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補助スタッフさん 05:浜島さんと長島さん

長島さんは、毎日来ていた。休まなかった。
浜島さんは、特に最初の1年2年は、よくお休みもするらしかった。

長島さんはご両親やご家族との関係が密で、また密だということが話の端々から分かるようだった。
ご両親は、長島さんの働きぶりも把握していて、体調不良にしろその他のことで休むにしろ、ご両親がお休みの連絡をしてきた。

浜島さんのほうは、ご家族との関係性はあまり分からない。
分からないが、とにかくお休みの連絡は浜島さん自身がしてくる。
――大人なのだから、まあそれも当然ではある。

「浜島さんが休むと、大変なんですよ」と満願寺さんが言う。

スクールは、一般企業とは違う。
浜島さんも社員の一人、できれば利益をあげるための一員として働いてほしい、というわけではない。
次の一般企業への就職では、「単に障害者だから雇われた」というのではなく、一員として働けるといいが。が、今は違う。練習期間なのである。

というわけで、浜島さんの業務の中には、なくてもよさそうなものもあった。
重要なことは「毎日この仕事をするのだよ」というルールと、ルールを守ってルーチンワークをすることであって、作業自体ではない。

たとえば「その日の主要新聞を各コースに届ける」。
別にそんなに急いで届けなくても、大ごとではない。
でも毎朝、朝一番に届くものなので、届かなかったら「あれ?」というものだ。
「あれ?」程度なら放っておいてもいいが、「どうしたんですか?」なんて問い合わせの内線電話が何件も鳴ったりするくらいなら、届けたほうが早い。

浜島さんが「今日はお休みします」と連絡してくると、満願寺さんは自分のルーチンワークを中断して、急いで新聞を配りに行く。
スクールは広いので、スクール中のあちこちに配って歩くのは、なかなか厄介な仕事である。

長島さんや浜島さんがやるならいい。
時間がかかってもかまわないし、むしろ時間がかかったほうが仕事らしくていいくらい。
しかし満願寺さんには、ほかにも仕事がある。そちらのほうが重要度が高い。
高いが、新聞配りを後に回すと、「どうしたんですか?」なんて問い合わせに応対する余分な仕事が増え、結局は重要な仕事も滞る。

「もう、浜島さんが休むと大変なんですよ」

みんなが使うポットに、給湯室でお湯をわかして入れるのも浜島さん。(みんなだいたい朝一番にお茶やらコーヒーやらを淹れて「ふぅ~」と一日を始めるので、これも後回しにはできない。)
各トレーニングフロアを回って、出席簿を担当者に配って歩くのも浜島さん。(出欠は、朝一番の「朝の報告会」で確認するので、これも後回しにはできない。かといって、新聞と一緒に配るのは早すぎる。担当者が来ていないかもしれないからだ。出欠管理は給付金にも関わり非常に重要なので、置きっぱなしにはできない。)

こういった業務は、そのための人員がいなくとも、「朝最初に来たアシスタントテンポラリーが準備する」とか「当番でそれぞれのコースの誰かが学事グループに取りに来る」とか決めておけばいいことだ。
だが長島さんや浜島さんたちのために、そういう業務をわざと作るようにしてきた。

これがまた一般企業だったら、どうしたって利益や効率優先だから、「**さんが休みのときは、各担当者が取りに来る」とルールを作ってもいい。
でもスクールでは、建前上「他の人と同じように働いている」わけだし、要らない仕事ではない(はず)なのだ。
またスクールは縦割りなところもあり、そんな流動的な横スライドの業務展開はできなかったりする。

長島さんや浜島さんは、PCプラクティスをする上で、まったく関わらない人だ。
わたしが見かけると挨拶をするのは、スキルアップ研修でごくわずか、関わることがあるからだ。

