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補助スタッフさん 02:長島さん

赤目さんが去った後には、長島さんが来た。
大柄な男性で、可愛らしい顔立ちだったので、わたしなどの年からしたら「男性」というより「男の子」というイメージだった。
長島さんも、たぶん知的障害だ。人見知りなところはあったけれど、発達障害や自閉症を思わせる特性はあまり感じられなかった。

長島さんが来て1年経ったとき、学事グループでテンポラリースタッフだった宇奈月さんが去った。期限が来て、契約の終わりを迎えてしまったのだ。
新しくやってきたのは満願寺さんというテンポラリーさんで、元気な女性だった。同じ年から旭さんという元レギュラーの男性もやってきた。偉い地位に上りつめ、定年後にテンポラリーとして一定期間働くというわけだ。

長島さんにしてみると、満願寺さんは「後輩」だった。自分より後から入って来たのだから。
でも旭さんは「後輩」ではない。その前の年まで偉い人だったのを見ている。周りの人も旭さんを普通のテンポラリーとしては遇しない。

満願寺さんのほうにしてみれば、長島さんは「先輩」ではない。
どちらかというと指示や監督をする立場である。

しかし長島さんは、満願寺さんのことは明らかに「後輩」と思っていて、負けじとライバル心を燃やした。

満願寺さんは、「後から入った人=後輩」というだけでなく、陽気で冗談や面白おかしい話で周囲を笑わせるタイプだった。「も~、満願寺さんたら」とみんなから笑われる。
自ら下に身を置くことで周囲と摩擦を起こさない、そういう処世術を使う人だった。

それは処世術であって、本当に満願寺さんが誰よりも低い地位にいるわけではない。
「も~、満願寺さんたら」と笑うときも、笑うほうだってそのことは分かっている。

しかし長島さんにとっては、「僕より下」のさらなる証明である。

3年間ずっと、長島さんと満願寺さんの攻防は続いた。
満願寺さんは半分やれやれと思っていて、半分楽しんでいたようだったが、時にはやりにくいこともあったろう。指示したり注意したりしても、満願寺さんから言われた場合は「へっ」という態度をとられたり、苦労することもあったはず。

長島さんは、満願寺さんがネタ話をして周囲を笑わせているとき、一緒になって「へっ」「ぷっ」というふうな態度をとる。
仕事の指示をされたときも「今、忙しいんですよ」と言ったりする。

朝、駅から歩いていて満願寺さんの姿を見つけると、すごい勢いで歩いて追い越していく。
長島さんはとてもとても体格がいいので、スクールではたいてい反り気味な姿勢で悠々と歩いている。でも朝の駅からの道は、走らんばかりの勢いで歩く。
満願寺さんを追い越しても、ゆっくり歩いているとまた追い抜かれるから、負けじと早歩きをする。
人にぶつかりそうな勢いで焦って歩く様子を人が見て、何かあったらいけないから満願寺さんが負けたふりをすべきだ、と満願寺さんは周囲に言われたりする。

なにしろ特別な枠で働いている長島さんである。
自分に割り当てられた仕事は毎日きちんとするとか、帰る前には一日の報告をするとか、そういったことは将来のためにしっかり叩き込まれていたが、それ以外ではかなり優しく扱われている。

こういってはなんだが、長島さんにできる仕事はやはり限られてしまう。
設営――というほどのものではないけれど、そういった仕事ではよく駆り出されていた。
「何日に外部からたくさんの人がやってきて、見学と話し合いをすることになっている。ホールに椅子や机やその他準備をしなければ」「じゃあ、**さんと**さんと**さん、それから長島さんでやろう」
「どこかの施設から使わなくなったという古い備品をたくさんもらった。それらを配備したり、倉庫にしまったりしなければ」「じゃあ、**さんと**さん、それから長島さんでやろう」

長島さんが駆り出されるというのは、だいたいその仕事が、学事グループが絡んでいるからだ。
ということは、多くの場合、満願寺さんもメンバーに入っている。

満願寺さんが(他の人も)、一度に2つも3つもの椅子を運んでサッサッと準備していく。
長島さんは、1つの椅子をゆるゆる運んで、「はぁ~」 また1つゆるゆる運んで、「はぁ~」
疲れたという意味のため息だ。

「長島さん、疲れた?」「はぁ~、疲れますよ」「ゆっくりでいいからね」

お笑いコンビならここで、「お前、一番若いやろ~が~ そんなに疲れるわけあるかい!」「それに一番ゆっくりやってるやないか~ 1つずつしか運ばんし~ それで疲れたて、なんや!」とツッコミが入るところだ。

でも・・・・・・「長島さんに何かあったら大変だからね」

満願寺さんが、テンポラリーという下の立場で必死に頑張りすぎて体調を崩したとしても、それは大人だからやはり満願寺さんの自己責任の部分が大きい。スクールは強要したわけではない、となるに違いない。
長島さんも年齢的には大人なのだが、まあやはりそこは違うのである。

こういうとき長島さんは、実によく分かっていて、自分が優しくされると知っている。甘えるべき人が誰かも心得ている。
たとえば花咲さんなどは、長島さんのことをとても可愛がっていたが、まるでお母さんのような愛情であり、長島さんのためを思って「若いんだから、まだ頑張れるわよ、ほら!」くらい言い出す。だから花咲さんなどには甘えない。
狙いは旭さんのような人で、旭さんが「長島さんはもう休ませよう」と決めたら、誰も反対できないことも察知している。

その上、そういう気持ちを態度で示したりもする。
なんていうかな――たとえばそういうとき、満願寺さんに「してやったり」という笑顔を見せるとか。実際にそうしたということではなく、そういうふうにうまく「目下」の人にだけ見せる。

長島さんはとても人見知りで、はじめのうち緊張がなかなかほぐれなかった。でもやがて学事グループでは自分を出せるようになっていった。
長島さんの中で、「この人はこう」という分類や序列もできあがっていたのだと思う。
満願寺さんは――「とにかくこいつにだけは負けない」「こいつだけは僕の下」という存在だった。

たぶん、満願寺さんが仕事に慣れていき、だんだん重要度を増していくにつれ、対抗心も、自分のほうが上だと示したい気持ちも大きくなったのだろう。
とにかく、長島さんがいる間、ずっと2人は攻防を続けていた。

満願寺さんのほうは、本気で闘っていたわけではないだろうけど――。

長島さんは根が人見知りで、学事グループに慣れても小さい声で話していた。
慣れていないほかの人たちには、廊下であいさつをされても返せない。

入ったばかりの実習生さんたちは、まだよく分からないことだらけ。
名札を見て青いからスタッフだと思って、長島さんにもすれ違うときあいさつをする。「おはようございます」「お疲れさまです」
でも長島さんは、そんな知らない人に話すことはできない。

だから「スタッフなのに、あいさつしても無視する人がいる」と言われることもよくあったようだ。

わたしが思い出すのは、長島さんがスクールの廊下をゆうゆうと歩いている姿。
そういえば、昔働いていたABCスーパーの恰幅の良い初代店長が、売り場を見回っているときこんなだったな。
よく「まるで社長のように」と評されていたけれど、わたしが思い出すのはその店長だった。

とにかく堂々たる姿で、ゆうゆうと歩いていたものだった・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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