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補助スタッフさん 01:赤目さん

あるとき学事グループにトライアル雇用というかインターンシップというか、そういう枠が設けられた。

障害のある人を雇う枠だが、わたしの知る限りいつでも知的障害の人だった。
いつでもといっても、雇用期間はたしか1人あたり3年くらいあったので、それほど何人も知っているわけではない。
規定の期間が過ぎると、次の人に変わる。

もともとスクールの事務的なテンポラリーやアシスタントテンポラリーは、健常者でも期限がある。だから別にこのインターンシップ枠だけ期限があるわけではない。みんな同じだ。
同じだけれど、やはりインターンシップ枠の期限には、一般スタッフとは別の意味もあったと思う。ここで雇われることが目的なのではない、企業に就職するためのまさにインターンシップである、だから実習期間が過ぎたら他の人に席を譲る、どうかここで働くということに慣れていい職場が見つかるように―― と、そういう意味があったのだろう。

インターンシップ枠の業務内容は、たぶん言葉にするなら「事務補助」だと思う。

最初に雇われたのは、赤目さんだった。女性だ。若い。
たぶんこの枠自体、学校は出たものの就職が決まらないよー!という人向けなのではないかと思う。卒業と就職の間に存在する、橋渡しのような役目。

赤目さんは、ある日学事グループにPCルームの鍵やら出欠簿やらを取りに行ったら、いた。

彼女は普通に扱われていて、わたしたちに「こういう枠の人なんですよ」という説明はもちろんない。
初めての出会いは、「おはようございます」と挨拶をしても何も返してくれない若い人。
何か尋ねたり、お願いしたりしても、照れるでもなく怖がるでもないけれど、答えてもくれないし、何もしてくれない人。「私では分からないので」と他の人に取り次いでくれることもない人。
でもなんとなく「あれ?」と感じ取れるので、こちらもそもそも尋ねたり、お願いしたりしない人。

言葉が悪いが、飾っていると伝わらない。これが現実のところだ。
だからスクールにいる間に、人に慣れ、挨拶をすることを覚え(覚えられれば)、時間まで仕事をするということに慣れる。頼まれた仕事が完了したら報告することを教わる(これはやっぱり、どこに行っても必要だから、覚えられそうになくても覚えないと)。

学事グループに行ったとき、何やら唐突に腕が上に突き出ているので、一瞬驚いたこともある。
赤目さんが机に二の腕をつけ、腕を90度に曲げていたのだ。そして顔を二の腕にのせる形で寝ていたので、ふと見るとデスクとデスクの仕切りから、腕だけがびょん!と飛び出して見えたのだった。

赤目さんはあるとき、お昼にお菓子をもらったとき、握りつぶしてしまった。
「力の加減が分からないことがあるんですよ」と、当時の宇奈月さん。

わらび餅やシュークリームのようなものを渡されたとき、それをつぶれるほど強く握るだろうか?
たぶん、発達障害や自閉症などの障害も併せ持っていたのだと思う。
事前に予測して、力加減を調節するのが難しいのか。――つまり「事前予測」が難しいのか。
どのくらい力を入れたら、どのくらいの力が出るか、うまく連携できないのか。――つまり「自分の体の認識」が難しいのか。

いずれにしてもそういうことがあった。

「お昼に食パン1斤とか食べちゃうことがあるんですよ」と、当時の白鳥さん。

――え、食パン1斤? 何もつけないで食べるんですか?
これが、そうらしいのだ。
細くて小柄な白鳥さんの食べる量からしたら、いっぺんに1斤というのも驚きだろう。

「でもそれについて触れると、注目されたことが嬉しくて、エスカレートしてしまうことがあるらしいので、そんなに食べて大丈夫なのかとか、あまり言わないようにしているんです」

注目されるというのが、「みんなの注目の的になって嬉しい」ということなのか、「気にかけてもらって嬉しい」ということなのか、今にして思えば分からないが。

赤目さんはわたしには遠い人だったが、一度接したことがある。
「ゆっくり進めるExcel」という内容で、特別なスキルアップ研修をしたとき、花咲さんによって赤目さんも受けに来ていたのだ。
――この辺りは、たとえば当時の上級マネジャーが「ああ、いいんじゃない」と融通のきく人だったとか、何をするにせよ「で、メリットは? 結果はきちんと出るの?」という時代でなかったとか、背景はいろいろある。
思い返しても、「あの上級マネジャーだったら、スクール内の人を参加させるわけにはいかないって言っただろうな」とも思う。「時代がもっとあとだったら、研修に社員を送る企業さんからしたら、講師の指導も注意も気遣いも、全部本来の受講者のためにあるのじゃないか、と言われそう」とも思う。

