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Aさん 03:Bさん

Aさんはしっかりした表情をしているし、顔立ちも整っていて、好青年だ。
態度も堂々としていて、有能そうだし、きっと頑張ってくれるだろうと好感を持てる。

確かに頑張るのだが、自分のやり方は曲げないので、成果につながらない。
何かを教わっても、指摘されても、こうしなさいと指示されても、彼なりの理解に基づいて、彼なりにやる。
「それは言われたやり方と違うでしょ、指示通りやりなさい」と注意されても、あまり改善されない。

果たして彼は、こちらの指示が理解できていたのだろうか?
理解できるのに無視したのか、理解できなかったのか――

そこで「指示はちゃんと分かった? これこれこういうことだよ?」と聞いてみると、「分かっている」と答えるし、分かっているように見える。
でも「分かっている」くらいなら通じるけれど、彼がもっと話し出すと、会話が成り立っていないことが判明する。
こちらはまた説明するが、手を変え品を変え説明しても、どうもすれ違いは解消されない。お手上げなのだ。

会社でも、意思疎通ができないAさんは、最近もてあまし気味のようだ。
仕事を頼んで結局できず、あとで苦労するくらいなら他の人がやったほうが早い。
仕事を頼むとき時間をかけて説明し、不備があったらまたすれ違いの会話をえんえんと説明し、結局どうにもならずに誰かがやり直すくらいなら、最初から他の人がやったほうが早い。

Aさんはよくスキルアップ研修に来ているようだった。わたしが出会わないだけで、いろいろなスキルアップ研修を受けている。
Aさんは発語があまりできないので、聞き取ることが難しい。そして彼に手話以外で理解してもらうのは難しい。
口語では通じなくなって筆記すると、読まない。彼は文章を読むのがまどろっこしいタイプか、視覚的に考えるのが得意で文章は苦手か、どちらかだ。
以前、カフェテリアで出会って筆談で会話したとき、辛抱強く筆談の会話につきあってくれたと思っていたが、たぶんちゃんと読んでくれていなかった。読んだように見え、分かって会話してるように見えるのが、Aさんの不利な点だ。

しかしそれ以前に、日本語ができていない。そして、微妙にずれた会話になるのは、さらにそれ以前の問題かもしれない。

根が深い問題だと感じた。
でもなんとか少しでも矯正したい。でないと、Aさんの職場での立場がつらくなる。

花咲さんも当然それをわたし以上にひしひしと感じていて、なにくれとなく教え諭していた。
会社での話をしたりすると、「ちゃんとこういうときはこうするのよ」とか「そういうときはこうしなきゃダメよ」とか、社会人としての心得、会社での行動規範を注意した。
たとえばAさんが何かで我を通そうと発言しているのを聞いたときは、「まず素直に聞かなきゃ」とお母さんのような態度でなだめてみたり、「会社でもこれこれしなさいよ」とうるさい気のいいおばさんみたいに付け加えてみたり。

でもこれがなかなか通じない。
「ちゃんとこういうときにはこうするのよ」「聴こえないから、難しい」
「そういうときはこうしなきゃダメよ」「してるけど、健常者とうまく話せないから、やりにくい」

「そんなこと言わず、社会人なんだから社会に合わせていかないといけないでしょ」「分かってるけど、難しい」

もちろんAさんの苦労は、わたしたちには分からないと思う。Aさんにはわたしや花咲さんにない不利がある。

だけど。
だけど、Aさんにそうしてほしいと思っているのは、わたしたちではないのだ。会社なのだ。
Aさんにはなんとかして会社になじんでいってほしいのだ。だって悪い会社ではなさそうなのだもの。
いい会社を見つけるのは難しい。せっかく出会ったなら、そこで長く働いてほしいのだ。

Aさんは嫌みのない青年で、だからこちらも、どうかAさんに良かれという気持ちになる。

このときたまたま、ちょうど同じ文書作成術のスキルアップ研修に、Bさんという聴覚の女性が来ていた。
BさんはAさんよりわたしの年齢に近い。家庭も仕事もある。

Bさんが隣に座っていて、おかげでずいぶんAさんに意見してもらうことができた。

Bさんは口を見ればこちらの話をわかってくれて、そしてBさんの発語はほとんど健常者と同じで完全に聞き取れた。わたしや花咲さんとのコミュニケーションにまったく問題がない。
また手話もネイティブなので、Bさんとのコミュニケーションにも問題がない。

穏やかな声で、たぶん手話で話しているときも柔らかく感じる注意の仕方なのだろう。
Aさんは、Bさんの言うことは素直に聞いているように見えた。

同じ障害を持ち、同じように健常者にまじって働く者として、彼女には「健常者には分からない」は通じないからだ。
別に彼は口に出してそう言うわけじゃないけれど、自然に疑いなく「それは自分には難しい」「それは相手が考慮してしかるべき」と思っているように見えた。
実際にAさんには聴覚障害があることで不利があるのだから、当然ではある。「でもそう言っていられないでしょ、仕事して社会参加して生活していきたいでしょ」と、Bさんは伝えてくれた。

正しい日本語で文章が書けるようになったかというと、やはり3日では全然うまくいかなかったが、水上さんとの出会いが糧になってくれたらと願った・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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