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Yさん 03:雨の日

YさんはAccessにExcel応用にWordに文書作成術と、いくつかのスキルアップ研修に立て続けにやってきた。

最初のAccessのとき、ある日雨が降った。
花咲さんが「バス停まで濡れない道を行きましょう」と言って、肢体障害のYさんとZさんを帰りのバス停まで案内することになった。
うまく軒下や建物の中を通って行けば、すぐそこのバス停までほぼ屋根の下を行ける。ただちょっとややこしかったので、口では説明できなかった。

わたしはほとんどバスを使わないし、屋根の下コースは遠回りでもあるので、普段行かない道だ。
「○○先生も一緒に行ってみます?」と言われたので、行くことにした。
つきあいがいいというより、こういうとき「いえ、わたしは早く帰りたいので」というようなことを言えないだけだ。
普段通らない道なので、ちょっと面白かった。

Zさんだけだったらともかく、Yさんは車椅子なので雨は困りものだ。
自走の車椅子の場合、手は車椅子を動かすのに使うので傘がさせない。車椅子用レインコートなど売られているが、電車の人は駅までの道がちょっとつらい。
電動車椅子の場合、電動であるということは上半身にも何らかの障害があるということなので、やはり傘を自在にさすことが難しい。
YさんやZさんが普段は駅まで自力で行っていたとしても、雨の日はバスのほうがいい。

このときYさんとZさん以外に、もう一人聴覚障害の若者がいたが、彼は絶対屋根の下を通ったほうがいい理由はないし、屋根の下コースは遠回りになるので先に帰っていた。

花咲さんは「ここを曲がるんですよ」などと話しながら歩いていく。
一度案内しておけば、これから先、また雨の日があっても今度は一人で帰れる。
それに朝、雨が降っていたときも、バスを使って駅からここまで来て、そして濡れずにスクールまで来ることができる。

そのバス停は広い屋根もあって、濡れないようになっている。
そこでわたしたちはバスを待った。花咲さんとわたしは、ZさんとYさんが乗り込むのを見届けるつもりだった。

バスがやってきた。

最近のバスはずいぶんバリアフリーになっているが、さすがにYさんのような車椅子の人が乗るとなると、自力では乗れない。
運転手さんが運転席を離れてやってくる。

この日の運転手さんは、常にそういう人なのか、たまたまひどく疲れていたとか虫の居所が悪かったということなのか、Yさんを載せなければならなくて、実に不愉快そうだった。

確かに面倒な作業ではあった。
実はわたしはバスをあまり利用しないし、こういった状況に出くわしたことがない。
だからそのとき初めて、車椅子の人がバスに乗るところを見たわけだが、時間のかかるものだと知った。

まず運転手さんが運転席を離れる。
バスの乗車ドアの向かいの席を畳み込む。補助椅子みたいにパタンと折りたためるということを、初めて知った。
折りたたんだ座席は、落ちたりしないようにきちんと固定する。
それからYさんをバスに乗せる。スイッチ操作ででウイーンとステップが出る。こういうステップは普段は見たことがなかった。
しかし結構時間がかかる。出てきたステップにYさん移動、今度はウイーンと上に上がる。Yさんがバスに乗り込んだら、ステップは再び格納。
乗せたYさんは、車椅子ごとガッチリ固定。バスは揺れるので、しっかりと車椅子を固定しておかないと危ないらしい。固定用の金属の鎖のようなもので、手すりのようなところにしっかりとつけていた。
しっかり固定されているか、力を入れてみて確認。
それからようやく出発だ。

ちょっと乱暴な手つきで運転手さんが作業をしている間、Yさんは「すみません」と何回も言っていた。
花咲さんは大人なので、わざと明るい声で外から中の運転手さんに「よろしくお願いします」「ありがとうございます」と言ったり、Yさんに「気をつけてね。また明日ね」と言ったりしていた。

しかしもちろん、そんなことで運転手さんの機嫌が直るものでもない。何も答えず、ただ仏頂面で作業をこなしていた。まさに「仏頂面」という言葉がピッタリの表情だった。
たぶん、こういうことはよくある。このバス停は、スクールや近くのほかの施設の人も利用するのだから。
この運転手さんにすれば、「あー、今日はいたか、運が悪かったな」ということなのだろうと察することができた。

Yさんは、駅についたらまたこの運転手さんの手を煩わさねばならず、また嫌な思いをして「すみません」と言わなければならない。

PCルームを出る前、花咲さんがYさんに「明日の朝、もし雨が降っていたらタクシーで来るのよ」と言ったが、Yさんは「いや、大丈夫です」と言っていた。
「風邪ひいたらどうするの! ちゃんとタクシーで来るのよ!」と花咲さんは言い、Yさんは「タクシーは、ドライバーによっては嫌がられるから」と答えた。
そのことを思い出した。

タクシーの場合は、ドライバーさんはYさんを座席に運び入れる。
それから雨の降る中、電動車椅子をトランクに積み込まなければならない。
自分が濡れるということもあるし、泥や水がついた車椅子をトランクに入れるのも嬉しいことではない。そういうことらしい。

快く乗せてくれるドライバーさんもいるだろうし、たとえ心の中はどうあれプロとしてきちんと接客してくれるドライバーさんもいると思う。
でも運が悪かったら今日の運転手さんみたいな人に当たっちゃうこともあるのだから、確かに「そのくらいなら濡れても自力で行く」という気持ち、よく分かる気がした。

――先方にしてみたら、運が悪いのは自分だってところだろうが。

わたしには安易にこの日の運転手さんを非難することはできない。自分が同じ立場だったとき、「嫌な顔ひとつせず」が徹底できるかどうか自信がない。1回だけのことではないのだから。毎日のルーチンな仕事の中で、そういうことがある。そのために遅れるとか、もしかしたら自分の手や膝がちょっと痛かったりする日でも、仕事としてやらなければならない。

この人の気持ちは分かる。
しかしYさんもつらいだろうと思う。だって、Yさんにとっても、これ1度のことではなく、日常のことなのだから。
レインコートを着るのでも、傘をさすことが難しいのでも、いつものこと。「すみません」と人の善意に頼るのもいつものこと。嫌な顔をされても怒ることもできないのもいつものこと。――だって、放り出されたり、蹴飛ばされたりしたら、力ではかなわないのだもの。つい「すみません」と言ってしまうだろう。

そういうすべてのことが、日常のことなんだものな・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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