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支援、別の角度から 03:進路

特別支援学級を担当していた知人は、辞令によって異動することになった。
体調は不安だったけれど、辞令は取り消せないので仕方ない。仕事を辞めるわけにはいかないのだから。

知人が見ていたクラスは、別の先生が担当することになった。
3年かけて教え込んだいろいろなことも忘れてしまうかもしれない。新しい先生は、もう定年退職後の嘱託扱いの先生で、その嘱託の期間も今年で終わり、という人だったそうで、のんびりと教室を運営していたようだ。
でもまた、その次の年になったら、さらに別の先生がやってきて、新しいことをたくさん教わるかもしれない。

とにかく3人の子供たちが、最終学年を迎えてから、どのように進むのか、もう知人にも分からなかった。

特別支援学級にいる児童の進路は、たぶん難しい。いろいろな思いが交錯する。
子供の進路というのは、普通学級の児童の場合でも、もちろんいろいろな思いがあるだろうけれど――やっぱりそれ以上に難しいだろうと思う。

小学校まではよかったが、その後――
そのまま通常の学校に通い続けるか、特別支援学校に行くか。

以前に卒業した児童の話で、進路を選択するのにとても悩んでいたケースを聞いた。
親御さんの思いとしては、特別支援学校には行かせたくない。勉強も遅れてしまう。
特別支援学校を選択するということは、「高校生になって、友達とはしゃいで登校したりして、その後は短大や専門学校に入って、友達と仲良く遊んだり、勉強したり、恋をしたりして」という、いわゆる普通の人生を諦めることだと思える。

しかし現実というのは、いいことばかりじゃない。
その子の障害によっては、特別支援学校を選択するほうが幸せかもしれない、という場合だってある。

知的障害の子供たちが集まっていた知人のクラス、3人とも「何年何組」という自分のクラスに戻ったときも、楽しく生活していた。
分からないことが多くても授業を一緒に聞き、そのクラスのクラスメイトたちとも楽しく遊び、分け隔てなく小学校生活を送る。

でもそれも、だいたい4年生くらいまでだと言っていた。

4年生ともなれば、通常クラスの児童たちの成長度合いと、特別支援クラスの児童たちの成長度合いに差が出てくる。
「1年2年はまだいいんだよね。どっちも子供だから。3年でもまだなんとか大丈夫だけど、4年になっちゃうとね。他の子たちについていけなくなっちゃうんだよね」

たとえばダンスくんや大柄くん、小柄くんたちは、これまでと変わらない。
変わらない親近感で、これまでの友達に話しかけ、一緒に遊ぼうとする。
でも友達のほうは、もう違うスピード、違う話題、違う興味の中に生きている。
3人のペースは遅くて、話しかけてきても振り払ってしまったり、スルーしてしまったりということが増える。
これまで楽しかった遊びが、もう友達たちには面白くない。はしゃぎまわろうとしても、同じことを同じように楽しめないから、相手にしてもらえなくなる。

そう――意地悪をするとまでいかなくても、「相手にしなくなる」。

まして中学生ともなれば、もはや同級生とは思われなくなる。

それは、教師がどのように注意しようとも、変えられないことだ。
通常の子供たちは子供たちで、どんどん成長していく過程にある。自分の成長に忙しい。

特別支援学校に行かず普通の学校を選んだなら、学習において苦労することも多いだろう。
知人も、はじめのうちは小学生の内容を教えようと思ってもできず、工夫して導いてきた。3年生になって、頑張ったかいがあって3人が足し算引き算、掛け算までできるようになっても、小数点の計算などはまだできない。繰り上げ繰り下げの足し算引き算に苦労している子もいる。

それでも、「それぞれのペースに合わせて、ゆっくり何年もかけて成長していこうね」ということはできない。
「小学校」である以上、小学校の内容をやらなければならないからだ。「3年生」である以上、3年生の内容をやらなければならないからだ。
個々人の進み具合に合わせて内容を変えてよいのは、特別支援学校だけなのだ。(たぶん)

もし、いったん小学校以前の内容だけど、そこまで戻ってゆっくり進めていかなかったら――
いきなり小学生だからと足し算や引き算をし、2年生だからと2桁の計算をしたら――
どれほどゆっくりやっても覚えられない気がする。段階というものがある。

Yさんの自立は素晴らしかったが、限界もある。
そのときは、勇気を持って特別支援学校を選択する必要もあるのかもしれない。

その選択はとても難しく、やはりなかなか選びきれないらしい。
当然だろうと思う。

知人は特別支援学級を離れた。辞令だから仕方ない。
せっかく教えたことも、すぐに忘れたり、崩れたりしていくかも。

子供は自分の意志で「将来のために前の先生のやり方を忘れないようにしよう」なんてことはしない。楽なほうに流される。

変わった先生がとても熱心だったとしても、普通学級の児童とは違って個人差が大きい。
それぞれの特性をつかむまでに、時間がかかってしまうだろう。その分、ロスとなる。

特別支援学校でYさんがずっと同じ担任だったと言っていたが、それはいいことなのかも。
――まあ、Yさんのように合わなかった場合は、ちょっと最悪だが。

物事はひとつしか見方がないわけじゃない。
別の角度から見ると、別の結論が見えてくる。

だから本当に、どの道がその子のためになるのかというのは、難しい問題だろうと思うのだ・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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