FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Aさん 06:Aさんのその後

Aさんのことで、思い出す人がいる。
健常者で、わたしがSNSをやっていたときに、ひょんなことからネット上で知り合いになった人だ。

年齢はとても違っていて、彼は若かった。仮に「若大将」と名付けておく。
若大将くんは大学生だった。若くて希望に満ち溢れていた。
若大将くんは将来は大物になる予定だ。どう大物になるかは彼なりにいろいろ考えていたのだろうが、事細かにすべて知っていたわけではない。なんといってもネットだけの細々したつきあいだったし。

彼は一攫千金型だった。
最初はトレーダーになろうと思っていた。でも大手証券会社を受けてもなかなか内定に至らなかった。
その上、証券会社の社員は給料で働いていて、大金持ちになるわけではないと知った。
起業家にも憧れた。当時はIT会社の社長たちがまたたくまにのしあがり、幅を利かせていた。
でも憧れの社長の会社の株を買ったりしたが、株価は暴落したりすると大損をすることが分かった。
結局若大将くんは、ある会社の営業職に就くことになった。

内定ももらえて、あとは学生時代に伝説を残すことだけが、彼の目下の目標となった。
「伝説を残す」「伝説」――伝説というのが、古い頭のわたしにはよく分からない。具体的にどういうことをしたら「伝説」なのだろうか?
とにかく彼は「伝説を残す」つもりだということを繰り返し語っていて、やるしかない!と気負っていた。

そして若大将くんは、大学の友人たちと旅行に行った。
そこで淡い恋をした。淡いっていうのは、本当に恋をしていたのか、シチュエーションに恋をしていたのか、読んでもどうもよく分からなかったからだ。
とにかく、彼氏と別れて友達と旅行に来たが、元彼のことを忘れきれないという過去を持つOL**子と若者が出会い、友達たちと部屋に集まって飲んだり、海で遊んだりして、甘酸っぱく旅の終わりが来た――というライトノベルも書いた。ほぼ、実体験だったと思う。この恋が、彼の「伝説」だった。「伝説を達成できた」と喜んでいた。

その小説は、SNSにも載せていたので、読んだ。短編くらいの長さだったかな。

若大将くん・・・・・・、いくらライトなノベルだって、もっとちゃんとした日本語書かなきゃ。
わたしは子供の頃から20代くらいまで、かなりの本好きだった。(今でも好きなはずなのだが、読む量が激減したので、「趣味は読書」と公言するのをやめた。)
とにかくかなり本好きだったので、言葉の使い方や誤字脱字や文法のおかしいところなど、いちいち気になるのだ。いやはや、これは・・・・・・

若大将くんの野望の中には、ライトノベル投稿サイトに投稿し、一躍売れ筋作家になることも入っていた。
わたしはライトノベルの世界を知らないが、それにしてもこの間違いだらけの文章でいいのだろうか?

もちろん彼に送った感想は、作品のいいところだけを見て誉めた内容だ。若々しいピュアさ、瑞々しさを誉め、あるささやかなシーンがとてもリアルだと誉めた。

そんな若大将くんだったが、しかし彼は若く、吸収が早く、素直なところがあった。

いよいよ就職してみると、上司や先輩の体育会系の教育が待っていた。
入社して半月くらいした頃、彼は「営業職はやればやっただけ高収入、大出世する、と思っていたが、計算してみたら最高に頑張っても、30代で社長にはなれないと判明した」とがっかりした日記を書いていた。
しかし日々を過ごすうちに、「上司であるチーフはすごい人だ!」と感激、感動。「あんな課長に自分もなりたい」と憧れるようになった。
飲みに行くと自分のためになる名言連発、「絶対ああいう大物になってやる!」と素直に感動。

若大将くんはかつて自分の書いたライトノベルを会社に持参し、みんなに見せた。
ボロボロにけなされた。展開も、メリハリも、文章も、日本語も、誤字も、全部ダメやんけ! なんだこれ! なんやこれ!

でもそんな体当たりの若大将くんが、体育会系の上司や先輩方に好かれないわけがない。
彼も2年目3年目になり、後輩ができて、今度は自分の面倒見の良さを見せる機会を得た。憧れはチーフから課長になった。
ゴルフにも連れていってもらうようになり、「ゴルフがうまくなりたい!」と語るようになった。

その頃には日記に書く文章も、すっかりいっぱしになっていた。
もう往時のめちゃくちゃな文章ではなくなった。
彼は、営業部の上司や先輩たちにしごかれ、立派に会社員になっていたのだ。社会人に。
もしかしたら、本当に末は課長になるかもしれない。

やがて、忙しくなった若大将くんは、SNSから消えて行った。
もしかしたら、別のSNSを始めたかもしれないが、それはもうたぶん、半分公的なもので、見知らぬネット友達などとは関わらないものなのだ。

さて、全然関係のない話がすごく長くなってしまったのだが、若大将くんはわたしが成長を見守った忘れられない人なのである。

さて。

さて、である。

ある日、花咲さんが言った。
「そういえば、Aさん、いましたよね?」

・・・・・・

わたしはそれほど、人の名前を覚えているすばらしい講師ではない。
「あの、聴覚の若い男性で、いくつかスキルアップ研修に来ていて、意思の疎通がきちんとできるようにしてくれってことで――」
「ああ~! Aさん、あの押し出しが良くて、顔立ちが整ってて――」
「そうそう、そうです」

「Aさん、女性の上司、会社を辞めてしまったそうなんですよ」
――あらら、そうだったんですか。

女性の上司といって思い出すのは、ちょうどスキルアップ研修の日に、意思の疎通がうまくいっていない具体的現場を知ってしまったことである。

「あの上司の方、Aさんとコミュニケーションがうまくとれなくて、ずいぶん悩んでいたようで、だいぶ相談に乗ったんですけどね」
――そうだったんですか。それは知りませんでした。いい方だったんですね。
「どうしてもAさんと意思の疎通がうまくいかなくて」
――現場を見たし、想像がつきます。一事が万事あの調子では大変ですよね。
「そのために辞めたわけじゃないんでしょうけど、もうあの会社にはいないようなんですよ」

そして――

「Aさん、メールをくれたんですけど、すっかり普通の文章が書けるようになってましたよ」

――え、そうなんですか!? あのAさんが!?

「今は男性の上司に変わっていて、その上司が厳しいらしくて、すっかり成長してました」
花咲さんにとっては、息子みたいな年である。なんでも言いたい放題だ。

それにしても、わたしは考えさせられた。

この話を聞いたのは、何年かあとである。本当に「あ~、あのときの!」というくらい年月が経っていた。
わたしは、3日では期待されていることを教え込むのは、到底無理だと思った。
女性の上司のほうは、Aさんが研修から帰ってきたあとも、何日も何ヶ月も苦労したはずである。

でも結局、最後までどうにもならなかった。
それが、厳しく押さえつける男性上司なら、矯正できるのだ。

若大将くんのことが頭に浮かんだ。
彼も体育会系の上司や先輩たちに、乱暴に仕込まれた。でもそれで結果が出た。
営業に行って、成果が上がらず帰ってきて、またくじけずにトライする様子も、日記で読んだ。

理解を示して、優しく教え導こうとすることが、必ずしもいいとは限らないのかもしれない。

人にはできることとできないことがあり、わたしの顔や声や性格や――とにかくわたしの個性ではできないこともあるので、スパルタでいこうと単純に考えることはできない。

だがとにかく、わたしには難しいスパルタ式が、功を奏することがある。
これは今でも、永遠の課題というか、テーマなのである・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



■目次へ■

■まえがきにかえて(おことわり)■



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。