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支援、別の角度から 02:親たちと先生たち

ダンスくんと大柄くんと小柄くん、みんな同じ学年で、同じ特別支援クラスに通っている。
クラスで受ける授業もあるけれど、特別に支援したほうがよい科目は(知的障害の場合かなり多いけど)、特別支援クラスで受ける。
同じ学年だったから、仲良く一緒に成長できてよかった。

子供たちは同じように学習していても、家庭での生活や親御さんたちのポリシーなどは違う。

もっとも教育に熱心だった家庭では、お父さんもお母さんも子供に最良の道を進んでほしいと思っていた。
そしてお父さんとお母さんにとって「最良の道」とは、進学して、やがては大学に行き、よい会社に就職して、よい生活をすること。

大学に行かなかったら、やりたいこと、好きなこと、どんな形の幸せがよいか、などの選択肢が狭まってしまう。
――確かにそれも真実である。

ゆっくりでいい。
小学校に入るときはできなかったことが、1年2年3年と学校と家庭の両方で支えるうちに、いろいろなことができるようになった。
一人でトイレに行くこと。トイレに行きたくなったら、それを先生に伝えて、洩らさずトイレに行くこと。フリーズしてしまっても、なだめられれば学校でも自分を取り戻せること。発声がスムーズになってきたこと。
箸の使い方は、まだ猛練習中。――当人はまだぎくしゃくしていて、箸だと全然食べられないけれど、ご両親は特訓中。やがて覚えるはずだ。
排尿のときは、まだちゃんと全部便器の中に納まらないけど、先生が的シールを買ってきて家にも学校にも貼った。やがてできるようになるはずだ。
勉強だって進んだ。あいうえおも書けるようになったし、足し算もできるようになった。人が1年かけて掛け算を覚えるところを3年かけても、でもいつか覚えられればいい。

いつかはできるようになる。時間をかければ、大学にも入れる日が来る。

信じているだけでなく、絶対に実現させるという決意で、ご両親は日夜努力し続けている。
当人に努力させようと、努力し続けている。

できないことがあると思わせたくない。人がやることはわが子にもちゃんとやらせたい。甘やかしたくない。
その思いで、無理そうなことでも一緒にさせてほしいと申し入れる。

――申し入れるといったって、今どきの親の立場は強い。「一緒にやらせてほしい」という言葉であっても、親の要望となればその意味合いは「一緒にやらせろ」という要求に近いわけで、大変な手数がかかることになる。
当然一人ではやりきれなくなるわけで、その分、ほかの子に時間が割けなくなる。

そういうとき強い味方なのが「支援員さん」という人たちだと知った。
よく分からないが、PTAの人だったり元PTAの人だったり、そういうお母さんたちが補助をしてくれる。
ほぼボランティア。確かボランティアか、少額なのでほぼボランティアか、どちらか。

「支援員さんがいてくれて、すごく助かる。支援員さんがいなかったら、体育なんてクラスが回らないと思う」

母子家庭だから忙しいお母さんもいる。
わが子の将来をあれこれ考えることもあるかもしれないけど、とにかくまずは今を乗り切らなければならない。
今日、学校に送っていくこと。今日、仕事が終わったら学校に迎えに行くこと。

時間までに学校に送り、自分は仕事に行かなければならない。
とにかく、今、たった今、朝ごはんを食べてもらいたい。でもぐずぐすして、なかなか食べない。
本当は納豆とか、体にいいものを食べてもらいたいけど、じゃあ、子供の好きなものを出しておこう。
たまたまその食品が、ただ出せばいいので楽な食品だけれど、お腹がゆるくなる成分が入っている。学校に着いてから、その子はおならがよく出る。そして――そのおならはかなり臭い。

人前でおならをしてはいけないというのは、3人ともはじめのうちはなかなか守れなかった。
だって出てしまうのだ。
しかし、朝好物を食べてくる子はとても臭く、親御さんが教育熱心な子は、バランスのよい食事らしく臭いがあまりしない。
時間までに学校に行かせることは大切で、お母さんの仕事の面からいっても大切だ。
だから好物を食べさせてはいけないというのも一概には言えないだろう。

それにこのお子さんはなかなか賢いのだ。悪知恵も働くほど賢い。
食べずにいればお母さんが好物を出してくれることを、見透かしている。
分かっていても、「このご飯を食べるまで、どこにも行かない」とじっくり何十分でも待つことは、お母さんにはできない。だって、仕事はそんな理由でしょっちゅう遅れるわけにはいかないから。

学校でこのお子さんが徹底抗戦のかまえになったとしたら、この子に手がかかっている間、支援員さんがほかの子を見てくれる。
支援員さんはありがたい存在なのだそうだ。

当人の性格なのか、たまたま兄弟との仲が良くて楽しい家庭生活なのか、それとも親御さんがのびのび育てるをモットーにしているのか、やたら楽しそう、ハッピーそうなお子さんもいる。

同じところもあるし、違うところもある。
そんな彼らを、親御さんたちはそれぞれのやり方で支えている。

それぞれの個性があり、それぞれの家庭のやり方がある彼らを、先生はそれぞれに合わせて支えている。

そしてそんな先生を支援員さんたちが支えている。

児童への支援は手厚い。
この手厚い支援があるから、スクールに来るほどの年齢になる頃には、ずいぶん社会人らしくなっている。

わたしの知らない、手間と苦労のたくさんかかる支援の世界である・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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