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Yさん 09:就職

就職は***社に決まった。***社は初めての障害者受け入れだ。

***グループは大きな企業グループだし、会社全体としては障害者もたくさんいるのだと思う。ただ、***グループの中の「***社」としては初めてだった。

9時から17時までが勤務時間だが、入社前の話し合いでは10時から16時の時短勤務でいいことになっていた。
でもYさんは自分で電話して、「フルタイムで働いてみたいです」と言ったのだそうだ。
Yさんはこれまでの話でわたしも察していたが、意志が強く、自立心が大きかった。すごいと感心しながらも、Yさんなら自然なことに思えた。

会社ではみんな優しくしてくれる。
でもあまり優しくされると、甘えることに慣れていってしまう。だから残業もする。
ほかの人が残業しているのに、自分だけ先に帰るのはなんとなく気が引ける。

意志の強いYさんではあるが、高校までずっと養護学校や親御さんに守られて生きてきた。Yさんにとっては過保護だと感じる環境だったくらいなわけで、きっと心身ともに危険がないように、守られた環境だったに違いない。

だから少しナイーブなところもあるようだった。
たとえばいろいろと気にしてしまうようで、上司が近づいてくると「また何か怒られるのかな」と思ってしまうという。もし何か言われたら、へこむ。

毎日のように同じズボンを穿いていたら、上司に注意された。
「臭いというわけじゃないけれど――君が清潔にしているのは分かるけれど、毎日のように同じズボンをはいているのは周りも嫌なものだよ」

もちろん上司はやんわり言ったのだろうし、言われないと気づかなかった可能性も高いから親切心だろう。
でもYさんはやっぱり、へこんだ。

それまで親御さんが同じスーツを使いたがっていたのだったが、さすがに買うことにした。
「上司に言われたからとは、親には言えないから、自分でそう思ったって話したんですよ」

たぶん別の話をしているとき、何気なく「今度の連休は何をするの?」ということを聞いたら、「ズボンの寸法直しに行く」という答えだった。
買ったスーツはズボンの寸法を直してもらったけれど、うまくいかなかったので、また持って行って直してもらうそうだ。

考えてみればYさんは立てないわけだし、寸法直しもテクニックがいるかも。
またこれでいいと思っても、長時間座っていると合わないと分かることもある。普通は立ったり座ったりするが、Yさんは立つことはない。立ったときに服を直すということができない。

車椅子の人の服は、その状況を考え合わせないと、使い勝手の悪いものになると実感した。

Yさんはもうひとつ、上司から注意されたことを話していた。

彼は食べているときに喋ろうとすると、口から物が落ちてしまう。
飲み会などで、口に物が入っているときに話しかけられると、答えようとしたとき口の中のものが落ちてしまう。
それは――もしかしたら障害が関係しているかもしれない。違うかもしれないけれど。Yさんは障害の特性上麻痺があるのだから、話すことに不自由がなくても、筋肉の動きが健常者とまったく同じかどうか分からない。

こういうことは、今後Yさんが乗り越えていかなくてはならないことだ。
特に、一般企業で自立して働くことを選んでしまったのだから――

きっといろいろな工夫をする。話しかけれても、口の中に物があるときは答えないとか。人と一緒の場では、なるべく小さいかたまりで食べるとか。周囲の人に、食べている間は答えを待ってもらうよう、だんだんに伝えていくとか。

養護学校を出た先輩や仲間は、ほとんど福祉作業所へ行くとYさんは言っていた。(繰り返すが、今の状況は知らない。また当時のことであっても、すべてYさんだけの経験だ。)

周囲が理解するべきなのはもちろんだけれど、やっぱり本人も努力しないと伝わらないこともある。想像できないことがあるからだ。
わたしもこうして話を聞くと、「あ、そうか」と思うことがたくさんある。実際に一緒に行動してはじめて、実際の様子が分かることもある。だから、周りの人の想像が至らないこともあるだろうと思う。わたしよりずっと優しい心の人たちであったとしても。

たとえばYさんは車椅子だ。
Yさんは24階で働いているが、その階には身障者用として使えるトイレはない。
トイレに行くときは、16階まで降りているという。

もともとYさんがトイレに行くとしたら、健常者より時間がかかるはずだ。
衣服の脱ぎ着にしろ、便座への移動にしろ、手を洗ったり拭いたり、車椅子に移動したり、ドアの開け閉めでも、健常者より時間がかかる。
Yさんがどうかは知らないが、人によってはトイレのやり方が(医学的な意味で)違ったりして、相当以上に時間がかかることもある。

プラス、2基しかないエレベーターを待って8階分も下に行くのだから、時間がかかる。

Yさんによると、同じ部署の中には、Yさんのトイレの時間が長いと思う人もいるらしい。
つまり――ちょっと休憩も入ってるんじゃないかと。

「でもエレベーターが来ても、乗れないときもあるんですよ。人がいっぱい乗ってると、自分は車椅子だから、あと1人か2人は乗れるときでも自分は乗れないんです」

言われてみればそうだ。
でも気づかないかもしれない。その場に居合わせなければ。

仕事をするというのは、友達づきあいとは違う。
わたしもサービス業の頃、喫煙する人は「タバコ吸いに行ってきます」と当然のように休憩に行くのが、ちょっと理不尽な気がしていた。
目くじら立てなくても別に忙しい時間帯でもないし、大らかに送り出せばいいのに、でもやっぱり「タバコを吸いに行く」と言えば、3時間に2回くらいは休憩に出ることができるのは、大らかにはなりきれなかった。行ったらやっぱり15分くらいはかかるものだし。
吸える場所が決まっているからそこまで行かねばならず、それは仕方ないとして、1本2本吸って、10分? その場にいた別部署の喫煙者の人との談笑の、きりのいいところで「じゃあ」と切り上げて15分?
でも「あなたもタバコを吸いに行くし、わたしもちょっとその辺を散歩してくるわ」とは言えない。タバコは「体が必要とすること」だけれど、散歩は必要ではないからだ。

まあ、ほかにもいろいろと、仕事だと大らかになりきれないことは多かった。わたしは器が小さいのだ。

だからこそ分かる。
Yさんは日常生活からしていろいろな不都合をしのばねばならない。全体としてはそのことを分かっているし、優しい気持ちでいる。だが、いざ仕事で、彼だけが一日のうち1時間も2時間もトイレに時間を費やしているように見えてしまうと、なんだか理不尽な気がしてくる。かもしれない。

これも、大まかには「彼はいろいろ不都合があるんだな」と知っていても、ひとつひとつの具体的なことまで思い至らないことがあるから、Yさんはやがてあらかじめ「僕はこういうわけでトイレが長いんですよ」と申告することを覚えるだろう。
配属されたとき「こういう事情でトイレが長いことがあるので、みなさんにご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、よろしくお願いします」と。

Yさんの選んだ道はちょっと険しい自立の道で、選んでしまった以上はYさんも努力していかなければならないことがたくさんある。
でも、Yさん自身のせいではないことなので、人の善意だけに頼らず、法律などで守られなくてはならないのだなと、思わされる・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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