これは問題に最大値と書いてあるので、このボタンから最大値をクリックしてください。
今はAVERAGEが入っています。
AVERAGEは平均の関数だから、それでうまく答えが出ないんです」

Kさんは頭の良さそうな印象だったし、たぶん大学も出ている。
それになんとなく、おせっかいを好まなそうでもあったので、説明は短めにした。

でも割と早い時期に、彼女の限界が来た。
1日目の午前中、まだ始まって2時間も経たないうちに来た。

「自分で最後まで考えてみたいんです」

うわー! 来てしまった!!

これは最後通牒だ。
「口出ししないでください」という――
これを言われてしまったら、もう何もすることはできない。

「ああ、そんなやり方をしていては答えが出ないなぁ」
「ああ、あんなにいろんなボタンを次々クリックしてるけど、覚えてないんじゃないかなぁ」
「あのまま進むと、後からどうにもならなくなるんだけどなぁ」
――と思っても、もう何も言えない。

彼女がえんえんと思いつく限りの操作を無駄に繰り出すのを、ただはがゆく見ていることしかできない。

「自分で考えたいのは分かるけど、ここはまずヒントを読んでから進めたほうがいいですよ」なんて口を出したら、Kさんはストレスがたまってキレてしまうかもしれない。
キレるというのは限界が来るという意味だ。乱暴なことは言ったりしたりしないだろうけど、Kさん自身がイライラしてしまうだろう。

結論を言うと、まあ、なんとななったのだ。

Kさんは知能の高い人だ。
だからわたしには不思議に見えるやり方でも、結果的には正しい答えにたどりつく。
2日目になるとわたしもそのことを悟ったが、1日目は「うわー」という思いだった。

時間中に花咲さんがそっと覗きに来て、「どうですか?」と言った。
「今回は人数も少ないし、内容もExcelだから問題ないですね?」
(わたしは難しい内容、VBAとかHTMLとかになると、ときどき壁に当たるけど、今回は平気でしょ、という意味だ。)
「内容の壁はないんですけど、発達の壁にぶち当たってます」

明日までしかないから、何か方策を考えないと・・・・・・



●6年目:高次脳機能障害・発達障害
Chapter 2 発達障害



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