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肢体障害

通常、講習会ではテキストに沿って進められる。
講習会でよく使われるテキストには、参考として「その他の方法」が書かれていることもあるが、それに触れるか触れないかは講師の考えによる。

たとえばWordやExcelでコピーをする箇所は、たいていボタンを使う。
しかし「右クリックも覚えておくといい」と考えて、右クリックも紹介する。
「とにかくショートカットキーは作業効率がアップするから、できるだけたくさん覚えて活用すべき」という講師は、ショートカットキーも伝えるかもしれない。
「今回は初心者向け入門講座ということだし、1つの作業に対してそこまであれこれやったら覚えきれないだろう」と、ショートカットキーは省略することもあるだろう。

障害のある人を対象にしている場合は、障害についても考慮することになる。

もちろん通常の講習会でも、対象者の状況によって臨機応変に対応する。
区や市の講習会で、定年後の高齢者がほとんどという場合と、企業内研修で、しかもその企業は優秀な人材を取捨選択して採用しているという場合では、同じなわけがない。
講習スピードも変える。ゆっくりと早め。
言葉遣いも変える。一方はIT用語を多用せず、あるいは使ったら平易な単語でもう一度伝える。もう一方は一般的な用語であれば、IT用語を使ってしまうほうが理解が早いし、いちいち説明するのは時間の浪費だ。
補足内容も違う。「これを覚えておくと便利ですよ」「こういうふうに使われていることもありますよ」というのも、趣味だけに使うのと、仕事でヘビーに使うのとでは違う。何が便利かというのは、使う状況によるからだ。

こういう対応は障害者を対象にする場合でも同じことだ。
その人がどういう立場で、どういう目的で受講しているかによって、講師は最善の講習を模索すべきだと思う。

それにプラスして、障害を考慮した内容を心がける。
たとえばさきほどの例でいうと、こんな感じ。
「今回は肢体障害の人がいるから、ボタン以外の操作も紹介しておこう。どっちが使いやすいか分からないから」
そして紹介したら、「使いやすいほうを覚えてください」と伝える。

自分の体験から考えると、障害に配慮するのはそう難しくはない。障害についての知識が医師や作業療法士ほどなくても、相手の状態を思いやること、相手の身になることで対応できる。
お叱りを受けるかもしれないが、極論を言ってしまうと、そもそも講師程度には完全な障害理解、障害対応はできない。医師や作業療法士のような専門的な勉強を、何年もしたわけではないのだ。

知識のある医師が、医者の仕事も看護師の仕事も医療器具の製造もしたらいいじゃないか、といっても無理なように、現代では役割分担がなされている。
必要であれば作業療法士と共に、自分に最もよい操作方法を身につける。日常生活のリハビリの間に、パソコン操作もするわけだ。今まで動いていた腕が麻痺したなら、どうやって起動や終了、入力やコマンド操作をするのがいいか?
就職を目標にパソコンを勉強するときは、講師が引き継ぐ。ここでは便宜的に「講師」と言っているが、施設によって名称はいろいろだ。
この人たちはビジネスで使われるソフトについて、もっと突っ込んだ内容を教える。

作業療法士がExcelなら関数を複雑に組む方法やらVBAまで、Accessならマクロを組めるまで、その上Web言語も経理会計ソフトも、と勉強するなんて時間的にも難しい。
そこから先は講師がするのが妥当だし、講師は作業療法士の免許まで取るほどの知識は必要ない。その部分は専門家に任せておくほうがよい。

たださまざまなケースがあって、必ずすべての人が同じ道を通るとは限らない。
肢体障害にしても、生まれつきか中途かで通る道は違う。
中途の場合でも、単純に考えても事故などによる四肢欠損・麻痺と、脳血管障害などによる麻痺とでは、病院やその後のリハビリも違うかもしれない。

