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時代の変化 02:スキルアップ研修の変化

スキルアップ研修は、現在働いている人が来る。
当然、世の中の変化をダイレクトに受ける。

たとえば、景気。
世間で「景気が悪い」と言われるようなときは、スキルアップ研修も人が集まらない。
景気が悪いということは、企業は青息吐息だったりするので、悠長に社員を研修になど行かせていられない。
スキルアップ研修にやってくる人の多くは有給で来ているので、「今は余裕がないから会社で仕事してほしい」となる。
実際にその人のお給料が足りないわけではないかもしれない。でも外注に出したり、アルバイトさんを雇ったりという余裕がない分、社員が働かなければならないかもしれない。なんとなく会社全体がぎすぎすした雰囲気になって、ご当人が出にくいというのもあるかもしれない。
とにかく、景気が良ければスキルアップ研修も盛況になりやすく、景気が悪ければスキルアップ研修も振るわない。

それから、法律。
障害者の雇用率が上がると決まったりすれば、スキルアップ研修の利用者も増える。
大きな企業であれば、上がったから雇うというのではなく、上がるなら先に雇い始める。やはり優秀な人材を早く確保したいし、率を達成するにも会社が大きいほど人数が必要になる。
新入社員が増えるので、PCプラクティスのような意味合いで、「まずは研修に行ってきて」と送られてくる人も増える。

そしてやはり、世の中の変化は受講する人の気持ちにも影響がある。
誰でも当たり前にパソコンを使う時代が来て、それに障害があっても戦力としてカウントされる時代にもなり、目的意識が高くなった。
「私はこれこれの業務をしているから、こんな機能を極めたい」
「今後このような仕事を任される予定だから、これこれの機能に習熟したい」
「今はこういう方法でやっているが、もっと効率の良い方法があれば知りたい」

かつてはほのぼのしたものもあった。
「ひととおり学びに来ました」という人。会社も「そうだね、行っておいで」と行かせてくれる。
基本的な内容を勉強して、練習問題を解いて、達成感を感じてくれるような――

今でも「ひととおり学びたい」という人はいる。
でもそういう人ばかりではなくなった。
「何か役に立つ知識はないか」と鵜の目鷹の目で受けている人。「仕事でこういうことをしているから」と根掘り葉掘り質問や相談をしてくる人。そんなとき、なんだか吸い取られるような気持ちになる。それは講師として悪いことではないのだけれど、きつい。

時代は変わる。

自分に求められているものが違ってきたと痛感したときもあった。

受ける人がまず変わってきた。
前はなんとなく受ける人も多かった。でも今は、目的意識を持って受ける人が増えた。
会社でもっと仕事を効率よく進めたい、とか、今の能力では会社で苦労することもあるから、といった具体的な理由があって来る。

そういう人はスキルアップ研修のために休むのも大変だ。
休みを取るために仕事を前もって調節しておかなければならない。
ときには、スキルアップ研修後に会社に寄って仕事をする、という人もいる。
夕方から行くのだから、残業になる。でも何日もまるまる空けてしまうと仕事がたまりすぎるから、と言う。

企業側が具体的な要求をすることもでてきた。
「こういうことさえ教えてくれればいい、他のことはいらないからそれらをしっかり学習させて」
「このレベルまで教えてほしい」
「こういったことができるようにしてもらえると助かる」

法律だからなんとなく雇用するというのではなく、戦力として期待しているのだな、と思わされる。
また、雇用される側も積極的に仕事に参加する意思を持たなくてはならない時代、と思わされる。

そんなふうに思っていたけれど、やがてまた時代が変わった。
前述の法律改正の前後である。
それまで不人気をかこっていた基礎のスキルアップ研修が、人数オーバーでお断りする人が出るほど。

それでもWordなどは申し込みがなかったり、PowerPointはそれほどでもなかったり、Excelに集中するあたりが時代を反映している。
なにしろ日本の会社におけるExcel率というのは、ものすごいものがある。
ちなみに、かつては「これができたらデキる人の証明」といった感じのあったAccess、使う使わないに関わらず受講希望はあったが、最近は激減。
すべてがExcelにシフトしているように思える。

それもまた時代である。わたしも時代に合わせていかなければならない。

スキルアップ研修を担当させてもらったばかりの1年、2年は、わたしは問題集やドリルなどを買いあさっていた。
少しでも多く問題のストックが欲しかった。そのために参考になるものをあれこれ買っていた。

5年、6年と経つ頃には、難しい問題を探して資格試験や検定試験、競技大会などの問題も見たりするようになった。
問題集やドリルも、一般的なものではなく、ビジネスに使えると謳っているものを探し求めたりした。

相当難しい問題も集めたので、「この程度では物足りない」という人がいても、いくらでも次を渡せるようになった。
だいたい関数が複雑にネストされて使われているような問題は、人気が高い。
関数を練習したいという人は多いし、そこまで関数を使う仕事でなくてもやる気をそそる。

ところが、さらに9年10年と経つと、そこまで難しい問題を求めない人がいることに気づいた。
特に若い人は、価値観や考え方が中高年とは違う。不器用に真面目を貫くより、効率を考えたりする。
あれほど大人気だった関数の問題が、「自分はあまり関数を自分で組むことはないから」と、軽く一蹴されたりするようになった。
今でも「やってみたい」と言ってくれる人はいるからそれはそれでいいのだが、こうなると新しい問題が必要になるのだ。

実に優秀な人で、テキストなどは基礎も応用もサクサク進んでしまった。
ドリルや問題集もなんなくこなした。
せっかく空いた時間には、通りいっぺんでない、何か役に立つことをしてもらいたい。
役に立つかどうかはともかく、満足のいくことをしてもらいたい。

そこで「関数は自分はいいです」と振られてしまうと、することがなくなるのである。
だって、優秀な人はちょっとやそっとでは足りないのだ。またすぐ終わってしまうのだから。

そこで今度は小ワザ集だの、便利ワザ集だのを自分で作ってみたり、これまでに習ったことを総合的に組み合わせてある問題を考えてみたり、また工夫しなくてはならない。

それが楽しみとはいえ、時代の変化に合わせるのは面倒である。
年を取って来たから、充実感より疲れのほうが大きくなったためでもあるのだけれど・・・・・・



●9年目:ハートの中心
Chapter 1 ハートの中心



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