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Aさん 01:PowerPointにて

確かこのときのスキルアップ研修は、とても人数が少なかった。
2人――だったかな?

Aさんは、なんていったらいいだろう、「押し出しのいい」人だった。
まだ若いのに、大物みたいに見える。

堂々たる体格。
顔立ちは整っている。
スーツやコートが、まるで映画俳優のように似合う。
体格だけでなく、態度も堂々としていて、自信に満ちている。

とても若いのだ。まだほんの若者。
だから、堂々といている様子も、「貫禄がある」というのではなく、「まるでムービースターのような」というわけ。

Aさんは聴覚障害だった。
たぶん、補聴器をしても聞こえない。

発語はほとんど分からなかった。声を出してくれているのだけれど、聞き取れない。だから彼の話していることを理解するのは、かなり難しかった。
当然手話を使っていたと思うけれど、その当時のわたしは少しだけ手話を勉強したが、手話で会話する勇気はない。手話での会話は無理。

でもAさん自身はあまり気にしていないようだった。(もちろんそう見えただけかもしれないが。)

聴覚の人の場合、健聴者が何か話していても分からず、よく疎外感を感じたりすると訴えることがある。
Aさんは、周囲のことはあまり、気にならないようだった。かといって、自分の内側にこもるタイプだったわけでもない。
とにかくいつも屈託なく、不安そうに見えることもなく、堂々といていた。

初めて会ったのはPowerPointのスキルアップ研修だった。
当時、VISTAというOS、2007というバージョンのOffice製品が出て間もなくて、どうもなじめないという話をあちこちで聞いていた。
そういう話を、もう1人の受講者さんと花咲さんとしていたら、Aさんは言った。
「うちの会社はもう2007に全部替えた」
そう言う様子も、「当然、新しいのを買うのがいい会社だ」という自信に満ちていた。
その自信に押されて、「まだちょっとVISTAは不安定という話を聞く」とか「2007からは使い勝手が全然違ってしまって、やりにくいという声を聴く」という否定的なことは、誰も何も言えなくなってしまった。

スキルアップ研修の期間中に、昼休み、Aさんとカフェテリアで会ったことがある。
PCインストラクター時代、「この商売はサービス業」と叩き込まれたためもあるし、自分の経験が浅いという劣等感から抜け出せないせいもあるし、わたしは受講者さんに親近感を持ってもらおうと努めていた。
つまり、悪い言葉で言うと「おもねる」というか、いい人と思ってもらってマイナス点を減らそうというか――

手話ができないので会話にならなさそうだったが、とにかく話をしてみた。
やっぱり全然、Aさんの口話(発語も、こちらの唇の読み取りも)に頼るだけでは、会話にならなかった。

わたしはメモ帳を取り出し、ほとんど筆談になってしまったが、Aさんは屈託のない笑顔だった。
筆談はまどろっこしいので、聴覚の人が好まないことも多い。Aさんは完全に手話派だったのに、嫌な顔もせず、楽しげに会話してくれた。

・・・・・・ところが、その筆談会話が、ちょっと通じていない気がする。

ちゃんと読んでくれているのに、なんだか会話がすれ違っている。

「PowerPointは、会社でよく使いますか?」――わたしは筆談。
「会社はIT関係。SEがいっぱいいる」――Aさんは口で話す。わたしが分からなそうなときは、ペンを取って書いてくれる。

「システムなどを作っている会社なんですね」
「ITの会社だから、SEがいっぱいいる」
「Aさんはどんな仕事をしているのですか?」
「自分は2ヶ月前に会社に入った。面接を受けて、合格した」

なんとなくすれ違う。

しかしこれはほんの15分20分の昼時の会話だし、しかも筆談だから時間がかかるため、正味の会話内容は少ない。
少々疑問も感じたが、わたしは気にしないことにした。

とにかく仕事はPowerPointを教えることなのだから。

でもこのすれ違いは、実はわたしにとってよりAさんにとって、大きな問題だったのである・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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