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Yさん 08:障害者施設時代

養護学校を出たあと、Yさんは障害者が職業に就くための訓練をしてくれる施設に行った。
Yさんは「エコール」と当たり前に略称で呼んでいた。当時のわたしは知らなかったけれど、福祉関係の人なら「エコール」と言われればすぐ分かるところ。

養護学校を出たあとの進路は、Yさんの話ではいくつかあったようだ。
でもそれほど道が拓けているわけではない。
たとえば「高卒で就職しよう」と思っても、たぶん養護学校の高校卒では職場が見つからないし、大学や短大はYさん曰く(当時の)養護学校の授業内容では無理だった。

「同じ学年の3人と一緒に、××県の××にある『スコーラ』にも行ってみたことがあるんですよ。
『エコール』は××立だけど、『スコーラ』は**立なんです」

そこでは青年企画とかいうものを見学したと語っていた。
(「青年企画」とは仮称で、正式名称によるプログラムは終了している。)

Yさんによると、生活するための訓練をするというところだそうだ。
Yさんの言い方だと、「一年もかけて!」という感じ。

「1日中話していたりするんですよ。どこへ行くかについて9時半から15時半くらいまで」
「行くってどこへ?」
「あんまり外に出たことがないから、社会勉強みたいな意味で外に出るんです。それをどこに行くか、ずっと生徒同士で討論してる」
「1日中?」
「先生が『もっと意見ださなきゃだめだろ!おまえらやる気あんのか!?』って怒ったりしてる」

うーん・・・・・・まあ、いろいろと思ったけど、わたしは自分で見たわけではないし、何も言えない。

とにかく、そんなふうに「どこかに出かける」だとか「どこに行くか話し合う」みたいな、生活についての訓練をするのが青年企画。あくまでYさん談だが。

「親はそこへ行かせたかったんですよ。同じ××県で安心だから」
――それはそうでしょうね。
「でも自分はエコールに行くことにしたんです」

「親は反対でしたよ。ちょっと遠くなっちゃうんで、心配だし、何かあっても何もしてやれないからって。でも自分で申し込んで、受けちゃったんです」

Yさんが苦手だった、養護学校の暑苦しい熱血先生は、そのときも熱かったそうだ。
「それでいいのか!? みんなと同じに、同じことしてるだけでいいのか!? 挑戦してみろよ!」

――Yさんはその熱血先生が相当嫌だったみたいだけれど、その人も役に立つこともあったんだね。

「もしスコーラに行ってたら、一人では外出もできなかったと思います」

スコーラに行った先輩や同級生からYさんが聞いた話では、たとえば近くのコンビニに行くにしても、「何の目的で行くのか?」と問いただされ、申請は却下される。
危ないから一人で行ってはいけない。ずっと施設の中にいなければならない。

Yさんが話してくれたことは、わたしにとってとても大切な思い出なので、お茶を濁して終わるのが難しい。

正直言って、スコーラのやり方を「それはない」と思うのは簡単だが、スコーラという施設の気持ちも分かる。
もし万一の事故があったら、絶対マスコミなどに言われる。
「いったいどうなっているんでしょう? 安全を守るシステムをもっと考えておくべきだったのではないでしょうか?」とかなんとか。
言ってしまえば、「外に出たほうがいろいろな成長はできると思うよ。でもそれはここではなくて、別のところでしてね。うちは万一のとき責任負えないから」ってことだと思う。
スクールだって、スキルアップ研修に来る人に対して、上級マネジャーもしつこく言う。「通ってくるときは気をつけて」
急いだために事故にあったり、体調を崩したりするのは困る。別にそう考えてると思ってはいないけど、露骨に言えば「会社に通勤するときに事故があってもそれはスクールには関係のないことだが、スクールに通ってくるときに事故があったら何を言われるか分からない」ってこと。
「絶対遅刻しないようにとか、プレッシャーがあったのではないですか?」「事情があって遅れる場合の連絡先などを伝えてましたか? 連絡がとれないと焦ったのではないですか?」――「そんなことはありません、きちんと連絡先は伝えていました」と言えなくてはならない。
スコーラだって、「そんなことはありません。危険がある場合は職員がついていくようにしていました」と言いたいだろう。まあつまり「職員がついていけない場合は、申請は受理しませんでした」と。

エコールでは、Yさんは寮に入り、外出することもできた。
午後10時が門限で、それまでに戻らなければならなかったけれど。
とはいえ、そうそう夜遅くまで遊び歩きたいものでもないので、不自由はなかったそうだ。

エコールは就職するためのところである。
わたしも長く働いた店員を辞めたあと職業訓練に通ったが、同じようなイメージらしい。
スコーラもどうやら本当の目的は「職業に就けるように」ということだったようだが、エコールが目指すところのほうが上であり、スコーラはもっと基本的な日常生活を送るということも含めてトレーニングしていこうということらしい。

YさんはエコールでOA系のコースに入って、主にパソコンなどを勉強した。
ご両親がずっと「そんな遠いところに行くなんて」と言っていたし、自分にとってエコールのある場所は遠いところというイメージだった。でも寮に入ってみると、もっと遠い都道府県から来ている人もたくさんいた。

「自分の中で、「遠い」「近い」の意味が変わりました」

一年学んで、自分はパソコンの知識を得た。
検定試験も受けた。本当は2級までとりたかったけれど、2級は受からなかった。それでも3級の資格は得た。

エコールを選んだことは、Yさんにとっては重要な選択だったようだ。
わたしにとって、職業訓練に通ったことが人生の転換点になったように。

エコールに行ったからこそ、今一般企業で普通の社員と一緒に働いている自分がある。
スコーラに行っていたら、ここまで自立できなかったろうとYさんは感じている。
きっと一般企業になど入れなかった。入ろうともしなかったろう。自分は障害のある体だから仕方がないと、どこかの施設で仲間と仕事をするか、暮らすかしていたかもしれない。

あのとき、自分が不安に負けずに困難な道を選んだから、一年後に一般企業への就職にチャレンジできた。
健常者の人たちの中で、一人で新入社員として働く自立心を持つことができた。

自分にはYさんの勇気はなさそうに思えて、とにかくため息の連続だった・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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