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支援、別の角度から 01:特別支援学級

知人が特別支援学級を担当することになった。

特別支援学級――もちろんどういうものかだいたいは知っているけれど、詳しくは知らない。
はるか時の彼方の自分の頃の養護学級とは、もしかしたらやり方もあり方も違っているかもしれない。でも、「どう違っているか」どころか、「違っているかどうか」さえ分からない。

知人は2年か3年くらい、特別支援学級の担当をしていた。その期間ずっと、知的障害の子たちのクラスだった。

あれこれ聞いたわけではないが、ときどき会ったとき聞く話からして、どうやらクラスは特性ごとに分かれているようだった。

発達障害の児童のためのクラス。
知的障害の児童のためのクラス。
言語障害の児童のためのクラス。(ここには、外国から来てまだ日本語がおぼつかない児童も含まれる。)

1クラスは少人数。10人なんて全然いない。
もし発達障害の児童が10人いたら、クラスは2つ3つと分けられる。

クラスは流動的なようだった。

たとえば言語のクラスの子が、朝から晩までこのクラスにいるわけではない。
わたしは専門ではないし、伝聞もいいとこなので、正確な例は出せないのだが――
国語の時間だったら、日本語がまだよく分からない外国から来た子は言語クラスに来る。しかしそれ以外の授業は、所属クラスで一緒に受ける。

同じ外国から来た子でも、日本語のレベルに差があるだろう。児童によっては「国語も算数も理科も言語クラスで受ける、でも体育や音楽は所属クラスで」となるし、逆に「国語以外は所属クラスで」という児童もいる。

どのクラスの子も、所属はそれぞれの組のようだった。3年2組とか、5年4組とか。
必要なときだけ、特別支援学級に来る。

言語のクラスはもしかしたら、多くの授業を所属クラスで受けるのかもしれない。
発達障害のクラスは、その児童その児童で、どこまでを所属クラスで受けられるか、ずいぶん違うかもしれない。
知的障害のクラスは、多くの授業を特別支援学級で受けることになりそうだ。
――想像するに、だが。

特別支援学級は、普通の小学校の中にある支援をするクラスだ。
先生は一般教諭。
特別支援「学校」となると、専門教育を受けた先生でないとなれないらしい。

とはいえ、知人も特別支援学級担当になってから、通信教育で障害について学んだり、研修やセミナーに行って対応方法を学んだりしていた。

知人が知的障害のクラスを担当することになった年、3人の子が入学してきた。
Aさん、Bさんとするとイメージが湧きにくいと思うので、名前をつけておこうと思う。

ダンスが好きなダンスくん。体の弱い小柄くん。同じ年なのに背の高い大柄くん。

その時点で、以前から知的障害のクラスには「まあちゃん」という6年生もいた。
特別支援学級はさまざまな学年の児童が、一緒に所属している。来る時間が重なると、先生は1年生の授業も6年生の授業も同時にやることになるから、大変そう。

6年生のまあちゃんは、1年だけ一緒にいたけれど、卒業していった。
そして3人の1年生たちは、3人だけで2年生、3年生になっていった。

ダンスくんは、ダウン症児。ダンスが大好き。好きなアイドルグループもいる。
アイドルの歌を歌いながら踊るけれど、ダウン症児の特徴で舌が長いためか、何といっているか素人には聞き取れない。

小柄くんは体が弱いが、それは「風邪をひきやすい」というようなレベルではなく、たとえば心臓が弱いとか、気管支がひどく弱いとか、そういうレベル。
精神的によく緊張するらしく、心の中でパニックが起こったり、固まったりしてしまう。

大柄くんは3人の中では、一番目端が効く。もしかしたら知能指数も一番高いのかもしれない。
だから油断できない。母子家庭の大柄くんの家では、当然お母さんは朝大忙し。大柄くんが自力で上着を着るまで待ってなんていられない。大柄くんが叱られても上着を着ないでいると、お母さんが着せてくれる。分かっているから、大柄くんはわざと自分では着ない。

同じような3人でも性格は3人それぞれ。
家庭も3人それぞれ。

ダンスくんは年上の兄弟姉妹がいて、よく面倒をみてもらっている。ダンスくんはこの兄弟が大好き。

小柄くんは教育に熱心な家庭。
うまく発語できないこともあるので、あるクリニックの言語のおけいこクラスにも通っている。
スポーツも習う。でも激しい運動をすると体に悪影響があるので、配慮してもらいつつのスポーツだ。
小柄くんの場合、危険があるといけないので学校の体育は見学――のはずだったが、ご両親は「他の子と同じことをさせたい」と熱心で、同じように授業を受けている。
当然同じことをするのは危険なので、知人はかなりつきっきり。他の子には手が回らなくなる。「支援員さん頼み」と言っていた。こういう兼ね合いは、なかなか難しい。

大柄くんは、ちょっと語ったように忙しいお母さん。
子供はずるいところがあるものだけれど、そういうことができるので要注意。
学校でも、帰るとき上着を着ようとしない。知人は決して手を貸さない。「先生はやってくれないんだ」ということが分からないと、そういう行動をやめないから。
やがて悟って、自分で着るようになった頃には、知人は「鬼」と呼ばれていたという。

3人の子たちは、国語・算数・理科・社会(名称は今は違うだろうけど)などは、特別支援学級に来る。
で、ゆっくり算数を――するかというと、なかなかそうもいかない。
どんなに「1年生だから足し算をさせなきゃ」「2年生だからこういう計算を覚えてもらいたい」と思っても、何回繰り返してもできるようにならなかったら児童にとっても時間の無駄だ。

1年生のときは、小学校受験を目指す子供たち用の教材(の中のできるだけシンプルで簡単なもの)を使って勉強していた。
やがて、足し算ができるようになった。でも2桁以上になると難しい。それもやがてできるようになった。でも掛け算は難しい。
そうしていくうちには、3人は3人それぞれの進度・理解度になっていき、個別に支援することが増えてくる。

それに、「自分で上着を着る」というような、生活支援も必要だった。

1年生のときは、もっぱらトイレばかり指導しているように聞こえた。
1人ではトイレに行くのが怖いと思う子が複数いて、トイレに行くときは付き添う。

トイレでは、うまく思ったところに排泄できない。
おしっこに行ったら、ほとんどすべて便器以外のところに排泄されてしまったりする。
当人たちの下着が汚れれば着替えさせなければならないし、汚れた床は掃除しなければならない。

ときには――というか、頻繁に、粗相をしてしまう。
3人は全員、毎日替えの下着や服を持ってきている。うながしうながし着替えをさせ、教室が汚れれば掃除する。

それでも3年も経つ頃には、全員がちゃんとトイレに行けるようになった。(まだ粗相する日もあるけれど、最初に比べたら。)
決められた簡単な日課をこなせるようになった。(日によってできないときもあるけれど、何百回と繰り返してきたかいがあった。)

同じ支援だけれど、まだ成長し始めたばかりの児童を対象としているのは、スクールとはまた違う支援だと思った。

3年経って、知人は異動によりやむなく去ることになった。
「あの子たちはきっと、全然気にしてないよ」・・・・・・そうかもね。



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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