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補助スタッフさん 04:浜島さん

長島さんはすっかり慣れたように見えたが、期限が来てスクールを去って行った。

その後には浜島さんがやってきた。
今回も男性。若い。でも長島さんとは対照的に細い体型をしていた。

長島さんの後にやってきて、その上同性だったからか、なんとなくオーバーラップしてしまう。
どっちがいい悪いという比較ではないのだが、つい「長島さんはああだったな」と思い出す。それはたぶん、周囲の人たちは全員感じていたろう。

すぐに誰もが認めた相違点は、挨拶だった。

長島さんは廊下などで出会って「おはようございます」と声をかけても、返事をしない。
何度も顔を見ていて、少しは知った顔だったりすると、「・・・・・・・・・・・・」とつぶやく。――というか、つぶやいたように見える。
絶対に何と言っているか判別できないし、唇がわずかに2~3回動いたような気がするだけ。「動いたように見えるから、たぶん何か返事をしたんだろうな」とかろうじて想像できる程度。

浜島さんはハッキリした声で挨拶を返す。
「おはようございます」「あ、おはようございます~」
「お疲れさまです」「あ、お疲れさまです~」

これがまた、ただの「おはようございます」という控えめな返事ではない。
かなり貫禄があるのである。
こちらが「おはようございます」と言う。
するとまるで作業所の所長かラインチーフであるかのように、「おや、君かね」とこちらに気づいたかのように言うのだ。「あ、おはようございます~~」

作業所や工場に見えるのは、スクールから支給される作業着風のジャケットを着ているからだ。

この所長、ないしはチーフは、腰の低い若いチーフなのである。「あ、おはようございます~~」
でも腰が低そうなのではあるが、やはりなんだかチーフに見えるのである。「あ、お疲れさまです~~」

満願寺さんはいつも面白おかしく話すのが得意だったので、浜島さんが挨拶をすることに触れないわけがない。
「長島さんとは違いますよ~ なんたって挨拶ができますからね~」
「堂々とした挨拶ですしね」
「長島さんは実習生や外部の人からなんと思われてたか分からないですからね~ 無視する人がいるって言われてたくらいですからね~」
「浜島さんの挨拶は立派なものですよね。なんか貫禄ありますよ」
「そうなんですよね!」

長島さんは、貫禄があった。相当恰幅がよかったので、堂々たる姿に見えたし、歩くときは余裕のある様子でゆうゆうと歩いていた。でも声は小さくて、人見知りして返事ができないことも多かった。
浜島さんは、体格という意味では細かった。でも挨拶は堂々としたもので、貫禄があった。必ず「あ、」という接頭語のようなものが付くからだろうか?

しかし浜島さんは、表面は必ず挨拶もする人当りの良さそうな人だったが、心の中には難しい問題もあった。
浜島さんにも、最初の赤目さんと同じようなところがあり、実際は人と交わるのは好きではない。
少し発達障害を併せ持っている。だからその点、周囲が気遣わないといけないのだ。一見明るく返事をしているからと配慮を怠ると、浜島さんにとって精神的負担が大きくなってしまうだろう。

浜島さんはよく、スクールの中をふらふらしている。
自分一人になれる安息の地を求めて、さまよっているのだ。

これは浜島さんにとって必要な休息で、たぶん長時間たくさんの人と一緒に仕事をしていると、息が詰まってしまうのだろう。

たとえば朝、10分前、15分前から浜島さんは来ているのかもしれない。
普通だったらこういう時間というのは、自席で準備をしているか、周囲の人と話しているか、またはロッカールームで出会った人と話したりするか―― そうしている合間に、きっと朝自分が飲みたいお茶などを買いに行ったり、給湯室で入れたり、トイレに行ったり――
そんな感じで、会社の朝は過ぎて行くのではないだろうか。
でも浜島さんは、人のいるところにはあまり行きたくない。だからその状況だったら、トイレだの自販機だの給湯室だのは、避けたい場所である。誰かしら必ずいるに違いないから、学事グループのデスクの島も嫌だ。

浜島さんは、この時間の自分には何の関係もない、実習室が並ぶ階の廊下などにいたりする。
そこで出会うから、わたしは挨拶をするのだ。「おはようございます」。
浜島さんはできれば人を避けたいので、自分からは挨拶しないが、それはよく観察していないと分からない。声をかけるとフレンドリーといってもいい口調で「あ、おはようございます~」と返ってくるからだ。
しかし実は、明らかにこちらの姿が目に入っているだろうという距離でも、向こうは目をそらしている。
無視するのもよくないと思って「おはようございます」とお辞儀をすると、「あ、いたんですか、今気づきましたよ」というような感じで、「あ、おはようございます~」とこちらを向く。
わたしはなんとなく浜島さんの気持ちを察して、それ以上は話しかけない。「早いですね~」とか「今日は暑いですね~」とかそういったことは、なし。

浜島さんが、たとえばPCルーム近くの廊下の隅に、壁のほうを向いていたとする。
わたしが「おはようございます」と声をかける。
浜島さんは「あ、おはようございます~」とハッキリと、にこやかに、返事をする。
わたしはそれから、PCルームに入ってしまい、もう浜島さんとは接触しない。
しないのだが、浜島さんはふらふら~と歩き出し、いつのまにかいなくなる。
誰かが来てしまったから、もうそこは安息の地ではなくなるのだ。一人二人がただ通っただけならまだしも、挨拶の声をかけられてしまったのだから・・・・・・。

くらげを連想しそうな、目的意識を感じないゆるやかさで、浜島さんは時間が来るまでスクール内を漂う。
時間になったら仕方がないので、自分の席に戻って仕事をするのだ。

同じ光景が、昼休みも繰り返される。

花咲さんは、長島さんを息子のように可愛がって、親身になっていた。
「長島さん、これを**先生のところに持って行って」「・・・・・・(ただ手を出す)」「**先生のところに行ったら、ちゃんと挨拶してから渡すのよ」「・・・・・・」「できる? 挨拶。ちゃんと挨拶してからよ?」

でも浜島さんには、親身になっても言ってはいけないことがある。心の負担にならないように、あえて距離をおかないといけない。

満願寺さんは、対抗心を燃やす長島さんとずーっと攻防を続けたが、そんなことは浜島さんとはできない。
長島さんが満願寺さんを馬鹿にするようなことをつぶやくと、「えー? 今、何を言ったー?」なんて言ったり、満願寺さんに指示されたことを嫌がるような顔をすると、「ほら、早くやりなさいよ」なんて言ったり、それはそれで楽しそうだった。この二人の関係でもやっぱり、お母さんのようなものだったのだ。

旭さんが「長島さん、疲れた? じゃあ、休んでいいよ」なんて鷹揚に言ったりするのは、甘い父親のようなもの。
担当の上級マネジャーが、長島さんの日課の業務報告を聞きながら、「まだ5時になってないよ。帰る支度はちゃんと報告が終わってから」と注意したりするのは、厳しいおじいちゃん。

そんな和気あいあいとした雰囲気があった。

でもたぶん浜島さんには、よかれと思って親しげに近寄っていくと、耐え難い環境になるのだろう。
いつかそれが心地よくなる日が、もしかしてもしかしたら来るとしても、それにはきっと長い時間がかかる。

浜島さんは、まったく関連のない実習生さんや外部からやってくる人にしてみると、人当りのいいスタッフに見える。
近くで働く人にとっては、ちょっとばかり壊れ物扱いが必要な繊細な存在で、気が抜けないのであった・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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