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Yさん 07:養護学校時代

その秋――つまりその年度と同義だが、その年最後のスキルアップ研修は、Yさんとの文書作成術だった。
わたし自身は、VさんとWさんとYさんがいたひとつ前のWordが最後で、Yさんとの最後の文書作成術はおまけみたいなものに感じていた。

まず内容が緊張しない。
たとえばVBAの応用講座などに、会社でVBAを使って仕事をしているという人が来て、「こういうことをやっていて、こうしたいんだけど、うまくいかないんですよ。どんなふうにコードを書けばいいですかね?」なんて聞かれたら、わたしなどパニックである。ひとまず明日までとか時間をもらうとして、それで明日にはなんとかなるのかどうかも、まったくもって定かでない。
当時のわたしには、VBA基礎だってひーひーいう内容だった。Accessでさえ、ちょっとドキドキした。

文書作成術なら、細かいルールはいろいろあるにせよ、そういった緊張がない。
「どうやったらいいですか」ったって、プログラミングやシステム設計などと違って、きちんとルールが決まっているのだからルール通りにやればいい。
ルールはたくさんの参考書に書いてある。そして当時のわたしは、持てる参考書はすべて、えっちらおっちら初日に持ち込み、最終日に持ち帰っていた。(今はもう、「必要かな」と思うものだけだ。)

Yさんとはそれまでのいくつかのスキルアップ研修で会っているので、真面目な好青年だということは分かっている。
実にリラックスした気持ちのスキルアップ研修だった。

マンツーマンだったので、休憩時間なども自由自在だった。
もう少しで終わるというところでチャイムが鳴ってしまっても、「それならやってしまいましょう」として、終わってから休憩にすればいい。
逆に、休憩でないときでも、疲れたり煮詰まったりしているときは、「少しひと息入れましょうか」とすることができる。

もともとわたしが担当するスキルアップ研修に関しては、基本的に「自分の体調や作業状況に合わせて」なのだが、Yさんも他の人の目を気にせず自由自在にできる。

休み時間には、研修の内容以外の話をして気を紛らわせた。
ずっと同じ相手と一緒にいるわけだから、全然違うことを話題にして気分転換したほうがいい。(それに当時はまだ今ほどスマホ全盛ではなく、少しでも時間があればスマホという時代ではなかった。)

Yさんは脳性麻痺。電動車椅子。歩くことはできない。手などの上半身も少し麻痺しているが、家ではいざって部屋から部屋へ移動するそうだ。上半身にはそのくらいの力がある。
脳性麻痺の人の場合、発語も少し困難になっている場合があるが、Yさんは話すことは健常者と変わらない程度にできる。

ちなみに彼は大変ハンサムな青年だった。
そして意志の強そうな顔をしていた。

彼は小さい頃からそういった肢体障害があったので、養護学校に通っていたそうだ。

――ここでひとつ、お断りを入れなければならないだろう。
「養護学校」という単語は今は使わない。「特別支援学校」となっている。
Wikipediaによれば、学校名の末尾に「養護学校」とつくものもあるようだ。だがそれは、学校名の一部であって、「養護学校」という学校種別ではない。
でもここでYさんが言っている「養護学校」とは、学校名のことではなく、特別支援学校という種別の旧名の意味だ。

しかし話の中では、「特別支援学校」に変換せず、「養護学校」のままにしておく。

というのも、内容においても、もしかしたらYさんが通っていた当時と今とでは、だいぶ違いがあるかもしれないからである。
これは今の特別支援学校が「養護学校」と呼ばれていたほど昔の話で、しかもYさんが通った学校に限った話である。
ここで語られることが、すべての養護学校に当てはまるわけではないし、もちろん特別支援学校にはたぶん当てはまらない。きっと指導法だって、教育論だって、進化していると思う(あるいは信じたい)からだ。

さて、長い断りを入れさせてもらったあとは、Yさんの話に集中したい。

わたしはそういった、「障害者等が「幼稚園、小学校、中学校、高等学校に準じた教育を受けること」と「学習上または生活上の困難を克服し自立が図られること」を目的とした学校」の内部を知らないので、興味深いことが多かった。
また、Yさんの自立の精神に感銘を受けた。

「僕は、小学校から高校まで、12年間、養護学校だったんですよ。ずーっと同じところに通っていたんです」
そこには彼のように肢体障害がある子が多かった。たとえば聴覚障害だったら、聾学校などに行っていたのかもしれない。

「養護学校って、2時半で終わっちゃうんですよ」とYさん。
だから勉強だって、もちろん進まない。高校になっても小学校や中学校の教科書を使っている場合がある。
「本当に中1って書いてある教科書なんですよ」