すべての人が同じように、「自分にとって最適なパソコン操作法」を完璧に身に着けているとは限らない。

講師側もある程度の障害への配慮は必要である。
とはいえ、講師であろうと、受け入れる会社側の上司や同僚であろうと、高度な知識が必要なのではと恐れることはない。
就職したのちも、障害があるために起こる不都合や悩みを相談する窓口があったり、支援は多方面に存在している。上司や同僚など会社の場合は、障害者職業センターやジョブコーチのような間に立ってくれる制度もある。すべて分かっている必要はない。

特に肢体障害の場合は、こちらも相手の身になることがやりやすい。

見えない障害とも言われる高次脳機能障害や、考え方や物事の見え方などが根本的に異なる可能性のある発達障害、相手の状態に気づきにくい精神障害は、意識して、努力して、配慮しなければならない。
でも肢体障害は、車椅子の人がいれば「階段ではなくエレベーターを案内しよう」とすぐに気づく。
「トイレはどこですか」と聞かれたら、「この階にもありますが、『誰でもトイレ』は4階と6階です」と答える。
片腕がない人がいるとき、「Ctrlを押しながらドラッグしてください」と言ったら、その人に注意を払う。
当人がそれ以前にやり方を身に着けているならよし、そうでないなら補助することができる。
マンツーマンなら、そのときにいくつかのやり方を紹介して、自分で選んでもらう。講習中ならとりあえずその場は、「今はわたしがCtrlを押しておきますから」としてみたり、何度か「キーを押しながら」の操作があるようなら、一番分かりやすい錘をのせるやり方を伝えておく。そして各自練習なり、休憩なりのときにやり方を紹介して、選んでもらう。

自分の身に置き換えることがしやすい。
自分が車椅子に乗っていたら、階段は下りられないな。自分の片手が使えなかったら、キーを押しながらマウスでドラッグするって、どうするかな。

ほんの少し考えればいい。

ただ注意すべきは、分かったつもりにならないこと。主役は自分ではなく相手であると、肝に銘じておくこと。それはとても忘れやすいことなので、定期的に初心に戻れる自分でいること。

身になって考えたって、その人の苦労ややりにくさが100%実感として分かるわけではない。今だけ、1回分だけ、どちらのやり方が適しているか考えるのと、何度も繰り返す操作、何時間も続ける仕事で操作するのとはまた違う。
分かったつもりで「このほうがいいと思いますよ」「この方法を使ったほうがいいです」と安易に断言するのは、慎むべきだと思う。

それでも、こちらは講師だ。
相手が主に自分の状況を見ているのに対し、これまでに何人も見てきていれば、最初はそう思ってもきっとこっちのほうがいいと判断する場合もある。
それはそれで、伝えていけばいい。また、その人のために伝えるべきである。

そしてまた振り子は反対側に戻って、それでもやっぱり主役は当人だ。
講師として自分の考えがあれば伝えるべきだけれど、押しつけはいけない。
どうしてもこうやりたいという思いが相手にあるのなら、それを認めなければならない。でもいつか考えが変わったときのための逃げ道、方向転換のための幅は残しておいたほうがいい。
必要であると思うなら、丁寧に説明してみるのもいいし、一度やってもらって、あとで再び検討することにしてもいい。

この経緯を、自分主体でなく、相手に合わせて進めていくこと。
その場合は「相手」の中に、障害の状況だけでなく、性格や考えなども含めて対応すること。

――ここのところは、わたしはやっぱりインストラクター上がりなので、学校の先生的には考えられない。
良いと思ったことを「相手のために」と貫き通すのが、もしかしたらよい支援なのかもしれないが、わたしにはできそうもない。
自分より年上、年下というのはあったにせよ、子供相手じゃない。相手も社会人なのだから。

まとめると、肢体障害の方への講習上の注意は、次の2点になる。
●相手の状況・状態に配慮・考慮して進める
●相手の感じる自分の状態ややりやすさ、考えや思いを尊重して提案する

簡単なことだ。
実践するとなると、継続していくのは難しい一面もあるけれど・・・・・・



●9年目:ハートの中心
Chapter 2 ちょこっとTips -進め方編-



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