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Aさん 02:文書作成術にて

文書作成術のスキルアップ研修があり、またAさんがやってきた。
最初のPowerPointのスキルアップ研修のときからは、少し時間が経っていた。

Aさんは今も同じ会社かどうか分からないが、とにかく仕事をしている。
その会社の、あるチームの一員。仕事内容は詳しく知らない。
Aさんの文章力はまだ不適当だった。言い回しとか言葉遣いの問題ではなく、もっと根本的なところに問題がありそうに思える。

Aさんは聴覚障害があるから、会社ではよくメールで連絡を取り合う。
そのメールでも、日本語がどこかおかしくて意思疎通ができないから、ビジネスメールがきちんとできるように、日本語の表現ができるように、と会社から依頼があったらしい。
――が、そんな壮大なこと、2日や3日では無理。

無理だなんて、プロにあるまじき発言かもしれないけれど、でも現実的に無理。

以前、聴覚障害について語ったときも書いたが、聞こえないというのは文章力を培うのには不利だ。
また、手話主体の場合は、接続詞などが不得手になりがちだ。手話の会話では(手話のタイプにもよるけれど)、接続詞が省略されることも多いからだ。「てにをは」などが苦手な人をずいぶん見た。

SNSなどの発達で、そういう人はだいぶ減ったように見えたけれど、中には苦手な人もいる。
またSNSなども、TwitterやLINEなど短い話し言葉が主体になると、それはそれでまた正しい文章力のレベルが少し下がったり。

文書作成術には、会社から「行って来たら」と聴覚の人が送られてくる例が多かった。
「ビジネスで使われる言葉遣いを学び、ビジネスにおける文書などを作成する方法を学ぶ」と謳われているから、文章矯正してくれて、正しい日本語使いができるようにしてくれるだろうと期待される。
文書作成術というのは、いってみればWordと同じような内容で、それにビジネス文書術がくっついたようなものだ。右揃えしたり、タイトルのフォントサイズを大きくしたりするのはWordで、発信日付や発信者は右揃えにする、受信者は左揃えにするなどのルールはビジネス文書術だ。
しかし前述の場合、会社が期待しているのは、とにかく「正しい日本語を使えること」だ。できれば「ビジネスレベルで正しい日本語」。Wordなんてどうでもいいし、ビジネス文書のルールなんてどうでもいい。でも敬語は使えてほしいな、と――ま、そんなところ。

というわけだから、Aさん(と教えるわたし)に求められているのは、とにかく「通じる日本語」だ。
Aさんと会社の人の意思疎通に齟齬がないように。

しかしそんなことが、ほんの2日や3日で達成できるものだろうか。

そもそもAさんは、そういう理由でスキルアップ研修に来たという自覚がない。
これはもう健常者もそうだが、若いから自信満々なのだ。

自信満々の若者を、わたしは何度見ただろう。
たぶん若い頃は自分もそうだったかもしれないが、とにかく自分を信じて疑わないのが若者だ。

派遣単発時代の章でも書いたが、某有名大学の学生さんと一緒に働いた。
自分は頭脳明晰であり、単なる頭脳明晰ではなく特別な人間であると、当たり前に信じている。
将来はこんな派遣なんて存在と関わることもない立場に、早々に登りつめるはずだし、それどころか派遣を使っている一般社員たちでさえ自分には無縁の存在になるだろう。だからこそ、学生のうちにこういうのを見ておくのもいい。そんな意識を自然に持っている。

その前のサービス業でも見た。回転寿司で働いていた有名中学の学生さん。
中堅大学――まあ悪い言葉でいえば、一流でない、つまり二流の大学に通う大学生もバイトしている。でもそんな奴ら、ただのバカにしか見えない。自分とは違う人種だ。
大学に行かず、専門学校生だったり、高卒だったりのバイトもいる。彼の目には別種の人類として映っている。
主婦パート? たぶん、存在していることも感じてない。
そんな意識を自然に持っている。

「自然に」ということが若者の特徴で、本当は多少の劣等感を持っているのを隠すために、一層空威張りする、なんて複雑な心理じゃない。相手に追い越されるのが怖いから、出る杭を打つために厳しく押さえつける、――でも自分の心にもふたをして「あいつの成長のためだ」なんて思ってる、そんな複雑な心理じゃない。
まだ未来が真っ白な若者(つまり順調に歩んできた若者)には、そんな自分へのごまかしは必要なくて、当たり前に自然に、自分が素晴らしいということを疑わない。「そう信じている」のではなく、「そう知っている」のだ。

Aさんも多分にそういうところがあり、何かを矯正しようとすると壁になる。
何かとは、今回の場合は日本語だ。

Aさんに問題を出す。「こういう内容のメールを、ビジネスメールらしく、文章も正しく使って作成してみてください」
Aさんは、「標題の件、・・・・・・・・・・・・」と書き出しはいつも同じだ。たぶん、Aさんの会社では「標題の件、」で始めるのが慣例なのかもしれない。

「Aさん、この問題は社外宛のメール。だから、本文の前に挨拶をつけるほうがいい」
(なるべく簡潔に伝えたほうが、聴覚の人は理解しやすい場合が多いので、修飾を省いている。)
「標題の件、」のところを指さして、「ちゃんと入れている」ということを言うので、「これは挨拶とは違う」と説明。
「うちの会社ではこうする」とAさん。

挨拶云々は慣例もあるから、いきなり本文が始まってもまあいいが、挨拶も省いて早速用件に入った割には、本文も意味が通じない。
赤ペンで校正しようと思うが、もうちょっとした「てにをは」や、間違った敬語などではなく、Aさんが何を言いたくてこう書いたのか分からないくらいで、直すに直せない。
そもそも課題の「こういう内容で」の内容を理解していないのか? それともどんなことを書くべきかは理解していたのに、書いた文章がおかしかったのか?

基本というより、根本からだな、これは。

「Aさん、ここではこれこれこういうことを伝えたい」「分かってる」
「分かりやすく書くには、まず結論、それから詳細。ここで伝えたい結論は何?」「この内容」
「そうなんだけど、その中でも、商品は明日発送する、というのが結論。だからまず、商品は明日発送します、ということを書いたほうがいい」「ここに書いた」
「そう、書いてあるんだけれど、一番最初に書いたほうがいい」・・・・・・・・・・・・

よい例文を思いつかないので、ちょっと極端に書くと、たとえば「全社員に健康診断実施のお知らせをする」という課題だったとする。
件名に「お疲れさまです」とし、本文を「標題の件、」で始めたとする。

「Aさん、標題の件というのは、件名のことについてこれこれですよ、という意味だから、ここで標題の件と使うのは違う」「健康診断の実施についてお知らせします、というように書かないと」「または、標題のほうを、健康診断実施のお知らせ、とかに変えればOK」
これを伝えたくても、このすれ違いの状況ではまったく伝わらない。結局、伝家の宝刀「うちの会社ではこうしてる」が出てきたら、反論も難しい。本当にそうしてる!? いや、してるんだろうけど、正しい件名をつけてるんだよ、きっと。

でもAさんは反抗的な態度ではないのだ。
明るく、屈託なく、当たり前に「君の言ってることも分かるよ、でもうちの会社ではこうしてるんだよ」風に見える。

いやでも、たぶん、わたしの言うこと、通じてないよ・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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