まあ、とにかくそういうわけで、赤目さんと3日くらい、1日3~4時間、つきあった。

「表を作ってもらったりするんですけど、どうもうまくいかないんですよ」
花咲さんがそう言っていたので、どういう表を作るのか見せてもらって、練習問題をあれこれ作って渡した。

このとき、知的障害のクラス用の練習ソフトも与えてもらい、半分はその練習をしてもらった。これは、申込用紙に記入されていることをソフトに入力する、というものである。つまりデータ入力練習ソフトだ。
入力の練習であると共に、「ちゃんとチェックして、ミスがないように入力しよう」という練習でもある。
紙は自分で作るしかなかったので、準備は面倒だった。

赤目さんはたぶん、これまで学校でもExcelを勉強したり、入力の練習などもたくさんしていたのだろう。
思ったより入力も早く、表を作るにしても、罫線をつけたり塗りつぶしをしたり、自分でさっさとボタンを使って設定できた。

――何ができないんだろう?

2日くらい終わったところで、花咲さんと話していて、赤目さんのことになった。
「これを入力して、と頼むにも、誰かが全部用意して入力するだけにして、じゃあこれをやってと言わないといけないので、余計に手間がかかるんですよ」
――なるほど。
「することもなくずっと待たせるわけにもいかないので、今している仕事を中断して準備をしてあげないといけないし」

――それで、あの速さで入力できるとなると・・・・・・
「そこまで準備してあるから、すぐに終わっちゃって、また次の準備をしなければならなくなるんですよ」
――やっぱり。

「でもやってもらうと誤字とか、同じにしてと言ったのにちょっと罫線が違うとか、小さいミスが多くて、そのチェックに余計に時間がとられてしまって」
――正直、自分で時間のあるときやったほうが早いってことですか。
「自分でチェックして、間違いを発見してくれるといいんですけど。それを覚えてくれないかなーと思って、先生のところに送ったんですよ」

え!? そうだったんですか!?

それを先に言ってくれないと、何をやってもらったらいいか分からないじゃないですか。
どうりで「おかしいなぁ、Excelなんかも基本はできるなぁ」と思ったわけだ。

それならやったもらうこと、覚えさせることより、チェックを中心に練習してもらわなければダメじゃん!

もうあと1日しかないので、後の祭りだった。

たとえば発達障害の人など、「同じように」と言われてもうまくいかないことがある。
抽象的に「同じように」と言われても、「でも書かれている文字も違うし、違う内容のことだし」と思える。パターンを抽出して、別の物事に適用するのが苦手。
※もちろんすべての発達障害の人がそうだというわけではない。

しかし逆に自閉症の人は、物事にパターンを読み取るのが得意、という説も聞く。
同じ言葉が使われていてもきっと意味が違うのだと思うけれど、とにかく一律には考えられない。

そういう意味での「同じように」とは別に、「見分けることが苦手」という場合もある。
「同じ罫線をつけて」と言われても、二重線になっているところなど「あ、ここは二重線だ」と認識につながらない。
ぼんやりしていて見逃すのではない。見本の二重線と、自分がつけた一重線、「違うものだ」という認識にならない。目が悪いのでもない。まさに、「二重線に見えているはずなのに、違うものだと認識して直すことはしてくれない」――つながらないのだ。

わたしも専門医ではないので、本で知識を得たあとに様子を見ていて、「たぶんそういうことだ」と考えているだけだが。

いろいろな問題点を乗り越えて、就職につながるように――それがこの枠の役割なのだ。

赤目さんのいつも変わらない表情が目に浮かぶ。
無表情と思われてしまうかもしれない。とにかくいつも同じ表情だった。
「無表情は、無感情と同じではない」と公開講座に行ったときに習った。赤目さんにも心の中には感情の嵐が吹くこともあったかもしれない。

でも思い起こす姿は、いつも無口で変わらぬ表情をしていた赤目さんだ・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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