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ちょっと覗き見 05:皆さん方

ビジネス演習コースは、江津先生に言わせると「特別手厚い支援を受けるべき人たち」が集まるところ。

もしその人が車椅子で、身体的な問題はこれまでのリハビリや生活の中で対策済で、でも求職の必要があってスクールに来たなら――もっとも必要なのは、就職のための実習だ。より一層ブラッシュアップして、次の職を見つけようと思うにせよ、どうしてもやりたいことがあるから一から勉強したいと思うにせよ、そのための実習が大切だ。

でももしその人が、事故で車椅子生活になっただけでなく、その事故のときに脳にも障害を受けていたら―― つまり高次脳機能障害にもなっていたら?
他の人と同じようなスピードで就職のための実習をしても、効率がよくないかもしれない。
記憶障害があってすぐに忘れてしまいがちだったら、「Wordは終わったから、はい次はExcel、はい今度はPowerPoint」と進めていったら、PowerPointのときにはWordはだいぶ忘れてしまっているかもしれない。
特別な支援が必要なのだ。

その特別な支援は、「じゃあ、高次脳だからこうね」というわけにもいかず、その人の状態に合わせて個別に対応していかなくては最高の効果は上がらない。

ビジネス演習コースでは、通常の実習以外に、生活に対する支援やソーシャルスキルに対する支援なども含め、幅広く支援しているらしい。
たとえば発達障害の人に対しては、ソーシャルスキルを高められるよう導く。
また、発達障害の場合は、その特性が生活に影響を与えることもよくある。たとえばいったん夢中になると周りが目に入らなくなるという症状もあり、夜ゲームをしていたらいつのまにか明け方、仕事に遅刻。そういったことが重なって、会社も困るとか。この事例は発達障害に関する公開講座でも出ていた。
たとえ若い人でも大人であればそこまで注意したりできないが、もしそういう症状のある人なら、生活指導まで含まないと就職しても続かない。

発達障害や高次脳機能障害に限らず、ビジネス演習コースには聴覚障害や精神障害や肢体障害や、いろいろな人がいるが、さまざまな理由からビジネス演習コースに来ている。
一番多いのは、やはり発達障害、高次脳機能障害の人かもしれないが。

日常生活や、ソーシャルスキルに対する支援が必要でも、こと勉強に関してはかなりハイレベルな人もいる。そういう人たちは、基礎から始めても最後はかなり高度な実習をすることになる。
逆に記憶障害や遂行機能障害があれば、繰り返し繰り返し、それこそ体で覚えるくらいにしなければならない。絶対に必要な基礎を徹底的に繰り返すこともある。
実習内容は、上から下までかなり幅広いらしい。

高次脳の人たちの実習を見ていて、なるほどと思ったこともあった。

繰り返しやるといっても、同じテキストを何度もやってもあまり意味がない。
機能や使い方そのものではなく、テキストの流れを覚えてしまうことがあるからだ。

実際、何度も同じテキストを使ったらしい人が、何も言わなくてもスッと次に操作するセルにマウスが動いたのを見たことがある。「ここをクリックしてください」という指示もしなかった。テキストも見ていなかった。自然に「第5章でこうやったら、次はB4」とでもいうように、スッと動いたのだった。
それはこのときから何年も経ったのちだった。

そのため、ビジネス演習コースにはいろいろな出版社のさまざまなテキストが揃っている。
A出版社の「簡単!Excel」をやった後は、B出版社の「速攻できるExcel」をやり、次にC出版社の「Excel演習」をやり、またA出版社の「簡単!Excel」をやり――
というように、ローテーションで同じような内容のいろいろなテキストを実習する。
こうして「そのテキストの操作の順番」ではなく、根本的なことを覚えて行く。

ここでわたしは「覚える」と言っているが、実は以前も使っていたのに事故や脳卒中などで忘れてしまったという場合もある。そのときは知識を「補完する」ことになるわけだが、繰り返しが必要なことは同じだ。

PCプラクティスでは見られなかった光景も見る。
スクールにも慣れ、親しんだ環境になったので、地が出る。

高次脳の特性の中に「キレやすい」とよく書かれているけれど、キレるところなんて見たことがない。
でもたった4日の間に、キレかけるのは見た。怒鳴ったりはしなかったけれど、心の中では完全にキレて、かなり機嫌が悪そうな顔のまま終わったのだ。
わたしが普段顔を見ない相手だったから、最後の細い糸が切れなかったのかもしれない。慣れた先生だったら、キレてしまったかも。

原因は、わたしにも反省点がある。以後気をつけなければ、と思ったものだった。

あるとき突然、昨日までの自分ではなくなってしまった。
こんなにあれこれ忘れてしまうなんて、以前はなかった。
前はなんなくこなせていた複数の作業、あれとこれを同時進行なんて、できなくなってしまった。

――そうなったら、きっと自分も思う。「こんなはずじゃなかったのに」「こんな自分じゃなかったのに」

でも周囲はもう、今の自分しか見てくれず、子供扱いしたり、できない人扱いしたりする。
そう思ったら、プライドが高いとよく言われるのも分かる。

障害を受けなくたって、年をとって「もう年なんだから、若い者に任せて」「もうあなたには無理ですよ」と言われたら、「わしは昔は偉かった!」「今でも偉い!」と頑固になる。そして「プライドが高い」と言われてしまうだろう。

いろいろな形でプライドは傷つく。自分の至らなさを感じた出来事だったし、キレるという特性を垣間見た出来事でもあった。

実は皆さん、何ヶ月も前のPCプラクティスで出会った人たちばかり。
始めに2週間ほど同じ教室で講習したら、それからはもう廊下で会うくらいが関の山なので、このような形でまた関われるとは予想もしていなかった。

ユニットDの人たちとの二度目の関わりの中で、その中のお一人が言ってくれた。
「私はね、先生の説明が一番聞きやすいと思うんですよ。声が綺麗だから」

その人はこうも言ってくれた。
「ここでいろいろな先生に教えていただきましたけどね、先生の説明が一番いいですよ。分かりやすいです」
そして、それを聞いていた他のお一人が、「僕もそう思います」と力を込めて言ってくれた。

有難かったし、もう何ヶ月もたくさん実習をした後に言ってくれた言葉だっただけに、嬉しさもひとしおだった。

でも感動なんて、日々の仕事ですりきれて、すぐに薄れてしまう。

今でもわたしはそう言ってもらえる講習をしているか?
今回のコースはそう言ってもらえる、最善を尽くした講習だったか?
今日はどうだったか?

ときどき思い出してため息が出ることもある・・・・・・



●8年目:いろんな出会い
Chapter 4 どこかの誰かのストーリー



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