FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ある秋の一連の日記 06:最終日

最終日である。

――マルファン症候群のUさんは、結局まったくタッチタイピングにならなかった。

Uさんにもやる気が少し欠けていたとは思う。
「今それなりに入力ができるのに、矯正しなければらなない」というときのほうが難しい。
どうしても慣れたやり方に戻ってしまうからだ。
矯正するには本人のやる気が必要だ。
または、まるで子供みたいにひたすら注意して、押し付けて、体で覚えるまで講師が手を緩めないか。

Uさんはそもそも、スキルアップ研修に来る必要をそれほど認めていなかったのだと思う。
「今できているのに」

もうひとつ、Uさんは大変な障害を持っている。
「自分は指が長すぎるからできない」「自分の手は大きいからやりにくい」「目も見えにくいから、どうしても顔を画面に近づける。それはどうにもできない」
なんだろう――言い訳とは違うのだけれど、できなくて仕方ない、できるほうがおかしいと思ってでもいるような。

とにかく最終日だ。
姿勢を崩さずに入力できる方法を考えなければならない。

Uさんは、手元→画面→手元→画面と見ているとどんどん姿勢が悪くなるから、なるべく長く入力して一括変換したらどうかと以前に勧められたようだ。
効率がよいからと、そういう方法を勧める場合も多いようで、そういう入力方法の人もよく見る。

たとえば普通だったら、文節ごとに変換することが多い。
『ふたりが』 変換 『もりのなかを』 変換 『みちにまよって』 変換 『あるいていると』 変換 『いえを』 変換 『みつけました。』 変換 確定

長く入力して一括変換する人は、少なくても一文。ときには何行も何行も入力して、順番に変換していく。
『ふたりがもりのなかをみちにまよってあるいているといえをみつけました。ちかづいてみるとそのいえはおかしでできていました。びすけっとのやね、ちょこれーとのかべ、きゃんでぃのどあ、おなかのすいたふたりはむちゅうになってたべました。』
変換 (この時点で全体が自動的に変換される。まず『ふたりの』が『二人の』と正しく変換されているか確認)
→キーなどで文節カーソル(太い下線)を移動
変換 (文節カーソルがとなりの『もりの』に移る。『森の』となっていれば、そのままスルーし、『盛りの』などになっていたら、変換し直す)

実際にはひとつひとつ『→』キーで文節カーソルを移動しなくてもいい。
すべて変換がうまくいっていたら、Enterすればいい。違っているところがあれば、そこまで文節カーソルを動かしていって変換し直す。

ちなみにもし、「道に」「迷って」が「道に間」「寄って」などになってしまったら、Shiftキーを押しながら→キーや←キーで文節の長さを調節し、「みちに」「まよって」という区切りにする。
たいていはうまくいくから、これも間違っているところだけでいい。

たしかにこれなら、ちょこちょこと画面と手元を見なくていい。タッチタイピングさえできていれば。
ひたすら入力してしまって、順番に変換していくのだ。

でもUさんはまだキーを正しい指で打つところまで達していない。
間違っているところがあると、変換したときうまくいかない。そこでつまずいて打ち直したりするので、そこから先の変換は消してまた入力し直す始末。
(Wordなら変換キーを使えば簡単に変換し直せはするのだが。)

「Uさん、正しい指で打たないとタイプミスが多くなります。間違いがあると、あとからまとめて変換する方法では修正が面倒だから、もし決まった指で打たないのなら、こまめに変換したらどうでしょう」

これは最初に花咲さんから聞いた「姿勢を保つためになるべく見ないで」という今回の目的とは違ってしまう。
でも「指を定めるか、こまめに変換するか」、どちらかだと思う。

Uさんにそのことを言ってみたら、「じゃ、変換する」ということだった。

けれどやってみたら、それでは画面を見ようとしてすごく姿勢が悪くなることに気づいた。
失敗だ・・・・・・

でも最終日なので、もう復旧する時間はない。
Uさんはもう次のスキルアップ研修の予約はないし、もう何もできない。

残念な結果だった。

Uさんはかなり障害が進行していて、背も湾曲している。
目も少し見慣れない状態になっている。つまり障害の症状が出ているのだと思う。
でもいろいろなことを楽しんでいる人だった。

食べ歩きが好きだそうで、あちこちの店に行くのが楽しみらしい。
せっかく来たのだからと、スクールの最寄駅や、沿線の途中の駅などで降りて、グルメを楽しんでいるそうだ。
「昨日は**駅まで行って、カレーを食べましたよ」
「へぇ、そうなんですか! 駅の近くですか? なんていうお店です? おいしかったら行ってみたいです」
「そうですねぇ、普通かな」
「なぁんだ、普通ですか~」

いろいろなところに写真を撮りに行ったりもするそうだ。

そういう話を聞いて、かなり活動的に過ごしている様子に刺激を受けた。
でも、わたしの仕事としては、残念な結果だった。

VさんとWさんは明日からのExcel基礎にもまたやってくる。
「今度はExcelだけれど、ちゃんと指を守って入力してくださいね」

仕事で必要なことを質問したいと言っていたXさんは、もういろいろな機能が必要なのだ。
「これこれこういう仕事なので、こういう計算と、こういうときどうするかと、これこれの関数と、これを壊してしまったときどうやって直すかと、こういう場合はどうしたらいいかと――」

Xさんは明日から行われるExcel基礎にもやってくる。そのあとのExcel応用にもやってくる。
「ひとつの関数がどうこうという話ではないから、明日からのExcel基礎と応用でもっと力をつけて、それからまた仕事の内容に戻りましょう」

Uさんが心残りだが、とりあえずパソコン入門とタイピングの研修が終わった。
ああ、終わった・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



■目次へ■

■まえがきにかえて(おことわり)■


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。