そういう養護学校に通ったことで、Yさんにはなんとなく怒りの気持ちがあるのだそうだ。
そんなふうに勉強だって遅れてしまったし、だから大学に行くという選択肢だってなかったし。

彼は養護学校の担任が好きではなかったそうだ。
12年間で1人のはずはないだろうが、とにかく最後の担任が苦手だったと。

悪い人ではなかったけれど、熱い人だったらしい。要するに熱血先生。
――熱い人というのは、一見いい人だが、押しつけがましくなりがちだ。
自分の信じるものが絶対の正義だという確信があると、嫌われるなんて思いもよらないし、遠慮も会釈もなく突き進んでくる。

わたしが右も左も分からなかった頃、玉名上級マネジャーが言っていた言葉を思い出す。
乱暴にまとめてしまうと、「肢体障害の人の場合は、言い争いになって相手が腕力をふるってきたら負けてしまう。車椅子の人がもし、階段の上で押されたら? 杖の人がもし、強く押されたら? だからあまり向かってこない」 その後に「聴覚障害の人にはそういった腕力のハンデがないから、反抗することもあるし、犯罪社会で生きてる聴覚障害者だっている」と続いていた。

つまり気持ちの問題である。
相手が力の強い人であれば、その力が腕力であっても、暴力であっても、権力であっても、やはりむやみなことはしない。やっぱり――自分だって引く。
電車で押されても、相手がヤバイ筋の人かと思えば、「ちょっと!」とは言いにくい。別にいい人であっても、相手が会社の幹部だったら、その人が言ったことに対して、安易に「それは断然違いますよ!」と反対はできない。そういうこと。

きっとYさんは、熱血先生に反発したり、暴言を吐いたりはできなかったのだと思う。
高校生だったら、気に入らない先生には何か言うかもしれない。面白くないことを態度に出すかもしれない。でもYさんには、普通の高校生のようには、言ったり態度に出したりすることができなかった。

Yさんがもし、自分が感じたことや思ったことを言ったとしたら、「なんだ、お前、そういう後ろ向きな考えじゃいけないぞ」とか「そういうことじゃないんだ、こういうことなんだよ」とお説教になったりとか、そういうのが嫌だったら黙るしかない。
成績を気にして黙るのとも、もっと面倒な話になるのが嫌だから黙るのとも違う――もっと、押さえつけられた心情になってしまうのだろう。Yさんの身体的事情からして、どうしても。

だから、嫌いだと思う気持ちが、より大きくなってしまうのではないだろうか?

何の根拠もない想像だけれど・・・・・・。

とにかくYさんは、熱血先生の押しつけが嫌いだったので、「どうしていますか?」なんてメールが来たりすると、「なんだよ、こんなメール送ってくるなよ」くらいに思って、返事もあまり出さないと言っていた。
しかし卒業後も3年は様子を見る義務が担任にはあるのだそうで、先日会社へもやってきたという。
上司とYさんと熱血先生の3人で話をしたそうだ。

養護学校を出た人は(当時は)、一般企業で働いているのはYさんくらいのものだったので、担任の熱血先生も、それをどうやったら今後に活かせるか知りたい。
「実際のところ、どういうところに惹かれて、彼を採用しようと思ったんですか?」
熱血先生は、本人を目の前にして、上司の方に聞いたそうだ。Yさんはとても嫌だったそうだ。

そして彼には、素晴らしいご託宣をくれた。
「マラソンでいえば、スタートラインに立ったところなんだから。これから頑張ってずっと勤めて、定年になるときにゴールするんだ」

「養護学校の先生って、たとえ話するの、好きなんですよ。よく富士山にたとえたりするし」

Yさんに「そんなに気にしなくてもいいじゃない」と言うのは、簡単だけれどたぶん違うのだと思う。
養護学校は外の世界を知らないような場所、とYさんは語っていた。
Yさんはその殻を破りたくて、そのまま養護施設などに残る道ではなく、就職を目指した。
でも12年間Yさんはその場所にいたのだ。そういう意味で、ピュアであり、まだ打たれ強くなっていない。

暑苦しい先生を、暑苦しいと切り捨てることはできない世界だったのだ。

養護学校は生徒数はあまり多くない。面倒をみきれないからだそうだ。
1学年10人とかで、担任は5人。単純に考えて、担任1人が生徒2人を見る計算になる。

そんな密な関係で、その上、嫌だからと出ていくこともできない。
息が詰まってしまうかも。

きっと今は、Yさんもさらにいろいろな経験をして、違う目で熱血先生を見ているかもしれないし、Yさん自身も変わったかもしれない。
でもこのときのYさんの話は、忘れられない・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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