PCプラクティスでは、あまり面倒なことはしないようになっている。
定型の講習をすれば、それで終わりだ。

スキルアップ研修では、もっといろいろなことをする。
わたしが資料を印刷することもあるし、受講者さんが印刷して確認することも許している。
PowerPointやWordで作品を作ったときは、印刷して確認したり、PowerPointの発表演習では配布資料も印刷する。
すると紙がなくなる、なんてことが生じるわけだ。

花咲さんに「印刷用の用紙がなくなりそうなので、補充をお願いします」と伝えると、長島さんや浜島さんが持って来る。
花咲さんは彼らのことを親身に考えているので、「これはルーチン以外の仕事を経験させるいい機会」と捉えるのだ。

長島さんはふらーっと入ってきて、わたしが気づくまで声をかけてこない。
わたしが近寄って行くと、台車から用紙を取り上げ、机の上に置く。
「用紙ですね。ありがとうございます」
「・・・・・・」花咲さんに言われているのか、ちょっと何かつぶやくような感じで頭を下げ、帰って行く。

浜島さんは足取りは堂々と入ってくる。向こうから声をかけてくることは、あまりない。
わたしが気づいて近寄って行くと、定型の文句を言う。
「○○先生、印刷用紙をお持ちしました~」
「ありがとうございます。お手数かけます」
「ここに置きますので~。それでは失礼いたします~、お疲れさまです~」
「お疲れさまです。ありがとうございました」
「はぁい、どうも~、失礼いたします~」

とても丁寧な応対だが、浜島さんとそれ以上の会話を交わす関係には後々までなれないだろう。

それでも少し慣れてくれたのかな、と思う。
はじめのうちは、「おはようございます」「あ~、おはようございます~」のやりとりも、目を逸らされがちだった。
別にそれほどじーっと目を見つめているわけではないのだが、なんとなくチラッチラッとしかわたしの目は見られないようだった。(たぶん、目を見て話しなさいというのは、スクール以前に言われ続けてきたのだろう。それでかなり努力して、チラッと見る。)
3年目くらいになると、挨拶を交わす間くらいはお互いに顔を見ることができる。

これはわたしの存在に慣れたり、親しみを感じ始めてくれたりということではない。たぶん。
わたしが挨拶の声をかけても、それ以上のことは言わず去って行くということが分かったからだと思う。
面倒なことにはならない、今だけ返事をすればいいのだ。

長島さんのほうが、慣れるという意味では関係が進行した気がする。ものすごくわずかだったが。
しかし長島さんは慣れると、花咲さんのような注意してくる人は避けたり、なかなか一筋縄ではいかない。

わたしには慣れなかったが、長島さんは気に入った人にはすぐ慣れるようだ。
ナースルームの看護師さんの中で、若くて美人で明るいと三拍子そろった**さんは、大好きだったそうだ。
似たような時間にスクールを出て帰るときなど、追いついて話しかけたりするらしい。

ナースルームの人とそれほど接触があるとは思えないので、彼の中のお気に入り度合によって、慣れる度合いも違うようだ。

浜島さんは、特に誰とも仲良くなる様子はなかった。ただ「嫌でなくなる」「嫌な度合いが減る」というだけで。
この「嫌だ」という気持ちは、「この人だから」ということではなく、人と一緒にいることそのものだ。

だから公平なのである。
えー、ナースルームの看護師さんとはすぐ打ち解けて自分から話すのに、私とはしないんだー、ということはないわけ。

浜島さんが去った後は、どのような人が来るのだろう。そしてその後は?
違うところも似ているところもあるけれど、とにかく型にはめることはできない。
十人十色、百人百色で個別性がある。

それを理解して、雇う側や周囲が、個々人に対して配慮をしていかなくてはならない。
逆に彼らの側も、100%の配慮を求めなくて済むように、型に多少ははまることに慣れなければならない。だって、それが、社会で働くということだから。

スクールにおける彼らの雇用枠は、その中間地点にあるような場所なのだと思う・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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